第6話 ディールナイト狂想曲 1/5
商店街及び東都学園高校においての、翔虎とストレイヤーとの死闘が明けた翌土曜日の午前。翔虎、直、亮次の三人は、翔虎の家の剣道場に集まっていた。
「昨日はそのまま帰ってしまって、すまなかったな、二人とも」
亮次は昨日の騒ぎの後、早々に学校を去ったことを二人に詫び、
「警察とか来てたから、部外者の私がいると怪しまれると思ってな」
「ううん、懸命な判断でしたよ、亮次さん」
「そうそう」
翔虎と直はそう答え、翔虎はさらに、
「警察とか救急車とか来て、大変な騒ぎだったんですよ。怪しい人物を見かけなかったか、って、警官が先生や生徒たちに聞き込みしてたし。あそこに亮次さんがいたら、間違いなく職質されて、場合によっては連れて行かれてましたよ」
「翔虎くんたちは大丈夫だったのか?」
「はい、僕はあの後、校舎裏に隠れて変身解除して直に電話したから。それからは騒ぎが収まるまで部室で待機してましたよ」
「暗くなっても警察の人、大勢いたものね」
と、直が言った。続いて亮次は、
「町の人や生徒に大きな怪我人は出なかったみたいだな」
「ええ、ストレイヤーに襲われかけた一年の女子がひとりいて、救急車で運ばれたんですけれど、軽傷だって聞きました。多分あの怪我は、ストレイヤーに吹っ飛ばされた僕が当たっちゃって痛めたんですよ。悪いことしたな」
「そうか……だが翔虎くんのせいではないよ。商店街のほうも怪我人はいなかったって聞いたからな。まずは大きな被害が出なくてよかった」
「ニュース、凄かったですね」
直の言うとおり、金曜日夕方の地元ニュース番組はこの話題で持ちきりだった。
『商店街の戦い』『高校グラウンドで謎の戦闘行為』等のタイトルを付け、現場に居合わせた人から提供してもらった写真や動画、インタビュー等で構成されたニュースにかなりの時間を割いていた。
「大事になっちゃったな。ま、仕方ないか……」
と、翔虎は頭を掻いた。
「それよりも、翔虎くんのほうは大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。じゃなかったら、こんなふうに普通に話してませんよ」
そう言って翔虎は亮次に笑顔を見せた。
「……そうか。すまなかった」
「何、亮次さんが謝ってるんですか」
「いや、今回のことは、私の研究不足と説明不足が招いた結果だと思っている。もっと翔虎くんが、ディールナイトの力を把握していれば、あそこまで苦戦を強いられることはなかったかもしれない」
「それは僕にも責任はありますよ。自分の命を預ける装備なんだ、もっと積極的に訊くべきでした」
「いや、だから、その説明を怠った私が――」
「どっちでもいいけど」
と、直が亮次の言葉を遮り、
「そのための集まりなんですよね。責任の被り合いもいいけど、早く色々と聞かせて下さいよ。早くしないと、翔虎のお父さんとお母さん、帰ってきちゃいますよ」
「……あ、ああ、そうだな」
亮次は、コホンとひとつ咳払いをして、道場の隅にあるホワイトボードを取りに行った。
「直」
「ん?」
その間に、翔虎は直に話しかける。きょとんとした顔で翔虎を向いた直に、
「昨日は、ありがとう。助けに来てくれて」
「な、何よ改まって。昨日も聞いたわよ」
「でも、あんな状況だったからさ。部室では先輩たちがいたから言えなかったし。帰るときも、すっかり忘れてたよ」
「私なんて、なんの役にも立ってなかったでしょ。ああ、今頃思い出してぞっとするわ。あんな怪物に蹴りを入れてたなんて……」
直は口元を引き締めて、ごくりと喉を鳴らした。
「そんなことないよ。あのとき僕、気絶しそうだったけど、直のあの蹴りと言葉で意識を保てたんだから」
「な、何よ。べ、別にあんたのためにやったんじゃないんだからね!」
「じゃあ、何のための行動だったんだよ! あれ!」
「はいはい、二人とも、痴話喧嘩はそこまで」
ホワイトボードを引いてきた亮次が、手を叩いて二人の注意を向かせた。
「誰が痴話喧嘩ですか!」
むくれ顔で反論する直を、まあまあ、と翔虎がなだめた。
「二人とも座りなさい」
と、翔虎と直を道場の床に腰を下ろさせ、
「いいか? 始めるぞ。まずは、ディールナイトの持つ力、〈錬換〉これはどんな能力なのか」
「はい」
と、翔虎が手を上げて、
「土とかからディールナイトスーツや武器を生み出す能力です」
