第4話 東都学園高校の面々 3/5
「翔虎、とりあえず、どこに行きたい?」
「うん、一応サッカー部も見に行こうかな」
「じゃ、グラウンドだね」
二人は階段を下りて一階へ向かう。
「ねえ、翔虎。文芸部入るの?」
「うーん、部長が南方先輩ってのはいいんじゃないかと思うんだよ。欠席したり途中で抜け出すのも大目に見てくれそうで」
「そうね。なんたって〈尾野辺翔虎ファンクラブ〉の元会長だもんね」
「そ、それはもう関係ないだろ!」
「ねえ」
直は歩きながら翔虎の顔を覗き込むようにして、
「南方先輩と二人で何してたの?」
「な、何でもないよ! 何もしてないから!」
「二人っきりだったよね。私、部室に入ろうとしたら、南方先輩と出くわしたじゃない。あれ、もしかして南方先輩、ドアに鍵掛けようとしてたんじゃないの?」
「ど、どうしてそうなるんだよ!」
「違うの?」
「ち、違うよ……」
「私の目を見て言える? 怒らないから正直に言ってごらん」
直は立ち止まって翔虎の正面に立ち肩に両手を置き、目を見つめながら言った。翔虎は一文字に口を閉じたまま直の視線を受け止める。
「……顔、真っ赤だよ。やっぱり何かしてたのね? ていうか、されてたのね?」
「ちょ、ちょっとだけ……」
翔虎は直から目をそらし、赤くなって俯いた。
「……ふーんやっぱり。ねえ、いやならはっきりと、いやって言わなきゃ駄目だよ」
「う、うん……」
「でも、ま、いやじゃないよね。南方先輩美人だし。そうでしょ?」
「な、なんで……」
「先輩、二年前よりもずっと綺麗になりましたね。なんて言ってたんでしょ。どうせ」
「な、何だよそれ! 直には関係ないだろ!」
「そっちこそ何よ! 当たり前でしょ! 何、私が嫉妬してるみたいになってるの! バカじゃないの!」
直は早足になって翔虎の先を歩いていった。
「い、いや、そういうことじゃなくて……」
翔虎も直を追って駆け足になる。
「ほら、グラウンド行くから外履きに履き替えて」
玄関まで来ていた直は自分の下駄箱を開け、白地に赤い三本ラインのスニーカーを取り出した。東都学園高校の下駄箱は二段になっており、通学用の指定革靴と外履きのスニーカーが入っている。革靴と違いスニーカーに指定はなく生徒の自由だった。
「ま、待ってよ……」
翔虎は直のものと色違いの青いラインのスニーカーを履いて直を追った。
「ほら、あそこの10番。あの人がキャプテンの高町先輩よ。プロのスカウトも何人か見に来たんだって」
グラウンドのサッカーピッチでは、サッカー部が新入生勧誘のための紅白試合を行っていた。
直が指さしたのは赤色ビブスを着た10番。スポーツマンらしい短髪で、ボールを散らしながら周囲に指示を送っている選手。東都学園高校サッカー部キャプテン、高町俊太郎だった。
「さすがの人気だね」
翔虎は自分たちと同じようにピッチの周囲に集まっている新入生たちを見回して、
「男女半々くらいだね。男子は入部検討の見学だろうけど、女子は全員高町先輩目当てか。女子サッカー部の紅白戦にはまだ時間があるもんね」
翔虎はピッチ横の掲示板に張り出されている予定表を見た。男子サッカー部の紅白戦が終わったら、この後は女子サッカー部の紅白戦が予定に組まれている。
「女子サッカー部があるって珍しいよね」
「そうね。うちのサッカー部のOBがなでしこリーグのどこかのチームの監督をやったことがあるんだって。その時の勢いで女子サッカー部ができたって聞いたよ」
「へえ、そうなんだ」
「翔虎はサッカー部だったくせに、そういう情報全然知らないんだね」
「はは、うちはお気楽サッカー部だったから。顧問の先生もろくに見に来ないから、練習なんてほとんどしないで、試合して遊んでばっかりだったし……」
「で、どう? サッカー部に未練はないの?」
「あるわけないじゃん。この紅白戦を見て確信したよ。僕じゃまったくついて行けないなって」
「自信を持って言うことじゃないぞ。そういえば、深井は野球部見に行ったんだよね」
「うん。野球場のほうにいるかな?」
「行ってみる?」
二人が紅白戦の見学から離れ、野球場に向かおうとした時、
「君。尾野辺くんだよね?」
翔虎は後ろから声を掛けられた。翔虎と直が振り返ると、サッカー部のユニフォームを着た男が立っていた。
