第二話
教科書を購入する憂佳をしり目に、私は私の教科書をさっさと買いに行く。三年にもなると科目選択次第で参考書を買わなくて済む。おかげで視聴覚室はがらがらで、わずかな先生が販売の手伝いをしているだけだ。
私も精々5~6冊なので、購入の手続きはすぐに終わってしまう。手早く必要な参考書を購入する。
「――宮入さん」
「永山先生」
丁寧な手つきで、参考書を渡してくれたのは、昨年の担任の永山先生だった。温和に笑いながら、語りかけてくる。なんだ。まだ担任気取りか? ――いや、今年もそうなのか……? それだったら少し困る。私は、この人があまり得意ではない。
「妹さんが、入学されるそうですね。職員室で話題になってましたよ」
っと、なんか話しかけてくるんだが。視聴覚室がすいているせいで、軽い雑談くらいはできてしまうらしい。私は、顔を引きつらせて笑顔を形作る。
「えーっと、なんで職員室で話題に?」
「あくまで、推測とか噂ベースの話でしたが。優等生の宮入さんの妹さんですから。どんな子が入るのか楽しみにするのは当然ですよ」
あー、そうですか。でもさぁ、それ。全然当然じゃないし。
「そうですね。でもまぁ、私の妹じゃなくて。あの子はあの子なので。とびっきり不良でも、とびっきり優秀でも、それは私が関与するところではないので、悪しからず」
「……そうかもしれませんね。もちろん、わかってますよ」
「先生はさぁ、兄弟姉妹はいるの?」
私の唐突な問いに、少しだけ首をかしげる先生。ややためらいがちに、口を開いた。
「えぇ。姉と、弟が二人。それがどうかしましたか?」
「あー、先生がそんな性格な理由、なんとなくわかった気がします。傲慢な姉に、わがままな弟たちの板挟みで、きっと真面目にならざるを得なくなったんだ」
「……私の性格は、兄弟とは関係ないと思います」
「ね、私もそう思う。つっまんないよね、この手のプロファイリングってやつ? 妹も姉も、兄も何もかもどうでもいいでしょ」
永山先生は、困ったように笑った。
「あまり、妹さんの話はするべきではなさそうですね」
「正解。じゃね、先生。妹の教科書、少しはもってあげないと」
妹がどっさり教科書を持っているのをしり目に、荷物の少ない私がスマホをいじる様子というのは。あまりにも意地の悪い話だし、はた目から見てもいいものではない。
帰りの労苦をかんがえると、思わずため息が出そうになる。私が一年生の時は、誰も持ってくれなかったのにね。
教科書を買い終わって家庭科室前に戻ると、憂佳がこちらを見て一瞬目を輝かせる。それから、ぷいと顔をそむけた。隣には、見覚えのあるシルエット。
「お久しぶりです、葉月先輩」
「やっほ、おひさ。――みちるちゃん」
上品な笑みを浮かべつつ、頭を下げるのは私の後輩だった少女。夕陽ヶ丘みちる。私は軽く応じ、みちるちゃんを見下ろす。
「みちるちゃんもここに入るんだ。一年だけだけど、よろしくね」
「えぇ、よろしくお願いいたします。先輩」
「よろしゅうね~。てか、みちるちゃんが引っ越してからずいぶんだね。校区自体は変わらなかったけど、家が遠くなって寂しかったんだぞ~」
みちるが目をそらして、ほほを掻く。世間話をしつつ、みちるはスーツケースを持ってきていることに気づく。
「あれぇ、用意周到だね。なに? 先輩にそういうの聞いたの」
「えぇ、っと、これは。――姉に聞いたんです」
「うぇ!?」
みちるに姉がいるとか、全然聞いたことない。てか、幼馴染なのに知らないなんてこと……。
「みちる、お母さんが再婚して引っ越したんだよ。で、お姉さんは向こうの連れ子」
憂佳がひょいと顔を出して補足する。他人の個人情報をぺらぺらと……。
「っと、そっか。なんか答えづらいこと話させちゃったかな」
「別にみちるはしゃべってないでしょ」
「ごめんね、デリカシーのないバカの相手させちゃって」
「バカじゃないし!」
「あはは……憂佳はいっつもこんなもんですよ、お姉さ――先輩」
思わず、憂佳と顔を見合わせる。にまぁ、と口の先が吊り上がっていく。多分、私も同じ顔をしている。めちゃくちゃ不覚にも、そういう気分だ。
「なに、なになになに! 私はぜんっぜんいいよ、みちるちゃんにならお姉さんって言われても! うっわ、めちゃくちゃいい気分! なんかテンション上がってきたんだけど! てか、ひょっとしてお姉さまだったりした? なんか、いけない関係って感じでいいね! みちるちゃんならオールオッケーな感じがする! どう、お前も妹にならないか? 素晴らしい提案な気がしてきた!!!」
「みちる、普段からそういうところあるよね! 赤ちゃんの妹とかできちゃったら、教室で赤ちゃん言葉とか使っちゃいそうな天然っぷり! あぁ、なんか不安になってきた! ねぇ、もううちに帰っちゃわない? 一人で帰らせたくない! ……あれ、てか、私はいっつもこんなもんってなに!?」
二人でみちるちゃんをいじっていると、みちるちゃんがだんだんゆでだこみたいになり始めた。こっちを睨んで、言い放つ。
「もうっ! 先輩のバカ! 憂佳は死ね!」
憂佳のすねに、ローファーの蹴りが突き刺さった。表情を変えて、崩れ落ちる。
「あ゛あ゛あ゛――ッ!?!?!? み゛ち゛る゛ぅ゛!? だ、誰を蹴ってる――!?!?」
あほみたいな声を出してわめくバカな妹にあきれる。ひょうきんなやつだ。ぽん、と肩に手を置かれる。
みちるちゃんが。否。みちる「さん」が、笑っていた。
「お前もいっとくか? ガキ」
「お手柔らかに――ぅうッ!?!?」
みぞおちに、衝撃が走る。二歩、三歩と後ろに後ずさる。息が、できない。
「ば、バカな――この私が、たった一発でぇ……!?」
ひざに力が入らない。そのまま、うずくまることしかできない。
「さて……これで終わりですか? 葉月先輩。これじゃお前ももう終わりだな」
みちるには勝てない。バカにしてはいけない。自業自得の末路。新年度早々、嵐を呼ぶ宮入葉月。
全部憂佳のせい。教科書販売なんてもうこりごりだ~~~!
ちゃんちゃん。




