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錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第12話 ミステリ作家の苦悩
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第12話 ミステリ作家の苦悩 2/5

尾野辺(おのべ)くん」


 翌金曜日の放課後、部室に入った翔虎(しょうこ)を待ちかねていたかのように、矢川(やがわ)が声を掛けた。


「読んでくれたかい?」


 翔虎は、はい、と返事をして部室を見回す。美波(みなみ)、こころ、(なお)、全員が出席していた。


「ああ」


 翔虎の考えを汲み取ったのか矢川は、


「全然構わないよ」


 と、自身も部員たちを順に見回し、


「他人の評価を誰かに聞かれるのを怖がってたら作家は務まらないよ」


 わかりました、と翔虎は鞄を机に置いて、


「僕も、いち本格ミステリファンとして、先輩後輩関係なく感想を言わせてもらいます」

「もちろん、そうしてもらわなければ困るよ」


 矢川は翔虎に椅子に座るよう促した。


「面白かったです」


 椅子に座ると、翔虎は開口一番に言った。

 こころはそれを聞いて微笑みを浮かべたが、美波と直は表情を引き締めたままだった。それを口にした翔虎の表情もまたそうだったのを見たためだろう。矢川も同じだった。


「でも……」


 と、翔虎は続けて、


「確かに面白い作品でしたが、速水疾駆狼(はやみしくろう)の次回作としては、あれは違うんじゃないですか?

 矢川先輩、いえ、速水先生、あんな最初から六十点狙いの作品でいいんですか? 『セパレートゼロ』に続く第二弾が、あれでいいんですか?」


「ちょっと尾野辺――」


 と、こころが抗議しようと立ち上がりかけたが、矢川はそれを手で制し、


「続けて」

「はい……続けると言っても、僕の言いたいことは大体終わりました。先輩の事情はわかります、手っ取り早く売れる作品を、と思って書かれたんですよね――」


 翔虎は、しまった、という顔で口を噤み、


「す、すみません。生意気なこと言って……」


 翔虎は上目遣いで矢川の顔を見た。他の三人も一様に視線を翔虎と同じ方向に向けている。


「ありがとう」


 矢川はにっこりと微笑んで、


「やっぱり尾野辺くんに読んでもらってよかったよ」


 そう言うと鞄を手にして帰り支度を始めた。

「部長、みんな、お先に」と、矢川は足早に部室を出た。

 その日、矢川のノートパソコンは一度も開かれることはなかった。


「尾野辺、コラ!」


 こころは机に両手を突いて立ち上がり、


「お前! 何て失礼なこと言うんですか! お前、矢川先輩のファンじゃなかったんですか!」

「ファンだからこそですよ。僕はファンだからといって、作家が与えてくれるもの全てを無条件で褒めそやすなんてことできません」

「暖かく見守るのもファンの務めでしょ!」

「先輩が読んで感想を聞かせてくれと言ってくれたので、そうしたまでです!」

「駄目なら駄目とはっきり言うと!」

「そうです!」

「偉い!」


 こころは、どっか、と着席した。


「何だそれ!」

「……でも」


 直は未だ心配そうな目で矢川のパソコンを見て、


 「あんなにはっきりと言っちゃってよかったんですか? 矢川先輩、多少なりとも傷ついたんじゃ」

「大丈夫よ」


 答えたのは美波だった。


「矢川くんはそんなにヤワじゃないわよ。

 それに、誰かに言ってもらうのを待ってたのかもしれないわ。今、自分が書いているものに対して、『それじゃないだろう』って言ってもらうのを。翔虎ちゃんはむしろ、矢川くんの期待に応えたのよ」

「そうだったらいいんですけど」


 直は翔虎の顔を見た。


「そうだよ……」


 と、翔虎は直の視線に答えたが、その目は少し迷いを帯びているようだった。



 その日の夜。矢川は私服姿で街の繁華街をひとり歩いていた。

 雲に覆われ星ひとつ見えない暗黒の夜空と、地上に輝くネオンや車のライトとのコントラストが激しい。

 矢川は腕時計を見る。時間は午後十時を回ったところだった。金曜日のこの時間は、繁華街がもっとも活気を帯びる時間帯だ。

 父親の容体もよく、母親も早くにパートから帰宅したため、ちょっとそこまで、と言ってアパートを出て来たのだった。


 大人びた雰囲気の矢川は、私服姿であれば学生と看破される可能性は低いだろうが、周りにいるのが背広姿のビジネスマンや、いかにも夜の仕事に就いていると見える大人ばかりのため、沈黙したままひとり歩く矢川は目立ってしまう。

 何人かのサラリーマンはすれ違い様、矢川を振り返ることもあった。

 その目を避けるように矢川は、一軒の店に入り込んだ。

 いらっしゃいませ、と声を掛けてきた店員は、しかし、矢川を見るなり、生憎満席で、と断りを入れた。

 カウンターが埋まっているのは見て取れたが、奥の方には空いているテーブル席もあるようだった。ひとり客にテーブルを独占されるのを嫌がったのかもしれない。矢川が高校生であることがばれたわけではないようだった。

 矢川は無言のまま回れ右をして店を出た。


 再び当てもないように夜の繁華街を歩き始めた矢川だったが、通りの向こうに腕章を巻いた二人組の姿を確認して立ち止まった。

 繁華街の町内会が組織している自主見回り員だった。悪質な客引きや未成年が歩き回ったりしていないか、目を鋭くして周囲を窺いながら歩いている。

 矢川はさりげない動作で振り向くと来た道を戻り、今まで歩いていた、いかにも見回り員が目を付けそうな狭い裏道通りを抜け、大通りに出た。


 二十四時間営業のコーヒーカフェをみつけガラス張りの店内を覗いたが、ここは正真正銘の満席だった。矢川は残念そうな素振りも見せず歩き出す。

 今必要なのはカフェインではなくアルコールなのだと、その目が告げていた。


 矢川の足は意識してか自然にか、明るい通りから薄暗く、車の乗り入れも難しいような狭い道に向いていた。

 人通りも少なくなり、必然矢川の姿も目立ち始める。


「お兄さん、ちょっと寄っていきません?」


 矢川はこの日初めて客引きにあった。

 線の細い男だった。丁寧に頭髪を撫でつけ、黒いスーツに蝶ネクタイ、人当たりのよさそうな笑顔で、大手企業の営業マンと言っても通用するだろう。

 足を止めた矢川は、男の示す店の入口ドアを見つめていた。

 薄汚れたそのドアは矢川が入ってくることを拒んでいるかのようだったが、それを映す矢川の目には好奇の色が浮かんでいた。

 ささ、と男に促され、一歩足を踏み出しかけた矢川だったが、


「君」


 背後から掛けられた声に動きを止めた。

 ゆっくりと振り返った矢川の目は、その声の主を捉えた。見回り員ではなかった。


「……理事長?」


 そこに立っていたのは、東都学園高校理事長、神崎雷道(かんざきらいどう)だった。

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