第69話 右大臣の大手柄
戦の準備が進むのに平行して、即位式の準備も進むのだから、鈴音は大忙しだ。が、今日の忙しさは何かが違う。
「こちらがよろしいですわ」
「いやいや、こっちでしょう」
「冠はこれかしら」
「男装もアリですわよ」
後宮の一角、凝花舎にて女房装束を纏う人たちから次々に衣装を渡され、鈴音は困惑しながら一つ一つ試着していく。そう、今日行われているのは、即位式の衣装決めだ。
「あらあら、みんな張り切っちゃって」
そこにこの凝花舎をメインに使っている紅葉がやって来て、賑やかねえと華やかに笑った。するとみんな揃って平伏。そう、彼女たちは紅葉の部下であり化け狐でもあるのだ。
「凄い数にビックリしてるんだけど」
鈴音は救いの手が来たと、煌びやかな中華風衣装を纏いつつも、これっていいのと訊ねてしまう。
「みんなが気合いを入れて揃えたものだからね。即位式では一着しか着れないけど、他は別の式典で着ればいいわ」
紅葉は遠慮なんていらないのよと、ほほっと笑ってくれる。が、真面目な公務員の父に育てられた鈴音としては、いいのかなあと気になるところだ。倹約の二文字が頭の中にちらつく。
「それにみんなの王様なんですもの。美しく着飾って欲しいと思うのは当然よ」
「そ、そうかな」
「ええ。特に式典は皆さまに見て頂く場なんだから、ちょっとくらい華美でいいの。結婚式だってそうでしょ」
「いや、それとこれは違うような」
そんな理論で衣装を用意されてもと、鈴音は困惑しつつも、でも、綺麗な衣装は素直に嬉しかった。
「中華風なのは、ううん。どうなんだろう」
鈴音はこの衣装も嫌いじゃないけど、ここの雰囲気に合わないようなと首を傾げる。
「雰囲気なんて無視して大丈夫よ。お母さんとしてはドレスを着て欲しいわ」
「いや、それはどうなの?」
「でも、この袿も綺麗よねえ」
「おおい」
「御台所様、こちらはどうでしょう」
「いいわね。そうなると、これと組み合わせて」
「ちょっと」
こうして二時間は着せ替え人形と化す鈴音だった。
「疲れた」
「ご苦労」
ようやく解放されて清涼殿に戻ると、淡々と健星に迎えられた。ううむ、さっきまで華やかにちやほやされたものだから、この普通の対応にびっくりしてしまう。今も書類から顔を上げることなく、鈴音を見ようとすらしない。
「健星っていつもいつでも変わらないわね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
嫌味も通じなかった。まったくもうと溜め息が出てしまう。
その健星は現世で仕事をしてきた直後だからスーツ姿だ。しかし、この姿も鈴音の即位が終わると見納めなのだろうか。
「刑事、辞めちゃうのよね」
「まあな。とはいえ、あと五年は続けることになりそうだ」
「あっ、そうなんだ」
「出世が確定してな。今トンズラできなくなった。まったく、警察とはいえお役所だ。キャリア組にいるとそこが面倒だよな」
「ああ、そう」
ビックリな理由だった。鈴音はどこまで優秀なのよと呆れてしまう。しかし、それってもっと忙しくなるってことじゃないのか。
「な、何か手伝おうか」
というわけで、仕事しますと鈴音は健星の横に座る。
「当たり前だ。こっちから順番に印を押してくれ」
「はあい。あっ、ユキ、コーヒー入れて」
「ただいま」
印鑑を手に取りつつ、しっかり傍にいるユキにコーヒーを頼んじゃう鈴音に
「お前も凄いよ。王と望まれるだけのことはある」
健星は自分の凄さには気づかないんだなと呆れていた。
さて、戦は関係ないと会議に参加しなかった右大臣を務める北条政子だが、そこは鎌倉幕府を纏めた御仁。ただサボっているだけではなかった。
