第7話 ディールナイトは誰だ? 4/5
「えっ?」
翔虎は一瞬体を震わせ、しかし、その直後には凜の体を追い、廊下を蹴った。
シャットダウンアタックの効果が残っている剣を投げ捨てて、窓枠から跳びだすと、右腕一本で虚空にあった凜の体をキャッチ、同時に左手で窓枠に掴まった。
間一髪。凜と翔虎は三階からの落下を免れた。しかし、
「くっ……これは……」
翔虎は右腕で凜を抱きかかえながら、左手の親指を除いた四本の指だけで、自分と凜の体重を支えている。
見上げると、ガラスを僅かに残した窓枠から、ストレイヤーの頭部、そしてドリルが覗いた。
「会長……大丈夫ですか?」
「は、はい……」
凜はそう言って翔虎の、ディールナイトの横顔を見つめた。ゴーグルは完全に不透明で、外側からその中を窺い知ることは出来ない。
「しっかり掴まってて……」
自分を支える戦士の言葉に、凜はしがみつく力を強くした。二人の真下には、校舎裏側というせいもあってか、生徒や教師らの姿はひとりも見えない。
「と、飛び降りますか?」
凜はそう訊いたが、
「いや、ぼ――私は無事でも、会長が……」
頭上で音が鳴った。ドリルの回転音だった。
ストレイヤーは右腕を振りかぶるように頭上に上げた姿勢でいる。その狙いは、二人の体重を一手に支える翔虎の左手四本の指に向けられているように見えた。
「会長、お願いが」
ディールナイトのマスクが向き、凜に話しかけてきた。
「何ですか?」
「私の左腕にタッチパネルがあるのがわかりますか? そのドラムを、〈ハート〉と数字の〈4〉に合わせて下さい」
「……これですね?」
凜はディールナイトの左腕にあるタッチパネルに手を伸ばした。かろうじて中指がパネルに触れる。
「左のをハートマークに、真ん中のを4に、……そうです」
ディールナイトの指示通り、凜はパネルをフリックして、ハートと4を表示させた。
「オーケーです、そうしたら、右下のボタンを――!」
破壊音がして、翔虎と凜の体は宙に舞った。
ストレイヤーが回転するドリルを自分の左手に向かって振り下ろしたのを見て取った翔虎が、間一髪左手を離したのだ。
ドリルは窓枠に叩きつけられ、回転運動でサッシや壁を破壊しながら数十センチもめり込む。
「二回タップして! 早く!」
言われて凜は、空中に舞った状態ながらも、パネル右下の赤いボタンを二回タップした。
ディールナイトの掌が輝きを放つ。そしてその左手を校舎の外壁に叩きつけた。反作用で二人の体はさらに壁から離れるも、叩いた壁から飛び出てきたものをディールナイトは左手でキャッチし、
「行け!」
翔虎は校舎側の斜め上空に左手を向け、アンカーを射出した。ワイヤーと繋がったアンカーは校舎の屋上わずか下の外壁に命中し打ち込まれた。
翔虎はワイヤーアーム〈ハートフォー〉のグリップを強く握り、ワイヤーにブレーキを掛ける。自由落下に任せていた二人の体は、徐々に落下スピードを弱め、地上約五十センチほどの高さで停止した。
「……」
「た、助かった……」
凜は無言でディールナイトにしがみついたまま目を丸くし、翔虎は小さく呟いて安堵の息を漏らした。
翔虎はグリップを離し、凜を抱えたまま地上に着地する。
「会長、ありがとうござ――」
翔虎は右腕に抱えた凜に目をやって絶句した。正確にはその下半身に目をやって。落下時の風圧で凜のスカートは完全にめくれ上がり。下着が丸見えになっていた。
「かか、会長!」
翔虎の呼びかけにも、凜は無言のまま、ディールナイトのマスクを見つめるだけだった。
「も、もう大丈夫ですから、手を離しても大丈夫……」
「……え? ああ、は、はい……」
凜はディールナイトにきつくしがみついていた両腕を離し、自分の足で地上に立った。まだスカートはめくれたままだ。
「会長、その、スカートが――危ないっ!」
翔虎は再び凜を抱きかかえ、横っ飛びをして転がった。
その凜が立っていた地面に、ドリルが突き刺さった。ストレイヤーが右腕のドリルを突き出しながら飛び降りてきたのだった。
ドリルが地面に突き刺さり固定されたため、ドリルの回転は止まり、その回転力は本体に伝わり、ストレイヤーの体のほうが回転を始めたが、両足と左手を地面に突き立て、コンパスのように地面に円を描いてストレイヤーの回転は止まった。そしてドリルを逆回転させて地面から引き抜いた。
