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bMye  作者: ぱんだ郎
12/12

12 薬術のお仕事は好きですか?

 一階したへ行くぞと言うなりクヅキがタツミの腕を掴む。

 タツミは声をあげる間もなく作業部屋を引きずり出された。


「いや、いや、いや。え、え、え」


 後ろからブロッサの「いってらっしゃ〜」というのんきな声だけが追っかけてきた。助けてはくれないようだ。

 タツミに抵抗するすべはない。


「で? どの布にしたんだ、お前」


 タツミを容赦なく引っ張りながらクヅキが聞いてくる。


「え、え、え。あ、えっと、俺」


 状況についていけないながら、タツミは一生懸命考えて答えた。


「あの、布は、えっと」


 でもタツミはさっき決めたばかりの布地の名前も覚えてはいなかった。

 タツミが覚えてるわけなかった。


「あ、なんか、高いやつ……だったので、もしダメなら、俺変えるので」


 なんか高くていいやつ、みたいなことだけ思い出し、そっと窺うように言ってみる。

 新人の、試しに作る紋衣だ。そんな高級素材はもったいないと怒られるかもしれない。


 しかし、クヅキは「ふうん」と気の抜けた返事を寄越した。


「いいよ、別に。どうせブロッサが選んだ布だろ。作りやすさとか、刺繍のしやすさも考えて選んでるだろうし」


 クヅキの中でお値段はさしたる問題でないらしい。


「あ、でも。色はどうした、タツミ?」


 紋衣は魔術紋こそが肝心。デザインや色などどうでもいい。いつもそんな感じのクヅキが、珍しく色を尋ねてくる。


「えと、俺、明るい、でも白じゃない、うっすい黄色みたいな、そんなやつにしました」


 もはやアイボリーという言葉も出てこない。

 うっすい黄色、というタツミの説明にクヅキはやや首をかしげた。


「へー、うっすい黄色……うん、まあ、それなら刺繍も見えやすいだろうから、問題はないな」


 やっぱりというか、クヅキの懸念はデザインではなく刺繍だった。


「にしても。“うっすい黄色”って、お前それ好きなの?」


 クヅキは文字通り薄い黄色の紋衣をイメージした。それは、着るにはちょっと微妙な色に思える。

 タツミは芸人でも目指してるのかと思う。


「あ、や、別に。そういうわけじゃ、ないんですけど。えーと」


 なぜその色に決まったのか。説明しようとタツミは脳みそを総動員する。


「ブロッサさんが、マジックカラー?っていう筒を貸してくれて」


「ああ、うん、よく客に使うあれな」


「それをぎゅっとしたんです、俺。でも色がなくて」


「色がない? お前、魔力の色が出せなかったのか?」


「えと、そうなんですけど、そうじゃなくて。色はないけど、白っていうか。明るい光みたいな感じだったんです、俺」


「ふうん? 明るい光? ああ、そっか。あれって正確には、魔力を色にしてるんじゃなくて、光に変換する術式が仕込んであるからな」


「なるほど?」


 クヅキがなにを納得したのか分からないが、とりあえずタツミもうなずく。


「確かに。タツミの魔力っぽいよな、明るい光色」


 タツミを引っ張りながらクヅキがクスクスと笑う。

 無魔力なクヅキのイメージでも、タツミの魔力は“くせのない透明な水みたい”な魔力だ。あまりにもぴったりでおかしかった。