「そうだね。もう少し詳しく言うならば、錬換プログラムが物質の原子構造に影響を与え、その構造をいじって、武器やツールを作り出す能力、だ。
ここで、大ざっぱに錬換の仕組みについて説明しておこう。まず、錬換を行うためのプログラム、これは、翔虎くんの携帯電話の中に入っているわけではない」
「え? そうなんですか?」
翔虎は自分の携帯電話を見た。
「そうなんだ。翔虎くんの携帯電話は、プログラムの出入り口になっているだけなんだ。普段、錬換プログラムは、私が〈二次元クラウド〉と名付けた異空間に収納されている」
「異空間?」
「そう。ただ、異空間といっても、人間が出入りできるような物理的な場所ではない。データのような形のないものだけを留めておける、サーバー空間のようなものなんだ。というのも、錬換プログラムはそのひとつひとつが非常な大容量なので、とてもすべてを携帯電話のメモリーに入れておくことは無理だからなんだ」
「ああ、それで〈クラウド〉ですか」
直が手を打って言うと、亮次は「その通り」と、
「直くんは察しがいいな。そう、まさに一般の技術にあるような〈クラウドコンピューティング〉なんだよ、ディールナイトは」
言いながら亮次は、ホワイトボードにイラストを描き始めた。上方に雲のようなものと、地上に人らしき姿のものを描いた。雲には〈二次元クラウド〉、人には〈ディールナイト〉と書き込む。
亮次は〈二次元クラウド〉から〈錬換プログラム〉が下りてきて、〈ディールナイト〉を通して地面から剣を作り出す流れを図解にして表した。
「亮次さん、絵、下手ですね」
「だいたい理解できればいいだろ」
亮次は翔虎の突っ込みをはね除けて、
「ここまでで質問のある人」
「はい」
「直くん」
指名された直は、
「錬換はプログラムだそうですけれど、それなら、同じプログラムを使って一度に何本もの剣を作ったりできるんじゃないんですか? 剣どころか、ディールナイトスーツだっていくつも作られるんじゃ?」
「いい質問だ、直くん。そう、私もそう考えた。だけど、無理なんだ。錬換プログラムは、それ自体が宿ることでディールナイトスーツや武器を作り出すんだ。こういう言い方が正しいのかはわからないが、錬換プログラムは、〈質量を持ったプログラム〉なんだ」
「錬換プログラム自体が姿を変えて、スーツや武器になるっていうことですね」
「その通り。詳しいシステムや原理は、未だブラックボックスだがね」
「翔虎や私は、原理はともかく、それだけ憶えておけばいいってことですね」
直はそう答えて、隣に座った翔虎に「わかった?」と尋ねると、 翔虎は、こくり、と頷いた。
「ここまではいいかな? じゃあ、錬換のルールでもうひとつ憶えておいて貰わなければならない大事な決まりがある。昨日のピンチにも関わってきたことだ。何だかわかるかい?」
「はい」
と、今度は翔虎が挙手し、
「錬換にはエネルギーが必要、ということです」
「その通り。錬換だってタダじゃない。パソコンを動かすのに電気が、ストーブを燃やすのに油が必要なように、錬換するにもエネルギーがいる。私はそのためのエネルギーを自宅で充電して、蓄電設備に送っているんだ。この蓄電設備も二次元クラウドに存在している」
「錬換って、電気で動いてるんですね」
「しかも、二次元クラウドに充電しておけるなんて」
直と翔虎がそれぞれ感想を述べた。
「そうなんだ。ディールナイトの装備は電気で動いている。電気というのは形のないものだから、二次元クラウドにも保存しておける。この辺りのシステムは、すでにできあがっていたものを利用しているだけだから、例によって私も完全に把握しきれてはいないんだよ」
「で、通常の錬換もそうだけれど、必殺技の〈シャットダウンアタック〉には、それを遙かに超える多くの電力を必要とする、と」
「そう」
亮次は、ホワイトボードに描かれた二次元クラウドの雲をペンでぐるぐると囲み、
「だから、最初に便宜上『シャットダウンアタックを使えるのは一回のみ』と説明していたんだが、昨日のことを思い出してもらってわかるように、これも早急に改良の必要がある。錬換で武装を生成しつつ、フル充電で二回、いや、三回はシャットダウンアタックを使えるくらいの容量を持たせなければ……」
「そうですよね。これからも、ストレイヤーが一度に二体以上同時に出現することがあるかもしれない。必殺技だって、必ず百発百中で当てられるとは限らないわけだし」
