第3話 高校生活始まる 3/4
「この辺りだ」
目的地に到着し車を降りた亮次は、携帯電話の画面を見ながら言った。
画面地図上中心の交点、すなわち今亮次と翔虎がいる現在位置には、ストレイヤーの居場所を表す赤いマーカーが、ほぼぴたりと重なっている。
それを見た翔虎は、
「直から聞いてたけど、探知機ですね」
「ああ、索敵範囲は、ほぼこの町を網羅してる。精度がいまひとつなんだがな」
「僕の携帯にも、それ入れて下さいよ」
「そうだな、今度の休みに家に来るか。まあ、今は目の前の敵に集中しよう」
亮次の言葉に翔虎も頷いた。
雑木林の入口。付近に民家や建造物はなく、人の姿も見えない。
翔虎は自分の携帯電話を取り出すと、〈Deal Knight〉のアイコンをタップしようとしたが、
「待て! もう少し車から離れてくれ! そこで変身すると、私の車もスーツの材料として取り込んでしまう!」
亮次は慌てて翔虎の変身を制した。
「そっか」と、翔虎は購入したての新車から数歩離れ、改めてアイコンをタップ、変身シークエンスを開始した。
光りに包まれ、足下を中心にクレーターを作り、翔虎はディールナイトへと変身した。
「もう武器も出しておこう」
翔虎は左腕のタッチパネルを操作し、地面を叩き、剣〈スペードシックス〉を錬換した。
「いた!」
剣を構えた翔虎の耳に亮次の声が聞こえた。林に背を向けていた格好だった翔虎は振り向いて、
「いた? どこに?」
「林の奥、ここから十メートルくらい先の木の陰だ。翔虎くん、今度のは、やっかいかもしれないぞ」
「どういうことですか?」
「右手が拳銃になっていた。リボルバー型のやつだ」
翔虎も目を凝らして林の中を凝視するが、木の陰に隠れたのか、ストレイヤーの姿はもう確認できなかった。
「拳銃って、そんな武器もありなんだ……やばい、頭撃たれたら即死する」
翔虎は自分の頭を抱えた。ディールナイトのヘルメットは後頭部と側頭部しか覆っていなかったためだ。
「大丈夫だ。ヘルメットを展開させよう」
「そんなことできるんですか?」
「ああ、ヘルメットの耳の部分の下に小さなボタンがあるのがわかるか? そう、それだ。一回押すと……」
亮次に言われたように翔虎がそのボタンを押すと、後頭部からヘルメットがスライドしてきて、翔虎の額までを覆った。
後頭部のヘルメットは二重に重なっており、その一枚がスライドしたのだ。そのため後頭部も元のようにヘルメットで覆われたままだ。
「さらにボタンを押すと……」
亮次の声に従い翔虎がもう一度ボタンを押すと、ヘルメットからゴーグルが下りてきて翔虎の目から鼻までを覆う。
「これは正体を隠すのにも役立つだろ」
「そうですね。それに視界もほとんど変わらない。ゴーグルを通して見てるとは思えないくらいクリアだ」
翔虎の言うとおり、ゴーグルにより翔虎の視野にスモークがかかるようなことはなかったが、亮次から、つまり外から見れば、そのゴーグルは完全にスモークが掛かった艶やかな黒で、その下の顔を窺うことはできない。
「そして、最後、もう一回押せば……」
亮次の言葉でさらに翔虎がボタンを押すと、側面を覆ったヘルメット部からマスクがせり出してきて顔の中央で合わさった。
マスクは最後まで露出していた口元に被さり、翔虎の首から上は完全にフルフェイスのヘルメット状に覆い隠された。
「さらにボタンを押せば、マスク、ゴーグルといった順で、今とは逆に顔が露出していく。マスクの裏には呼吸補助機能があるから、息苦しくはないはずだが、マスクくらいは収納するか?」
「ううん、このままで行きます。僕、映画の『ロボコップ』で、いつ生身の口元を撃たれるかと冷や冷やしながら見てたから」
「何だそりゃ……そうだ、せっかくだからシールドも装備したほうがいい」
「了解」
翔虎はタッチパネルを操作し、ドラムを〈ハート〉と〈2〉に合わせる。右側のドラムには円形の盾のイラストが表示された。地面からその装備も錬換した翔虎は、
