表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第5話 学園の戦い
52/414

第5話 学園の戦い 4/5

「え、何? 何かの撮影……ですか?」


 野球部練習中のグラウンドに入ってきたその異形のものを相手に、ボール拾いをしていた深井弘樹(ふかいひろき)は、手を止めて声を掛けた。


「深井! お前、逃げろって、何かやばいってそれ!」


 弘樹の背後十メートルほどから、先輩部員の声が聞こえる。

 土のグラウンド上に付いた足跡から、目の前のそれは、着ぐるみや張りぼてでは到底持ち得ない重量を有していることが見て取れる。

 右手から伸びる鎖は先端がトゲ突きの鉄球となっており、それが引き摺られて付いた跡も、足跡の隣にくっきりと線となって残っている。


 異変を察知した他の部員や、グラウンドの隅で駄弁っていた帰宅部所属の生徒らも、遠巻きにその異形を見つめていた。


「ねえ、先生には連絡したの?」「まだ……」「先生より警察じゃない?」


 数名の女子生徒が不安そうな顔で、そう話し合っていた。


「おい、何だよあれ?」

「わ、わからないわよ……」


 帰宅部のひとりの男子生徒が、女子生徒に近づいて質すと、女子生徒は、不安そうな顔のまま答えた。



「え? それを、どうなさるおつもりで……?」


 立ちすくんでいるのか、直立不動の弘樹の目の前で、怪物は右手を上げて鉄球を振り回し始めた。


「え? おかしい、ですか?」


 怪物の口の位置にある三日月型のスリットが、弘樹には歪んで笑ったように見えたのかもしれなかった。回転する鉄球と怪物の顔に交互に視線をやりながら、そう言って玉のような汗を流す。


「危ないっ!」


 立ちすくむ弘樹に、そう叫びながら飛び込んでくるものがあった。ディールナイト、尾野辺翔虎(おのべしょうこ)だった。

 翔虎が弘樹に飛びかかりながら体を押し倒した直後、回転運動の勢いを直進運動に変えた鉄球が、一瞬前まで弘樹が立っていた空間を高速で貫いた。

 目標を失った鉄球は三メートル程で鎖が伸びきった状態となり空中で静止した後、右腕を引くストレイヤーの動作により回収された。


「……大丈夫か? ――ですか?」


 上に覆い被さった体勢の翔虎が、下になった弘樹に訊いた。弘樹が、


「……は、はい」


 と、小さく答えると、翔虎は弘樹の体を引き起こし、


「逃げて」


 と、小さく声を掛けた。

 弘樹は、ぺこりと頭を下げて、足早に先輩たちが待つ後方へと駆けていった。


「よりによってヒロかよ。声、ちょっと変えたけど、バレてないよな……」


 翔虎は弘樹に声を掛けた時、咄嗟に声色を使っており、それを案じるように呟いた。


「!」


 翔虎は風切り音を耳にして振り返る。

 ストレイヤーの頭上で再び鉄球は回転され、二撃目が放たれる直前だった。目の前に迫る鉄球を、翔虎は盾で防いだ。商店街での戦いの時と同じように、衝撃で翔虎の体はわずかに宙に浮く。


