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錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第4話 東都学園高校の面々
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第4話 東都学園高校の面々 4/5

「『生徒会裁判』それは、東都学園高校に所属する生徒間で話し合いによる解決が困難であると判断されたトラブルが生じた場合、風紀委員長が裁判長となり、双方、あるいはいく方かの主張を総合的に判断し、裁判長が最良の判定を下すという制度だ」


 グラウンドの地面につま先で書いた四角の中に立った中村(なかむら)が、生徒会裁判の概要を告げた。

 これは新入生である翔虎(しょうこ)(なお)に対しての説明だった。

 その翔虎は、中村の正面、地面に書かれた丸の中に立たされている。翔虎の左右と後ろには、やはり地面に四角が書かれており、右に岸田(きしだ)、左に大倉(おおくら)、後方にこころが、それぞれ立つ。

 直はひとり彼らから少し離れた位置で裁判の行く末を見守っている。少々の呆れ顔で。


「では開廷します。まずは本裁判の概要について――」

「裁判長」


 中村の開廷宣言を直の言葉が遮った。


「証人は裁判長の許可なしに発言しないように! 何だね?」

「はい」


 と、直は開いた生徒手帳に目を落としながら、


「生徒会規則のどこにも、生徒会裁判なんて項目は見あたりませんけど」

「うっ! き、君……」


 中村は狼狽(うろた)えて、


「た、確かに生徒会裁判は正式に認められた制度ではない。代々の風紀委員長が勝手に行っていることだ。しかし、今やこれは全校生徒の中で、なし崩し的に認められた立派な独自制度なんだ!」

「『勝手に』『なし崩し的に』ですか」

「そこをわざわざ強調するのはやめたまえ! 退廷を命じるぞ!」

「いえ、こんなところに翔虎をひとりにしておけないので、私も付き合います」

「いちいち引っかかるな君は……まあいい。気を取り直して、本裁判の概要について確認します」


 中村はメガネを整え、机に両手を付くふりをして、


「被告、学年クラスと名前を宣言して下さい」

「ええ? 何で被告?」


 翔虎は、その呼び方には納得いかないという表情で訴えた。


「じゃあ、重要参考人」


 中村が言い直したが、


「……それもどうかと」

「いいから! 呼び方なんて何でもいいから!」

「いい加減だなあ……一年四組、尾野辺(おのべ)翔虎です」

「よろしい。では次に原告三名。所属と名前を宣言して下さい」


 中村はそう言って、四角い線内にいる三名を見回した。


「二年二組、サッカー部、岸田(まさる)

「二年一組、バスケ部、大倉新助(しんすけ)

「二年六組、文芸部、睡蓮(すいれん)こころ」


 三人はそれぞれ名乗る。


「こころ先輩、裁判では本名を言わなくていいんですか?」

「うるさいです!」


 翔虎の疑問はこころに一蹴された。裁判長も、それについては何もないようだ。ひと言、「静かに」と言って、


「本日、被告、尾野辺翔虎は、サッカー部、バスケ部、文芸部から同時に勧誘を受けた。そして、どの部に入部しようか決めあぐねている。これに間違いはありませんか?」

「決めあぐねているというか、別に迷ってるわけでは……いえ、間違いありません……」


 翔虎は裁判長と三人の原告の視線を受けて、素直に異論はないと認めた。


「わかりました」


 中村はメガネを指で押し上げると、


「それでは、それぞれの部に、被告との喚問時間を設けます。我が部に入部すれば、尾野辺くんにとってどんなメリットがあるのか、どんな特典があるのか、詳しく説明して下さい」

「ちょっと」


 ただひとりの証人である直が、


「これ、本当に裁判? ただのアピール合戦じゃないの? 裁判長とか必要?」

「黙らっしゃい! 裁判長の許可を得ずに発言しないでちょうだい!」

「裁判長、キャラが変です」


 直の言葉を中村は無視して、


「では、まずサッカー部から」

 

と、岸田を向いた。岸田は頷いて、


「尾野辺くん。我がサッカー部の魅力は、何と言ってもサッカー部であるという、そのこと自身に尽きる。サッカーは世界のスポーツだ。サッカーは末端の高校部活動から日本代表まで、(じか)に繋がっている。国のA代表になるということは、それ自体が世界で通用するステータスなんだ。尾野辺くん、俺たちは君の力を必要としている。一緒に世界を目指そう! 君も大空翼(おおぞらつばさ)になろうじゃないか。ボールは友達。世界が、バルサが君を待っているぞ!」


