第4話 東都学園高校の面々 5/5
「翔虎ちゃん、直ー、二人とも文芸部に入ってくれるの?」
文芸部の部室。南方美波は翔虎と直を前にしてそう言うと、両手を合わせて笑顔を見せた。
「は、はい。よろしくお願いします。でも、ちょっとお願いが……」
翔虎がそう言うと、美波は、「なにかな?」と小首を傾げた。
「尾野辺! みなみな先輩にお願いなんて、厚かましいですよ! で、結局文芸部に入りたいと言ってくるなんて。やっぱりあんたの運命は決まってたんですね!」
と、こころは勝ち誇った表情で言った。
「聞いたわよ、こころちゃん。こころちゃんが生徒会裁判で、サッカー部とバスケ部から翔虎ちゃんを守ってくれたんだって?」
「みなみな先輩のためですからっ!」
こころは美波の胸にダイブした。美波はこころを抱いて頭を撫でながら、
「それで、お願いってなに?」
「それはですね。僕と直は、色々と用事があるので、部活に出なかったり、もしかしたら途中で抜けたりすることがあるかと思うんで、それを許してもらえないかと……」
「いいわよ。うちは毎日集まって何かするって部じゃないしね」
「ありがとうございます!」
翔虎は美波に頭を下げ、直も翔虎に倣った。頭を上げた直は、
「それで南方先輩、文芸部は全部で何人所属してるんですか?」
「えーと、翔虎ちゃんと直が入ってくれたから、全部で五人ね。よかったー、最低人数に達したわー」
「さすがに四人以下だと存続が危ぶまれるですからね」
美波と、その胸から顔を上げたこころはそう言って安堵の表情を見せた。
「え? 五人って……」
直は部屋にいる人数を指で数えて、
「あとひとりしかいないんですか?」
「そうよー。でもね、最後のひとりは我が文芸部の隠し球なのよ」
「隠し球?」
美波の言葉に直は訝しげな声を出した。その直後、ドアが開く音がして、部屋にいる四人は一斉に音のした方向を向いた。
「あ、噂をすれば。矢川くん、こんにちは」
「こんにちは、部長。あれ? もしかして新入部員ですか?」
部室に入ってきたのは、長身で線の細い男子生徒だった。
「初めまして」
翔虎と直は、回れ右をして自己紹介をした。
「いや、よかった。もしかしたら今年は新入部員ゼロで、さすがに廃部にされちゃうかと思ったよ」
矢川と呼ばれた男子生徒は、そう言って笑った。
「そう思うなら、矢川先輩も新入部員の勧誘をして下さい!」
こころの厳しい言葉に矢川は、
「はは、俺、そういうの得意じゃないから」
「で」
直は矢川に向かって、
「矢川先輩が文芸部の隠し球なんですか?」
「隠し球?」
矢川はきょとんとした顔をして、
「ああ、部長に何か吹き込まれたね。別にそんな大それたものじゃないよ」
「朝に翔虎ちゃんがここに来た時、私が、翔虎ちゃんはここに入部するべき、って言ったの憶えてる?」
美波の問いかけに翔虎は上目遣いになり、
「……ああ、そういえばそんなこと言われましたね。あの後すぐ、こころ先輩が乱入してきて有耶無耶になっちゃったんですよ」
「乱入とは何ですか!」
反論したこころは、美波に、まあまあ、となだめられた。
「どうして、僕が入部するべき、ってなったんでしたっけ?」
「確か……」
直も記憶を探るように人差し指を顎に当て、
「翔虎が推理小説を読むって言って……」
「そう」
美波は待ってましたとばかりに胸を張り、
「翔虎ちゃん、去年の〈ルシファー賞〉の受賞作は読んだ?」
「もちろん読みましたよ!『セパレートゼロ』でしょ。面白かったですよ。ここ数年のルシファー賞の中じゃ、一番じゃないですか?」
興奮した様子で翔虎が答えた。
「作者の名前は覚えてる?」
「はい、もちろん。速水疾駆狼でしょ。かっこいいペンネームですよね」
「会ってみたい?」
「それは、会えるなら、もちろん!」
「目の前にいます」
「……え?」
そう言ったきり、翔虎は黙ってしまった。
美波は、にっこりと微笑んで、矢川に向けて右手を差し出した。
「え? ええー!」
「はは、名前かっこいいかな? 俺もそう思って付けたんだけど、今になってみると、ちょっと恥ずかしいな……」
矢川はそう言って笑い、頭を掻いた。
「速水疾駆狼……先生?」
「やめてよ、先生なんて」
驚きの声を出した翔虎に、矢川は困ったような表情で言った。
「どう、翔虎ちゃん。これが我が文芸部が、零細部ながらも存続できている理由よ。ルシファー賞受賞者、速水疾駆狼こと、矢川瞬がいるんですからね!」
「よろしくね、尾野辺くん、成岡さん。三年一組、矢川瞬です。ようこそ文芸部へ」
部活動見学を終え、新入生は教室へ戻ると、教室に用意されていた入部申請用紙に、希望する部活動を書いて提出を始めた。提出期間は一週間設けられているが、翔虎と直はすでに用紙に〈文芸部〉と記入済みだった。
「やっぱり文芸部にしてよかった」
翔虎はそう言って直を見る。直は例によって一時的な席替えで翔虎の隣の席に座っている。
「矢川先輩のこと? 矢川先輩が作家としてデビューしてるってことは、部員と先生以外には秘密なんだから。言いふらしたら駄目よ」
「わかってるよ」
文芸部部室から教室に戻る前、翔虎と直は、速水疾駆狼のことは部員以外の生徒には内緒にしておいてくれと念を押されたのだ。
翔虎と直が所属部を文芸部に決めたのは、ひと通り部活を見学し終えて、一番緩そうなのが文芸部だと結論付けてのことだった。実際、欠席や途中退席の許可を美波からもらうことに成功した。
「お、二人とも、もう戻ってたのか」
弘樹が、〈野球部〉と書かれた入部申請用紙を手に翔虎と直のもとに寄ってきた。
「おお、ヒロ。やっぱり野球部か」
翔虎は弘樹の用紙を覗き込んだ。
「当たり前だろ。ん? ショウは文芸部? 成岡も?」
二人は頷いた。
「あそこ、部員が少なくて、存続の危機だって聞いたぞ。そんなところでいいのか?」
「いいの、いいの」
翔虎は微笑んで入部申請用紙を振った。
――2016年4月5日