「痛っ! 何回も受けられないぞこれは……」


 体勢を立て直した翔虎は、ようやく剣を構えてストレイヤーと相対した。

 翔虎とストレイヤーの周囲は、部活動や在校していた生徒らの姿に遠巻きに囲まれている。校舎の窓にも、鈴なりに顔が並んでいた。


「色んな意味で、まずいな……」


 翔虎は小さく呟いて、剣を握り直した。



「みなみな先輩! 矢川(やがわ)先輩! グラウンドで大変なことが起きてます!」


 文芸部部室に飛び込んできたこころは、二人の先輩にそう声を掛けた。美波(みなみ)は帰り支度をしており、矢川はまだパソコンに向かってキーを叩いていた。


「どうしたの、こころちゃん」


 と、鞄に本を入れる動作を止めて美波が訊いた。矢川もキーを叩く指の動きを止めてこころを見る。


「た、た……」


 こころは息を整えるように呼吸をしてから、


「戦ってます!」



 亮次の運転する車はアパートの駐車場に滑り込んだ。規定の白線内に一発で車を入れ、ドアを開けて車を降りる。直も降車して後を追った。

 亮次はアパートに入り階段を駆け上がると、二階の一番奥、〈210号室〉の扉に飛びつき、鍵を鍵穴に入れて回した。


「入って」


 扉を開けた亮次は直に入室するよう促した。


「家中のコンセントから繋がっているプラグを抜いて、代わりにこれを繋いでくれ!」


 亮次が長いコードを数本渡して指示すると、直は台所に走った。

 亮次はそのコードの一端をパソコンの横に置かれている機械に繋ぐと、パソコンのキーボードを叩き、ディスプレイを点灯させた。

 画面はパスワード入力を求めるものとなり、キーボードに両手を置いた亮次は、十数文字のパスワードを一秒とかからずタッチタイピングで打ち終える。亮次がそのままキーボードとマウスを操作すると、画面に表示されていたメーターが急速に針を振った。


「電力を集中させると、さすがに充電スピードが違うな。オーバーロードしないように微調整しながら……」


 亮次はそう呟き、画面に表示されたグラフの動きを目で追いながら、操作していたマウスを離して、


「思ったより早く終わるかも知れないな。ありがとう、直くん。ま、座ってくれ」

「亮次さんの家って、冷蔵庫とか電子レンジがないんですね。電化製品って、洗濯機にテレビと、録画用ハードディスクくらいじゃないですか」


 直は、亮次に勧められてフローリングに敷いたラグの上に腰を下ろして言った。


「私は、ほとんど外食だからね。ここはもう大丈夫だ、ひと休みしたら学校まで行ってみるか」


それを聞いた直は立ち上がって、


「だったら、すぐ行きましょう」



「何なのあれ?」

「テレビの撮影?」


 こころの報告を受けてグラウンドに出た美波と矢川は、白と青の鎧の戦士と異形の怪物との戦いを目にすると、それぞれ感想を口にした。


「ち、違うんですよ」


 こころは拳を振りながら、


「本物です! あの二人は本当に戦ってるんです!」


 遠巻きにその戦いを見守るのは、生徒、教師ら、グラウンドに出ているだけでも数十人はいる。教室のベランダから見ている生徒も数に入れると、その数は倍近くになるだろう。


「あっちの黒いのは、どう見ても人間じゃないわね」


 美波はストレイヤーのほうを指さして言った。


「もうひとりは、人間ぽいですよね」


 と、矢川が、


「背格好からすると、女の子かな?」



 戦いは一進一退の攻防に見えた。

 翔虎は一度ストレイヤーの鉄球を寸でで(かわ)して懐に飛び込み、剣の一撃を与えたが、その傷はすぐに再生されてしまった。

 一度は鉄球と右腕を繋ぐ鎖を断ち切ったが、これも再生。ちぎれた鎖と鉄球はすぐに塵と化してグラウンドに舞った。


 翔虎も攻めるばかりではいられなかった。

 遠距離からの攻撃にのみ気を取られていたのか、ストレイヤーが左手で鉄球を直接持って殴りかかってくる戦法に虚を突かれ、胸に一撃を受けてしまった。

 さらにその太い足で蹴り上げられ、倒れたところをさらに踏みつけられたが、これは盾で受けた。ストレイヤーの足の裏と地面とに挟まれ、翔虎の口からうめき声が漏れる。

 下からの不自然な体勢ではあったが、翔虎はストレイヤーの股関節付近に剣先を突き立てて、その状態から逃れることに成功した。


 翔虎は肩で息をしていた。

 マスクをオープンにしないのは、少しでも素顔を晒すことを恐れているのか。呼吸補助機能が付いてはいるが、感覚的に息苦しく感じてもおかしくはない。

 鎧の下は汗でびっしょりだった。


 盾で受けきれなかったり、躱しきれず攻撃を受けた体にもダメージを負っている。

 満身創痍なのは肉体だけではなかった。鎧は至る所に傷を作り、左手の盾は攻撃を受け続けたダメージでひしゃげ、一部には亀裂も走っていた。右手の剣も刃こぼれを起こしている。