「か、会長、ス、スカート……」
「あ? やだ」
凜はようやくスカートを直した。
「会長は逃げて」
翔虎はそう言って凜とストレイヤーとの間に立つ。
「あなたは?」
「戦うに決まってるでしょ!」
ストレイヤーが飛びかかってきた。回転させたドリルを剣のように斬りつけて翔虎を襲う。
盾も武器も持たない丸腰の翔虎は、躱し切れない攻撃は鎧で受け、その度に回転するドリルと鎧が触れ合う異様な音と火花を辺りに散らした。
「わかりました、警察を呼んできます。どうか気を付けて……」
凜はそう言い残して、足早にその場を去った。その後ろ姿を見送って翔虎は、
「せめて盾……」
走ってストレイヤーから距離を取り、タッチパネルをフリックするが、〈ハート〉と〈2〉の組合せは、マークも数字もグレーの状態だった。
「あ! まだボロボロの状態で廊下に転がってるのか!」
翔虎は忌々しげにそう口にすると、二本指でパネルを左にスライドした。そこには、盾の〈ハートフツー〉と、ワイヤーアンカーの〈ハートフォー〉のアイコンが表示されている。剣の〈スペードシックス〉は、シャットダウンアタック粒子を乗せたまま放棄したため、タイムアップとなってすでに消滅している。
翔虎はアイコンを二つともフリックしてゴミ箱アイコンに捨てた。その間にストレイヤーはすぐそこまで迫ってきていた。
「くそっ!」
翔虎はさらに走りを再開した。走りながら、
「亮次さん、聞こえてる?」
「聞こえているぞ」
ヘルメット内の骨伝導スピーカーから亮次の声が聞こえた。
「シャットダウンアタック失敗した」
「ああ、こちらでもモニターしている。安心してくれ、もう一発撃てる。二発分の蓄電量は確保出来るようになったんだ」
「そうですか、よかった。また何かあったら連絡します」
「気をつけてな」
その言葉で通信は終わった。翔虎は振り返ってストレイヤーとの距離を確認して立ち止まり、そばの校舎の壁から、両刃の斧〈スペードセブン〉を錬換した。
斧を両手に持ち構えた翔虎に、ストレイヤーがドリルを向けて突進してきた。
翔虎は身を翻してその一撃を躱す。ストレイヤーのドリルは翔虎が背にしていた校舎の壁に突き刺さる。突き刺さると同時にドリルの回転も止まったため、今度は先ほどのようにストレイヤーの体が回転してしまうことはなかった。
「くらえ!」
翔虎は、ドリルが突き刺さったまま身動きが取れない状態のストレイヤーの背中に斧を振り下ろした。
しかし、ストレイヤーはドリルを逆回転させ、コンクリートを砕く凄まじい音を立てながら自由な体となり、翔虎の斧を躱した。斧の刃は壁に叩きつけられた。
ストレイヤーは素早い動きで翔虎の背後に回り込む。
翔虎もすかさず振り向き、一直線に向かってくる回転するドリルの先端を、斧の刃を盾のように体の前面にかざして防いだ。
「うわっ!」
ドリルが体に突き立つのは防いだものの、その勢いまで防ぎきることはできなかった。翔虎の体はドリルに押され、錬換、ドリル攻撃、斧攻撃を立て続けに受けて脆くなっていた校舎の壁を突き破り、屋内に突き込まれた。
「えっ?」
仰向けに倒れ込んだ翔虎は、その声がしたほうに顔を向けた。
そこには、ひとりの女子生徒が立っていた。右手にシャワーヘッドを持って、左手は髪の毛の中に入れられている。女子生徒はシャワーを浴びていた最中で、すなわち全裸だった。
「ディールナイト……」
女子生徒は固まったまま呟いた。
翔虎はシャワー室の床に仰向けに倒れたまま、一糸まとわぬ女子生徒の体を正面から見上げる格好となった。
「みょ……」
翔虎はその女子生徒の名前を言いかけた。メガネをしておらず、肩の位置まである髪も濡れて頭皮と頬に貼り付いた状態だったが、そこに立っていたのは一年三組、漫画部所属の明神あけみだった。
「じゃ、じゃあ、さっきの外の凄い音は?」
そう言ってあけみは翔虎の目の前にしゃがみ込む。翔虎の視線の高さに、あけみの股間が下りてきた。
壁が砕ける音がした。
「きゃっ!」
あけみはディールナイトの飛び込んできた穴から、さらに異形の怪物が侵入してきたのを見て、尻餅を付いた。
