第5話 学園の戦い 2/5
亮次の車の助手席に翔虎、後部座席に直が乗り込み、三人はストレイヤーの出現場所に向かう。
直は、運転席と助手席の間から顔を出して、
「で、今度はどこに現れたんですか?」
「反応があったのはここだ」
亮次はカーナビの上に取り付けられた携帯電話の画面に目をやった。その画面内で点滅する赤いマーカーは、ストレイヤーの現在位置を示している。
「ここ、商店街の辺りじゃない?」
地図を見た直が言った。翔虎も同じ画面を見て、
「そうだね。もう誰かに目撃されてるかも」
「目撃だけならいいけど、もしかしたら、襲われてる人が……この間の私たちみたいに」
亮次が商店街から少し外れた場所に車を停め、携帯電話を手に取り外に出ると、翔虎と直も続いて車を降りた。
「亮次さん、ストレイヤーは近いの?」
翔虎は携帯電話を取りだし、変身アプリのアイコンの上に指を持ってきて訊いた。
「ああ、礼によって精度がいまひとつだが……方向は、あっちだ」
亮次が指さしたのは、アーケードがある商店街の方角だった。
「もう商店街に?」
直の不安そうな声に亮次は、
「それにしては静かだが……いたぞ!」
亮次は先ほどよりも上の方向に指をさし直した。
「……あ!」
亮次の指先の延長に目を凝らした翔虎も声を上げた。
「え? どこ?」
直は未だストレイヤーの姿を発見出来ていないようだ、手で額にひさしを作って二人と同じ方向に目を向ける。
「アーケードの上だよ!」
「……本当だ!」
翔虎の声に答えるように直は叫んだ。
商店街のアーケードは、左右の店の屋根を繋ぐようにアーチ状に湾曲して商店街の往路に覆い被さり、その下は歩行者専用道路となっている。商店街は、一区画に碁盤の目のように縦横に走っており、この辺り一帯は全てアーケード付きの商店街で構成されている。
「誰もいないから、今のうちに変身しておこう」
翔虎は、自分の周りにスーツの材料にしてしまって支障のあるものが何もないことを確認するようにぐるりを見回すと、携帯電話のアイコンをタップした。光に包まれた翔虎はディールナイトの姿へと変身を果たした。続いて、剣の〈スペードシックス〉と小型盾の〈ハートツー〉を地面から錬換して装備して、
「このままアーケードの上で決着を付けられれば、誰にも目撃されなくて済む。被害も出さずに済むかも」
翔虎はそう言ってアーケードに向かって走り出した。
「気を付けて!」
直の掛けた声に、翔虎は一度振り向いて、左手を上げて答えた。
「私たちも行こう。アーケードの下から見守ることくらいしかできないが」
亮次の声に直は頷いて、二人は翔虎の後に続いて商店街へ向かった。
翔虎は助走をつけて地面を蹴り、アーケードの上に飛び乗った。その目の前には、
「最初に戦ったやつと似てるな……」
その言葉通り、アーケードの上には、翔虎が初めて戦った敵、スペードセブンストレイヤーに似たものが立っていた。
鎧を思わせる外見。細部に違いはあり、体つきもより細身だが、決定的に違っているのは右手の武器だ。斧ではなく、長い槍となっている。スペードセブンストレイヤー同様、右手に拳はなく、その槍は右手先端から直接生えている。
ストレイヤーはアルファベットの〈Y〉のような形に切られた頭部スリットの奥に光る目を翔虎に向け、槍を構えた。
答えるように翔虎も剣を構えると、ストレイヤーはアーケード天井を蹴って槍を突き出してきた。
「……あそこだ」
商店街に入った亮次は、アーケードを見上げて言った。直も視線を上に向ける。
商店街のアーケードは一定間隔置きに半透明なアクリル素材となっており。その上に何かあれば、うっすらとアクリル越しに確認できる。亮次が向けた視線の先のアクリル素材を透かして、二つの影が動いていた。
