第6話 ディールナイト狂想曲 2/5
「うん、ここなら塀もあるし、外から見られることはないな」
庭に出た亮次は、そう言って周囲を見回して、
「翔虎くんの家の庭は広いんだな」
「死んだ爺ちゃんの趣味だったんです。古くなった家屋を壊す時、立て直しをするかって案もあったんですけど、爺ちゃんの鶴の一声でこんな無駄に広い庭になっちゃったそうです。だから、その割を食って、家自体は狭いんですよ」
翔虎は、庭のほぼ中心に山積みにされた、粗大ゴミらしい家具や調度の前に立って言った。
「翔虎、そのゴミは?」
それを見た直が訊くと、
「錬換の材料にするんだよ。いつもみたいに変身して、庭の真ん中にクレーターができたら、直すのに大変でしょ。体の言いゴミ処分ができて助かるよ」
「翔虎くん」
亮次は積み上げられたゴミを見て、
「果たしてそううまいこといくかな?」
「どういう意味ですか?」
「まあ、やってみればわかるさ」
「……じゃあ、行きますよ」
翔虎は携帯電話を構え、タッチパネルに指を持って行く。
「翔虎くん」
「はい?」
亮次に呼ばれ、翔虎は指を止めた。
「叫んだりする言葉を決めなくていいか? 何か、『変身!』とか……」
「……うーん、別にいいです」
「そうか、別にいいか。わかった、続けてくれ」
「では、改めて……」
翔虎は〈Deal Knight〉のアイコンをタップ。画面の表示はテンキーに変わり、ゼロを四回タップ。さらに浮かび出た〈Ready?〉の下の二つのアイコンの〈Yes〉と〈No〉のうち、〈Yes〉をタップした。
一瞬光が翔虎の体を包み、その姿はディールナイトのものへと変わった。
「……あれ? ほとんど残ってる」
翔虎は足下に積み上げられた粗大ゴミを見て言った。翔虎の言葉通り、ゴミの山は、ほとんどその体積を変えていなかった。代わりに、翔虎の足下を中心にクレーターが広がっている。
「えっ? 何で?」
「では……」
顔を向けた翔虎に、亮次は、こほん、とひとつ咳払いをして、
「ここで錬換に使える物質を確認しておこう」
「えっ? 錬換できないものがあるの?」
「ああ、そうだ。錬換可能なものは、大ざっぱに言って、無機物だけだ」
「無機物……生き物は駄目ってことか。え? でも、でも……」
翔虎は足下に転がる尾野辺家の粗大ゴミを指さした。
「翔虎くん、今、君の前にあるものは、何だい?」
「何だい、って……カラーボックス、風呂の蓋、椅子、まあ、みんな壊れて使い物にならないものばかりですけど」
「わかったね」
「全然わかりません」
「木やプラスチックは有機物じゃないか」
「えっ? そうなんですか?」
「そうだよ。元が植物の木材はもちろん、プラスチックの原料は石油じゃないか」
「あ」
と、直が手を叩いて、
「石油って、大昔に死んだ生物の死骸が原料なんですよね?」
「その通り。布もそうだな。動物の毛だったり、合成繊維も石油からできているからな」
「じゃ、じゃあ、錬換できる物質は……」
翔虎の問いかけに亮次は、
「主に、石、岩、土、人工物では鉄、コンクリートとかかな。まあ、地面はどこにでもあるし、町中じゃ鉄やコンクリートにも事欠かないだろ」
それを聞いた直は、
「まあ、そうだよね。近くに人が立ってて、その人を材料にしちゃったら……」
「怖っ!」
翔虎は身震いした。
「あの」
直は何か思いついたように、
「土は材料にできるんですよね? 土の中には、たくさんの微生物がいるって言うじゃないですか。それは?」
亮次は少し考え込み、
「微生物とはいえ、有機物であることに変わりはないからな、微生物だけ濾し取るように除けているのかもしれないし、もしかしたら、そんな微細な生物くらいだったら、材料に使ってしまってるかも……」
「ちょっと! やめてよ! 何か気持ち悪くなってきた」
