5 賭け事
領主が貸してくれた馬車に乗って、この領地にある教会にアマリリスとアヴィオールは戻って来た。
領主の屋敷に行く前に立ち寄っていたので、挨拶や説明などはいらないはずだった。
「シスターアマリリスが封印石に触れてしまったので、聖水で清めて差し上げてください」
そう言ってアヴィオールが、アマリリスを抱き上げて運ばなければ。
ぐったりしているならまだしも、真っ赤になってアヴィオールの背中を叩いているので、周りの目は生温い。
言われるがまま聖水で手を清めると、アヴィオールがハンカチを出した。
「ほら、手を見せて」
「大袈裟よ。何も問題ない」
ほら、と両手を見せる。
アヴィオールは眉間にシワを寄せた。
「怪我をしてるじゃないか」
「…ただのあかぎれよ」
冬に冷たい水を触っていれば、当然あかぎれになるでしょ。
そう言おうとして、あぁ、この人はあかぎれを知らないんだな、とアマリリスは気づいた。
貴族の長男は爵位や家業を継ぐことがほぼ決まっている。次男もその手伝いをすることが多いが、それ以降の兄弟は家を出る。
騎士や学校の先生、中には教会へといく人もいるとか。
屋敷と呼べる自分の家があるようだし、きっとこのひとはそれなりの地位の貴族だったのだろう。
「これは、封印石に触れてできた怪我ではないから、大丈夫」
「でも、怪我は怪我だろう」
説明が面倒なので、もういいや、とアマリリスはアヴィオールがハンカチを手に巻くのを止めなかった。
「代わりのハンカチなんて、私は持ってないわよ。刺繍もできないし」
昔、通っていた貴族学校の子たちなら、きっとそうするのだろうとは思ったけど、…思っただけだった。
「いいよ。それより、さっきシスターたちに渡した封印石の欠片がなんだか、少なかったようだけど?」
思ってもみない話題に、アマリリスは思わず言い淀んでしまった。
「…えっと、気のせいじゃない?」
「一応確認のために持たせてもらったんだけど、ずいぶん軽かった。…となると君の体重が…?」
「その通りよ」
先ほどアヴィオールは、封印石とアマリリスを持ち上げていた。そこから、封印石の重さを引くとアマリリスの体重が割り出せると言いたいのだろう。
折角手に入れた封印石を取り上げられるくらいなら、体重が重いと思われる方がいい。
アマリリスは真面目な顔で即答した。
「分かった。それ以上は訊かないよ。ただ、代わりに君の靴についての秘密を教えてくれるかい?」
「靴?」
話題が変わるのは大賛成だが、これもまた訊かれたくないことだ。
「魔獣の封印石をいつもどうやって壊しているんだ?」
アマリリスは封印石を蹴っている。
「見たままよ」
「…蹴っただけでは壊れないだろう。何度か見ているけど、魔術を使った気配もないし」
「…」
魔術は魔術でしか壊せない。
媒体となったものの劣化や魔術の綻びなど、例外はあるだろうが、今回アマリリスが壊した石にはあまり当てはまらない。アヴィオールに見抜かれていたらしい。
「…偶然だったんだけどね…」
どんな偶然が起きたかは、省略する。
「私の靴に、封印石の欠片が入り込んだのよ」
アマリリスは教会から支給された靴を脱いで、裏返した。
小石が数粒、靴底の溝に入り込んでいる。
細い棒で掻き出しても取れなさそうな、めり込み具合だった。
「…アマリリス」
魔獣の気配を纏った封印石。
これはなかなかいい魔道具だった。
壊したい封印石に当てて蹴れば、大抵の封印石は壊れてくれる。
「靴底だから、誰も触れることはないわ。それにこんな小さな小石だもの。危険はない」
靴を取り上げられないように、急いで履き直した。
「…初めて見たとき、どこのゴロツキが君にあんな蹴りかたを教えたんだと思ったけど…。そうか、靴底を石に当てる為だったのか…」
「あら、他に蹴りかたってあるの?」
「足を痛めたり、転ぶ危険性があるから薦めはしないけど、爪先とか足の甲とかを使うかな」
「足の裏を使うのが、一番合理的ね」
アマリリスはニッコリと笑った。
「…そんな愛らしい顔で微笑んでも誤魔化されないよ。まさか、封印石を隠し持っているのも、そのため…?」
「だって、靴は壊れてしまうでしょ」
支給されている靴は普通の靴だ。
酷使されているので、直ぐに壊れてしまうだろう。
「…やっぱり、俺の屋敷に来ない? 新しい靴を贈らせてほしい」
「いらない」
「でも、明日も雪が降りそうだ。冬用の靴が必要だとは思わない?」
「今まで、この靴で平気だったもの」
教会から支給されるものは、ほとんどが寄付金からのものだ。
チラリとアヴィオールの姿を見る。
シンプルながらも上質そうな外套。
アマリリスが愛用しているケープとは、布の厚みが違う。
「いやなら、他の神父さまと代わってもいいのよ」
「君はそれでいいの?」
もちろん、とこたえようとすると、間髪を容れずアヴィオールが続けた。
「他の神父は、俺のように封印石を蹴りとばすシスターを見逃さないと思うけど?」
「…うっ」
確かに。
封印を直すだけで終わる作業なのに、わざわざ壊して討伐していると知れたら、どうなるだろう?
「アマリリス。別に、任務を終わりにしようとは言ってないんだ。少しだけ、休まないかと言ってるだけで」
「…」
休む。
アマリリスはため息をついた。
「分かりました」
「良かった。君は、頑張りすぎだ。少し休んで…」
ほっとしたように息を付き、アヴィオールは立ち上がった。何か言っているようだが、それどころではない。頭をフル回転させて、計算する。
「それでは、一つ賭けをしましょう」
「はい?」
年上との交渉ごとは、あえて自分を小さく見せることがコツだ。
相手の方が有利で、自分は必死の交渉をしているのだ、と思わせて、相手の油断を誘え。
だけど、賭けごとは必ず勝つ自信があるときだけ。
アマリリスはアヴィオールに、自分が思う一番凛々しい顔を作って告げる。
「次の任務が終わるまでに、私の本当の名前を当てられたのなら、あなたのお屋敷とやらに行きましょう」
『アマリリス』は、教会で活動するときに付けた名前だ。教会に入る前の名前は別にある。
教会の人でも知る人は少ないから、勘で当てる以外に道はない。
「…当てられなかったら?」
「その次の任務は、黙って付いてくること」
「まさか、シスターから賭けごとを持ちかけられるとは…」
アヴィオールはなぜか、両手を組んで祈りを捧げるときの仕草をした。
「あら、のらないの?」
「…のりましょう」
とりあえず、次の任務地にも問題なく行けるようだ。
アマリリスはそっと胸を撫で下ろした。




