3 魔獣の封印石
「あちらにある石です。いつからあるのかは分かりませんが、なにぶん、大きな石なので何らかの意味があるのではと思い、今まで触らずにいたのですが…」
旅行鞄を持ったまま、アマリリスたちは領主に案内されて、領主の屋敷の裏にある丘に来ていた。
その丘の隅に石がある。
封印石にしては小さなものだが、人力で運ぶとなるとそれなりに手間と人手が必要なくらいの大きさはある。
うん。
アマリリスは心の中で頷いた。
「これは、魔獣の封印石です」
「はっ?」
アマリリスの宣言に領主はポカンと口を開けた。
「…今、何と?」
「ですから、この石の中に魔獣が封印されていますと、申し上げました」
じわじわとアマリリスの言葉が理解できたのか、領主の焦ったような顔が満面の笑みに変わった。
「あぁ! そうでしたか! やはり。そうだと思ったのですよ。それで、封印の直しは必要でしょうか」
「そうですね。もう壊れかけているので、必要でしょう」
領主の笑顔を受けて、アマリリスは可愛らしく見えるように笑った。
「それはシスターアマリリス、あなたにお願いできますか? それとも、もう一度、教会に掛け合うものなのでしょうか」
「僭越ながら、私が。そのために、ここへ参りましたもの」
どうも、この領主はアマリリスの言葉を信じていないようだ。
ただ自分の手柄欲しさに、この何でもない石を封印石と言うことにしようと、企んでいるとでも思っているのだろう。
背後でアヴィオールがため息をついているのが感じられる。
「では、あの石に触れてもよろしいでしょうか?」
アマリリスはか細い声で言った。
「はい。どうぞよろしくお願いいたします」
交渉成立。
いくら教会から派遣されたと言えど、勝手に領主の敷地内で魔術を使うのは無作法だ。だから、許可が必要だった。
大方、この領主はアマリリスと取引をした気になっているのだろう。
これが本物の魔獣の封印石だとは思ってもない。
ずっと手放さなかった旅行鞄をアヴィオールに預け、アマリリスは所々に積もった雪を避けながら封印石に向かった。
「長い間、大変だったわね」
封印石の一歩手前で立ち止まると、アマリリスはその場に膝をついた。そして、手袋を脱ぎ両手を合わせる。
祈りはほんの数秒。
合わせた手を解き、立ち上がると封印石と向き合う。
一度、アヴィオールを振り返ると頷き返してくれたので、アマリリスは安心して作業に移れる。
封印石に積もった雪を手で払うと、はしたなくない程度にスカートの裾を上げた。
そして、アマリリスは封印石を蹴った。
ガッと、それなりに音がした。
靴底に石の固さを感じながら、もう一度。
「うーん…」
その数五回。蹴っても駄目なようなので、今度は石の表面から足を離さず、ぐりぐりと踵の部分で磨り潰すように抉る。
「シスターっ!?」
領主の声が聞こえた気がしたが、生憎こちらは作業中。油断は禁物なので、返事は出来ない。
「…あっ」
靴のかかとを酷使した効果があったようだ。
ピシリと一本の線が走り、 一気にひび割れる音がした。
急いでアマリリスは足を離す。
パラパラと石が割れていく様は、卵からヒヨコが孵るよう。
とりあえず、背後に控える二人を振り返った。
「申し訳ありません。封印石の強度を確かめるために触れたら、割れてしまいました」
「触れて…? いや、割れたって!?」
どう見ても蹴り飛ばしていたし、その後も執拗に抉っていた。
領主の目はそう語っていた気がするが、それも石から黒い靄が出てくるまでだった。
「封印ではなく、討伐に変更いたします」
「とっ、討伐…!?」
何でもないことのように言われた領主の顔色は真っ青だ。
きっと頭には、数ヶ月前の都での魔獣騒ぎが浮かんだのだろう。
「急いで領民の避難をっ…!」
あら、真っ当な人だったのね。
この緊急事態に自分の身や財産よりも先に、領民のことが出てくるなんてと、アマリリスはこの領主を見直した。
「心配はいりませんわ。アヴィオール様」
「はい」
恭しく、…若干気障ったらしく頭を下げるとアヴィオールは結界を張った。
割れた封印石とアマリリスを囲むように。
「! 神父さま、一体何を…。彼女が…」
これでは、アマリリスは逃げ出せない。
動揺している領主を見て、アマリリスはしめしめとほくそ笑んだ。
このまま、私が封印石を蹴り壊したという事実がこの人の頭の中から消え去ってくれますように。
「問題ありませんよ」
にこやかにアヴィオールが言う。
えぇ、問題ない。
初めて会って一ヶ月。その間の魔獣討伐は三体。
信頼関係は皆無だが、連携は取れている。
「はじめまして、魔獣さん」
黒い靄が石の中から溢れでて来て、ゆっくりと形になっていく。
「私は、アマリリス」
とんとんと、少ししびれた足を地面に叩いて慣らし、大きく深呼吸をした。
「今まで狭いところに閉じ込めて、ごめんなさい」
両手に意識を集中させて、アマリリスは光の弓矢を作り出した。
ゆっくりと話していたかいがあって、黒い靄はどんどんと形になっていく。
どうやら今回の魔獣は翼を持つ鳥に似た獣のようだ。
「どうぞ、自由になって」
アマリリスは作り出した弓矢を思いっきり引いた。
この距離で、外すわけがない。
放たれた矢は、魔獣の喉に刺さった。
完全に復活する前に攻撃された魔獣は、声を出さずに叫んだ。
苦しげに翼を羽ばたかせ、その風がアマリリスのスカートを揺らす。
喉に刺さった矢が解けてきて魔獣の体を包み込もうとしたとき、
「アマリリス!」
アヴィオールが叫んだ。
アマリリスが意識を光の矢から魔獣の体全体に移したとき、せわしなく羽ばたかせていた翼の向こうから魔獣の尾が飛んでくるのが見えた。
「!」
翼に隠れ、見えなかった。
鞭のようにしなる尾が、アマリリスにとんでくる。
距離が近いのが仇となり、反応できずにただ、尾を見つめるしか出来なかった。
しかし、アマリリスに届く寸でのところで、尾が弾かれるように明後日の方向へと軌道を変えた。
「…」
アヴィオールを振り返る。
信頼関係はないけど、連携は取れている。
どうやらアヴィオールが結界を張ってくれたらしい。
最後の一撃を防がれた魔獣は、そのまま力なく倒れた。
そして魔獣は光に包まれる。
光の塊はやがて光の粒となり、きらきらと輝きを放ちながら空へと昇っていった。
「…終わりました」
へたりこむ領主にアマリリスは告げた。




