第5話 学園の戦い 3/5
「えっ!」
と、大きな声を出してしまった直は、慌てて口元を押さえ、今度は小声になり、
「もう一体って? もしかして……」
「そうだ、ストレイヤーが、しかも……」
亮次は携帯電話から目を離さずに、
「こちらに向かってきている」
携帯電話の画面では、もうひとつの点滅する赤いマーカーが、マップの中心の交点に向かって移動していた。
直は、きょろきょろと周囲を見回して、
「ど、どこから? どっちから? 距離は?」
「あっちだ。距離は――」
亮次がそう言って指をさした方向から、悲鳴が聞こえた。
「な、何?」
立ち尽くす直に向かって人の波が押し寄せてくる。まるで何かに追い立てられるように。
人の波は、翔虎とストレイヤーが戦っている場所を避けて通るため、人の流れはそこで二股に分かれ、翔虎が戦っている半径数メートルは川の中州のように人の流れを寄せ付けなかった。
亮次と直は人の波に流されないよう、道路の端に体を寄せた。亮次は携帯電話を操作して耳に当て、
「……聞こえるか翔虎くん」
人の雑踏はあるものの、一応誰にも聞こえないよう小さな声で携帯電話のマイクに向かって呟いた。
「……亮次さん?」
翔虎はその声をヘルメット内で受けた。
ディールナイトのヘルメットには、骨伝導マイクとスピーカーが備えられており、小さな声でも十分通信可能だった。翔虎の声も、亮次の携帯電話のスピーカーを通して亮次の耳に届いている。
「あまり大きな声を出すな。誰かに聞かれたらまずい。まあ、この雑踏だが――」
「そんなことより、どうしたんです? 何が起きたんです」
翔虎は亮次との会話にも神経を使っているためか、ほとんど防戦一方で敵の攻撃を捌きながら質した。
「もう一体出た」
「え? ストレイヤーが?」
「そうだ、こっちに向かってくるぞ」
「じゃあ、この人の流れは?」
「そうだ、恐らく――」
「亮次さん! あれ!」
直が亮次の服の裾を引っ張り、反対の手で人の流れの上流を指さした。その指が指し示したものは、人々を追い立て、道路を流れる人の急流と化させた原因だった。
ガチャリ、と金属音が鳴る。背後からのその音に、翔虎は一瞬後ろを振り返り、
「何? こいつが」
目の前に立っていたのは、新たに出現した、もう一体のストレイヤーだった。
右腕の、服でいえば裾の部分から黒い鎖が伸びている、その鎖は裾から一メートルほどで、何本ものトゲが突き出た直径十五センチほどの鉄球に繋がれていた。先ほど聞こえた金属音はこの鎖が鳴る音だった。
多面体を繋ぎ合わせ人の姿を作り出したかのようなその異様な外観は、前衛芸術作品と言われたら納得してしまうかもしれない。
顔の口に当たる部分には、いびつな三日月状のスリットが入っており、笑っているかのような不気味さを与える。
「……こんなものが追いかけてきたら、逃げるよな」
亮次の感想通り、すでに周囲に人影はほとんどなく、僅かに残ったものも、商店の中や建物の間の狭い隙間に身を隠し、往来に堂々と立っているのは、今や翔虎と二体のストレイヤーだけとなった。
亮次と直も建物の影に身を隠している。
二体の敵に挟まれる形となった翔虎は、体の向きを九十度回して、左右にそれぞれ相手を見る体勢を取った。
右に槍ストレイヤー、左に鉄球ストレイヤー。
どちらのどんな動きも見逃すまいとするかのように、翔虎は右に左に忙しなく視線を往復させている。
最初に動いたのは鉄球ストレイヤーだった。
右腕を振り上げ、頭上で鎖を回す。先端の鉄球の重みで鎖は勢いよく回転し、空気を切り裂く音を雑踏が消えたアーケード内にこだまさせる。
その回転に視線のほとんどを向けていた翔虎は、右から聞こえた、ガチャリ、という音に一瞬、目だけでなく首ごと回して視線を投げた。
