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第6話 終わりの記憶


 なぜこんなことになったのだろう。


 いよいよ数日後に新しく国王となる俺の戴冠式が迫る中、第一王子とその派閥の貴族たちが突如として王の座を継ぎ、他の小さな国と同盟を結んで、近隣の大国のひとつであるインデランド王国に宣戦布告をしたらしい。


 俺はその知らせを聞いた瞬間、慌ててジェミナを出発し、王都へと向かっている。


 まるで旅の準備もほとんどしていないが、まあなんとかなるだろう。

 俺はどこか、そんな甘い考えを持っていたのかもしれない。




 王都に着いた瞬間。

 俺のそんな甘い考えは無惨に崩れ去った。


 あんなにも堅牢で一切魔物の侵入を許さなかった城塞都市は、大半が焼け崩れていた。


 王都に来たばっかりのころ、カラフルな建物に心躍った商店街は無い。

 あなたなら魔法で切れるでしょうになどと言われては、人に切ってもらう方が良いと通っていた床屋。

 少し頑固な、でも面倒見の良いおやじのいた本屋。

 そして俺が、五年間住んでいたボロい下宿。

 そのどれもが、無惨にも瓦礫の山と化していた。




 人っこ一人居ない道を静かに歩く。


 何故こうなったのか。

 分かっている。理由はいくつもある。


 それでもやはり王子のことが許せなかった。


 だから俺の足は自然と王宮へと向かっていた。




 そこには、玉座に座る王子が待ち構えていた。

 意外にも簡単に謁見させてもらえたことに拍子抜けする。


「どうしたんですか。元(・)勇者殿」


 実に嫌味ったらしい言い方にムッとするも、堪える。


「なぜ戦争を始めたのですか。王(・)太(・)子(・)様。街を見てないんですか?こんな戦争無謀にも程があります。早く辞めるべきでしょう」


 そう俺は強く訴えるも、王子は表情ひとつ変えることなく、返答してくる。


「それがどうした?それはお前一個人の意見だろう。お前に国の決定に口を出す権利は無い」


 狂っている。

 元はと言えば俺が王になるはずなのになんで勝手に王やってるのかとか、そもそもこの国の住人なんだから政治に意見しても良いだろうとかいろいろ言いたいことはあるが、この話の通じ無さそうな王子に話が通じるとは思えない。


「どうした?なんで俺が王になったのか知りたそうな顔をしているな。教えてやろう。余の父にして前王は、老齢ゆえに悪魔が付いてしまったのだ。その為、正常な判断ができず、父はお前なんぞに王の座を譲るなどと言い出したのだ。よって、彼を処刑せざるを得なかった。余は前王もとい父を失い悲しみに暮れた。そもそも父がおかしくなったのは貴様が謁見してからだ。どうしてくれる?俺はこのままでは恐ろしい悪魔である貴様にこの国が乗っ取られるのではないかと案じて、我が直々に国を指揮したのだ。前王は保守的(やさし)すぎたのだ。そこを悪魔につけ込まれた。今度はインデランド王国までこの国の併合まで言い出したのだ。護ってばかりではだめだったのだ。だから余は亡き前王のために戦いに挑んだのだ」


 王子は一息に捲し立てるが、それはどれも分かりそうで分からないような戯言ばかりだ。

 それどころか、前王を自らの指示で殺しておきながら、まるで被害者かのような物言いに、腑が煮え繰り返る。


「だからといってたくさんの犠牲が出ているんだぞ!……王が民のことを考えなくてどうする」


 つい、声を荒げてしまった。

 でもそうしてしまうくらいには俺は怒っていた。


 しかし、王子はそれをものともせずに続ける。


「貴様、さっきからどの立場でものを言うんだ」


 俺の激昂など聞いてもないように、王子が漏らした言葉はそれだった。

 そうして、心底くだらない、といった様子で続ける。


「勇者など、もうこの国には要らないのだよ」


 その時、何かがぷつんと切れた気がした。

 俺はこれ以上この国のことなどどうでも良くなってしまった。


 俺は今まで自分が勇者だからと人々のためを思って、さまざまな人を助けてきた。

 もちろん、理不尽な世界への怒りも大きかったけど、俺なりに精一杯頑張ってきたつもりだ。


 しかし、もう、なんか、どうでも良くなってしまった。

 なんでこんな国のためにやってるんだ、そう思ってしまった。


 もちろんなんの罪のない人たちを救うべきなんだろうけど……多分俺は、疲れてしまったんだ。


 だから、王宮を追い出されても、あまり何も感じなかった。

 しばらく呆然として時間が過ぎていったが、夕陽が顔を照らして、ひとまず故郷に戻ろうと、そう思った。




 また、帰路に着いた。

 片道一週間近いのに、俺はわざわざ何をしに王都へ行ったのか、よく分からなくなっていた。

 帰りの道のりが、あまりにも長く感じた。

 それでもジェミナには戻らないといけない気がして、歩き続けた。


 途中の宿場町や農村も戦争のための増税によって、生活が苦しそうだったが、それを見る自分が他人事だと思っていることに気づいて、自分が嫌になった。




 そうしてやっとの思いで戻ったとき、息を呑んだ。


 村の入口にある橋が外されていたのである。


 何かあったのだろうか。

 もしかしてここも、嫌な予感が頭を過ぎる。


 ここは王都からの情報が一週間遅れで届くような、辺境のど田舎だ。

 特に関所もなければ特産物も無いに等しい。

 だからインデランド王国の侵攻を受けるはずは無いと、勝手にそう思っていた。


 だがそのとき、人影が見えた。否、正確には人(・)影では無かった。

 こちらに気づいたその影(・)は人のような形をしているものの、肌は青黒く、頭には角が生えている。

 特徴は最近出会った魔物によく似ている。


 そう、魔王だ。


 しかし顔立ちは魔王よりもいくぶん幼く、その背丈も俺よりも小さい。


「お前が、勇者だな」


「ああ、お前は?」


「俺は、お前たちの言葉で言うなら、魔王、の子だ」


「……」


 魔王の、子ども?

