11 タツミのマジカルなカラーを選べ
長らくお待たせいたしました
「よしっ! じゃ、タツミがちゃんと生地を選べたところで」
「え、はい」
どうやらブロッサの中では、タツミが自ら生地を選んだということになっているらしい。
タツミは敢えて逆らわない。もうそういうことでいい。
ブロッサは新たに布切れの束を取りだした。
「無地だけでもこれだけ色があるけど。タツミはどれがいい?」
紋衣の色選びだ。今度こそタツミは自分で決められるのだろうか。
いや、きっとまたタツミに選択権はないのだろう。とタツミは思う。
「はい」
突然にこの色、と言われてもいいように心の準備をして、タツミはブロッサを見つめた。
ブロッサも大きな瞳でタツミを見ている。
タツミはブロッサがなにか言うのを待った。
「ねぇ、タツミ。布を見て。布を」
ブロッサの顔を見ていたって布の色は選べない、とブロッサは呆れる。
「え、はい?」
だのにタツミときたら、ちょっと驚いた顔でやっぱりブロッサの顔を見つめ返す。
「だから。どの色が好きか、布を見て選んで」
ぱしぱしサンプルを叩きながらブロッサが言うと、タツミは「えっ」と素っ頓狂な声をあげた。
「え、俺が選ぶんですか?」
「だからそう言ってるでしょ!」
「あ、あ、そうなんですね」
てっきりどうせまた自分で選んだりはできないと決めてかかっていたタツミは、慌ててブロッサの見せてくれるサンプルへ視線を移す。
布切れがたくさんある。比較的落ち着いた黒とか茶とかもあるし、青とか緑とか赤といった色もそれぞれ暗い色合いから明るい色合いまであるらしい。
タツミの目は泳いだ。
「えと。本当にいろいろ、あるんですね」
色がいろいろ、なんちゃって。
「用途の広い生地だから」
色を選べと言われたタツミの中で、戸惑いがもくもくと沸き上がってきた。夏の入道雲みたいだった。
実は、タツミは自分で自分の好きな色とか、選んだことがない。
服とか、食器とか、小物とか。自分の“好きなヤツ”を選んで買ってもらったこととか、ないのだ。
「あの、俺、別に好きな色とか、特になくて」
「そうなの?」
「は、はい。なので、えっと、お、おすすめ……とかって、ありますか?」
恐る恐るといった体でそう言うタツミをブロッサはぱちくり見つめた。
そうやってタツミを観察し、「あ、本当に服の色を選べなくて困ってるんだな」と気づく。
あまりファッションに興味のない男子高校生なら、そういうこともまああるだろう、とブロッサは思った。自分の服ぐらい自分で選べ、と思わないでもないが。
「じゃあ。まず一つ聞くけど」
「え、はい」
「タツミが持ってる服やいつも着てる服って、今日着てる服みたいな同じ感じ?」
「ええと」
タツミは、自分の今日の服を見下ろした。
クヅキが作ってくれたシャツ。色は白。
兄のお下がりのくたびれたイージーパンツ。この間切られてしまったスボンは結局捨てたので、現在タツミの一張羅だ。色はネズミみたいなくすんだ色。
「そう、ですね。だいたいこういう感じです」
「だったらコーディネートは考えなくてよし、と」
「こーでぃねーと?」
「新しい服を買うときは、もう持っている服と色が合わせやすいかどうか考えて買うでしょ」
でしょ、と言われたのでタツミはとりあえずうなずく。でもタツミは考えないし、服も買わない。
「白とか黒とかグレーとか、無難な色だから。どんな色の上着を持ってきても、だいたい大丈夫ってこと」
どんな色でも大丈夫、と言われてタツミはなおさら困惑する。
困り顔のタツミに対してブロッサは朗らかな笑顔を見せる。ついでにぽんぽんとタツミの肩を軽く叩いた。
「ちょっと待ってて、タツミ」
鼻歌交じりに部屋を出ていく。すぐに戻ってきたブロッサは30センチぐらいの筒を持っていた。
「なんですか、それ」
「マジカルカラー」
なにやらピンクとシルバーで可愛らしくデコレーションされたそれをブロッサは妙ちきりんな名前で呼ぶ。
タツミは聞いたこともなく、首をかしげた。
「え、知らない? 小学生のころとかに流行らなかった? こうやって握って魔力を込めて」
ブロッサが両手で筒を包むようにぎゅっと握る。
「それからこうやって覗くと、中が魔力の色に染まるってやつ」
筒をタツミの目に差し伸べてくる。よく分からないままタツミは筒の中を覗いた。
明るい赤がくるくると踊っていた。
「え、え、この赤いのが?」
「そそ。私の魔力の色ってこと」
へええええと驚いて声をあげるタツミに対し、ブロッサは軽く肩をすくめた。
「ま、でも、オモチャだから、これ。適当な紋で魔力を色に出力してるだけで、別に色にも意味はないし」
ただ面白いので、小学生ぐらいに流行って「わたしの色は何色~」みたいなやりとりをするのが義務教育だ。
タツミが知らないのは、男子だからか、友達がいなかったかだろう。ブロッサ的に後者だといたたまれないので、突っ込んで聞くのはやめた。
「オモチャとはいえ、この色をパーソナルカラーってことにして、ちょっとしたおしゃれの差し色に使ったりすんのよ」
そう言ってブロッサが自分の耳のピアスを弾いて揺らす。そこには鮮やかな赤い石が輝いている。
「ま、色やファッションで客が決めきれなくて悩んでるときに、これを持ち出して『この色にしましょう』って言うとすんなりいくっていう、そういうネタなんだけどね」
タツミが色を決められてなくて面倒だったから、マジカルカラーで適当に色を見繕って適当に決めさせよう、ということだ。