 ゴーグルの下で額から流れ落ちた汗が翔虎の目に入った。

 翔虎はここでもゴーグルを上げて目を拭うことはせず、顔を二、三度振るだけだった。

 それが隙になった。

 視線を正面に戻した翔虎は、すぐ目の前にまで敵の接近を許してしまっていた。


「! しまっ――」


 翔虎が叫ぶ間に、ストレイヤーは鉄球を左手に掴み、強烈なボディブローをみまった。

 翔虎は左手で咄嗟に腹部をかばい、鉄球の一撃は盾で防いだが、その勢いまで殺すことはできなかった。ボディブローで突き上げられるように翔虎の体は宙に浮かび、数メートル後ろまで飛ばされた。


 翔虎は後方で戦いを見物していた生徒たちのただ中に飛び込んでしまった。生徒たちは悲鳴を上げながら逃げ惑う。


「おい! 早く逃げろ!」


 すでに退避した生徒が、声を張り上げた。

 ひとり、ぽつんと取り残された女子生徒に向けて発せられた声だった。

 その女子生徒は、翔虎が飛ばされたときに逃げ遅れ、翔虎の鎧の一部が脚に当たってしまい、右脛を押さえて地面に座り込んでいる。そのすぐ隣には翔虎が倒れていた。


 ストレイヤーは鉄球を振りながらそこへ迫る。

 女子生徒の目はまっすぐに、近づいてくるストレイヤーに向けられている。メガネ越しのその目に恐怖の色が浮かんだ。

 ストレイヤーは女子生徒の手前二メートルほどの位置で立ち止まり、右腕をしならせて回転した鉄球を振り下ろした。

 見守る生徒、教師たちの中から悲鳴が上がった。


 鉄球は、一瞬前まで女子生徒が座り込んでいた場所の地面を激しく叩く。

 女子生徒は翔虎に抱きかかえられるようにして、そのすぐ隣の地面に横になっていた。


「立てる? 逃げて……」


 翔虎は女子生徒を抱き起こし、歩行するのに支障のないことを確認してそう声を掛けた。

 女子生徒は呆然とした表情のまま、片足を引くように去ろうとしたが、


「ちょっと」


 翔虎に呼び止められて振り向いた。


「……これ」


 翔虎はオレンジ色のフレームのメガネを差し出した。先ほど女子生徒に飛びつき、鉄球の一撃から回避したときに外れて落ちたものだった。


「あ、ありがと……」


 女子生徒はそれを受け取って、ぺこりと頭を下げた。肩の高さで切りそろえられた髪が揺れる。駆け寄ってきた友達らしき女子数名に体を支えられながら、その女子生徒は戦場を離れた。


「さて……」


 翔虎は振り向いた。

 ストレイヤーは、標的を外した鉄球を回収し終え、再びそれを頭上で振り回していた。

 翔虎は左腕を見る。先ほどのボディブローを防いだことで、盾は中心に大きな亀裂が入り真っ二つに砕けかかっており、攻撃を防御するには心許ない状態となってしまっていた。


 ストレイヤーは今度はサイドスローのように右腕をしならせ、側面から鉄球を飛ばした。翔虎の左側から鉄球は襲ってくる。

 奇襲を受けた翔虎は、飛び退いて躱すタイミングを逸したのか、動けずにいる。しかし、左腕の盾はすでに防御機能を失ってしまっている。

 翔虎は咄嗟に右手の剣を補強するように盾に当てて鉄球を受けた。鉄球のトゲが刀身にめり込む鈍い音がして、鉄球が命中した箇所で剣は真っ二つに折れた。刀身で勢いをある程度殺したとはいえ、鉄球はそのまま翔虎の左腕を襲い、盾を砕き、翔虎は体をよろめかせた。


 それを見たストレイヤーは翔虎に近づき、鎖を左手に持つと、その鎖を翔虎の首に巻き付けた。翔虎の目は呆然と見開かれており、それがまったくの予想外の攻撃であったことを窺わせた。

