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第7話 真実


 日記を閉じると、どっと疲れが体にのしかかった。


 ひとまず何処かで休もうと思って、小屋から外へ出る。

 いつの間にか陽は傾き木々や建物が大きな影を作っていた。


 僕は倒木の上に腰掛けて、天を仰ぐ。鱗雲が流れる空は薄いみかんに染まっていた。


「凄かった……」


 気づけばそう漏らしていた。


 そうだ。ほんの軽い気持ちで読み始めたことが悔やまれるくらいには日記の内容は重く、驚きの連続であった。


 一番印象強いのは日記の内容が勇者が自死しようとしている旨であったことだろうか。

 仮に日記の内容が本当だとするならば、僕たちが幼い頃から聞かされていた勇者伝承は嘘だということになる。


 これを読んだ限り、勇者の帰還を知るのは国王とその周りの貴族だけだったようで、確かに彼らが隠ぺいすれば真実とは異なる歴史をつくることも容易であろう。

 問題はその動機だが、まあ新しい国王──日記の中では王子──との関係が悪かったのは明らかだし、勇者は死んでいたことにした方が一連の事件について丸く収まると思ったのかもしれない。

 当時から勇者信仰があったのなら要らぬ論争を避けたとも考えられる。


 まあ部外者からしてみれば勇者自身が魔王と相討ちになろうが、魔王を討ち取った後に勇者が自殺しようが、魔王が殺されて、勇者も死んだということに変わりはないから、この話はそういうことで良い。

 外野がとやかく言っても仕方がないのだ。


 そう、仕方がないことだったのだろう。

 そのはずなのに、日記の後半になって、溢れたインクの染みがまだら模様をつくっていたページが、脳に焼き付いて離れない。


 しばらくの沈黙の後に、気になる点が他にもあったことを思い出す。

 僕の知る伝承によれば、魔王の脅威が消えて明らかに魔物は弱体化したために、ついに人類は魔物というものを絶滅させるに至ったとされている。

 しかし日記には魔王が死んだあとも戦いが続くところがあったようだが、その後戦争は終結したとある。


 魔王軍はいわゆる五大魔族や魔王軍幹部と呼ばれる面々が殆ど皆殺しにされたわけで、指導者のいないまま戦争が続けても上手くいくはずが無い。


 そのうちに技術の進歩などもあって、魔物は人間に一方的になぶり殺される運命を辿ったのかもしれない。

 今でもその存在は多くの絵本や小説に描かれるが、架空の存在だと勘違いしている人も多いだろうと、婆ちゃんは言っていた。

 かく言う僕も、この日記を読むまではその存在には正直懐疑的だった訳だし。


 再び分厚い本を見る。ほんのり温かいそれは、高度な魔法がかけられているようだった。

 この付近だけ時間が止まったように草木や建物などが保たれていたのもこの日記のおかげだったとするなら、保護魔法もかかっていたのかもしれない。


 まあ何にせよ僕の思ってたようなファンタジー小説のような冒険はほとんど描かれずに、生々しい部分だけを切り取ったそれは、僕の知らない魔法によってまるで自分がそこにいるかのような没入感があり、ただの本を読んだ時とは違う重みがあった。


 それは満足感だけでなく、やはりどす黒いものも多かったために苦虫を噛み潰したような、なんとも消化不良な気持ちも強い。


 だからだろうか。僕は居ても立っても居られなくなって、その場所を後にした。




 ひんやりとしつつも湿った空気が肌を撫でる。

 はぁ、はぁ、という自分の息の音がうるさい。口に潜り込む冷気は無味無臭で、ひんやりとして気持ち良い。

 自分が今山を登っていることを忘れてしまいそうだが、実際には足場は悪く、岩がゴロゴロとしており、表面には苔がむしている。


 そのとき。


「うわっ」


 足場の岩が崩れる。

 僕は必死に身体を捩って地面に這いつくばる。下を覗いても底は見えない。

 あまりにも高いところまで登ってきたようで、少し不安になる。


 リュックからしわくちゃの地図を取り出して自分の今いる場所をみる。


 そこには確かに赤い文字で書いてある。


 魔王城跡、と。


 数年前まで魔王城跡といえば有名な観光地で、非戦闘地帯だったから世界中から多くの人が訪れると聞いていたが、道中がここまで険しいことは聞いていない。

 これじゃあ老人や子供はもちろん成人男性だったとしても相当運動してるような人じゃないと厳しいのではないか。


 しかし考えてみれば当たり前だ。

 人並みはずれた身体能力を持つ魔物の本拠地だった訳だ。そりゃあ攻められにくい場所に作るだろう。


 それにしてもここまで酷い場所だとは思わないでしょうが!

