第7話 ディールナイトは誰だ? 3/5
「くそ! やられた!」
翔虎はピッチの上に手をついて倒れ込んだ。自陣ゴールネットにボールが突き刺さるのを、黙って見ているしかなかった。
翌水曜日四限目の体育の時間。体育は男女別で授業を受けるため、翔虎らの四組は時間割を合わせた隣の三組の男子と合同で授業を受けていた。
今日は体育担当であり四組担任でもある木下が休みを取ったため、この時間の体育は自習となり、急遽三組対四組のサッカー対戦となっていた。
「みんな! もっと攻め上がれ! 特にヒロ、フォワードならパスよりもシュートに拘れ!」
クラスメートを鼓舞する翔虎だったが、周囲からの反応は芳しくなかった。
「ショウ! お前は守備に集中しろよな! どうしていつもセンターバックが攻撃に絡んできてるんだよ! それで得点に繋がればいいけど、全然じゃん」
弘樹は翔虎に言い返した。
「いい守備はいい攻撃からだろうが」
「逆だ! 逆!」
「ショウ! ポジション代われ! 右のサイドハーフに入れ!」
サッカー部に所属している四組チームのキャプテン、寺川が、翔虎にポジションチェンジを命じた。翔虎は素直に従い、すれ違い様、今まで右サイドハーフだったクラスメートの真壁と手をタッチさせる。真壁は、
「ショウ、何で前線に上がっちゃうの? よくそれでセンターバックやれてたな」
「やれてなかったから、こうして高校ではサッカー部を諦めた」
「何だそりゃ」
「それに」
すれ違ってすでに後方にいる真壁に翔虎は振り返って、
「意外性って大事だろ?」
試合は三対二で三組が勝利を収めた。
ショウがきちんと守備をしてれば、失点はひとつは防げた。いや、ヒロが決定機を二回外したのがまずかった。など、試合後の四組メンバーは敗因探しに精を出した。
「どうする? ショウ、シャワー浴びるか?」
「……いや、いいや。混んでそうだし。体拭いて済ますわ」
「そうか。今日は暑いな。シャワーと言わず、プールにでも飛び込みたい気分だよ」
弘樹は体操着の裾で顔の汗を拭った。
「あの薄汚れたプールでよければ、いつでも飛び込んでこいよ」
「プール清掃は水泳部の仕事だろ。早く掃除してほしいよ。じゃな」
「おう」
翔虎はシャワー室に向かった弘樹に手を振った。
通常体育授業の後は、タオルで体を拭くのみで済ませるが、昼休み前の四限目や、最終六限目が体育だった時は、シャワー室で汗を流す生徒の姿も多く見られた。
更衣室へ向かった翔虎は、途中で携帯電話の着信を受けた。本来は禁止だが、体育の授業中も体操着のポケットに携帯電話を入れているのだ。
翔虎がすぐさま携帯電話を取りだしたのは、その着信パターンが亮次からのものだったためだ。
「亮次さん」
「翔虎くん、早いな」
「うん、丁度昼休みだったから。ストレイヤーですね?」
「ああ、今度は、今度も、か、学校の近くだ」
「え? また?」
「しかも、移動してる。また学校の敷地内に入ってしまうかもしれないぞ」
「何ですって! どこ? 詳しい場所は――」
「西の方角から向かってるぞ」
「西……校舎裏だ」
翔虎は携帯電話を耳に当てたまま、西へ向かって走り出した。
女子生徒の悲鳴と男子生徒の驚いたような蛮声が、硬いものが走るような足音に混じって響いた。
「来たな!」
翔虎は脚を止め、周囲を見回し、誰の目もないことを確認すると、
「亮次さん、変身する」
そう喋り、耳から離した携帯電話の画面をタップして操作した。
スーツの材料として、地面と校舎建物の土台の一部を巻き込んで、翔虎はディールナイトへの変身を完了した。
ヘルメットを展開しフルフェイス状態にして、続けてタッチパネルの操作をしていると、
「わっ!」
校舎の角を曲がってきた何者かと出くわした。
「ストレイヤー!」
翔虎は叫んだ。
目の前に立つそれは、円柱の金属のシャフトを人の形に繋ぎ合わせて作られたような姿をしていた。腕や脚は一本のシャフトだが、胴体は何本ものシャフトを組み合わせて構成されており、複雑なジャングルジムのような印象を与える。頭部の円柱からはさらに数本の細い円柱が飛び出ており、こちらは帽子などを掛けておくポールハンガーを思わせる。円柱状でない体の部位は右腕の肘から先のみ。円錐状に先細りしており、表面に刻まれた螺旋模様、それは、
「ドリル?」
翔虎の発した言葉の通り、ストレイヤーの右腕はドリルになっていた。独特の金属音を鳴らして、二、三度ドリルが回転した。
翔虎はタッチパネルの操作を止めることなく続け、輝く右手を校舎の壁に叩きつけた。ストレイヤーから視線を外さないまま、壁から飛び出してきた剣をキャッチする。続いて盾。これも左腕に装着する。
「うわ! ここにいた!」「あの戦士もいるわ!」「ディールナイトだよ!」
最初に悲鳴を上げた生徒たちだろう。ストレイヤーの後を追うように走ってきた数人の生徒らは、ストレイヤーと、それと対峙するディールナイトを見て口々に声を上げた。
翔虎はストレイヤーが生徒の方向へ向かうのを牽制するように、剣先を振って注意を向けさせるような動作をする。
ストレイヤーはポールハンガーのような頭部を回し、周囲を伺うような仕草をしていたが、突然動き出した。
