2 依頼
アヴィオールの言葉を適当に聞き流しながらの馬車の旅だった。
なんだか、だんだんと子守唄のように感じ始めたとき、やっと馬車は目的地に停まった。
「お待ちしておりました」
二人を待ち受けて頭を下げたのは、ここの小さな土地の領主。
「領主様自ら出迎えて頂き、光栄です。私はアヴィオールと申します。こちらは、シスターアマリリス」
アヴィオールが一歩前に出て、自己紹介をした。ここは年上である彼に任せることにして、アマリリスはニッコリと笑顔を作った。
「アヴィオール殿。珍しいお名前ですね」
不思議そうな顔をして、領主が言った。
「えぇ。生まれたときに付けられた名前ではありません。教会に入るとき、俗世の名前を捨て、新たに得た名前です。彼女の名前もそうです」
「そうでしたか。今まで知りませんでした。勉強不足で申し訳ない」
「いえ。古いしきたりです。今、名前を変えるのは、こうして教会の外に出て任務に携わる者ぐらいですから」
アヴィオールは、優しく微笑んだ。
それだけで、領主の後ろに控えていた者たちがそわそわとしだして嬉しそうな顔になる。
後ろで緩く束ねた長い髪は、亜麻色。
背が高いので、瞳の色はよく分からないけれど、多分黒か、暗い茶色。
どうやら、アヴィオールは女性が好むような顔らしい。
彼と組み始めて何度もこんな光景を見てきたアマリリスは、最近やっとそう認識した。
「もともとは悪魔に名前を知られて、操られないようにと言う、おまじないのようなものからきたと聞いています」
「ほぅ。なかなか奥が深いのですね」
「ははっ。そうですね。元の名前に戻るとしたら、還俗したときくらいでしょう」
名前を変えるのは、この身を一生教会に捧げる覚悟の証でもある。
もちろん還俗出来ないわけではないし、名前を変えたあとに還俗した人もいる。
「言いにくいでしょうから、私のことはアヴィとお呼びください」
やっと自己紹介が終わったようだ。
「それで、依頼されたところは…」
アマリリスが聞くと、領主は口ひげを撫でた。
「あぁ。…今日はもうお疲れでしょう。明日案内しますから。どうぞおくつろぎください。今夜は、我が料理長が腕をふるって…」
また、これか。
アマリリスは作り笑いを維持しながら、心のなかで悪態をついた。
都会から離れた領地。
そこへやって来る教会の者は、どうも魅力的に映るらしい。
領地の外の情報だったり、教会のつてだったり、ときには、神父さまそのものだったり。
アマリリスは、領主の奥に控えている少女たちに目を向けた。恐らくは、領主の娘なのだろうが、よそ行きの服に、厚めの化粧。
お客様をお出迎えするためと言うよりは、お見合いのような雰囲気だ。
そして、さらにその奥は見たくない。
気障な視線を送ってくる領主の息子など、見ていない。見てはいけない。
絶対、近づいたらだめだ。
もしも、この地を教会関係者が気に入ったとなれば、教会との距離が近くなる。そうなれば、色々と政治的に有利になるのではと、皮算用する貴族がなかにはいる。
だから何かしら理由を付けて、教会に依頼してくるのだ。
『領地に古くからある石が魔獣の封印石かもしれない。一度見に来て欲しい』
それは、教会の人間を呼び寄せるちょうど良い口実になる。
領主からしたら嘘は言っていないし、教会は無視するわけにはいかない。
もし本当に魔獣の封印石で、万が一封印が解けたら大変な事態になるのだから。
笑顔をはりつけたまま、アマリリスは持っていた鞄を持ち直す。
今晩のメイン料理の話から、この領地の特産品の芋の話に移り、さらには娘の得意料理や息子の特技などたくさんの自慢話を話し終えた領主は、やっとアマリリスの手元に気付いた。
「あぁ。申し訳ない。今、部屋に案内させます」
言いたいことは全て言って満足したようなので、とアマリリスは荷物を持ったまま言った。
「いえ。その前に、やはり魔獣の封印石を見せてくださいませ」
「えっ? いや。今日は雪が降ったから、足場が悪い。シスターにそんなところを歩かせるわけには…」
明らかに動揺している様子だ。
やっぱり、高位の人物を呼ぶことが目的で、魔獣の封印石の話は、作り話だったか。
少し落胆していると、アヴィオールが言った。
「貴女は本当にお優しい。魔獣の封印石が破れるのでは、と心配なのですね?」
そっとアマリリスの手を取り、優しく撫でた。この場に領主たちがいなければ、速効で払い落としている案件だが、ここは我慢だ。
「えぇ。数ヶ月前に王城の近くで、封印石が壊れたことがあったでしょう。ですから、心配で」
その時は、短期間で合計四体の魔獣を討伐することになり、かなりの騒ぎになったらしい。
アマリリスはその時辺境の森にいて、その事件を知ったのは、だいぶあとだった。
「…申し訳ありません。大事な領地のことは領主様が一番心配でしょうに…」
「いえ、…それでは、遠くからなら…」
「まぁ! 良いんですか?」
喜ぶふりをして、アヴィオールの手から素早く自分の手を引っこ抜いた。




