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bMye  作者: ぱんだ郎
10/12

10 流されること、ウォータースライダーのごとし

おっひさしぶりです


 ブロッサがクヅキの部屋を覗くと、タツミが一人でなにか作業をしていた。しかしその手の動きはあんまり早くはない。というか、のろい。

 ブロッサがびっくりするぐらい、のろかった。それでもタツミの顔は真剣そのもので、どうやら全力で取り組んでいるらしい。


 ブロッサが声をかけたのに、集中しているタツミはちっとも気づいてくれない。


「……ちょっとタツミー」


 クヅキは留守なのだろうか。ブロッサは勝手に部屋へ入ることした。


「ねぇ、タツミったらー」


 作業するタツミの横に立って耳へ息を吹きかける。タツミが顔をはね上げた。


「ぴゃあっ。え、あっ、ブロッサさ、え?」


 相当驚いたのだろう。間近いブロッサの顔を見て、タツミは目を丸くしている。

 ブロッサはいたずらな笑みを漏らした。


「なに、タツミ。あんた、刺繍の練習してるの?」


「え、あ、はい」


 ブロッサは手元をのぞき込む。タツミの手には大きな刺繍枠と針が握られている。


「俺、いま、魔力回路、作ってて」


「へえ。ちょっと見せてよ」


「え。あ、はい」


 タツミは素直にやりかけの刺繍を差し出した。


「俺、まだあんまり早くできなくて。まだ形になってないんですけど」


 なるほど、確かに刺繍枠のなかに小さな図形のようなものが刺繍されてる。でもまだそれがなにか、ちょっと分からない。


「あの、どう、ですか?」


 どきどきしながらタツミは聞いた。まだ回路の形にはなっていないが、お裁縫のプロ(ブロッサ)から見て刺繍が綺麗にできているか聞きたかった。


「そうね、なかなかいいんじゃない」


 ブロッサが刺繍の一針一針を指先で確かめながら答える。


「……タツミって、思ってたより器用……」


 そして、なんかちょっと失礼な感じの一言を漏らした。

 ブロッサから見ても、タツミの刺繍は丁寧でなかなか悪くない出来映えなのだ。ついつい意外だという気持ちが漏れて声に混じってしまう。

 しかしタツミは腹も立てず、なぜだか照れる。


「そんな、俺、器用ってほどでも」


 別に褒めてない、と言いかけた口をブロッサは閉じる。この場合は普通に褒めればいい。褒めていいできだろう。


「ううん、器用だって。ほぼ初めてでしょ、刺繍。最初からこんなに上手にできないって」


 褒められ慣れていないタツミは、顔を赤くして小さくうつむく。しかしその目が嬉しそうに輝いていて、口元も緩んでいるのをブロッサは見逃さなかった。


「すごいじゃない、タツミ!」


 タツミがもごもごと口を動かす。


「でも、俺、すごい遅い、ので」


 ああ、確かにタツミの動きはものすっごく遅かったな、とブロッサも思う。あのスピードで一針一針刺していたら、完成まではずいぶん時間がかかるだろう。タツミにも自覚はあるらしい。


「逆にあれだけゆっくりできるっていうのもすごいけどね」


「う。俺、すみません」


「違う違う。褒めてんの」


 今度はブロッサも褒めるつもりで言ったのに、タツミに伝わっていない。

 タツミはきょとんとした顔を上げた。


「あたしなんか、丁寧にきれいに仕上げなきゃいけないって分かってても、性格的にわーってやっちゃうのよね」


 服飾学校時代には作品制作のためにブロッサも刺繍やビーズ付けをずいぶんやったが、どれもこれも焦って雑になりがちだった。いまいちなできによく先生たちにツッコまれたものだ。


「ほら、小さくて細かい作業を地道にやるのって、適正いると思わない? もちろん早くきれいにできるってのが最強でしょうけど。でも、遅いって自覚してても、焦らず一針一針積み上げられる人間が、刺繍に向いてると思う」


