4 交渉
「あ、あぁ。ありがとう、ございました」
領主は驚いたのか、よろめきながら言った。
隣にいるアヴィオールが、領主を支えながら立たせている。
「大丈夫ですか?」
「はい。…いや、本当に魔獣が封印されていたとは…」
ふらふらとしながら呟かれた言葉は、聞こえなかったことにする。
「危惧されていた石はこれだけですか?」
「えぇ…。これだけです」
アマリリスは割れた封印石の欠片を掴んだ。
封印石は魔獣が現れたとき踏み潰されて粉々になることがほとんどだが、今回は翼がある魔獣だったのが幸いして、大きな欠片がいくつか残っていた。
「この封印石は回収してもよろしいでしょうか?」
「はい。そうしていただけると助かりますが…」
封印に使われる石は、強度のある石ならば何でも良いらしい。場合によっては、宝石でも良いと聞く。さすがに高価な宝石での使用は、あまり例はないが。
そして、一度封印に使われると、魔獣の気配や魔力が移ってしまう。持っていると周りに悪影響を及ぼすので、処理に困るのだ。
魔獣は消えるのに、石は消えないのよね…。
「討伐していただいて、その上、石の処理まで頼んでしまってよろしいのですか?」
恐縮したように領主が聞いた。
「えぇ。構いません」
ここは交渉のしどころだろう。
あくまでも善意で、この問題の石を引き受けるのだ。
…本当はアマリリスが欲しいと思っているなど、知られてはいけない。
アマリリスの交渉を静かに見ていたアヴィオールが、そっと近づいてきた。
「領主様。此度の討伐に問題がなければ、ここにサインを」
旅行鞄から紙とペンを取り出す。
旅行用のペンにはインクがついていて、直ぐに使える最新式だ。
「…このペンは…」
「頂き物です。私は旅に出ることが多いので、色々な方にお貸してその良さを広めて欲しいと頼まれましてね」
「ほぉ。これは…」
男性二人がペンの話に夢中になっている隙に、アマリリスは自分の旅行鞄に入る大きさの封印石の欠片を、片っ端から放り込んだ。
その間に、無事サインは済んだようた。
「えっ?」
机もない外でどうやって?
アマリリスが見ると、アヴィオールがサインの書かれた紙と聖書を旅行鞄にしまっているところだった。
「アヴィオール、まさか聖書を下敷きに?」
「君こそ、まさか封印石の欠片を直に触れて鞄に入れてないよね?」
「…」
見つめ合う二人。
不穏な気配を感じ取ったのか、二人の間に領主が入った。
「その! お疲れでしょう。ささやかですが、お食事を用意しますので、どうぞ…」
領主が言い終わる前に、アヴィオールがアマリリスに手を伸ばした。
鞄を奪われてなるものか!
アマリリスが鞄を胸に抱き締めると、アヴィオールはそのまま鞄ごとアマリリスを抱き上げた。
「!」
「領主様、申し訳ない。シスターアマリリスは、封印石に触れてしまったようです。急いで、教会に行って聖水で清めなければ。あぁ、そのペンは差し上げますよ。それでは、失礼」
「アヴィオール!」
何とか降りようと背中を叩くがびくともしない。ただ、アマリリスの鞄が落ちそうになっただけだった。
「自分で歩けますっ!」
「君の鞄が落ちるよ。俺は拾わないけど」
「くっ!」
身の回りの品と、何より今回の戦利品である封印石の欠片を手離すことは出来ない。
「重いでしょう!」
アヴィオールは自分の鞄を肩に掛け、その上でアマリリスと鞄を持ち運んでいるのだ。その状態で丘を下るのは、大変だろう。
「羽のように軽いよ、…と言いたいところだけど、確かに重い。どれだけ石を詰めたのかな?」
「…なんだか、目眩がしてきたわ。早く、教会へ連れていって下さい」
「仰せの通りに」