「はい、そうですけど?」
「やっぱり。すぐにわかったよ。かわいい顔してるから」
「どなたですか?」
翔虎は少しむくれて質した。
「申し遅れた。俺は二年二組、岸田勝。サッカー部だ」
岸田はそう自己紹介した。左右に分けた髪は耳が隠れる程度に伸ばされ、額のところでバンドで止められている。
「ちょうど交代で引いたら君を見かけてさ、どこか行っちゃいそうだったから追いかけてきたんだよ」
その言葉を表すように、岸田の息は少し上がり、肩に提げたスポーツタオルに吸収しきれなかった汗が額に浮いている。
「はあ。で、僕に何か? というより、どうして僕のこと知ってるんですか?」
「去年、中学の後輩が出てた大会に応援に行った時に見かけたんだよ」
「あー、あの試合ですか……」
そう言って、翔虎は遠い目をした。
「翔虎、憶えてるの?」
と、直の言葉に翔虎は、
「うん、10対1で負けた試合」
「なにそれ、ひどっ! さすが翔虎が不動のレギュラーを務めていたサッカー部……でも1点取ったんだ」
「相手のオウンゴール」
「うわ……」
「それでさ」
岸田は話を続け、
「尾野辺くん、サッカー部に入ってくれるんだろ?」
「い、いえ。僕なんかじゃとても……」
翔虎は首をぶんぶんと横に振った。
「でも、中学じゃレギュラーだったんだろ? センターバックだっけ?」
「レギュラーになったのは三年になってからで、それもみんな前線のポジションをやりたがって、半ば押しつけられるように。二年の部員も、僕が三年だからって譲ってくれたのもあるし……」
「何? サッカー部に入る気ないの?」
「は、はい……」
「そんなこと言わないでよ。みんな歓迎するからさ」
「先輩。どうして10対1で負けたようなサッカー部出身者を勧誘に?」
直の挟んできた質問に岸田は、
「いやね、尾野辺くんが入ってくれたら、一気に女性人気を獲得できるんじゃないかと……」
「はあ?」
「はあ?」
翔虎と直は同時に頓狂な声を出した。
「チャンスなんだよ。今年就任したバスケ部の監督がさ、昔気質の運動部員丸坊主派らしくてさ、部員数、女子生徒人気に陰りが出そうなんだよ。ここで一気にバスケ部との差を広げるチャンスなんだよ」
「何を張り合ってるんですか!」
直が突っ込んだ。
「下級生担当はキャプテンがいるから。でも、キャプテン、下級生からは、ちやほやされてるけど、正直、三年の女子には言うほど人気ないんだよね。で、そこに尾野辺くんみたいな男の子に入ってもらってだね……」
「年上人気をかっさらおうと」
「そうそう、君は話がわかるね。尾野辺くんの彼女? いや、違う? ……成岡さんって言うのか、よろしく。俺は去年からいくつかの中学のサッカー部員をチェックしててさ、その中でうちに入ってくる新入生に声を掛けようと思ってたんだよ。有望な選手に」
「サッカーの腕じゃなくてルックスで、ですか」
「成岡さん、ルックスも重要な要素だよ。サッカー選手とはいえ、プロである以上は魅せる商売なんだから」
「プロじゃないですよね」
「ま、まあ、そんなわけで、尾野辺くん」
と、岸田は話し相手を翔虎に戻し、
「ぜひサッカー部に入ってくれ。大丈夫、キャプテンには俺から悪いようにはしないよう言っておくから」
「は、はあ……」
岸田から両手で右手を握られ、翔虎は戸惑った表情を見せた。そこへ、
「ちょっと待ったー!」
「な、何?」
大きな声に三人が振り向くと、そこにバスケ部のユニフォームを着た長身の生徒が立っていた。
「げ、大倉……」
その姿を見た岸田が声を出した。
「二年三組、バスケ部の大倉新助だ。尾野辺くん、こんないい加減な男の甘言に耳を貸さないように」
「何だと」
岸田は翔虎から手を放し、大倉と対した。大倉は岸田を無視して、
「尾野辺くん、バスケ部に入りたまえ」
「はい?」
「どうしてそうなる!」
翔虎はさらに戸惑った声を出し、直は突っ込んだ。
「心配ない。髪型のことなら、うちのキャプテンから監督に進言する。君のその、さらさらショートカットにはハサミ一本入れさせないから。そういうわけだ。残念だったな、岸田」
「ぬう、お前、何を……尾野辺くんとバスケは何の関係もないだろ!」