槍ストレイヤーが足を踏み出した音だった。
翔虎のその動きを隙と取ったか、鉄球ストレイヤーは回転させていた鎖と先端の鉄球を振り放った。見えていた鎖の長さは一メートル程度だったが、体内にさらに鎖を収納していたのだろう、鉄球が飛ぶにつれ裾の部分からは鎖が引き出されて伸びていく。
翔虎との距離は約三メートル。翔虎は自分の胸目がけて迫る鉄球を、左手の盾で受けた。
しかし、その小さな盾では勢いの付いた鉄球の衝撃を受けきることはできず、大きく姿勢を崩してしまった。鉄球も盾に当たり跳ね返る形で空中に舞う。
そこで今度は槍ストレイヤーが動いた。
舗装を抉るほどのステップから槍を突き出す。穂先の延長にあるのは体勢を崩し無防備な翔虎の背中だった。
翔虎は鉄球の命中で両足が路面から僅かに浮くほどの衝撃を受けたため、足をふんばり体勢を立て直すこともできない。
無重力状態のように体を浮かせたまま、背中を串刺しにされるより翔虎の辿る道は他にないかと思われたが、溺れる者は藁にもすがらんと、翔虎は右手の剣を捨て、自分の目の前にある鎖を掴んだ。
その行動と、鉄球ストレイヤーが鎖を回収するため右腕を振り上げる動きは同時だった。
翔虎の体は鉄球ストレイヤーに釣られるような形となって宙を舞い、槍の一撃を躱すことに成功した。
直後、翔虎は鎖を離し、地面に着地する。その位置は、
「懐に入った……!」
戦いを見守っていた亮次が呟いた通り、翔虎のその体は、空しく宙を突き刺し終え勢いが停まった槍ストレイヤーの懐にまさに入っていた。
翔虎と槍ストレイヤーとは数十センチも離れていない。
人間で言えば、呆気に取られている、という表現が相応しいのだろうか、Y字スリットの中心にある光る目は、翔虎を見下ろしたまま微動だにしていなかった。
「チャンス! でも――剣を捨てちゃってる!」
その様子を見た直が言ったように、翔虎は空中で鎖を掴むため、武器の剣〈スペードシックス〉を手放してしまっていた。
「いや、まだある、しかも――」
直と違い亮次は冷静な表情だった。
「この距離なら……」
亮次の台詞の後を受けるように翔虎は言って、同時にタッチパネル操作を素早く終えた。両掌が光を放ち、その光は左手に握っているリボルバー銃に宿る。
危険を察知したのか、自分の得意の槍の間合いを取り戻そうとしたのか、あるいはその両方か、槍ストレイヤーはバックステップで飛び退いたが、翔虎はその首に右腕を回してすがりついたため、二人の間合いは離れるどころかゼロ距離まで縮まった。
翔虎の左手は槍ストレイヤーの腹部に押しつけられた。正確には、押しつけられているのは光り輝くリボルバー銃の銃口だった。
引き金を引く。この日四度目の銃撃音が鳴り響き、槍ストレイヤーは腹部に受けた弾痕を中心にして、崩れ去るように灰燼と帰した。
「……いくら僕でも外しようがない」
アーケードの下に舞う塵の中で、翔虎は呟いた。
鎖を手繰り寄せ、元のように一メートルほどの長さにまで収納した鉄球ストレイヤーは、槍ストレイヤーのプログラムを回収する翔虎を窺うように立ち尽くしている。
プログラムの回収を終えた翔虎は素早く剣を拾い上げ、残る一体のストレイヤーに、ゆっくりと近づいていった。
「亮次さん……」
翔虎の言葉は携帯電話を通して亮次の耳に届き、
「あと一体残ってるわけですけれど、あれですよね。シャットダウンアタックは一回しか使えないんですよね。どういう括りでの〈一回〉なんです? 一日一回? 変身するごとに一回? じゃあ、ここで解いて変身し直したらもう一度使える?」
「翔虎くん、シャットダウンアタックは通常の錬換よりも膨大なエネルギーを使うため、便宜上〈一回〉と括ったんだ。エネルギーが充電完了したらまた使える」