翔虎は自分の体を覆った鎧を擦って身をよじらせた。
「冗談だ。恐らく濾し取っているのだろう。さて」
亮次は再び改まった口調で、
「ついでだから、変身のシステムについても触れておこうか。ディールナイトへの変身プログラムが発動すると、まず、変身者の体をプログラムがスキャンする。このとき、変身者の身につけている衣服や、懐に入っているものなんかは、次元圧縮して小さくして一旦ディールナイトスーツの中にしまうんだ。
この次元圧縮されるものは、当然錬換の材料としては使われない。だから、布の衣服なんかはもちろん、腕時計や、財布の中の硬貨といった、身につけている金属も無事でいられるわけだ」
「なるほど」
と、翔虎は左腕のタッチパネルを眺めて、
「そもそも、変身に使う携帯電話が無事でいられるわけですからね」
「そうだな。じゃあ、次は変身解除について。
ディールナイトのスーツは、知っての通り変身解除すると、原子構造がバラバラになって塵と化すが、そのとき、錬換して出していた武器もすべて同じように塵になる。錬換した武器は、それを出したときに身につけていたスーツにぶら下がっているような状態だと思ってもらえばいいだろう。元のスーツが消えれば、それにぶら下がっていた武器も運命を同じくして消える。
それ以外で、武器が消えることがあるが……翔虎くん」
「はい」
翔虎は挙手して、
「シャットダウンアタックを使ったときです」
「その通り。シャットダウンアタックを当てるか放つと同時に、その武器も消える。シャットダウンアタックを発動させて何もしなくても、三十秒で武器はシャットダウンアタック粒子に耐えきれなくなって、粒子ごと消滅する。
それ以外で、自分で武器を消すこともできる」
「えっ? わざわざそんなことする必要あります?」
翔虎の疑問に亮次は、
「ああ、今までは使う武器が少なかったが、これからは色々な武器を取捨して使いこなす必要があるだろう。一度に持てる武器には限りがあるし、いらなくなったからといって武器を放っておくと、誰かが拾ってしまうかもしれないからな」
「確かに、銃とか拾われたら大変ですものね」
直が言うと亮次は、
「ああ、一応銃には、スーツを着た状態でないと引き金を引くこともシリンダーを出すこともできないロックが掛かっているんだ。そもそも銃器を作動させるエネルギーはディールナイトスーツから得ているんだが、用心に越したことはないからな。まずは翔虎くん、何でもいいから武器を出してくれ」
「じゃ、材料が少なくて済んで話にも出た……」
翔虎はタッチパネルのドラムを〈ダイヤ〉と〈2〉にして画面右下の〈Go〉ボタンをタップした。翔虎の両掌から光が放たれる。
「ちなみに、どうして両手が光るのかわかるかい?」
亮次の質問に翔虎は、
「昨日の戦いでわかりました。どっちかの手が塞がっていても、錬換出来るように、でしょ」
「正解。じゃあ、錬換する時に、掌を叩きつける必要があるのは?」
「え? えーと、それは……」
「錬換の暴発を防ぐためだよ。翔虎くんも昨日のアーケードの上での戦いで恐らく実感したんじゃないか?」
「どういうことです?」
「あの時、君は右手にすでに〈スペードシックス〉を持った状態で、〈ダイヤツー〉を錬換したんじゃないか? もし、叩きつける必要がなく、ただ触れただけで錬換出来てしまうとしたら? 錬換プログラムの光は両手から出てるんだよ」
「ああ! 右手に持っている〈スペードシックス〉が真っ先に錬換材料になってしまう!」
「そういうことなんだ」
「なるほどね」
翔虎は納得したような顔で地面に右手を打ち付け、飛びだしてきたリボルバー銃をキャッチした。
「直くん、安全装置の確認で、試しに持ってみるか?」
「はい」
