第68話 戦を前に
イメージして変化する。
これを続けること一週間。
「ほう、凄いな」
「これが九尾狐かあ」
健星の前で九尾狐へと変化してみせた鈴音だが、意識がある状態でこのフルバージョンになったのは初めて。自分でもこんな姿なんだと感心してしまう。
尻尾が九本もあるから、どうしても普通の狐より姿が大きい。そしてどんっと優美に構えている感じがある。
たしかに御前狐のユキとは全く違う姿だ。
「鈴音様、お美しゅうございます」
そのユキは少年姿で、鈴音の九尾狐姿にうっとりしていた。
「これでもう自分で力を使えるはずだから、後は妖術に関してだね。でも、これは実践込みの方がやりやすいだろうから、即位後で大丈夫だろう」
晴明はうんうんと満足そう。
「妖術も使えるの?」
しかし、鈴音はこんな姿になれるだけでもびっくりなのに、他にも力があるのかと驚きを隠せない。
「そりゃあそうさ。鈴音は半妖だからね。人間の駆使する術と組み合わせることで、相当な数の術が使えるよ」
「へえ」
鈴音は自分のことなのに凄すぎるでしょと呆れてしまう。
「おい、変化できるのは解ったから、そろそろ人間に戻ってくれ。次は鬼討伐について考えなきゃならん」
健星ははいはいと、その場をまとめるように手を叩く。やはり仕切るのはこの男の仕事らしい。
「よっ」
鈴音は元の自分の姿を思い浮かべて変化。ぽんっと自分の姿に戻った。
「自分で変化する場合は服が破れないのよね」
そしてもう一つ発見。今までは勝手に変化し、服はビリビリに破れたとユキから聞いていたが、自分でやるともともと着ていた服の姿に戻れる。今日は学校が終わってすぐに着たから制服のままだった。
「服も自らの身体の一部として変化するからだろうな」
「そうだね。己の姿として組み込まれているものだから」
健星の言葉に晴明が頷き、自分で変化することの便利さがまた一つ増えた気分だった。しかし、それは同時に自分は普通の人とは違うと、はっきり自覚することでもある。
「私って半分が狐なのねえ」
「でも、今はそう考えても不快感はないだろ?」
晴明の確認に、鈴音はもちろんと頷いた。紅葉のことも知っているし、何よりずっと傍にユキがいる。二人と同じ部分があるということに不快感があるわけがない。だから、不快感と聞かれても鈴音は首を傾げるしかなかった。
「それが精神の成長なんだけどな。まあ、無自覚にやってのけたんだったら問題ない」
不思議そうな顔の鈴音にやれやれと健星は溜め息を吐き、嫌悪が引き金で変化していたのになと、口の中だけで呟いた。出来るようになれば問題ないわけで、今更そんな指摘は無用だ。というわけで、はい次と床に資料を広げ始める。
「すでに討伐隊の編成は済んでいる。と同時に、向こうの鬼たちも全面対決が近いと準備に入っているな」
「ということは、冥界初めての本格的な戦が起こるってわけか」
健星の言葉に、なるほどと晴明は難しい顔になる。それに鈴音も
「戦になるの?」
と驚いていた。てっきり鵺と対峙した時のような感じになると思っていたのだ。
「当たり前だろう。これは当初から変わっていない。いや、むしろお前の即位が確定したことにより、鬼たちは躍起になってお前を殺しに掛かってくるぞ」
「っつ」
途端に、自分の部屋や健星の部屋で襲われた時の感覚が蘇ってきた。そうだ、鬼は自分を食い殺そうとしていた。あちこちで妖怪と会ううちに、その恐怖がすっかり薄らいでいたのだと気づく。
「まっ、こっちは官軍として総力戦で挑める。左近や俺の自警団だけより強力だし、負けることはない」
恐怖を思い出す鈴音に、どんっと構えていれば大丈夫だと、健星は明日の天気でも話す調子で断言してくれるのだった。
「王になるための初仕事が戦なんて、鈴音は大変だねえ」
「ええ、まあ、そうですね」
呑気に声を掛けて来た月読命に、あなたのせいですけどねと鈴音は言いたくなる。が、そんなことを議論している場合ではなかった。
今、清涼殿では月読命と鈴音だけでなく、健星、左大臣の天海、兵部省の平将門が集まり、戦についての最終確認中なのだ。ちなみに右大臣の政子は欠席だ。いわく、戦に関わるのはもうこりごりとのこと。
「今回はすでに対立状態が明らかであり、しかもこちらの言い分が正しい状況だ。ということで、戦とはいえ行政処分と変わらない。つまり、先に文書で通達が必要だな」
健星の言葉に、嫌なことを思い出したと平将門が顔を顰める。自分の言い分が通らずに反乱扱いされ、さらに討伐された過去があるだけに、今の言い方は嫌だったのだ。
「いいじゃないですか。今度は将門様が官軍です」
「だけどな。ううん、まあ、仕方ない」
戦である以上はどちらかの言い分は完全な悪として扱われるのだ。そこは割り切るしかないと将門は溜め息。
「というわけで、先に最後通告になる文書を作成します。これは、中務卿の菅原道真殿に任せましょう」
「そうだな。それがよろしい」
健星の言葉に左大臣の天海が頷き、文書はすぐに作成され、酒呑童子のいる屋敷に届けられることとなった。
「武装解除を待つ期間は一週間というところが妥当でしょうな」
そして天海がそう付け加え、一週間後、鬼たちが鈴音の即位に賛同しない場合は戦を仕掛けると決定した。
「総大将は鈴音様、軍師は私、天海が務めます。が、実際に軍を率いるのは兵部卿にお願いしますよ。それほど複雑な戦にはならないでしょうから、軍師は単なるお飾りですけれどもね」
「いえ、威光を示すためには必要でしょう。お願いします」
さらに軍師も天海が務めることが決まり、健星は任せますと頷いた。こうして、戦は一週間後と定まり、会議はお開きになった。それぞれが準備に向けて動き出し、清涼殿には鈴音と月読命、それに健星だけが残る。
「なんか、戦って手順が多いんだなって思った」
あれこれ決まった会議を見ていた鈴音の感想はこれだった。ドラマで戦国武将たちが会議しているシーンを見たことがあるが、実際にああやって全部を決めてから動くものなのかと感心してしまう。
「絡む権利が多くなれば多くなるほど手順が煩雑になるのは、戦だろうが商売だろうが政治だろうが関係ない。何をどうするか決まっていない戦はただのケンカだよ」
健星は当たり前だよとそっけない。
「そういうものなんだ。ってか、冥界も現世と変わらないのね」
しかし、妖怪が多く住む世界の王も人間の王と変わらないんだなと、鈴音はますます不思議な気分になる。
「まっ、こういうこともつい最近までは起こらなかったんだけどね。やっぱり、人間に近い妖怪とか神仏も多いと、話はどんどんややこしくなるよねえ。それにここをいい環境にしていこうとすると、それぞれの言い分が出てきて、対立も大きくなっちゃうし」
でもってすでに重責から離れている月読命は呑気なものだ。
「はあ。だから政権交代なのよね」
鈴音はのほほんとはしていられないから自分が王になるんだったと、そこに気づいてぐったりしてしまうのだった。