「それはどのくらいの時間で――あっ!」
翔虎の言葉は途切れた。鉄球ストレイヤーが回れ右をして翔虎から逃げるように走り出したためだ。
「とにかく追います」
翔虎はそう言って、ストレイヤーの後を追うべく駆け出した。
「翔虎くん、車で追おう。車を停めたところまで来てくれ。あ、それと、変身は解くな」
「え? どうして?」
「一度変身を解いたら、もう一度変身するのにエネルギーが掛かる。変身にというか、スーツを錬換するのにな」
「……了解。そうですね、あいつの位置はモニターできるし、車で追ったほうがいいかも」
亮次と翔虎の携帯電話越しの会話はそこで終わり、
「直くん、行こう」
亮次は直と一緒に、車の駐車場所まで走り出した。
「追いつけそう?」
後部座席から顔を出して、翔虎は運転席の亮次に訊いた。
「ああ、あいつ、そう足は速くないな。しかし、車で入れないところに逃げ込まれる可能性はある」
「翔虎! 前に顔を出さない! その格好見られたらどうするの!」
助手席の直が、翔虎の頭を押さえて後部座席へ引っ込めさせた。
「座席の下にうずくまってて」
直に言われた通り、翔虎は座席下に入ろうとするが、
「鎧が邪魔でうまく入り込めない。直、もう少し座席前に出して……」
「後部座席のガラスはスモークになっているから大丈夫だとは思うが」
バックミラーでその様子を見た亮次が言った。中途半端な姿勢でうずくまった翔虎は、
「ところでさっきの話の続きですけど……」
「ああ、エネルギーのことか」
翔虎の質問を察した亮次は、
「もう一度シャットダウンアタックを撃つためのエネルギーを充電するには、半日はかかるだろう」
「え、そんなに!」
「私の部屋で予備バッテリーにも充電して、少しでも早くシャットダウンアタックを使えるようにする」
「で、それをやって、充電完了までどのくらい?」
「……一時間くらいか」
「それでもそんなに? 一時間もあいつを放っておけっていうんですか?」
「仕方がない。まさか同時に二体出てくるなんて、想定外だった――いや、それも当然考えに入れておくべきだったんだ。私のミスだ」
「今更そんなこと言っても、それこそ仕方ないですよ。一時間持たせればいいんですね」
「しかもだ」
「まだ何か悪いことが?」
「ああ、〈スペードエース〉も持ってきたな。あいつと戦う時、なるべく錬換はしないでそれ一本で戦ってくれ」
「えー! ……そうか、錬換のエネルギーも惜しいから……」
亮次は頷いて、
「もちろん、現場の判断が最優先だ。危険な時や、誰かを助けるために錬換を使わざるを得ない時は、翔虎くんに任せる」
「……責任重大ですね。うん、わかった、やってみます」
「すまないな……」
「ちょっと」
亮次と翔虎の会話に割って入った直は、
「あいつ、学校のほうに向かってるみたい……」
亮次の携帯電話の画面を指さして言った。
人通りの少ない狭い路地に亮次は車を停車させ、運転席を下りて周囲を確認すると、「オーケーだ」と言って、車内の翔虎に合図した。
それを受けた翔虎は素早く車外へ転がり出た。
「もう学校のすぐ裏だ」
翔虎は周囲を見回して言った。その学校の方角から、生徒のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。
「僕は行くから、亮次さんと直も」
と、翔虎は二人を促した。
「ああ、気を付けるんだぞ。充電でき次第連絡するからな」
亮次は運転席に乗り込み、
「直くんも手伝ってくれ」
「もちろん」
助手席の直は答えた。
亮次の車は走り去り、翔虎は剣を手に、悲鳴のしたほうへ向かって駆け出した。