「……はっ!」
翔虎は我に返ったように飛び起きると、取り落としていた斧を手にした。
ストレイヤーは腰を落としたままのあけみにポールハンガーのような頭を向ける。
「やめろ!」
翔虎は、狭いシャワールームでは斧を振り回せないと判断したのか、ストレイヤーに飛びかかり、壁に空いた穴から外に押し戻そうとする。
が、ストレイヤーも抵抗し、翔虎と体を入れ替えると、シャワールームの出入り口に走り、再び校舎内に侵入した。
「しまった!」
翔虎もシャワールームを出てストレイヤーを追った。
脱衣所からは女子生徒の悲鳴が聞こえる。それを耳にした翔虎は、出入り口付近に掛けてあったバスタオルを一枚掴むと、それを腰に巻いて追跡を再開した。
「あ! あの人!」「ディールナイト!」
脱衣所を駆け抜ける時、半裸、あるいは全裸の女子生徒らが、ディールナイトを指さして口にする。
ディールナイトが脱衣所を抜けて去ると、女子生徒らは顔を見合わせ、
「バスタオル?」「巻いてたね……」
「くそ……女子シャワールームだったとは……」
翔虎の走るスピードは落ちてきていた。
ストレイヤーは校舎から出たらしく、外から生徒らの悲鳴が聞こえる。翔虎は立ち止まり前屈みの体勢になる。その前に人影が、
「しょ――ディールナイト?」
「な、直?」
廊下を走っていた直が翔虎と出くわした。
「電話しようと思ったんだけどさ、翔虎の携帯は戦いに使ってるから、邪魔したら悪いと思って。ストレイヤー、あっちに逃げたよ」
そう言って直は外のほうを指さした。
「う、うん……」
だが翔虎は前屈みのまま荒い息づかいとともにそう声を出すだけだった。
「ねえ、どうしたの? まさか、やられたの?」
直は、前屈みになった翔虎の体を抱え起こそうと肩を回す。
「ち、違うって――」
直に抱え起こされた拍子に、腰に巻いていたバスタオルが床に落ちた。
「……な! 何!」
直は抱き起こしていた翔虎の体をはね除けた。
「だ、だから、駄目だって……」
翔虎は再び前屈みになる。
「な! 何なのよ! ちょ、ちょっと……どういう――」
直は顔を真っ赤にして慌てふためく。直はバスタオルの下の翔虎の下半身の状態を目撃したのだ。
「あ! シャワールームのほうから悲鳴が聞こえてたけど、もしかして!」
「ち、違うんだよ。これは――」
「へ、変態! 何なのもう! 命をかけた戦いの最中に、信じられない! バカ!」
直は真っ赤な顔で翔虎をなじった。
「だ、だから――」
「ああ、もう、いいから行きなさい、もう!」
と、直は外を指さすが、翔虎は、
「駄目……」
「いいじゃない! そんなことでストレイヤーを放っておくつもりなの?」
「バレる……」
「え?」
「今、出て行ったら、僕が、ディールナイトが男だって、バレる……」
直は耳まで赤くして、
「バカ! じゃあ、バスタオル巻いたまま戦えばいいでしょ!」
「そんな、怪しまれるよ。それに戦ってる最中にバスタオルが取れたりしたら……」
「そんなの知らないわよ!」
直は、ぷい、と後ろを向いたが、
「……ねえ、ちょっと見せてよ」
「……ええ! やだよ!」
「もうわかんないくらい治まってるかもしれないでしょ。シャワールームから悲鳴が聞こえてから、結構時間経ったわよ。もういい加減……ほら!」
直は股を隠していた翔虎の両腕を取り、左右に広げさせて視線を下げるが、
「――全然変わってないじゃない! 何で?」
「そんなこと言われたって……」
「もう……どうすれば治まるの? ねえ……どうすれば治まるかって……バカ! 変態!」
直は翔虎の腕を取ったままぶんぶんと振って、さらになじった。その視線は翔虎の股間に注がれたままだった。
「僕は何にも言ってないだろ!」
「はあ、午後の授業までに軽くシャワー浴びようと思ったのに、ストレイヤーは出るわ、翔虎は変態だわ、もう散々だわ」
「何で僕が……」
「プールが開いてればな……」
「……プール? ……そうだ、プールだ!」
翔虎は直の手を振り切って、落ちていたままのバスタオルを拾い腰に巻き付けると、ストレイヤーが去った方向に向かって走って行った。
「ちょっと! ……もう!」
直は顔を赤くしたまま、翔虎の後を追いかけた。