 両手を広げながらの岸田のアピールにも翔虎は、


「岸田先輩、『キャプつば』世代じゃないですよね?」

「君だってそうだろ! 学年ひとつしか違わないだろ!」

「僕は昔の漫画好きなんで知ってます」

「裁判長」


 直は今度は挙手した上で発言を求めた。


「証人の発言を認めます」


 裁判長中村の許可を得て直は、


「今の岸田先輩の言葉には虚偽があります。岸田先輩が翔虎……被告をサッカー部に勧誘したのは、女生徒からの人気を得るためです。決して被告のサッカー部員としての戦力を当て込んでのものではありません」

「事実ですか?」


 中村は岸田を見る。岸田は、


「……事実です。ですが裁判長。女性人気を得たいという目的で部員を勧誘してはいけないのでしょうか? サッカー部に入部する生徒の八割以上は、モテたいという目的で入部するのではないでしょうか。少なくとも俺を含め、自分の周りはそうです」

「サッカー部の勧誘には正当な理由があると認めます」

「そうなの?」


 直の疑問をよそに中村は、


「次、バスケ部」


 その声に大倉はひとつ頷いて、


「……尾野辺くん、バスケは好きか?」

「……いえ、特には」

「……」

「……次、文芸――」


 バスケ部のアピールタイムを終わらせようとした中村を、無言のまま掌を向けて制した大倉は、


「君はまだバスケの魅力を知らないだけだ。バスケの魅力はひと言ではとても語り尽くせない。ゴールが壊れてしまうんじゃないかというくらいの豪快なスラムダンク。歴史に残る名台詞『諦めたらそこで試合終了だよ』目立たないが、赤木(あかぎ)と同じく三年間頑張ってきた小暮(こぐれ)……」

「それはみんなバスケじゃなくて、漫画『スラムダンク』の魅力だろ!」

「籠球部は人選ミスをしました! こいつはただの『スラムダンク』好きです!」


 岸田とこころが激しく突っ込んだ。


「裁判長」


 再び直が挙手し、発言を認められると、


「バスケ部が被告を勧誘した目的もサッカー部と同様です。しかも、岸田先輩が声を掛けていたところに割り込む形で被告の勧誘を始めました。岸田先輩が声を掛けていなかったら、そもそも大倉先輩は被告を勧誘しなかった可能性が高いです。勧誘目的は言うまでもなく女性人気を得るためです」

「事実ですか?」


 中村の問いに大倉は涼しい顔で、


「事実です。ですが、我々バスケ部には、サッカー部以上にモテるために入部するという大義名分があります。それは、『スラムダンク』の主人公『桜木花道(さくらぎはなみち)』も、春子(はるこ)さんにモテるためにバスケを始めたという事実があるからです」

「駄目だ、この人たち」


 直は、呆れ顔でため息をついた。


「……次、文芸部」


 中村は今度こそ文芸部こころの番を宣言した。


「ふふふ……。この勝負、もらいました」


 こころは腕を組み、岸田と大倉をそれぞれひと睨みして、


「翔虎ちゃん! あんたが我が文芸部に――」

「こころ先輩」

「何? 話の腰を折らないでよ!」


 翔虎は、こころの言葉を遮って、


「その呼び方、やめてもらえませんか?」

「どうしてよ!」

「わかるでしょ! あの脳みそ全部筋肉みたいなうちの担任だって察したんですよ!」

「何言ってんですか! あんたなんか『翔虎ちゃん』で十分です!」

「先輩がその気なら、僕も先輩のこと本名で呼びますよ」

「な、何なのこの子。生意気な! 一年坊主のくせに私を脅そうっていうんですか! かわいくないわね! 顔はかわいいけど……ふふ、何度でも言ってあげるですよ。あんたなんか『翔虎ちゃん』で十分です! ……いや、ちょっと待つです、何でわざわざ私があんた相手に『ちゃん』なんて愛称付けしなきゃいけないですか! 『翔虎』の呼び捨てで十分ね! ……いやいや、何で私があんたのことをファーストネームで呼ばなきゃならないのよ! 親しくもないのに。あんたのことは、今後『尾野辺』って呼んでやるですよ!」

「それでいいです」

「でね、尾野辺、あんたが我が文芸部に入るメリットはね……」

「……メリットは?」


 こころが意味ありげに言葉を止めたためか、翔虎は沈黙の間に訊き返した。


「それはね……みなみな先輩がいるからよ!」

「はあ?」

「はあ? じゃないわよ! 南方美波(みなかたみなみ)こと、みなみな先輩と同じ部活に入れるんですよ。これ以上のメリットはないでしょ! はん!」


 こころは勝ち誇った表情で翔虎を見た。


「! 南方美波先輩――」


 南方の名前に反応したのは岸田だった。憤怒と言ってもいい形相でこころを睨む。


「岸田先輩! どうしたんですか?」


 ただならぬ様子に異変を感じたのか、翔虎が岸田に質した。


「……そうだ、文芸部の新部長は南方先輩だったんだな。であれば、この勝負、我がサッカー部は絶対に文芸部に負けるわけにはいかない! 絶対に負けられない戦いがここにある!」


