第一話
今日は教科書を買いに行く日。私のというよりは妹のがメインだが。進学校というのは学習指導要領というものをやや軽視する。受験に間に合わないだのなんだのと言って、サクサク科目を進めていくわけだ。そういう事情もあるし、社会科目などは新しく買い足すことがないことも相まって私は参考書を何冊か購入するだけである。
妹は――憂佳は違う。一年生ともなれば、小さなスーツケースを使って教科書を運ぶ生徒もいるくらいたくさんの(主に単語帳や、三年間ずっと使う参考書などが含まれる。ずいぶんひどい話である)教科書を運ぶ。小柄な妹には重労働だろうということで、私も彼女の面倒を見てやることにしたのだ。
行き道の電車で、憂佳はこちらをちらりと見てから、絞り出すようにつぶやいた。
「……ありがと、お姉ちゃん」
憂佳は、扉際にもたれかかって、こちらを上目遣いで見つめる。大きな目。小さな鼻。小動物系、というのだろうか。もちもちほっぺに、桜色の唇。まだまだ幼さが残った、だけども美人になることがわかる。
セーラー服に身を包めば、天下無敵の女子高生である。適当なTシャツとジーパンで学校に行こうとしてる私とは月とすっぽんである。いっそのこと全裸だったなら、月とすっぽんぽんだったのだが。春先は変態が増えていけない。
閑話休題、珍しいことだ。妹のありがとうも、お姉ちゃん呼びも。明日は槍が降るかもしれない。そう思わせてくれるほど、妹は私に対してのあたりが強かった。うるさい、だまれ、バカ、死ね。そんな言葉をぽいぽい投げてくる嫌なクソガキだったはずだが。あれか。反抗期を抜けたということだろうか。
私もまた、小さな声で返すのだった。
「何の感謝だ」
「――っ、今日、ついてきてくれてありがとってこと!」
「いやぁ、別に私も教科書は買うからな。お前が宝林受かってなくても私のスケジュールは変わってないよ」
「何それ」
「だからまぁ、こんなことで感謝なんかいらないよ。当たり前のことだからな」
姉たるもの、妹に感謝など求めないのである。ここら辺は私なりの美学というやつだな。私の言葉に、憂佳はぷいと目をそらした。
「――それでも、ありがと」
頑固な妹だ。メッセージで、うんちのスタンプを送る。
「何それ」
スタンプを連打する。ぶりぶりぶりぶり。
「……最悪。バカお姉、大っ嫌い!」
不思議なことだが。妙に安心した。妹はやっぱり、原因不明の不満を姉にぶつけるべきなのだ。
まぁ、原因は明らかではあるのだが……。つり合いが取れたのでよしとする。何がいいのかはわからないが。
電車で降りれば徒歩五分。ドアツードアでざっくり二十分。うん、わりかし家から近いと言えるだろう。この二十分で単語テストの単語を覚えるのがたいへんよろしい。
川沿いの道路を歩き、くしゃみをする。私たちと同じように教科書を買いに来た学生連中が群れを成して歩く。その多くは私服で、律儀に制服を着ている憂佳はやや浮いている。ういかだけにな(激ウマギャグ)!
妹は私の陰に隠れるように身を縮めている。思わず、笑ってしまった。
「なに? 怖いの?」
「……そんなんじゃないし。ただ、慣れないから警戒してるだけ」
「ビビってるんじゃん。まだまだクソガキランチ食べる年齢だもんな」
「食べてない! ふざけんな」
「こわ……」
憂佳のつんけんした言動に、少し安心する。うん、電車での殊勝な態度は何というか、まぐれというか奇跡的なものだったのだろう。
「ともかく。慣れない道に不安なのも、自分一人だけ制服でちょっときちぃのも、気にしない方がいいよ。大丈夫、いざとなったら私がどうとでもしてあげるから」
「お姉ちゃん……」
少しだけ感動した風だった憂佳が、突然真顔になった。
「教科書買うときのいざってなに?」
「……お金が足りなかった、とか?」
「それ、お姉ちゃんにどうこうできるの」
できない。ノーバイト・ハイスクールガールだから。弱い姉を赦してくれ……。
校門にたどり着き、そのまま家庭科室に向かう。家庭科室は一年生の教科書しか売っていないので、私も自分のものを買いに行かないといけない。そのまま憂佳とお別れしようとすると、背後から声がかかった。
「おう、宮入」
「篠崎くん」
篠崎悠人。私の二年の時の同級生で、サッカー部副キャプテン。スポーツができて、それなりに頭もよく、人当たりもいい。多分、声をかけたのも顔見知りを見つけたからくらいのものだろう。
「……妹さんか、さっきの」
「まあね。篠崎くんも、弟か何かいるの?」
「まあな。俺も、妹がいる」
篠崎くんがそういったので、思わず家庭科室をのぞき込む。あー、あれだろうか。活発そうな、ショートカットの少女。元気な怪獣とでも言おうか。そういうエネルギーを感じる。
「あの子?」
「分かったか」
「篠崎くんそっくり」
「それ、あいつに言うなよ。俺に似てるっていうと、怒るんだ」
「うちとは逆だね」
「逆って、どういうことだ? ――てか、お前の妹、ずいぶん美人さんだな」
逆ってどういうことか教えてやろうか?
「逆ってのはね、妹の見た目を褒めると私が怒るんだ」
「……ああっと、それって」
「別に、思うのも言うのもほんとは勝手だけど。私の前では言わないでね、私よりずっとかわいいって」
篠崎くんは、気まずそうに眼をそらした。
「そこまでは、言ってねぇ」
言ってるも同然なんだよ、ドクソたわけが。




