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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第6章 I'm (not) ready.

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14th(13th) day.-14 TAIL ZWEI/釘、扉、鍵 - 傷の行く先 -/STIGMA

<傷の行く先/STIGMA>


G.T. 13:15


 ジューダスの肩に負った傷は、滞りなく治療を終えた。いかに鋭利な太刀筋であろうと、魔力を通すことで徐々に傷を癒やす。


 それは、高濃度の魔力の刃であろうと、そこに呪いがなければただの傷である。


 しかし、―――頬の血は、未だ止まることなく、ゆっくりと流れていた。


「坊主、まだ痛むか?」


 自身の治療と並行し、宗次郎の怪我も徐々に回復している。軽い裂傷と打撲だが、宗次郎自身は治療魔術は使えない様子で、ジューダスからの治療を受けていた。


「大丈夫、ほとんど怪我はないよ」

「よかった。立てる?」


 宗次郎へと手を向ける。それを掴む形で宗次郎の手を取り、軽く引いて立ち上がらせた。


「ほんとに、よかった・・・・・・」

「ねぇちゃん? く、苦しい・・・・・・」


 思わず、抱きしめていた。全身に感じるぬくもりも、顔にかかる髪の質感も、どれも私が知っているものだ。


 先程失ったつながりも、この現実を手に入れるためのもの。必要な犠牲とは思わないけど、困難を踏破して行き、ようやくたどり着いた境地だ。


「あ、ごめん。つい・・・・・・」

「ねぇちゃん、抱きつきグセでもついたの? 前はそんなのなかったじゃん」

「いや、なんていうか。つい、ね」

「なんだ、相手を抱きしめるのはアオイのクセじゃなかったのか」

「ちょ、からかわないでよ。なんか口に出されると恥ずかしい・・・・・・」


 カラカラと宗次郎が笑う。ジューダスの表情も柔らかくなり、一時の安息のようにも感じられた。


 だが、―――私たちの戦いは、ここがゴールではない。






「―――数が減ったな。なかなかどうして、しぶとい連中だ」


 廊下の先から、澄んだ声が響く。石畳を踏む音が鳴り、ただならぬ気配を感じられた。


「やはり、クロウリー卿の言葉には色があったな。協会の狗だけでなく、幻想騎士(レムナント)まで1基堕ちるとは。ノーウェンスも、期待はずれだったようだ。恩義も返せぬとは、使えぬ女だ」

「そんな、私たちの敵とは言え、ノーウェンスさんはあなたの仲間でしょう!? そんな言い草、あまりにもひどい・・・・・・」


 思わず、言葉が溢れる。


 『魔法潰し』とまで謂われ、"(Argen)(teum A)(strum)"において最高戦力であったはずのノーウェンス=ダンチェッカーに、自身に使え続けた『番犬』に対して、切り捨てるような言い方が癪に障った。


「確かにそうだな。だが死せばみな同じ、塵芥に過ぎん。元より授かった使命も果たせぬなら、芥にも叶わぬ。あの女の恩義は死せず、私のために戦い続けること。死せば無だ」

「・・・・・・ずいぶんな言葉だな、アーネンエルベ。やはり、貴様らの計画とやらはここで止めなければいけないようだ」

「やはり、私をその名で呼ぶか。そちらの都合を通すなら、そうだろうな。なんせ2000年だ。()()()()()というのも考えものだが、しかし、その迷いも今宵で終焉だ。(ヘレナ)(zero)()()()

 ―――さあ、自らの正義を叶えるのならば構えろ。イスカリオテ」


 頭首(アーネンエルベ)の手には、呪いの聖槍。傷つけた者を生涯呪い続ける必殺な死槍。


 面前の悪神(あくま)は、金色(こんじき)に輝く穂先を静かに翻した。


「アオイ、坊主、下がっていろ。あの槍はあまりにも危険だ」


「まず心配するのは貴様自身にしたほうが身のためだぞ、イスカリオテ。貴様がこうしてココにいるように、私もココにいる。その携えた神槍は飾り物か? 力があるならば示せ。私が間違っていると申すならば、貴様自身がその悔いを改めさせてみよ・・・・・・!!」


 翻された穂先は、閃光にしてその牙を向く。


 残光を空間に置き去りにする一太刀が雷のごとく、暗闇でわずかに光る刃が疾走する。


 刹那にして七合。聖槍(ロンギヌス)神槍(ブリューナク)の接触が、大きな火花を散らした。


 聖槍の穂先は狂いもなく、ただ真っ直ぐにジューダスの急所を狙う。


 一瞬の油断は、即ち、死。一度の過ちは、即ち、死。一刻の遅れは、即ち、死。


 掠める事も許されぬその一閃を、ジューダスは紙一重で捌き続ける。


「ちっ―――!」

「ほう、先程とは違い、良き戟だ。だが、その程度では私は止まれない!!」


 更に迫る閃光。その一閃は一つ一つが呪いの弾丸。癒すことのできない呪いの傷。


 少しの傷でも死につながる、世界随一の呪槍。


「くっ、―――『アンスールオス』―――!!」


 ジューダスとアーネンエルベの間に立ちはだかる魔法障壁。


 咄嗟の判断で唱えた詠唱の隙を逃さんと迫る閃光。その刹那に現れた障壁により難を得る。


 しかし、呪いの一閃はその威力を殺さず―――


「なにっ―――!?」


 ―――障壁ごとその首級を狙う。


 爆ぜた障壁の衝撃を受け、その首に迫る一閃を身体を吹き飛ばされながらも地面を転がりながら避けた。


 態勢を立て直そうとジューダスが前を見れば、新たなる一閃が迫る。


「甘いぞ、イスカリオテ!! その程度の障壁、このロンギヌスの前では芥も当然!! 貴様の力なんぞこんなものか!? 私を()()()()()()()幻滅させるな!! その牙、ワタシに見せてみろ!!」