亮次の携帯電話にポイントされた印の位置から、その一方はストレイヤーに違いなく、もうひとつの影は翔虎のものに間違いなかった。
商店街は人の話し声や店舗のアナウンスなどの音で満たされ、二人の他には頭上で繰り広げられている戦いに気が付くものはいないようだった。
「くそ……」
翔虎は連続して繰り出される槍の突きをさばくのに精一杯で、まだ一度も効果的な攻撃を仕掛けられていなかった。何度か隙を見て剣を振ってはみたが、槍と剣ではリーチに差がありすぎ、剣先は敵の体の数十センチも先の宙を斬るのみだった。
「なんとか懐に入らなきゃ……そうだ!」
翔虎はストレイヤーの攻撃範囲外まで数歩後退し、左腕のタッチパネルを操作する。光を放つようになった左手を、アーケード天井端部のコンクリート製の基部に向かって叩きつけた。翔虎は飛び出した武装をキャッチすると、剣を左手に持ち、右手でその新たな武器を構えた。リボルバー銃〈ハートツー〉だった。
「くらえ!」
翔虎は銃口をストレイヤーに向けて引き金を引いた。
商店街を行く人々は、ぴたりと歩みを止め、ウインドウの商品を眺めていた人は、ぎょっとしたように、その視線を周囲に彷徨わせた。銃声が鳴り響いた直後だった。
「翔虎くん、銃を使ったな。うまく仕留めてくれてたらいいんだが……」
銃声は合計で三発響いた。一瞬の静寂の後、商店街はざわめきを取り戻したが、それは銃声が聞こえる以前のものとは異なっていた。
「拳銃の音じゃないか?」「どこから聞こえた?」「ヤクザの事務所なんてあったっけ?」
人々はそんな言葉を口々に発する。
「翔虎は? やったの?」
直の問いかけに亮次は、
「いや、まだだ、ストレイヤーの反応は消えていない」
そう答えて携帯電話から天井へ視線を戻した。直もそれに倣って見上げる。アクリル越しには、未だ二つの影が透けて見えていた。
「……当たってない? 一発も?」
引き金を三回引いた後も、ストレイヤーは微動だにせずに槍を構えたままだった。翔虎は、自分が三発の銃弾をすべて外したことを悟ったのか、唖然とした声で呟いた。
ストレイヤーはアーケードを蹴って間合いを詰め、絶妙な距離で槍を突き出してくる。翔虎が動かなければ、槍は確実にその胸を貫いていたに違いなかった。
翔虎は咄嗟のバックステップで突きを躱した。ストレイヤーの右腕は伸びきり、槍の穂先と翔虎の胸鎧との距離は、わずか数センチの間隔を残すのみだった。
「あ、危ない……」
翔虎は冷や汗を流して槍の穂先を見つめたが、すぐに正面を向き、残弾がまだ三発残っているリボルバー銃を向けた。
「この距離なら――」
だが、銃口を向けられたストレイヤーはその姿を翔虎の視界から消した。
「え? 上?」
翔虎の察した通り、ストレイヤーはアーケードの天井を蹴って真上に飛び上がっていた。それを見た翔虎は、
「悪あがきだ。飛び上がったら的になるだけだ!」
銃口を上げて空中にいる標的に狙いを付け直したが、
「!」
何かの音を耳にして身を引いた。ストレイヤーが空中で右腕の槍を射出したのだ。翔虎が聞いたのはその射出音だった。
翔虎はバックステップして、放たれた槍の射線上から身を引いた。だが、そのため槍は翔虎の体ではなく、その足下のアーケードに突き刺さった。
「何だ!」「落ちてきたぞ!」
破砕音がした直後、買い物客や店員らから驚きの声と悲鳴が上がった。アーケードの破片とともに何者かが商店街の真ん中に降ってきた。
「翔虎――!」
直も叫んだが、すぐに亮次に口を押さえられた。
「直くん、名前を叫ぶのは駄目だ」
亮次は直の耳元でそう囁く。
