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第1話 戦いの記憶


 太陽の光が瞼を照らし、俺の意識が急速に浮上する。


「くっ……」


 猛烈な痛みを我慢して身体を無理矢理起こすと、左手の空が光に包まれている。左手、つまり北側を向いて立つ城に向かって左手だから、東側。

 朝日であった。


 しばらくはぼんやりと朝日を鑑賞した俺は、こんなところで何をしていたんだっけという自問をするくらいには、なんとなくまだ夢の中のような気分が抜けない。

 全身が痛むために躊躇していたが、覚悟を決めて身体を捻る。

 痛みとともに朝日に照らされた現実が目に飛び込んだ。


 そこには、確かにあった戦いの跡だけが、他人事のように残っていた。


 すぐそこには確かに魔王のマントが落ちており、その死骸の異形さは朝日に照らされてより強調されている。

 青黒い肌に、僕たちよりもひと回りもふた回りも大きい図体は、嫌な生々しさがあった。

 その近くにはその禍々しい首が転がっており、人型をこねくり回したような形容し難い頭には角があり、それが人とは相容れない魔物であったことを物語る。


 もしかして。


「勝った……のか」


 自然と漏れ出たその声は掠れて、更に震えてもいたから、まるで格好がつかなかった。


 けれども、確かにその勝利は俺の中でゆっくりと咀嚼されて、それに呼応するかのように一筋の涙が頬を伝った。


 ──師匠、俺、勝ったよ。


 もうこれで、俺みたいに、貧しい思いをする子も居なくなるんだよね?


 口減らしに捨てられる子も居なくなるんだよね?


 もう誰も無理して気張って出征しなくても良いんだよね?


 それをまるで嬉しいことのように笑って見送らなくて良いんだよね?


 静かな問いに答えるように爽やかな風が俺をくすぐった。


 そうして、立ち上がって帰ろうとして、気づく。


 倒れた魔王の向こうには倒れた魔法使いが見えたのである。

 彼女の首から上は無く、無惨にも赤い血液で岩が染まっていた。


 はっと息を呑む。辺りを見回して、動きが止まった。


 ドワーフの戦士は手足が捥がれて転がっていた。

 居ても立っても居られなくなって駆け寄ろうとして、足元に何かがぶつかる感触に初めて足下の彼に気づいた。


 僧侶。

 こちらに手を伸ばして倒れたその姿は焼け焦げ、出血もしていて、実に痛々しい。


 再び否応にも現実を突きつけられた俺は、昨日のことを思い出す。




 振り返ってみると、やはり俺は勇者足り得なかったと、そう思ってしまう。


 勢いに任せて育ての親である師匠のもとを飛び出してきて国で冒険者として名を上げ、王に見出されてここまで来てしまったが、旅は順調であったように見えて、そうで無かった。