「よくよく考えたら、総大将自ら挨拶回りなんておかしいわ。というわけで、呼び寄せておきましたから。うん、王って考えるから都にいた帝を思い出してムカつくけど、頼朝殿と同じ地位と考えれば、私にもやりようがあるって思ったのよ」
「は、はい」
ふむふむと頷く政子に、鈴音はそうですねと頷くしかない。清涼殿にて、ずらっと並んだ妖怪を前に鈴音はびっくりするしかないのだ。そして、あっさり呼び寄せてしまう右大臣にもびっくりするばかりである。
「なるほど。王になることが確定しているからな。あとはお得意の演説で呼び寄せたか」
補佐として入っている健星は、さすがだねえと苦笑い。ありゃりゃ、健星まで苦笑いしちゃっている。
そう、政子は鈴音たちが鬼討伐隊の議論をしている間に全国各地、現世に留まる妖怪たちに声を掛けていたのだ。そして、献上品を持って来やがれと言ったらしい。
そして現在、各都道府県を代表してやって来た妖怪たちが、それぞれの特産品を持って鈴音の前に平伏しているのだ。
「み、みんな、今日は集まってくれてありがとう」
「おおう、ちゃんと労ってくれているぞ」
「ちっこい姫さんだが、中身はしっかりしるのう」
鈴音の言葉に、そんな声が漏れ聞こえる。ううむ、何なんだろう。
「これ、総大将を前になんたる言葉を使う。控えよ!」
政子、完全に鈴音を鎌倉将軍に置き換えて考えている。これでいいのかと思って健星を見たら、健星は額を押えていた。うん、ちょっとダメっぽい。あの健星が政子に押されているというのも面白く珍しい図だ。
「ええっと、じゃあ、どこの妖怪から挨拶をすべきかな」
鈴音、この謁見の前に王だから敬語を使うなと注意されているので、難しいなと思いつつも政子に質問。
「左様でございますね。まずは近畿地方からかと。鵺を従え、この冥界を治めることが決定した御方。やはり京都のある地区からかと」
「おおっ、鵺を従えていると」
「しかも姫さんは九尾らしいぞ」
「ほほぅ」
「はいはい、静粛に」
すぐにざわつく妖怪たちに、切り替えの早い健星がパンパンと手を叩いて黙らせる。こいつ、本当に臨機応変だな。
というわけで、まずは近畿地方、それも京都は除くので大阪からとなった。
「土蜘蛛と申す」
その大阪は、凄く強烈な妖怪だった。だってでっかい蜘蛛なのだ。しかも喋る。
「よ、よろしく」
「特産品と仰るので粉もんが良いかと思ったが冷めてしまうと思い直し、デラウェアをお持ちした。最近、大阪では果物を作っておる」
「あ、ありがとう」
もぞもぞと八本の足を使ってデラウェアの入った箱を差し出してくる様は、怖さを通り越して滑稽だった。土蜘蛛は怖い妖怪らしいが、従うと温厚になるのだとか。
こうして次は兵庫県は姫路城に住むという長壁から明石産のタコを献上され、そこから続々と各地の妖怪が挨拶をしていく。当然、続々と各地の特産品も積み上がっていく。
近畿、中国、四国、九州、沖縄と西へと続き、そこから戻って中部、北陸、関東、東北と東へ。最後に北海道のコロポックルという蕗の下に住むという小人へと続いた。そのコロポックルは北海道といえばこれと、自分の身の丈より大きな鮭を献上してくれる。
「す、凄いことになったね」
「ああ。新王よ、ここは宴を催されては如何ですか」
健星に仰々しくそう言われ、ああ、なるほどと鈴音も政子が特産品を持ってこいと言った理由に気づく。
「皆さん、長旅ご苦労様。今日はこれらの品を使って宴だ。存分に飲み食いせよ」
なんか武士っぽくなるのは政子の影響かな。そう思いつつも高らかに鈴音がそう告げると
「宴じゃあ」
「宴会じゃあ」
「酒じゃあ」
と早速大騒ぎになるのだった。