 確かに居たのかもしれないが、魔王城ではまったく出会わなかった。

 前線には出てこないほど弱いのだろうか?

 いや、魔王の子どもだ。最後の切り札として隠されていたのかもしれない。油断は禁物だ。


 俺は腰の剣に手をかけ体勢を整えるが、正直もう戦いたくはなかった。疲れたのだ。

 だから話し合いを試みる。


「もう、やめにしないか。俺はもう二度と魔物に手をださない。だから許してくれないか」


 穏やかに言ったつもりだった。

 しかし彼は俺の声をかき消すように言った。


「許す訳ないだろ!!」


 そして、絞り出すように続ける。


「父さんは!……父さんは、優しかった。いつも魔物みんなのことを考えて、でも魔物の住む地域は食糧が少ないから、領土を広げて……父さんは、いつか人類と魔物が共存できることを信じて、でもみんなを守るために戦わなくちゃいけなくて……それで、父さんはインデランド王国を始めとする大国に、休戦条約を結ぼうとしていた。それなのに、お前は……!」


 それを聞いて、俺はこのとき、五月蝿いと思ったのだ。咄嗟に声を荒げる。


「そっちだって、魔王軍だってどんだけの人を殺してたか分かってるのか!!」


 冷静に考えてみれば、敵はまだ子どもなんだからそんな怒鳴る必要は無かったのかもしれない。

 でも俺はそのとき自暴自棄になりかけていたから、そんなことは考えずに、ただ感情に任せて叫んでいた。


「それはーっ」


 相手が言いかけたとき、俺はもう何もかもが嫌になって剣を振るっていた。




 気づけばそこにあるのは魔物の死骸というより最早血塗れの肉塊とも言えるものだった。


 俺はただひと言、なんなんだよ、と悪態を付いて、村の入口へ向かう。


 堀の向こうには心配そうにこちらを見る門番がいた。

 こちらが手を振れば橋を渡してくれたので、急いで中に入る。

 彼らはよく分からん魔物がずっとちまちまと攻撃をしてくるものだから困っていた。堀を越えられないようで、被害は少ないが倒してくれて助かった、とも。

 あいつが俺を狙って攻撃していたと知ったらこいつらはどう思うのだろう。

 俺は適当に受け流すと、もう、何も考えたくなくて、とにかくさっきあった事から目を背けたくて、自分の家へと戻った。




 その後は、俺も記憶が曖昧だが、酒と女に溺れていた気がする。


 あれから数週間が経ったある日。

 師匠に会った。


 エルフである師匠は歳を取らないからまったく見た目は変わっておらず、記憶の中の彼女と同じだった。

 俺は師匠に会えたことが嬉しくて、すぐに駆け寄った。今までの経緯を説明しようとした。


 しかし、彼女は俺の予想に反して顔を顰めた。


「何を言っているんだい。君、相当酔ってるんじゃないか。帰って寝なさい」


 俺はそれ以上何も言えなくなって、走って逃げた。


 今にして思えば、この時俺は酷い容貌をしていたのだろう。

 毎日酒に溺れ、金に糸目をつけずに女を抱き、ろくに睡眠もとらず、髭も剃らず……。

 師匠の心にあった純粋なころの俺と今の俺は一致しなくても仕方ないのかもしれない。


 そうだ抱いた女に調子に乗って勇者だとバラしたときも、すごいねーなんて言われながらも信じて貰えてはいなかった気がする。


 それほどまでに俺は変わってしまったのだろう。


 だから、仕方がないのだろう。


 ……仕方ないから良いのか?

 そんな疑問が俺を責める。


 いや、良い訳がない。

 そんなことは分かっている。


 じゃあ俺はどうすれば良いんだ。頑張って頑張って、確かに魔王を倒したのに、世界は平和になっていなくて……もう、何もかもが嫌になった。


 世界は俺に意地悪したいのだろうか。それとも神か。

 なんの得があって意地悪する?俺が何かを間違ったのか?

 毎晩そんなことをぐるぐると考え続ける夜が続いた。


 そんなこと考えてないで、今からでも真っ当な人生をやり直せば良いことは分かっている。

 頭では分かっているけど、身体が動かないのだ。


 そうして、数日が経った。

 これ以上は話すことも無くなってしまった。


 ただやっと、俺は死ぬ。この丘に登って腹斬って死ぬ。せめて、誰にも迷惑をかけないように村の外で一人で死ぬ。


 もう、楽になりたい。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

暗い話が続きましたが、次回から場面が現代に戻ってクライマックスまで駆け抜けますので、どうぞ最後まで見届けてやってください。


次回第7話「真実」は7/18(土)19:30公開予定


★★★★★評価、リアクション、感想等よろしくお願いします(_ _).。o○

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