「えっ?」
その動きに翔虎は虚を突かれたかのように一瞬体を硬直させた。ストレイヤーは校舎の窓を割り破って、校舎内に侵入した。
「まずいって!」
翔虎もすぐに割られた窓に跳び込み、校舎内に入った。ストレイヤーの後ろ姿を追いながら、翔虎は、
「亮次さん、聞こえる?」
「ああ、聞こえているぞ」
「ストレイヤーが学校に入った」
「何だって?」
「声を変えたいんだけど、そっちで操作できますか?」
「ああ、声を変えるというか、加工するだけだがな」
翔虎のヘルメットに、亮次がパソコンを操作するキーを叩く音やマウスのクリック音が聞こえ、
「いいぞ」
「ありがとう……あ、ちょっと変。とか言ってる間に……」
翔虎はマスク越しに外に漏れた自分の声を聞いて言った。
会話に集中していたせいと、相手の足が速かったせいか、翔虎はストレイヤーを見失ってしまっていたが、先々から上がる生徒らの悲鳴を追って、翔虎は廊下を走り続けていた。
「あ! あれ!」「ディールナイト!」
すれ違う生徒らは、例外なく好奇の視線をディールナイトに向ける。
翔虎はすでに階段を二階分上がって廊下を走り、三階に到達していた。
廊下の曲がり角の先で、今までより一際大きい悲鳴が聞こえ、翔虎は足を速めた。
角を曲がると、そこは行き止まりだった。行き止まりの壁にドア、右手にもドア、そして、左手は窓になっていた。
その行き止まりのドアの前、三名の生徒がストレイヤーと相対していた。内二人は腰を抜かすように廊下に座り込み、ひとりは毅然と立ちはだかっていた。
「――会長」
その立っている生徒を見た翔虎は、そう声を漏らした。
腰を落とす二人の生徒――男子と女子、ともに緑ラインの入ったネクタイと緑のリボンをしている――を庇うように後ろにし、ストレイヤーと向かい合っているその女子生徒は、生徒会長、霧島凜だった。
「やめろ!」
翔虎は背中を向けているストレイヤーに鋭い声を浴びせた。ストレイヤーは振り返り、右腕のドリルを数回回した。
「……ねえ、あなた、何者なの?」
その声は凜からだった。視線は翔虎に向けられている。ストレイヤー越しに翔虎は凜の目を見つめ返した。
「その怪物は何? 何が目的で――」
続けて発せられた凜の声は、ストレイヤーが突然翔虎に飛びかかったことでかき消された。
回転させながら突き刺してきたドリルを翔虎は盾で受けたが、飛びかかった勢いに押し切られ、廊下に背中から押し倒される。
ストレイヤーはそのまま翔虎に馬乗りの体勢となり、尚もドリルを突き立てる。旋回音に、ドリルの先端が盾に食い込んでいく金属音が混じり、廊下は一時的に工事現場のような騒音に満たされた。
ストレイヤーのドリルは旋盤の機械のように、どんどんと翔虎の盾に円錐形のその身を沈めていく。ドリルの先端を中心に、火花と削り取られた盾の金属片が舞い、翔虎は盾の裏から、ドリルの先端が顔を出すのを視界に捉えた。
「冗談じゃないぞ!」
翔虎はドリルを振り払おうとするが、盾に突き刺さった状態のドリルは離れようがない。翔虎は左腕アーマーとの接続を外し、盾を放棄した。そのまま滑り出るように廊下を這い、マウントポジションから逃れる。
ストレイヤーのドリルは完全に盾を貫通し、突き刺そうとする勢いのままに廊下にその切っ先を埋めた。ドリルの刀身を三分の一程度廊下に埋めたまま、ストレイヤーは翔虎を振り向いた。
「チャンスだ!」
翔虎は早期決着を目論んだか、タッチパネルにシャットダウンアタック発動操作を行う。輝きを放つ剣を両手に振りかぶり、翔虎は廊下にうずくまった状態のストレイヤーに向かった。
「とりゃぁー!」
しかし、ストレイヤーは、ドリルを急速に逆回転させて廊下の床から引き抜くと、飛び退いて自分を狙う一撃を躱した。翔虎の剣は廊下に向かって振り下ろされた。
「しまった!」
翔虎は振り返りストレイヤーの姿を追う。
「……でも、まだ時間はある」
空振りに終わったが、シャットダウンアタックの効力はまだ続いている。
翔虎は輝きを放ち続ける剣を構え、ストレイヤーににじり寄る。徐々に間合いを詰め、翔虎は、剣の一撃が届く距離まであと一歩と迫った。
ストレイヤーはドリルに引っかかったままの翔虎の盾を引き剥がすと、それを廊下に投げ捨てた。乾いた音を立てて、盾としての用を成さなくなったひしゃげた円盤が廊下の隅に転がる。
ストレイヤーの隣には、未だ尻餅を付いた状態のままの二名の生徒と、庇うようにその側に立つ凜の姿がある。ストレイヤーが手を伸ばせば、凜の体を掴むことも可能だろう。それを意識してか、翔虎は飛びかかるのを躊躇しているかのように、最後の一歩を踏み出せないでいる。
ストレイヤーが動いた。
唸りを上げて右腕のドリルを回転させ、そのドリルを窓ガラスに向かって叩き付けた。ガラスは粉々に砕け散り、その破片のほとんどを外に落下させる。
翔虎は、そして凜もガラスの破片の行方を追うように視線を窓の外に移動させる。
それが隙となった。
ストレイヤーは通常の手となっている左手で凜の右腕を掴むと、そのまま無造作に窓の外に放り投げた。