「はあ、ですかね。それで、でも真っ白じゃなくて少し黄色っぽい布がいいんじゃないかって、ブロッサさんに言われて」


「へー。タツミもそれが気に入ったのか?」


 あらためて聞かれて、タツミはきょとんとした顔でクヅキを見つめ返した。


「えと、俺」


 そうだ。完成したらどんな感じだろうか、と想像しようとしたところへクヅキが飛び込んできて、だからタツミはまだいまいちピンと来てないのだ。


 クヅキはタツミを引っ張り、工房の二階から外へ続く階段を降りていく。もう間もなく一階のパン屋へ踏み込むだろう。


「あの、あの、クヅキさん!」


「ん、なんだ?」


「今日は、大家さんのとこは、なにを謝りに行くんですか?!」


 この間引きずられてなし崩し的に行ったら、パン屋の前に死体を遺棄したことの謝罪だった。ものすごく怖かった。

 またそういうのだったら、タツミは嫌だ。


「いや、別に謝りに行くわけじゃないけど」


 クヅキたちは裏街住まいとはいえ、“とっても常識的な店子”である。そうそう毎回大家に謝罪してたりは、しない。


「あ、いや。やっぱりそうだな。この間の謝罪の続きと言えば、続きだった」


「つ、続き?」


「うんそう。ほら、あのとき大家に、誠意として新しい薬術紋作りに付き合えって言われただろ? さっき、今から来いって言われて」


 ああ、とタツミも思い出す。

 あの時大家は、クヅキの金銭的謝罪を突っぱねて別の要求をし、クヅキがそれを受け入れたのだった。

 それを今から果たしにいく、ということらしい。


「……急ですね。え、あ、でも。薬術紋?を作りに行くんですよね?」


「ん、そうだけど?」


「俺、薬術も紋も分からないし、居ても役に立たないと思うんですけど。俺、なにするために」


 道連れにされるんですかね?とタツミは不安げに聞いた。


 大家は(いろんな意味で)怖いのに、意味もなく連れていかれたくはない。

 あと、なにもできずに無意味に座ってるのもつらい。


 パン屋の扉の前で足を止めたクヅキはタツミを振り返った。


「タツミには頼みたい仕事がある」


 そして手を引っ張って前に押し出し、先にタツミをパン屋へ突入させようとする。


「え、え、え、俺、なに?」


「今から魔術紋を組む間、大家のところでしばらく過ごすだろ」


「え、はい」


「その間、扉を開けたりーとか、キャップをあけたりーとか、魔動機動かしたりーとか、俺はできない」


「あ、はい」


「それを大家に気づかれたら、魔力ないのがバレるだろ」


 驚いたタツミの肩が跳ねる。


「だから、タツミには、俺ができないことをさりげなーく分からないよーにやって、バレないように助けてほしい」


 振り返って見たクヅキの目は真剣で、タツミはクヅキに本気で頼りにされている。

 これは、これはとても重要な仕事を任されている、とタツミは思った。


「は、はははいっ、俺、ま、任せて、ください!」


 鼻息荒く、力を込めてうなずくタツミをクヅキはちょっと目を細めて見た。


「あと、まあ適当に、大家の雑談の相手してくれたら、仕事が捗って助かる」


 ちょっと嗜虐趣味のあるあの大家の相手をしながら薬術紋を組むのは心労甚だしい仕事だ。

 ただの護衛ならライドウやモズクでいいのだが、なかんずく相手が大家となるとあの二人――ともかくライドウと大家の相性は最悪だし、愛想のないモズクは大家を無視するし――よりもタツミが最適。