 僕は人より身体能力高めだから良かったものの。ゴメンネ。


 そんなこんなで一人ごちながらも視界を覆っていた霞が晴れるところまで登ると、それは姿を現した。


 少し開けた土地にはこれ以上登る場所は見当たらず、中央には太々しい建物が鎮座している。

 それは確かに立派な城と呼ぶに相応しい建物で、こんな木も生えないような秘境に建てるのは相当苦労したであろうことが伺える。


 振り返れば先ほどまでの霞は雲だったようで、白いもやが急ぐように右へ右へと動き続けていた。


 何故ここに来ようと思ったのか、明確な理由は無い。

 ただ強いて言うなら、日記を読むと魔王は──当人たちにとってはそうでも無かったのかもしれないが──案外あっさり殺されており、しかも魔王は死ぬ直前に周囲を黒い光で覆ったとか。

 それが気になった。そんなところだ。

 どうせ暇なのだ。ここまで来たらとことん真実を探ってしまおう。

 そんなノリと勢いもあった。


 もしかしたら僕は僕が思ってるよりもずっと、無意識のうちに他の生き残りを欲していたのかもしれない。

 でも婆ちゃんという唯一の生き残りが死んで、もう勇者でも魔王でも良いから話し相手を欲していたのかもしれない。

 だからたまたま見つけた日記に書かれていた魔王のことが気になって、こんなところまで来てしまった。そこまで考えて、はたと気づく。


 た(・)ま(・)た(・)ま(・)見(・)つ(・)け(・)た(・)日記?


 あの本は明らかに目立っていた。

 以前は小屋の入口が閉ざされていたのかもしれないが、小屋に入ったなら誰でも手に取っただろう。


 よく考えてみたら婆ちゃんは僕に何か希望を託すために僕をジ(・)ェ(・)ミ(・)ナ(・)に向かわせたのではないだろうか?


 そんな淡い希望と同時にあ(・)の(・)日(・)の記憶がありありと思い浮かぶ。


「私がいつも言ってること、覚えてるかい」


「旅をしろってこと?」


「ああ、そうだ。だが、旅をしろと言っても、人に会うことも減ってしまったこの時代では、どこに行けば良いか分からなくなることもあるだろう。だから、婆ちゃんのおすすめを、ひとつ教えてあげる」


「ひとつなんてケチケチしないで、たくさん教えてよ」


「はっはっは。そうだね、でも時間が遅くなっちまうから今日はひとつだけ。他は明日話そう」


「明日も、明後日も頼むよ」


「もちろんだよ。とにかく、今日話すのは、ジェミナという場所についてだ。知ってるかい?」


「知らない。どんなところ?」


「そうだね。良いところだよ。まちは発展してるとは言えなかったけど、良いところだよ。オリーブが有名だ」


 翌朝、婆ちゃんは起きなかった。




 魔王城は確かに巨大で、僕が今までに見てきたどんな建物よりも大きかった。

 さらには外壁は無骨な石造りが剥き出しとなっていたが、小さな扉らしきところから中に入ると予想外に綺麗なままであった。


 魔物の住処というからどんな場所かとかなり身構えていたのだが、床には真紅のカーペットが敷かれ、壁に嵌められたステンドグラスから漏れ出る光が室内を彩った。


 されにはさまざまな調度品が置かれており、まるで大分大きめな貴族の館に居るような気さえした。


 歩いていくうちにたどり着いたのは大きなドアとやたらと幅の広い階段のある広間。

 おそらくエントランスホールであろう。

 そこは明らかに真新しい柵や貼り紙があり、何より窓口のようなものが並んでいた。


 そこまで見て、ふと気づく。


 ここは観光地であった訳だ。

 だから内装はカーペットが敷かれたり調度品が置かれたりと人間的だったのかもしれない。

 なにか知らなくて良いことまで知ってしまった気がして、少しだけ落胆する。


 まあ、なにはともあれ、気を取り直して探索を再開する。


 まず最初に調べるべきところは、一番上だろう。


 そう、魔王が居たとされる場所である。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


次回エピローグ「『勇者の誕生』」は7/19(日)19:30公開予定


★★★★★評価、リアクション、感想等よろしくお願いします(_ _).。o○

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