翔虎は、うーん、と考えるような声を出して、
「通常の錬換にもエネルギーを使うんであれば、残りエネルギーを気にしながら戦わなきゃならないってことですよね。今までそんなことまで考えてなかったですけど」
「そうなんだ。そろそろディールナイトの装備も増えてきたからな。武器がたくさんあるからって、闇雲に使いまくっては、いざという時ピンチになりかねない。
翔虎くんの携帯に、クラウドバッテリーの残量と、各装備を錬換するのに、どのくらいの電力を必要とするのか表示されるように、現在バージョンアップ中だ」
「ちなみに、昨日回収したプログラムは、槍が〈スペードの5〉で、トゲトゲ鉄球が〈クラブの5〉でしたよ」
翔虎は昨日の戦いでの成果を報告して、
「あー、それにしても今度からは、残りエネルギーを考えながら戦う必要があるのか。神経使うな」
「もちろん、翔虎くんがそんな余計な心配をしなくてもいいくらいに蓄電容量を増やすつもりではいるが」
そう言って亮次は翔虎の心配事を受けた。
「各武装によって、錬換に必要なエネルギーって、どのくらい差があるものなんですか?」
翔虎はさらなる疑問を口にした。
「そうだな……もちろん大きいものほど錬換に必要なエネルギーは多くなるが。それと、複雑な機械なんかは小さくてもエネルギーがかかるぞ。例えば……翔虎くんの主力の剣〈スペードシックス〉と、リボルバー銃の〈ハートツー〉は、大きさではだいぶ差があるが、錬換に必要なエネルギーは同じくらいだ」
「ムクの剣を作るのと、小さくてもたくさんの部品が組み合わさった機構を持つリボルバー銃の差、ということですね」
「その通りだ」
「はい、ひとつ質問」
挙手したのは直だった、
「必殺技のシャットダウンアタックなんですけど、武器が光りますよね? で、いつも翔虎はその武器を深々と敵に切り付けてるけど、そこまでする必要あります?」
「どういうことだい?」
「光った状態の武器を、こつん、て、敵に当てるだけでいいんじゃ? あの光を敵に当てるのが目的なんですよね?」
直は、ゆるいチョップを隣の翔虎の頭に当てながら意見を述べる。
「……恐らく駄目だろう」
亮次は少し考えてから、腕を組んで言った。
「どうしてですか?」
「シャットダウンアタックは、ただ単にあの光――シャットダウンアタックのプログラム粒子なんだが――それを当てればいいとはいかないだろう。ストレイヤーだって、自分を破壊するプログラムの侵入をただ黙って許すはずはない。
ピンピンしてるストレイヤーに、シャットダウンアタック発動状態の武器を、こつん、と当てたって、プログラム粒子の介入を拒否されるはずだ。致命的なダメージを与え、その傷口から強制的に粒子を送り込み、内部から破壊しなければ」
「……だって」
と、直は翔虎のほうを向いた。
「勉強になりました」
翔虎は直に言ってから亮次のほうを向き、
「僕からも質問」
と言って手を上げた。亮次が「何だい」と訊くと、
「シャットダウンアタックって、錬換した武器にしか使えないんですか?」
「その通り。シャットダウンアタック粒子は、錬換プログラム武装にしか載せることができない。シャットダウンアタックを発動させて、そこら辺に落ちてる鉄パイプを拾ったって、何も起きないんだ。」
「わかりました」
「じゃあ、最後に私から質問」
直が挙手して、亮次は、
「はい、何ですか、直くん」
「下世話な話なんですけど、亮次さんの家の電気代って、どれくらい掛かってるんですか?」
「今日一番いい質問だね。もしも、翔虎くんや直くんの家に、私の部屋の電気代と同じ額の請求が来たら、恐らくその金額を見たお母さんはぶっ倒れるだろう」
「そんなに?」
「マジで?」
質問をした直だけでなく、翔虎も同時に驚愕の声を上げた。
「アパートに入る時に、大家に交渉して、業務用クラスの大アンペアの配電盤に交換してもらったんだ。もちろん工事費は私持ちでね。退去する時に元に戻す工事費もだ」
「……亮次さんって、一体何者なんですか? 無職ですよね?」
直の訝しげな視線に亮次は、
「ま、まあ、私のことはいいじゃないか……」
「部屋には冷蔵庫も電子レンジもなかったし、食事はほとんど外食なんですよね。お金持ちの坊ちゃんなんですか?」
「だから、私のことはいいじゃないか……」
亮次はホワイトボードに描いたイラストを消し、
「ささ、次は実践だ。庭へ出ようじゃないか……」
二人の背中を押して庭へ出た。