直は翔虎から銃を受け取った。
「結構重いね。翔虎、こんなのや、もっと重い剣や斧を振り回してるんだね」
「スーツで力が強化されてるから、どうってことないよ」
翔虎が答えている間に直は銃を両手で構える。
「こっち向けんなよ! 引き金引けないってわかってても、怖いよ」
銃口の射線上に入った翔虎が、慌てて身を避ける。
「ああ、ごめん」
直は銃口を地面に向けて、
「う、ぐぐ……確かに、引き金が引けない……後ろに付いてるこのレバーも引けない」
「撃鉄って言うんだよ」
と、翔虎が、
「ちなみに、撃鉄を引き起こしてから引き金を引く撃ち方を〈シングルアクション〉撃鉄を引かないで撃つのを〈ダブルアクション〉と言うんだ。シングルアクションは撃鉄を引くと同時にシリンダーも発射位置まで回って、引き金を引くストロークも短くて済むから、命中率に優れるんだ。それに比べてダブルアクションは、引き金を引くことにより撃鉄とシリンダーが回転して――」
「はいはい」
と、直は翔虎の解説を遮った。
「何だよ」
二人のやりとりを笑って見ていた亮次は、
「安全装置が利いているからだよ。さっきも言ったが、変身状態じゃないと引き金は引けないし、撃鉄も起こせない」
「じゃあ、人に向けても大丈夫だね」
直は銃を再び水平に構えて翔虎に向けた。
「こら!」
翔虎は顔の前に両手を翳した。
「直くん、なかなか決まってるじゃないか」
「どう? かっこいい?」
直は翔虎に顔を向けてウインクした。
「あ、う、うん……」
翔虎は少し顔を赤らめる。
「何、その反応? 変?」
「まあまあ」
亮次は割って入り、
「ちょうどいい。直くんはそのままでいてくれ。翔虎くん、タッチパネルを二本指で左にスライドしてみてくれ」
「はい。変身解除の時は右にスライドだったから、逆ですね……お、出て来た」
そこには、〈ダイヤツー〉を表すリボルバー銃のアイコンと、左上にゴミ箱のアイコンが表示された画面となった。
「あ、だいたいわかった」
「これはパソコンを使ってる人なら、すぐに操作がわかるよな」
亮次の言葉の通り、翔虎は〈ダイヤツー〉のアイコンの上に指を置き滑らせて、つまりドラッグ操作をして、そのままアイコンをゴミ箱アイコンと重ねた。〈ダイヤツー〉のアイコンがゴミ箱に飲まれると、〈Yes〉〈No〉と、二つのアイコンが表示され、翔虎は〈Yes〉のほうをタップした。
「あっ!」
直が叫ぶと同時に、構えていた銃は、形を保てなくなったかのように崩れ、塵と化して風に運ばれた。
「不要な武器はこうやって始末してくれ」
「……うーん」
神妙な顔つきで唸る翔虎、それを見た亮次は、
「どうした? 翔虎くん」
「何だか世知辛いなあと思って」
「何がだい?」
「変身するのにも、武器を出すのにも、材料が必要で、エネルギーがかかる。そのエネルギーはそもそも電気。電気代がかかる。何をするのにもお金が掛かるなんて。僕、ヒーローって、もっと夢のあるものかと思ってた」
「それは仕方がないだろう。何もないところからいきなり物が出てきたり、無尽蔵なエネルギーなんてあるわけがない。この宇宙には、質量エネルギー保存の法則という大条件がある」
「今、こうして変身したわけですけれど、これにもエネルギーが、つまり、亮次さんの家の電気代がかかってるってわけですよね」
「そうだ。でも、翔虎くんはそんなこといちいち気にするなよ。戦いに勝つほうが、……命のほうが大事だ」
「……それは、もちろん――」
そのとき、家のほうから物音がした。
その音を聞いた翔虎は、
「あ、父さんと母さん、帰ってきた」
「翔虎くん、早く変身を解くんだ」
「はい」
翔虎はタッチパネルの操作を行い、変身を解除した。
纏っていたディールナイトスーツは灰燼と帰し、庭に舞った。