 翔虎は逃れようともがいたが、ストレイヤーが両手を引くほうが速かった。

 翔虎の首を一周して巻き付いた鎖は、左右に開いたストレイヤーの腕の力でテンションが掛かり、翔虎の首を締め上げた。

 翔虎は左手を鎖と首の間に入れたが、ただ指が絡み取られただけで、さしたるダメージの低減は望めそうもなかった。


「翔虎――!」

「翔虎くん……」


 直と亮次は車で東都学園高校に駆けつけ、グラウンドの人だかりを掻き分けて翔虎の戦いを見守っていた。

 二人が駆けつけて目にしたのは、翔虎が女子生徒を助けて地面を転がった辺りからだった。

 二人の漏らした声はあまりに小さく、生徒らの耳には届かない。それは戦っている白と青の鎧の戦士が翔虎であると悟られないためというよりは、目の前の状況に絶望しているからか。

 亮次は携帯電話の画面を見て、「よし」と小さく呟くと、再び人だかりを掻き分け、誰もいないグラウンドの隅で携帯電話を耳に当てて、


「翔虎くん、もうエネルギーは溜まった。シャットダウンできるぞ。一度なら錬換を使う余剰もある……聞こえてるか翔虎くん! 翔虎くん!」


 応答がないことに焦り、亮次は翔虎の名前を口にし続ける。


「やばいんじゃないか?」「死んだ?」


 生徒たちの中から、そんな声が漏れ聞こえ始めた。


「死」


 その言葉に直は一瞬、ぴくりと体を震わせて、一歩足を踏み出した。そしてまた一歩。


「おい! 行くな!」


 誰かの声が上がったが、直はその声に反発するかのように歩調を早め、戦いのさなかへ向かって走り出した。そしてその勢いのまま、ストレイヤーの右膝に蹴りを叩きつけた。


「離せ! こいつ!」


 直は、そのまま何度も足裏を蹴り込むが、微動だにしない、とは、こういうことを言うのだろう。直の蹴りはストレイヤーの体にかすり傷ひとつ与えることも、一ミリたりと動かすこともなかった。

 ストレイヤーは三日月型のスリットが入った顔を直に向ける。直はそれには気が付かない。気が付いたとしても、それを正しく見て取ることはできなかっただろう。直の両目は涙で溢れていた。


「……直」


 直と亮次は同時にその声を聞いた。

 亮次は携帯電話のスピーカーから、直は肉声として。


「離れろ……」


 声は続いてそう告げる。その声の主である翔虎は、震える右手で左腕タッチパネルを操作した。翔虎の両(てのひら)が光り輝く。翔虎は自由なほうの右手を、鎖を引くストレイヤーの左腕に叩きつけた。


 生徒たちの中から悲鳴とも歓声ともつかない声が上がった。

 ストレイヤーの左腕は消え失せ、代わりに細長い槍が出現した。槍は飛び上がって宙を回転する。

 ストレイヤーの左腕が消え去ると同時に、鎖に掛かっていたテンションは失われ、翔虎の首を締め上げていた戒めは解かれた。

 翔虎は回転しながら落下してきた槍を掴むと、タッチパネルにシャットダウンアタック発動の操作を完了。光に包まれた槍は、翔虎の両手により、左腕を肘付近まで再生しかかっていたストレイヤーの胸に深々と突き刺さった。

 ストレイヤーは爆発四散し、周囲を塵で満たした。

 浮かび上がるプログラムを回収しつつ、翔虎は二、三度喉を押さえて咳き込んだ後、直に向かって、


「ありがとう、直……」

「バカ……翔虎」


 それを聞いた直は、両手で顔を覆って肩を震わせた。


「どうした? ……泣いてるの、直?」

「違うよ、塵が……目に入って……」


 涙声を混じらせながら言って、直は目を擦う。


「僕はこの塵に紛れて逃げるから。後で電話する」


 翔虎は素早く人気(ひとけ)のない方向へ走り去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