天井から振ってきたのは紛れもなくディールナイト姿の尾野辺翔虎だったが、その顔はゴーグル、マスクも展開したフルフェイス状態のヘルメットで覆われていた。
足下のアーケードが破られ、もう下の商店街に落下するしかなくなった翔虎は、即座にヘルメットを展開していたのだ。
直は自分の叫びの意味を悟ったのか、周囲を見回したが、先ほどの直の叫びは、それ以上の音量の買い物客らの声と悲鳴にかき消され、誰の耳にも届いていなかった。
翔虎に次いで降ってきたものを見た買い物客は、さらに悲鳴を大きくした。
ストレイヤーだった。翔虎と違うのは、ストレイヤーは両足でしっかりと商店街の舗装路に着地したということだった。落下の加速を加えたその重量を受けて、着地地点のアスファルトには亀裂が走った。
アーケードの上でストレイヤーが放った槍は、落下するより前に、すでに塵と化し消えていた。
倒れていた翔虎は無言のまま立ち上がり、両手に持つ武器を持ち替え、右手に剣、左手にリボルバー銃とした。
「剣を持ってる!」「銃も持ってるぞ!」「女の子か?」
降ってきた白と青の鎧姿の人物、ディールナイトに変身した翔虎を見た人々は、口々に叫んだ。
翔虎と、翔虎に相対し二メートルほどの距離に立つストレイヤーの周囲から人は引き、数メートルの距離を置いて遠巻きに人垣ができた。
「何かの撮影かよ?」「それにしては……」「カメラもスタッフもいないぞ……」
この状況を理解しようと、人々はあらゆる可能性を探るように言葉を口にしあう。
ストレイヤーの右腕からは、コードやシャフトが絡み合うように射出した槍が再生された。
「何あれ、CG?」「ばか!」
テレビや映画の画面を通してであれば、それはコンピュータグラフィックスによる効果としか思えないだろう。しかし、それは肉眼に映る現実の光景だった。
ストレイヤーは、周囲を確認するかのようにY字型のスリット上に、光る目を滑らせる。そして、翔虎に対していた体を百八十度回転させ、取り巻く人々を向いた。
「うわー!」
それを見た人々は、人垣を崩して逃げ惑った。ストレイヤーは逃げる人たちを追うかのように一歩を踏み出す。
「やめろ!」
それを見て取った翔虎は飛びかかり、ストレイヤーの背後に剣を振り下ろした。ストレイヤーは上半身のみを回転させ、槍でその一撃を受け止め、なぎ払うように槍を横に振って翔虎の体をはじき飛ばした。
アスファルトの上を滑りながらも体勢を立て直した翔虎は、立ち上がって剣を構える。
ストレイヤーはすでに下半身も正位置にして、元のように翔虎の正面に相対して槍を構えていた。
「くそ、これじゃ元の木阿弥だ……」
翔虎が呟いた通り、再び剣対槍の構図となってしまった。
左手にはまだ残弾が三発残った銃があるが、翔虎はそれをストレイヤーに向けはしない。アーケードの上で自分の射撃の腕前を知ったからだろう。
この状態で流れ弾が出るなどという事態が起きることを考えたら、銃を撃つことなどできるはずもなかった。
再び悲鳴が上がった。ストレイヤーが翔虎に向かって突進したのを見た人々の間からだった。
翔虎は再び槍の攻撃をさばき続ける。剣で、盾で。時折見せる反撃も、やはりその剣先が敵の体に届くことはない。アーケード上での攻防がもう一度繰り返されているだけだった。
「翔虎……」
取り巻きの人々の中に紛れ込んだ直は、今度は誰にも聞こえないくらい小さく、その名を呟いた。その隣に立つ亮次は、懐に手を入れて携帯電話を取りだした。
「――なんて事だ」
携帯電話の画面を見て亮次が呟いた。小さな呟きだったが、それが耳に入った直は、
「どうしたんですか?」
「もう一体現れた……」