 岸田は視線をこころから外さないまま続け、


「南方先輩はな……俺たちのエース、高町(たかまち)キャプテンを振ったという過去があるんだよ!」

「な、何だって!」


 翔虎は驚きの声を上げ、


「サッカー部のキャプテンを振るなんて、そんな女子生徒がこの世に存在するとは! サッカー部のキャプテンといえば、宇宙でもっともモテる称号のはずなのに!」

「翔虎。そこまでいくと偏見よ。むしろ馬鹿にしてる」


 直が静かに突っ込みを入れた。


「あれは去年のこと……」


 岸田はこころから外した視線を天に向け、


「当時三年の先輩たちから、次期キャプテンに任命された高町先輩は、その足で南方先輩に告白するため、文芸部の部室へ行った。部室には南方先輩ひとりだけだったという。キャプテンはそこで、思いの丈をすべて吐き出した。そして……」

「振られたと」

「ああ! そうだよ!」


 翔虎の言った言葉を肯定し、岸田は机を叩く、振りをした。実際に机はないため、その拳は宙を切るだけだった。


「翌日の県大会の緒戦は、そのせいで散々だった。キャプテンの針の穴をも通すパスはまったく切れを欠き、ラクダが針の穴を通ろうとするがごとく、ことごとく相手にインターセプトされまくる。絶好の位置でシュートされたボールは、宇宙空間へ飛び出し周回軌道上を回る衛星と化す。挙げ句の果てに精神的疲労のピークに達し、相手ペナルティエリア内で倒れたキャプテンは、シミュレーションの判定を取られる始末!」

「負けちゃったんですか……」

「いや、その直後、監督がキャプテンを交代させて、何とか勝利したんだけどな」

「じゃあ別によかったじゃねーか!」

「翔虎、相手は先輩よ。言い方!」


 直が翔虎の言葉遣いを諫めた。


「いいことあるか馬鹿もん!」


 岸田は翔虎を見て、


「キャプテンは失恋の痛手から回復するのに、翌日まる一日かかったんだぞ!」

「十分回復早いほうだわ!」


 翔虎の言葉遣いは直っていなかった。


「原告の喚問は以上で終了します」


 中村がそう言って一同を見回した。


「文芸部は南方先輩がいる、ってことしか言ってないけど。バスケ部に至っては、ほとんど全部『スラムダンク』の話しかしてなかったわ」


 直の総評だが、原告の三人は一様に口を閉ざし、難しい表情で中村へ視線を送っている。

 中村は目を閉じて熟考しているようだったが、しばらくして目を開き、


「……では、判決を言い渡します。被告、尾野辺翔虎が入部するべき部活は――」

「裁判長」

「何だね証人!」


 一番の見せ場を邪魔されたとばかりに、中村はきつい視線で口を挟んできた直を見た。


「この、『生徒会総則』によるとですね……」


 直は開いた生徒手帳に目を落としながら、


「『東都学園生徒会は、生徒の自主性を重んじ、自由と規律を両立させた学園生活を送るための手助けを目的として組織され……』とあります」

「む!」


 一文字に口を結び、怯む中村。直はさらに続け、


「翻って、この『生徒会裁判』はどうですか。いち新入生の今後の学園生活を左右する所属部活動を、風紀委員長の一存で決めてしまっていいんですか! 生徒の自主性はそこにあるんですか! ビシッ!」


 最後の「ビシッ」と同時に中村を指さした。


「そ、それは……」


 と言ったまま、二の句を口にする事ができない中村だったが、


「わ、わかった……」


 ようやく振り絞るような声を出し、


「被告、いや、尾野辺くん。どうやら私の負けのようだ。入りたい部活は、君自身が決めるといい……」

「裁判長、いや、中村先輩……」


 翔虎はそう言って中村と視線を交わした。


「何だかドラマチックな言い方してるけど、まったく当たり前のことだからね」


 場を支配する感動的な空気の中、直ひとりだけは冷静に言った。そして、


「さあ、翔虎。自分の未来は自分で決めるの。入りたい部活を堂々と、翔虎自身の口から宣言しなさい」

「な、直……」


 翔虎は直を見て微笑んだ。


「さあ、尾野辺くん。どの部活に入るのか、我々に聞かせてくれ」


 中村の言葉に、岸田、大倉、こころも固唾を呑んで翔虎を見る。


「はい……」


 翔虎は一度息を吸い込むと、


「……もう少し他の部活も見てから決めます」


 これが、東都学園高校最後の生徒会裁判となった。

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