第70話 妖怪は宴会好き
妖怪は宴会が大好きだった。
「凄いなあ」
献上品の総てを使っていいと許可は出したが、総てが綺麗な料理として出来上がったのにはビックリさせられる。さらにどこからともなく酒樽が運び込まれ、宴会芸を披露するという連中が現われ、管弦も必要だと音楽の準備も進められと、半日で凄い宴会が整えられれた。
「鈴音様、これで皆、王としてお慕い申し上げるでしょう」
そんな宴会会場と化す清涼殿を見て、右大臣の政子は鼻高々。おほほっと高笑い。
「そ、そうですね」
「はあ。普段は引っ込んでいるくせに、こういう手柄だけ、しっかりかっ攫っていくんだよな」
呆れる鈴音の横で、健星は面白くないとスルメを囓っていた。意外や意外、ライバル意識があるらしい。
「太政大臣なのに」
「ふん。地位に甘んじる奴が一番嫌いだ」
「そ、そう」
健星の方が上でしょという意見は、あっさり却下されてしまった。まあ、その地位で満足しているのならば、他の神様と同様、健星も見守っているだけで現世との仲裁に入ろうとは思わないか。
「皆さま、主上のお目見えです」
そこに紅葉がよく通る声で告げ、月読命がやって来た。宴会準備で大騒ぎしていた妖怪たちは一斉に黙ると、月読命に頭を下げる。やはり二千年勤め上げた王。誰もが普段は会うことのない相手とはいえ敬っている。
「凄い」
「まあ、あっちは神だからな。そこで格が違う」
「ああ」
以前に京都でも言っていたなと鈴音は思い出す。それだけ月読命って凄い人なわけだ。一方、半妖で高校生の自分は一から信頼を築かなければならない。ここに大きな差があるというわけだ。
「生まれながらの王様か叩き上げかの差かあ」
「お前にしてはいい例えだ」
変なところで健星に褒められてしまった。鈴音はちょっと虚しくなる。が、月読命が横に座ったので、無駄口を叩いている場合ではない。
「今日は俺の後継者の鈴音のために集まってくれてありがとう。皆で持ち寄った品々で、楽しい一時を過ごそう」
月読命がにっこりと微笑んで言うと、あちこちから拍手。妖怪たちはそれぞれのやり方で敬意を示していた。
「じゃ、鈴音。乾杯の音頭を」
「えっ、私?」
「それはもちろん。今日の主役は鈴音だし、これは鈴音のために持ってきてくれたものだからね」
立ち上がるように促され、鈴音は戸惑う。しかし、紅葉からシャンパングラスを渡され、立ち上がるしかない。
「ええっと」
そんな立ち上がった鈴音を、清涼殿に集まったみんなが注目している。それはこの前の、官僚たちが居並ぶ時よりも緊張した。
それもそのはず、ここにいる妖怪たちは、新しい王様がどんな人なのか。それを見るためにやって来ているのだ。
誰もが新しい王に期待と不安を抱いている。それがそれぞれの顔からよく解った。
この人たちを不安にさせず、住みやすい冥界を作っていかなきゃいけないんだ。
鈴音は初めて王の座の重さを実感していた。それと同時に、期待してくれてるんだから、やってやろうじゃないのと闘志が燃え上がる。そう思うと、勝手に言葉が零れていた。
「まだまだ新米で、妖怪のみんなのことで知らないことも多いですが、私はここをみんなにとっていい場所にしたい。みんな、ここを住みやすい場所に出来るよう、協力してください」
鈴音の言葉に、妖怪たちは戸惑ったように顔を見合わせる。
「だって、この冥界は妖怪が住むための場所でしょ?」
そんな妖怪たちに、鈴音は違うかなと訊ねる。すると、そう言えばそうだったと妖怪たちはかくかくと頷いた。
「今までは主上任せ、ここにいる官僚たち任せだったと思う。でも、それじゃあ不満が出やすいと思うの。こうやってみんなが自分の土地の自慢の品を持って集まれるくらいだもの。どうか、私と一緒に冥界を作りましょ」
鈴音の言葉に、おおっとどよめきが起こった。それと同時に、月読命が大きく拍手を送った。それに続いて、その場にいた誰もが拍手を始める。鈴音は急に恥ずかしくなると