 というのがクヅキの肚の内で、だからたぶん供物くもつに出されているも同然だった。



「じゃあ頼りにしてるからな。よし、行くぞ」


 もちろん、タツミにはクヅキの肚の内など知るよしもない。


 タツミはクヅキに背を押されるままに一階のパン屋へ足を踏み入れた。


 こじんまりとした店内に香ばしいパンの匂いが満ちている。

しかし、そこに大家の姿はない。

 クヅキはカウンターの向こうにある奥へ通じる戸口を覗き込んだ。


「こんにちはー。お邪魔しまーす」


 はいはいと答える声がして、間もなく奥から妖艶な美女が姿を現した。

 今日は店は休業なのだろう。普段ほど派手ではないが、黒いオフショルダーのワンピース姿で、横に流した髪のかかる肩がひどくなまめかしい。

 艶やかな唇は落ち着いたサーモンピンクで、やや気だるげな雰囲気がかえってタツミをどぎまぎさせる。


 年齢不詳のこの美女が、クヅキたちの(おっかない)大家だ。


「あら、待ってたわ。どうぞ、おあがりになって?」


 大家は二人を認めるなりすぐ奥へと誘った。

 その背に本当についていっていいのだろうか。そこはかとない恐怖に躊躇するタツミをクヅキが容赦なく押す。


「なにしてんだ。早く行けタツミ」


 カウンターを回り、奥への戸口をくぐり、薄暗い廊下を進む。

 店の奥は静かだ。変な声とかが聞こえてくることはない。ないが、むしろ静かすぎてなんか怖い。

 店に大家以外には誰もいない、ただそれだけなのだろうが。なぜかタツミにはその静けさが、大勢が息を潜めているような、そんな気がしてならない。


「あの、クヅキさん。ここって、他の店員さんとか、いないんです、ね……?」


 売場からすぐ近い扉のひとつの向こうから、大家の手がタツミたちを招いている。


「…………うん、大丈夫。大家の本式の薬術工房は地下だから」


 クヅキの返答はまったくタツミの質問に答えていないし、なにがどうしてそれが大丈夫な理由なのか分からない。


 分からないまま、タツミは白い手の招く部屋へ入るしかなかった。


 こじんまりとした、休憩スペースのような部屋。大きなテーブルといくつかの木の椅子。最低限の給湯設備に実用一点張りのカップボード。

 全体的に飾り気というものがない。


「扉は閉めてくださる? お茶を淹れるわ。お座りになっていて」


 立ち尽くすタツミにうっすらと笑みを向け、大家は湯を沸かし始めた。

 後ろのクヅキにつんつんとつつかれて、ようやくタツミは我に返る。

 クヅキが指差す扉を閉め、さっさと座ったクヅキに続いて隣にもそもそと腰を下ろした。


 誰もしゃべらず、湯沸し器が蒸気を吐く音だけが響く。

 やがてふんわりとオレンジティーの香りが漂った。


「どうぞ」


 目の前にティーカップを置かれ、タツミは恐縮する。湯気のたつお茶は澄んだ紅色で、でもこれは飲んで大丈夫なやつなのか、どうか。

 タツミたちの大家であるこの美女は、恐ろしくも大変よろしくないヤク入りパンの売人、である。


「遠慮なさらないで、こちらもどうぞ」


 ひどく愛想のいい声音で言いながら、大家が丸くて大きなクッキーの缶を出す。


 一階のパン屋のパンは死んでも食べない。

 パンを勧められたら笑顔で買え。そして捨てろ。

 それがタツミが最初に約束させられた就業規則だ。そして、この場合は……?


「あらあ、なにか心配なのかしら?」


「え、や、あの」


 大家はおろおろしているタツミを艶然と見下ろしている。


 横でクヅキがちっちゃくため息をついた。


「……俺は腹空いてないからいらないが。タツミ、お前はもらえよ。食べられるんだろ?」


「え、あ、はい」


 どうやら食べていいらしい。

 タツミは大家に礼を言ってクッキー缶に手を伸ばす。

 別にタツミもお腹が空いているわけではないが。おもてなしに出されて食べないのも失礼だ。


 クッキー缶はまだ封印のシールがついたままで未開封、どうやらどこかで買ってきたものらしかった。

 変なものが入っている心配など、そもそも必要なかったのだ。


 そっと安堵の息を漏らすタツミを大家は楽しそうに見つめている。


「それで、新しく作りたい薬術ってのは?」


 謝罪相手の機嫌が上向いたところで、クヅキは用件を切り出した。


「今までの薬効と少しばかり変えたいのよ」


 口許で弧を描いた大家がオーダーを取り出した。

 その書き連ねを目で追って、クヅキがわずかに顔をしかめた。

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