 ブロッサの目がまっすぐタツミを見つめている。


「タツミは刺繍に向いてる人間ね」


「俺」


 右へ左へとタツミの目が泳ぐ。


「俺、よく分かんないですけど」


 でもクヅキもタツミは刺繍師に向いている、と言ってくれた。


「最初は難しいかなって思ったんです」


 最初のタツミはガチガチに緊張して測るように一針を刺していた。


「でも、ちょっとだけ慣れたら、なんか上手く刺せると気持ちよくて。なんていうか、のんびり散歩してる気分ていうか」


 うまく言葉にはできない。

 タツミにとっての刺繍は、ゆるゆると山で口笛吹いて歩いているような、そんな感じだった。


「ふうん。よく分かんないけど、悪くないじゃない。それにしたって遅いけど」


 ブロッサの物言いときたら、まったく容赦というものがない。


「……ですね」


「ま、焦らずやんなさいよ」


「はい」


 返された刺繍を手のなかで転がしながら、タツミははたと気づいてブロッサを見上げた。


「あ、クヅキさんなら、いまお渡しのお客様が来てて下に行ってますけど」


「別にクヅキに用があって来たんじゃないの。タツミの紋衣の布サンプル、持ってきた」


 ブロッサが小脇に抱えていたケースをタツミの前へ取り出した。

 タツミはそれをワクワクしながら見つめる。布のサンプル、つまりとうとうタツミの紋衣の布選びをするのだ。

 タツミが、自分で紋衣の布を決めるのである。


 ブロッサがケースを開けると、短冊状に切られた布が並んでいた。色や質感の違う布切れのようだ。


「紋衣だから、素材を考えなくてもオールシーズンいけるでしょ。季節は考えなくていいから」


「えっと?」


「紋衣はね、温度調整の魔導紋を入れられるから。厚い生地の夏服とか、薄手の冬服も作れるってわけ」


 冷却効果の魔術を紋にして組み込めば、真夏に羊毛の分厚いコートを着込んでいたって快適に過ごすことができる。


 まぁ問題は、タツミの紋衣に余分な紋を組み込む余裕があるかどうか、だ。

 たぶん、ないだろう。

 ないだろうが、無理矢理にでも入れろと言えばクヅキはぶちくさ言いつつも組み込む、とブロッサは知っている。


 だから平然と押し通すつもりだった。


「なるほど、そうなんですね」


「そう。だから、今回はタツミの縫製のしやすさと触り心地の好き嫌いで布は決めましょ」


 ブロッサがサンプルを取り出し、タツミに渡す。


「おすすめの生地で3種類持ってきた。まず一つ目」


 柔らかくて軽い布だった。表面がふわふわしている。


「触り心地いいですね、これ」


「そうね。それがコットンフランネル」


「こっとんふら?」


「綿のフラノ生地。いいでしょ。ただ、表面が起毛加工で、この布は少しだけど、ふわふわ毛羽けば立ってんのよね。刺繍が少し大変かも」


 タツミはうぶ毛のように毛羽立つ柔らかい表面を指でなぞった。

 この布でコートが作れたら着心地のいい服になるだろうと思うが、でも確かに毛羽が邪魔して刺繍はかなり難しそうだ。


「二つ目。ウールのサージ。ジャケットやスーツに使う布ね」


 次に渡された布は表面が滑らかだった。ふわふわ心地はないが、これもまた触って気持ちいい。


「いいウールを使ってるから、柔らかいのにしっかりしててヘタらない。厚さもこのぐらいなら縫うのも刺すのも難しくないと思う」


「これもいいですね」


 やや光沢があるように見える布地は、なんだかタツミに見覚えのある気がした。


「あ、これ学校の制服に似てます」


「タツミ鋭いじゃない。制服にもよく使われてる布ね」


 鋭いと褒められつつも、タツミは少し悩む。

 柔らかくていい布だが。でもタツミは学校の制服にあんまりいい思い出がない。

 なんとなくこの布は、いい感じがしない。


 最後のひとつ、とブロッサが別の布を取り出した。


「これはウールとポリエステルの混紡布」


「こんぼー……?」


「違う種類の糸を混ぜて織った布ってこと」


「なるほど。それが、ウールとえっと、ポリエステルを混ぜて?」


 そうそう、とブロッサが布をタツミに握らせる。


「ポリエステルは合成繊維で、ちょっとチープな印象があるでしょ?」


 でしょ、と言われてもタツミにあまり実感はない。とりあえず曖昧に頷いてみた。


「いいスーツを作ろうと思うと、ポリエステルの入った布より、ウール100%の布の方が高くなることが多いんだけど」


 ブロッサがタツミの耳に口を寄せてきた。タツミはどぎまぎする。


「でも、実はこの布に使ってるポリエステルは特殊ないいやつでね。ウール100%の布より高いの。っていうか、この中でも一番高い」


 耳へ吹き込まれた言葉にタツミはひぇっと息を飲む。


「え、え、え、そんないい布を、俺、高いの使っちゃまずいんじゃ」


 タツミが紋衣の作り方を勉強するためにわざわざタダで作ってもらうものなのに。高い布なんて使ったら申し訳ないし、怒られそうだ。

 誰に? えっと、たぶんモズクとかに?


「いいのいいの!」


 ブロッサはタツミの不安に頓着せず、軽く笑い飛ばす。


「タダで作るんでしょ? だったら一番いい布を使っちゃいなさいよ!」


 タツミは内心で「ひえー」と悲鳴を上げる。

 絶対タツミにはできない考え方だ。


「で、でも。でも。やっぱり、まずいです」


「まずくないまずくない。はい、タツミ。どれがいい?」


 さあ決めろと迫られて、タツミはうううと唸った。

 毛羽立っている布は刺繍する自信がない。制服みたいな布はちょっと避けたい。でも一番高い布は、恐れ多くて使えない。

 ということは、イヤでも制服みたいな布を選ぶしか、ないのではないか。


「ええと、じゃあ、この制服みたいな布……」


「ウール・サージ? これでいいの?」


 あまりはっきり答えないタツミを不審に思ってブロッサは顔をのぞきこむ。

 タツミの顔は、あまりサージを気に入っているように見えない。


「本当にこのサージがいいの?」


「えと、はい、その、サージで」


 ブロッサはタツミの顔を見たまま目をぱちくりまたたいた。

 なにか考え、そして持っていたサージをポイと放り出し、一番高い布を取り上げる。


「おっけー。じゃ、このウール・ポリエステルね」


「えっ、いや、え、そっちじゃなくて」


「いいの。ウール・ポリエステルが一番おすすめだから。ほら、肌触りもいいでしょ」


「それは、いいですけど」


「じゃあもう決定」


「でも、高い布は」


「タツミ」


 なかなか承服しないタツミをブロッサが鋭い目で見据える。


「は、はい」


「高いとか安いとか言ってるけど。うちにある布なんてほとんど上質ないい布だから。サージやフランネルも安くないっていうか、大して価格変わらないから」


 全部高い布だった。タツミはめまいを感じる。


 そうだ、ここの紋衣は1000万円とかするのだ。そんな安い素材で提供するわけがなかった。


「そういうことで、ウール・ポリエステルでいいでしょ」


 目が回ったままタツミは頷いた。

 そして、ちょっと思う。


 この決め方で、タツミが自分で布を選んだと言えるんだろうか。


 今日もタツミは流される。


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