 俺は仲間を見ているようで、()ていなかった。


 俺は確かに魔王を殺したいほど憎んでいるし、実際にやろうと思えるくらいには強い。

 でも、いくら強かろうと、個人の力量ではどうにもならないことが、この世にはある。


 一瞬の出来事だった。


 僧侶の祝福を受けた俺たちはドワーフ野郎の動き出しを合図に、散開する。

 前衛の攻撃に怯んだところを続いて、魔法使いが霧を発生させるとともに氷砲弾を撃つ。

 そして極め付けは俺が一撃。

 それで首を断ち、俺たちは勝利に至る。

 ──はずだった。


 作戦を決行しようとドワーフの方を見るが、すでに前衛の姿は無い。

 ああああ私が死ねば良いんでしょうそうよなんで私なのよ、などと訳のわからないことを喚き散らす魔法使いを見れば、霧の向こうの彼女は既に首から上が無かった。

 僧侶は辛うじて致命傷を避けたようだが、こちらに駆けようとしたところで敵の炎射に包まれた。

 俺はというと、一歩も動かない。


 魔王との戦いというのだからもっと長期戦になるものだと思っていた。それが、このザマである。

 俺は何を間違えた?ただ、自問を繰り返す。

 己の無力さを知り、腹が立った。偉そうなことを言って、調子に乗って、ここまで来て、でも俺は苛立ちが収まらなかった。いざという時になにもできない自分が憎かった。

 正直、そう気づいてしまうと同時に帰りたくなった。故郷、ジェミナに。あの大きな桜の木の脇の家に。師匠のもとに。

 俺だって一人の人間にすぎなかった。


 しかし、俺はもう"勇者"だった。


 勇者という言葉の重圧を、今になってようやく理解した。


 俺は、勇者足り得ない。

 それは分かっている。

 分かっているけど、だからといって俺が勇者であることは紛れもない事実で、だからもう俺にできることと言ったら仲間の想いまでその剣に込めることだけであった。


 ──師匠、ごめん。

 エルフの師匠の整った顔立ちが脳裏に浮かぶ。


 ──幸せになった姿を、私に見せに来なさい。

 師匠と最後に交わしたひとつの約束。

 そのひと言に、師匠の泣きそうな顔に、心の中で伝える。


 ──俺、もう約束、果たしちゃってたんだ。


 捨て身の攻撃に魔王の顔は見えない。

 笑っているのか。怒っているのか。驚いてくれていたら良いな。


 そんな考えを、俺の全てを、右手の一振りに集中させて、振り下ろす。

 何年も使い続けたこの剣は、どこかの洞窟にあるとかいう伝説の剣には及ばないかもしれない。

 でもそんなものよりもずっと、俺の意思を汲んだ動きをしてくれる。俺の最大限を引き出してくれる。


「かはっ」


 気づけば口から溢れ出たのは大きな赤い塊で、それを追うように身体中が燃えるように熱くなった。

 必死に辺りをみれば、のそのそと離れていくひとつの影があった。それは人というにはあまりにも恐ろしく、形容し難い容貌をしており、まさに斬られかけた首を必死に抑える魔王であった。


 そう、あの魔王が逃げていたのである。


 それは己の力が証明されたことであるが、同時にトドメを差し切れていないことも意味する。

 俺の、勇者の渾身の一撃は魔王には確かに重いダメージを負わせたが、すんでのところで致命傷には至らなかったのだ。

 それに気づくと同時に追撃をしなければならないと心が訴えた。

 俺はすぐに次の構えをしようとして、身体が動かないことに気づく。


 やっとのことで僅かに首を動かして自分が地面に倒れてることを認識し、そのまま視線をずらして、息を呑んだ。

 (はらわた)が覗くそこは、見るにも耐えない状況であった。

 死ぬ。そう思って、悔しさに飛び出た腑が煮え繰り返るかと思った。


 そのときである。


 どぉんという轟音が響いた。魔法だ。そしてその威力は大して強いものでも無かったが、確実に魔王の首を落とした。


 次いで魔王が崩れ落ちるのを見つめていると、その顔が泣きながら笑うような、そんな顔に見えた。


 突如、黒い光に包まれる。

 まずい、最後に何か大技を残していたのなら防げない。そう思ったが、その後光は消え、確かに魔王はその場に崩れた。


 ふと、俺の名前が呼ばれた気がした。

 反射的にそちらを向こうとして、痛烈な痛みにそれを諦めると、だんだんと視界がぼやけていき、遂には消えたのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

諸事情により投稿が1日遅れてしまってすみませんm(_ _)mまあ古今東西作家は〆切を守らないもn…((殴


次回第2話「仲間の記憶」は7/7(火)18:00公開予定


今後の公開予定(変わるかも)

第3話7/9(木)18:00

第4話7/11(土)18:00

第5話7/12(日)18:00

第6話7/15(水)18:00

エピローグ7/18(土)18:00


★★★★★評価、リアクション、感想等よろしくお願い致します(_ _).。o○

皆様の応援が作者の励みになります。まじで


最後になりましたが、今回の作品をもちましてとあるシカとしての執筆活動に一区切りをつけたいと考えております。高校生最後の作品、最後まで見届けていただけると幸いです。正直エピローグまで本編並みというかそれ以上に重要ですので、是非ともそこまでお付き合いください。

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