ぞんざいな扱いを受けていることを面と向かって言われたタツミだが、もちろんよく分からず「そうなんですね!」と感心している。
工房は今日も平和だ。
「このマジカルカラーは、小学生が駄菓子屋で買うちゃちなヤツじゃなくて、一応そこそこいい紋入れてあるヤツなの。色のバリエーションが多くて面白いから。ほら、やってみて」
ブロッサが筒を振って中をリセットし、それをタツミに差し出す。
タツミはおずおずと受け取った。
「え、ええと。握って? 魔力を?」
「そうそう。難しいこと考えないで、ぎゅっと握ればいいだけ」
言われるまま、タツミは目をつぶってむぎゅっと握った。
「おっけー。ほらタツミ。覗いてみなさいよ」
ドキドキしながらタツミは筒を覗く。
中はなにもなかった。
「え?」
目をぱちくりして、タツミはもう一度覗く。
しかし、やはり中に色はなかった。
「え? え? え? あ、俺。俺の魔力が低いから、だから」
魔力が少な過ぎて色にならなかったのだ。あまりな事実にタツミが打ちのめされる。
ちょっと泣きそうになっているタツミにブロッサは顔をひきつらせたが、でも即座に「そんなわけないでしょ!」と強くタツミをはたいた。
「魔力が少なくて、制御もおぼつかないような小学生だってできるんだから、これ。タツミだってできてるはずだから!」
いくらタツミの魔力がどちゃくそ低くてコントロールの苦手な無能でも、それでも成長期前の小学生に劣るはずがない。
「ほら、もう一回。私も見るから」
リセットした筒をタツミに握らせる。
タツミは、世界に絶望した諦め顔でむぎゅっと筒を握りしめた。
すぐに筒を取り上げてブロッサが覗く。一瞬眉根を寄せたが、「あー」と脱力した声をあげて顔をあげ、タツミに向かって笑った。
「タツミ、大丈夫よ。ちゃんとあんたの魔力の反応でてるから、これ」
そう言って渡された筒をタツミも覗く。でもやっぱり中に色なんてない。
「ううん、違うの。それ、色なの。なんて説明すればいいのか、ええっと、つまり光っていうか、無色っていうか、無理矢理いえば白く光ってるっていうか。うん、たぶん」
なにも魔力が入ってない状態だと筒の中は暗いはずなのだ。しかし今の筒の中は明るい。つまり、これがタツミの“色”ということになる。
もっとも、ブロッサも初めて見る反応で、たぶん恐らくめちゃくちゃ珍しい。
「はあ。え、でも、……無色……」
「うーん、無色というか。ほら、太陽の光とかとおんなじよ。意識しなければ無色に思うかもしれないけど、色としては白なんだってば。光の色の三原色、赤青緑を混ぜると白になるでしょ。明るい光は白なの」
「はあ」
「ま、タツミらしいじゃない」
「……無色が?」
まあ、無色を無職にかけたら、ちょっと前のタツミそのものなので、らしいと言えばらしい。
「じゃなくって! 魔力が陽の光みたいってのは、タツミがお日さまみたいにぽかぽかなやつってことよ」
マジカルカラーで出た魔力の色に意味はない、というのはさっきブロッサに説明されたばかりだ。お日さまみたいなんて、ブロッサの適当な慰めである。
さすがにタツミもそれで誤魔化されるほど単純ではない。
嬉しくない。というか、落ち込む。
「……でも、無色だと、服の色が……」
「だから無色じゃなくって、白がタツミのパーソナルカラー。うん、タツミなら明るい色が似合うし。こんな色はどう?」
そう言ってブロッサがひとつ色サンプルを抜き出す。
「真っ白でも悪くはないけど、それよりかは少しだけ黄色味の入ったアイボリー。明るくて、柔らかくて、暖かい感じで、タツミっぽいと思う」
「はあ」
手渡されたそれをタツミはさわさわと撫でた。ほのかにクリームがかった布地は、明るいが落ち着いた色味でタツミを不安にさせる派手さがない。
これが服になったらどんな感じだろう。
乏しい想像力を総動員してみたが、タツミには服も着ている自分も思い浮かべることはできなかった。
「……俺、これ、…………似合いますか?」
似合わないと思うならブロッサがお勧めしてくるわけもない。聞くまでもないことなのだが、タツミとしては確かめずにはいられない。
恐る恐る尋ねたタツミに対してブロッサは、大きく力強くうなずいた。
「似合う。これに明るいグレー、ブルー、グリーンあたりで刺繍を入れたら、カッコよくなると思う」
そう言われても全然想像できないのだが、タツミはまんざらでもない気がしてきた。
もう一度サンプルの布を見て、それを着て飛ぶ“カッコいい自分”をもやもやもや~と思い浮かべようとして。
「タツミーっ、仕事だ!」
突然部屋へ飛び込んできたクヅキに邪魔された。
「あ、え、クヅキさん!?」
ブロッサが居ることに気づいたクヅキが「おや」という顔をする。
「なんだ、ブロッサ。なにか用か?」
「ううん。タツミの紋衣の生地を決めてただけ。お客様は?」
「ああ、無事お渡しが済んで、帰った」
今日はお客様が死んだりはしなかったようだ。
「で、生地は決まったのか、タツミ。急いで一緒に来てほしいとこがあるんだけど」
「あ、だいたい、これっていうのは。え、どこ行くんですか?」
急な話に動転するタツミにクヅキがにんまり笑う。
なんだか、すごく、タツミを不安にする笑みだった。
クヅキがぐいっと親指で足下を指し示す。
「一階。大家のとこへ行くぞ」
タツミの主は、またなにかしでかしたに違いない。




