第3話 帰路の記憶
目が覚めると、そこは木々に囲まれ虫の飛び交う天然のキャンプ地……と言うわけでは無く、四方が壁に守られた個室であった。
はたと起き上がり、光の漏れ出るカーテンを引けば外には青空が広がっており、小鳥の囀りが爽やかな朝を伝えてくれる。
「ああ、終わったのか」
口に出すと、同時に今までの鬱憤やら自責やら後悔やらといった想いまでも溢れたようで、少しだけ心が軽くなった。
「あ、おはようございまーす」
そう快活な笑みを見せて挨拶をするのはこの宿の若女将だ。
朝食出来てますよー、と添えられた気遣いに従って食堂に向かう。
定められた席につくと、卓上にはとても朝食とは思えないーー少なくとも旅をしていた頃にはありえないほどの豪華な料理の数々が。
本日のメーニューは柔らかいパンにごろごろと肉の入ったビーフシチュー、そして彩り豊かなサラダ。ここは小さな田舎町の小さな宿だが、余っていた旅の資金をふんだんに使ったお陰で最上級の料理を提供してもらったのだ。
四人で旅をしていた時と違って、資金には余裕があったからなんて実に皮肉な理由が頭を掠めて、首を振る。
もちろん、仲間が居なくなって良かったなどとは思うわけがない。
資金に余裕があって、魔王討伐後最初の宿だったこともあって、少しくらい良いかな、と思ってしまったのだ。
そう言い訳を考えてみるが、言い訳をする相手がいないことに気づいてしまう。
まあ、なんにせよ昨日は日も暮れかけた頃に息も絶え絶えになってたどり着いたこの村で、唯一の宿にチェックインだけを済ませると疲れ切って倒れるように寝てしまったようで、夕食に提供するはずだったものを今いただいているのだ。
ビーフシチューはよく煮込まれており、何よりも柔らかい肉が食べれることに感動を覚えた。
基本、旅の最中は保存食のカチカチのパンやこれまた塩辛いだけの干し肉、豆やその辺で採れた山菜を煮込んだスープくらいしか食べられず、どれも決して美味しいものでは無かった。
たまに食べられる魔物や野獣を仕留めて料理したこともあったが、獣臭く筋張っており、料理のスキルも大して高く無い俺たちには好んで食べるようなものにはなり得なかった。
だから数か月ぶりのまともな食事に、食事とはエネルギー補給のためだけのものではないことを思い出させられた。
スパイスの効いた肉は臭みもなく、口の中でほろける。
美味い。温かいご飯が全身に沁み渡る。
「ごちそうさまでした」
お腹いっぱいになるまで食べると、幾らか気分は晴れて、外へ出てみようという気になった。
「近ごろは魔物が減って助かるのよ」
そう嬉しそうに漏らすのは畑仕事に勤しむ一人の老婆だった。
「それは、良かった。ここの野菜は美味しいですしね」
自分が勇者であることを言おうか迷ったが、言わないでおく。
要らぬ混乱は避けたいし、もし今手助けを請われてもこの身体では何も出来ない。だから一先ずは勇者一行──いや、勇者ではなくただのいち冒険者として、王都に帰ることを目指そうということになった。
もしかしたら魔王軍幹部の壊滅に各地の魔王軍たちは撤退を始めているのかもしれないが、こんな田舎まではまだ情報が回って来てないのだろう。
「まあ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。冒険者さん」
そんなことを言う彼女とは軽くたわいもない話をした後に別れる。
ぽかぽかとした春の日差しの中、こうして散歩をしていると、この間までの冒険の日々が嘘のように思えてくる。
魔王との戦いの記憶は、その時の俺がひどく興奮していたからか、フィルター越しに見るような気持ちになった。
だから俺は、今にも後ろを振り向けば三人の喧しい奴らが居るような気がしてならなかった。
魔王を討伐した後の空は気分はこんなにも清々しい。
そう、自分に言い聞かせて、俺は再びあてもなく放浪した。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
次回第4話「謁見の記憶」は7/11(土)19:30公開予定
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