「小さくて心許ないけど、ないよりはいいか。それにこれくらいの大きさのほうが取り回し易いと言えるかも」
装備した盾〈ハートツー〉は、直径三十センチ程度の円盤形をしていた。
翔虎はそれを左腕に装着し、タッチパネルの操作が阻害されないよう、左腕アーマー部を回転させてパネル面を内側に持ってきた。
「よし、行ってきます」
「気を付けてな」
亮次が声を掛けると、翔虎は頷いてから、左手の盾を胸の高さに構えて林の中に足を踏み入れた。
周囲を警戒しながら、その身を完全に林の中に入れた直後、
「ぐわっ!」
連続して二発の銃撃音と、直後翔虎の悲鳴が上がった。銃弾がヘルメットと盾に命中した乾いた金属音も、ほぼ同時に響いた。
翔虎は分け入ったばかりの林から飛び出てうずくまる。
「大丈夫か!」
亮次は翔虎のもとに駆け寄った。
「だ、大丈夫……」
ヘルメットの弾丸が命中した部分を押さえながら翔虎は、
「痛くはないけど、いきなり撃たれてビビった。ヘルメットしてなかったら死んでた……盾もあって助かりましたよ」
亮次は林の中を探ろうと顔を上げようとしたが、
「駄目ですよ亮次さん! 撃たれる!」
翔虎が亮次の体にすがりつくようにして屈み込ませた。
「この腹とか腿とか、露出してるところに当たったら一発だよ……」
さらに翔虎は自分の体を見ながら呟く。
「一応、露出してるように見える部分も、ナノスキンアーマーで覆われてるが……パンツの部分も当然ただの布じゃない」
と、亮次も翔虎の腹や太ももを見回して言った。
「何それ? 拳銃の弾が当たっても大丈夫なんですか、それ」
翔虎は言いながら自分の露出した、しているように見えるへそ回りを撫でた。
「わからない。実験したことなんてないからな……」
「勘弁して下さいよ……誰だよ、こんなデザインに作ったやつは――」
そう言いながら木の陰から顔を出した翔虎だったが、
「いてっ!」
顔を出すと同時に再び銃撃を受けてしまった。弾丸はまたもヘルメットに命中した。
「今のは効いた……頭がガンガンする……」
「大丈夫か!」
「今はそうですけど、こんなのが続くとやばいかも……何なのあいつ、全部当ててくる」
「相手はプログラムだからな。人間の射撃とはわけが違う、正確無比な射撃が可能なのかもな」
「……試してみよう」
翔虎は地面に落ちていた一メートル程の枯れ枝を手に取り、それを林の中に投げ入れた。
しかし、聞こえたのは枯れ枝が地面に落ちて草と擦れ合う音だけだった。
次にもう少し大きな枝を拾い投げ入れてみたが、結果は同じだった。
「何だよあいつ! 囮に引っかからない!」
「確実にターゲット、人間のみを判別しているのか?」
と、亮次が呟いた。翔虎が続けて、
「しかも、百発百中の腕だ……」
「さっき翔虎くんが撃たれたとき、ちらっとストレイヤーの姿が見えたが、ここから十メートルくらいの所の木陰にいるな……」
「十メートルか……突撃できない距離じゃないな」
「無茶だぞ。近づけば近づくほど狙いは更に正確になるだろう。そうしたら、針の穴を通すあの射撃だ、今はヘルメットに当たっているが、ゴーグル部分はヘルメットより確実にもろい素材だろう。そこを狙われる可能性がある。この大きさの盾では頭部を防いでも体は無防備になってしまう」
「ナノ何とかアーマーを信用しろってことですか?」
「信用出来ないから言ってるんだ」
「くそ……じゃあ、こういうのはどうだ……」
翔虎は左腕の盾の部分のみを木の陰からゆっくりと出した。これなら撃たれても体にダメージはないという判断をしたようだった。だが、
「……全然撃ってこない! 本当、何なのあいつ! もう!」
翔虎は憤慨した声を出し、
「一か八か行ってみます。とりあえず、五メートルくらい離れたあの木陰まで走ります」
「無理するな翔虎くん、何か手が……」
亮次の制止を聞かずに、翔虎は陸上のクラウチングスタートのような体勢を取ってから飛び出した。
