職員室
休日の職員室に現れたのは久しぶりの彼。夏の県予選に向けてコーチを手伝ってくれるのですが、男達の野球談議に入っていけない野球部副顧問の私・・・
職員室に流れる、重苦しい沈黙。私は自分の失言の大きさに、今さらながら気づいて指先を
震わせました。
「……あ、ごめんなさい。私、本当に野球のこと何も知らなくて。ベスト8に残ったから
みんな嬉し泣きしてるとばかり……」
監督と翔に25年前のベストエイトの記念写真見せてもらった時、みんな嬉しそうだね、と言って
しまった私。
「喜んでるわけねーだろ」
翔先輩の声は、低く、怒りに満ちていた。それは、そのアルバムに写っている当時のメンバー
でもある現監督の手前もあるかもしれなかった。
「先生、この時はホントに泣きまくったけどね、今では最高の思い出だからね。僕ら世間知らずに
甲子園に行く気持ちだったんですよ」
監督は私に微笑んだ。
「でも先生、この翔も背番号1でマウンドに立てなかったが、実はワシもこの時キャプテンだったけど
膝の故障で実は試合に出てないんだよね」
「仲間がベストエイトという勲章をワシにくれたんだ。」
監督さんは笑顔で続ける。
「その話を五年前の夏の予選の時、ベンチで翔にしてやったよ。仲間を信じろとね」
「この回だけでいいからマウンドに立たせろと翔が言うからわしと部長でなだめるの大変だったな」
監督は翔を向いた。
あの夏の日。8回のピンチ、ベンチ奥で部長先生と話し込む翔の姿がフラッシュバックした。
私は、手に持っていた報告書の角をぎゅっと握りしめました。25年前。私は監督隊達が流した涙の理由も知らず、ただ「受験に役立たないスポーツ」と吐き捨て、冷めた目でスタンドから動員されていただけ。
「……計算通りには、いかないんですね」
ぽつりと、私はこぼしました。
「私がいくら数式を解いても、導き出せなかった熱量が、この写真にはある。……失礼しました」
私は逃げるように自分の席へ戻り、パソコンの画面に向き直りました。キーボードを叩く音が、静かな職員室に響きます。翔先輩が監督と何やら技術的な話をボソボソと交わしているのが聞こえます。
「——おい、新入り」
突然、背後から声をかけられました。隣の席の「かつての復讐相手」である例の数学教師です。彼は私の画面を覗き込み、あの困惑した作り笑いを浮かべました。
「さっきの練習メニュー、確率統計で組むって話……あれ、悪くない。あいつ(翔)に、エンジニアの視点からデータを見てもらえ。折角の『資源』は有効活用しろよ。それがお前の数学だろ?」
先生の言葉に、私は顔を上げました。翔先輩が、こちらを見ていた。昔のような棘のある視線ではなく、どこか懐かしいものを愛でるような、穏やかな眼差し。
「……教えてください、先輩」
私は勇気を振り絞って、ノートパソコンを彼の方へ向けました。
「今の部員の球筋、リリースポイントのバラつきを数値化しました。これをどう現場の指導に落とし込めばいいか……エンジニアとしてのあなたの意見を、聞かせてほしいんです」
翔先輩は一瞬目を見開き、それからニヤリと不敵に笑いました。
「厳しいぞ、俺の査定は。……よし、見せてみろ。お前のその、相変わらずミスだらけの方程式を」
うーん、意地悪!
窓の外では、夜の帳が降り始めていました。
かつて「さよなら」を告げた坂道の向こうで、新しい放物線が、今度こそ正しい軌道を描き始め
ようとしていました。
「君たち顔見知りだったか、確か翔が一年先輩だった?」
「ええ。理系コースの補習でよく一緒にいた子」
それだけかよ。私の心は痛む。
「今年は佐藤がいるから久々にベスト16だな」
「いや、監督。伝説のベスト8狙いましょうよ」
翔と監督は笑い合った。その笑いを見て、やっと翔先輩のこだわりが消えそうかなと思って私は嬉しかった。
「こんな時間だ、休日出勤の大先生はまだ仕事ですか?」
え!初めてのお食事の誘い?興奮する私でしたが、祥は監督も数学先生も呼んだ。いいや、翔先輩はあれだけ女の子に囲まれていたんだ。翔の恋人は、高校の同級生、下級生?それとも大学のお仲間、いや会社の美人OL?私の頭はこんがらがっていた。
「大先生、せっかく監督やOBが揃ったんだ、作戦会議行きますよ。練習スケジュール今 そんなに詰めないで、明日でいいから」
誰も私の心よめてません。それ以上に翔と私の詰まらない距離感! 初めての二人きりのお食事?その妄想は霧散してました。
私と翔のプレイボールはいつ!?
え!?翔が私を食事に誘ってる?おあいにく様、監督や顧問を含めた作戦会議でした(汗)