「バスケと関係のない男子などいない。『スラムダンク』を読んだことのない男子がいないようにな」
「何だその無茶苦茶理論! 大体、お前どうしてサッカーピッチにいるんだよ! バスケ部は体育館だろ!」
「いやな予感がして来てみたんだよ。案の定だ」
「どういう予感だよ!」
「そういうわけで、尾野辺くんはバスケ部がもらっていくから。あ、大丈夫だよ。背丈は決してバスケットボールにおける絶対的な優位性じゃない。宮城リョータを見てわかるようにね」
「待て待て! しれっと尾野辺くんの手を引いて連れて行こうとするな!」
岸田は負けじと、大倉が取っていないほうの翔虎の左手を掴んだ。
「何をする。離したまえ岸田」
「お前こそ離せよ。尾野辺くんに最初に目を付けたのはサッカー部だぞ!」
それぞれが翔虎の手を掴み、岸田と大倉の引き合いが始まった。
「ちょっとお待ちなさいです!」
その時、さらにこの争乱に介入する声が。
「だ、誰だ?」
岸田が声のした方向を見る。翔虎も同じ方向に目を向けて、
「あ! ごん――じゃなかった、こころ先輩!」
翔虎の言葉の通り、そこに立っていたのは文芸部の権田原心こと、睡蓮こころだった。
「その子に一番最初に目を付けたのは、我が文芸部です。蹴球部も籠球部もお呼びじゃないです! さあ、その手を離しなさいです!」
「な、何だと!」
「どうしてわざわざ和名で言うんだ?」
岸田と大倉はこころに気圧されたのか、翔虎を掴む手を離してしまった。
「こころ先輩。どうしてここに?」
翔虎の疑問にこころは、
「ふふふ、あなたたちが部室を出てからずっと尾行していたのです。貴重な新入部員、決して逃さぬようにと、みなみな先輩の厳命が下ったのです」
「ぬう、文芸部だと。尾野辺くん、君はサッカー部に入るべきだ、世界が、ワールドカップが君を待っているぞ」
「いや、今、時代はバスケだ。さあ、尾野辺くん、『バスケがしたいです』と俺に向かって言ってみろ」
「こんな男たちに惑わされないで。あんたが我が文芸部の部室を訪れた時、すでに運命は決まっていたんですよ」
三人は、それぞれの立ち位置を頂点とした正三角形を作り、互いに視線で火花を散らした。
「よし、こうしよう」
と、岸田が、
「三人で勝負するというのはどうだ? 勝ったものが尾野辺くんを手に入れる」
「面白い」
「ふん、受けて立つです」
大倉とこころは笑みを浮かべた。
「よし決まったな。それじゃ、勝負はリフティングの回数でいいな?」
「いいわけないだろ」
「お前バカですか」
大倉とこころは即座に却下を下した。
「勝負は公正にな」
と、大倉は、
「スリーポイントシュートで勝負だ」
「どこが公正だ」
「それでもスポーツマンですか」
この提案も即座に却下された。
「勝負の内容は」
最後にこころが、
「あんみつ大食いにします」
「駄目だろ」
「せめて文芸部っぽい勝負内容を提示しろや」
大倉と岸田は乗らない。
誰も他者の条件を呑むことなく、火花を散らしたままの膠着状態が続く。
「その勝負、私が預かろう!」
背後からの声に、翔虎と直は振り返り、膠着状態だった三人も視線を向けた。
「あ、あんたは!」
岸田がその声の主を確認して、
「生徒会役員、風紀委員長の中村正則先輩!」
「いかにも」
名前を呼ばれた中村は、眉毛の上五ミリの位置で真っ直ぐに切りそろえられた前髪の下の黒縁メガネを中指で押し上げた。
「また、おもしろキャラが」
と、その姿を見た翔虎が呟いた。
「有望な新入生を取り合う部活動か。毎年見られる風景だな」
中村は、バスケ部の大倉とそう違わない長身を揺らしながら、ゆっくりと翔虎を取り合う三人の近くに歩み寄り、
「そんな時、東都学園高校では、いつもこうしてトラブルを解決してきた」
「そ、それは?」
「む!」
「ま、まさか……」
ごくりと喉を鳴らして、こころ、大倉、岸田は順に呟いた。
「そうだ」
中村は右手を大きく振り上げて、
「生徒会役員、風紀委員長中村正則の名において、ここに生徒会裁判を開廷する!」
「せ、生徒会裁判……?」
翔虎はその響きに圧倒されたかのように、そう言ったまま固まった。
「はあ。何だか面倒くさいことになってきた」
直は、ため息をついてそう漏らすのだった。