「それでは、乾杯」
と無理に乾杯へと持ち込んだ。
「乾杯」
妖怪たちはそれに続くと、
「新しい王様だ」
「新しい時代が来るんだ」
と、やんやと囃し立て宴会がスタートしていた。
「よく言った」
「鈴音様、かっこよかったです」
一気に盛り上がる会場の中、健星とユキがそう褒めてくれ、鈴音は良かったと笑みが零れていた。やっぱりこの二人に褒めて貰えるのが一番嬉しい。
「いやあ、これでもう心配はないね」
すでに酔っ払いモードの月読命がそう声を掛けて来たが
「まだ鬼の問題がありますよ」
と健星からずびしっと指摘が入る。うん、健星って本当に月読命に容赦がない。いつもどおりだ。
「でもまあ、こんだけどんちゃん騒ぎしていたら、彼らはどう思っているかなあ」
しかし、月読命は大丈夫じゃないと笑い、あっちを見てみなよと、清涼殿の隅で天海と政子がにやにや笑っている様子を指差す。
「してやられたってことですか?」
健星はじどっと月読命を睨む。
「いや。政子もここまで上手くいくとは思っていなかっただろうし、天海もそうだよ。それに、ここにいた誰もが、王が替わるという新しいことに挑み、どうなるか解らない不安の中にいたんだ。それを解きほぐしたのは鈴音の手柄だよ」
「えっ?」
急に自分に話題が戻って、鈴音はびっくりしてしまう。
「変わらなきゃいけないって思いながらも健星に頼りっぱなし。どうすればいいのか解らなかったのを、鈴音が一気に解決したんだよ。健星だって、実は自分が王になっても上手くいかないって解っていたから、すぐに鈴音を推す側に回ったんだしね。つまり、鈴音がいなければここまで丸く収まる結果は得られなかったんだよ」
「そ、そんな」
「それに君が、妖怪たちを受け入れるって表明してくれた。これも大きいだろうね」
月読命はそう言って、こうやって妖怪が集まってくれること自体が珍しいんだよとしみじみ呟く。
「ああ、縄張り意識っていうか、ここにいたいって気持ちが強いから」
「そう」
鈴音もこうやって王になるなんて騒動がなければ、妖怪がこんなにも色々といるなんて知らなかっただろう。しかも現世のお寺がいいと思っている妖怪やこの川がいいと思って住み続けている河童がいることも知らなかったはずだ。
そんな彼らも、新しい王ってどんな人だろうと興味を持ってくれていた。それまで冥界なんて関係ないと思っていたはずなのに、ちょっとは見てみようかと思ってくれたのだ。これは大きな変化だろう。
「結局のところ、選挙と言い出したのも、多くの妖怪に興味を持たせるためだったってことだな。この冥界はほぼ元人間たちが官僚仕事をすることで成り立っている。その関係性を変化させるためにも、半分ずつ血が流れている鈴音は丁度よかったってことだ」
やってらんねえぜとばかりに健星は言うと、ぐびっと瓶ごとビールを飲み出した。もう今日の仕事は終わったということか。
「まあまあ。俺もここまで考えてなかったよ。ま、まあ、紅葉はどこまで読んでいたか不明だけど」
月読命はそんな陰謀だったみたいに言わないでよと眉を下げる。が、紅葉の名前が出たことで、健星も鈴音も、そしてユキも納得だ。
「そうだ。どうせ私が二十歳になったら冥界に呼び寄せるつもりだったみたいだし」
「ああ。仕組まれてるよ。どうせあの左大臣も右大臣も知ってたに違いない。その上で今まで傍観してたんだ」
「はあ。九尾狐とは素晴らしきものですから」
鈴音が溜め息、健星が馬鹿馬鹿しくなってきたという顔、そしてユキは賞賛という、いつも通りの三者三様の反応だ。
「鈴音様、大変です」
と、そこにあの平将門がどかどかと駆け込んできた。その格好はなんと甲冑姿だ。
「ど、どうしたの?」
「鬼どもが動き出しました。出陣準備を」
「ええっ」
鈴音は一週間経ったっけと健星を見たが
「ほらな。無視できなくなって動き出した。行くぞ」
解りきっていたと、さっさと立ち上がった。