目的の木陰まで飛び移ろうとしたようだったが、
「あっ!」
飛び込んだ直後、空中に滞空している瞬間を銃撃されてしまった。
弾丸は左肩口に命中し、勢いを削がれた翔虎は目的地の木陰に到達する前に、撃ち落とされたように地面に倒れ込んだ。
「翔虎くん!」
続けて銃撃音が鳴り響いたが、翔虎は寸でのところで飛び跳ね、その一撃は躱すことができた。
目的地としていた木陰には到達出来たが、その代償は小さくなかった。
翔虎は地面に尻を突き、木にもたれながら左肩を押さえている。
ゴーグルとマスクがなかったら、その下の苦痛に歪んでいる表情が確認できただろう。吐く息の荒さもそれを物語っていた。
「翔虎くん! どうした! 今度は大丈夫じゃないんだろ!」
「ちょっとだけ……ちょうど肩鎧の繋ぎ目部分に当たったみたいです。狙ってやったのかな? だとしたら、あいつヤバい。二発目を躱せたのは奇跡だ。血は、出てないみたい……」
荒い呼吸を挟みながら翔虎は言うと、肩から右手を離し、掌を見て、
「鎧の下にもナノスキンアーマーを着ているから大丈夫だったのか。ナノスキンアーマー、銃弾の貫通は防ぐけど、当たると超痛い……」
翔虎は、それきり黙り、亮次も沈黙した。
数秒の後、先に口を開いたのは翔虎だった。
「亮次さん、もうここから動けない。そっちに戻ろうったって、その隙を狙われてまた撃たれる」
「くそ……翔虎くん、私が囮になる。その隙に――」
「駄目です! 亮次さんが撃たれたら確実に死にますよ! ……ねえ、そこから敵の姿は見えませんか?」
「……駄目だな」
亮次は顔を出さないよう気を付けながら敵の方角を窺い、
「もう見えない。さっき見えたのも、拳銃の部分が少し覗いただけだったからな……」
「拳銃……亮次さん! 拳銃は、あいつの持ってる拳銃はリボルバーだったって言ってましたよね?」
「ああ、それは間違いない」
「よし」
翔虎はゆっくりと立ち上がって、
「ならいけるかも……最初に一、二、で、三、さっきで、四、五……」
呟きながら翔虎がタッチパネルを操作すると、掌に輝いた光が、持っていた剣に乗り移った。
「シャットダウンアタック! どうするんだ翔虎くん!」
「突撃します。とりゃー!」
翔虎は、盾を頭頂部に構えた前傾姿勢となり、木陰から飛び出て突進した。
この姿勢なら、敵から視認できる投影面積は最小になる。しかももっとも目立つのは構えた盾だ。
「翔虎くん! うまい姿勢だが、耐えられるのは一発くらいだぞ!」
亮次が叫ぶ間に、その一発が放たれ、銃弾は盾と鎧の隙間を通り抜けて胸鎧の左側に命中した。
翔虎は突進の勢いを削がれ、肩の痛みも合わさってか、そのまま立ち止まってしまった。
「狙い撃ちだぞ!」
亮次は悲痛な叫びを上げ、そのまま林に跳び込もうかという勢いで立ち上がった。
だが、次弾が飛んでくる気配はない。
翔虎はすぐに地面を蹴り突進を再開して、林の入口から十メートル程の木陰に躍り込んだ。
「よう」
そこで翔虎は狙撃者と対面した。
頭部にあるレンズのような三つの目が、焦点を合わせるようにジリジリとモーター音とともに回転し、ゴーグル越しに翔虎の二つの目と視線をぶつけた。
そのストレイヤーは右手首から先がそのままリボルバー銃になっていた。
今はその銃のシリンダーを引き出して弾丸補充の真っ最中だった。
ストレイヤーの左手には指が六本あり、その指の第一関節から先が銃弾になっている。その指をシリンダーの弾倉に差し込んで第一関節から切り離すことで装填していた。
六本ある指の三本は第一関節から先がなく、弾倉に収まっていた。四本目の指はまさに今弾倉に差し込まれている。
残る二本の弾丸付きの指がぴくりと動いた。
装填の途中ではあったが、ストレイヤーは右腕を振ってシリンダーを収納し、銃口を翔虎に向け、ようとしたが、翔虎の振り抜いた輝く刀身がストレイヤーの体を真っ二つにするほうが早かった。