 幾十もの高速なまでの閃光。


 避けられれば避けられぬよう更に速く。弾かれれば弾かれぬよう更に強く。


 アーネンエルベの一閃は、まさに死神のそれである。


 一瞬の一度の一刻の、隙と過ちと遅れを付け狙う死神の首鎌がジワジワとジューダスを追い詰め、大きく振るわれた一閃を隙にジューダスは大きく後退した。




「―――『ラグ・イス・ティール・ウル・アンスールオス―――




「詠唱を唱える暇があるならその槍を振るえ! 貴様が撃つべき敵にその敵意を放て! 今の貴様にはそんな程度の事しかできないであろう! ならその真意を全うしろ!!」


 迫る一閃。その間合いとタイミングは、ジューダスの首を刎ねるだけの十分すぎるものだが、―――




「―――『転生(てんせい)神威(しんい)万丈(ばんじょう)(ことわり)(あらわ)せ』―――!」




「なにっ―――!?」


 詠唱の隙を見て迫ったその矛は空を切った。


「はぁぁぁぁ―――!!」


 ジューダスは瞬きの間、その姿を瞬間転移でアーネンエルベの後ろを取り、千載一遇の機会を逃さんと、その背中に刃を振り下ろす。


「ちっ―――!」


 返しの横薙ぎ。瞬間の見逃しも帳消しにする反射神経と速度。


 すでにヒトの域でもジューダスのような幻想騎士の域をも超越している。


 神槍を弾く衝撃に、大きく宙に身体を浮かせたジューダスが、滞空中に体勢を立て直し、―――




「――― 『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』 ―――!!」




 ―――神なる閃光を、雷の姿へと変えていた。




 吠える雷轟。その間合いを計るべく、そのチャンスを狙って放たれたブリューナクの真意。


 横薙ぎに払われたロンギヌスは大きく外へ向いている。アーネンエルベの前方は完全なまでがら空きだ。


 放たれた咆哮は、私が目にしたどんな一閃よりも強く、速い。


 咄嗟に突き出されたアーネンエルベの左腕は、閃光に触れる直前に、雷の熱量ですでに焼き切れ、その燃えている腕で、神の雷轟を面前の空間で止めている。


 けれど、―――太陽神の雷霆は、その程度で失速はしない。


 轟音とともに視界を奪う噴煙が周囲を埋め尽くす。


 収斂された魔力を一切の無駄なく雷へと変換し、エネルギー全てを放出する。それこそがブリューナクの極意である長腕の太陽神が用いた真の一撃。


 あの完全なまでの一撃を受け、無事で済む者などいない。


 その一撃は如何なる神をも悉く滅する雷轟、ヒトの身では防ぎ切れるものではない。


「終わった・・・・・・の?」


 言葉すら忘れる衝撃。その一連の戦闘に、呼吸すら置き去りにしていたことに気付いた。


 ジーンが対峙していた地獄とは違った畏怖に、全身に汗が滲むほど。


 その中心部で、地に降りた騎士は膝を付き、疲れで息を切らしていた。


 文字通りの全身全霊。収束された一撃でこれほどまでの魔力精製、凝縮を行ったのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・、アオイ―――まだ、・・・・・・来るな―――」


 けれど、その目は未だ戦意の輝きは衰えず、殺意が体中から吹き出されている。




「――――称賛を受け取れ、イスカリオテ。今のは、実に良い動きだった」




 立ち込めた噴煙の先に、アーネンエルベは立っていた。


 全身はボロボロで、上半身の衣服は千切れ、肌は露出し、左腕は焼け、僅かに残った筋肉と骨だけがそれを繋ぎ止めている。


 だが、その姿は未だ健在だ。


「―――貴様、すでにその()に到達していたか。もはや、ヒトではなく、神ですらない」

「いかにも。神々が持つ半端な不老不死とは違う。2000年もの歳月の間、私を蝕み続けてきた呪いだ。神をも悉く消滅しうる一撃だろうと、私の存在は易々とは消えんよ」


「死せぬ身体、死せず保つ精神、死を知らぬ魂。神の領域すら侵食する呪い。貴様、――――『()()()()()』だな」


「そうだ。この身体はそれを成す奇蹟。称賛ついでに、貴様に感謝しよう。ここまできて、初めてこの忌まわしき身体で良かったと、素直に思える」


 アーネンエルベの傷は、次第にその姿を消していき、左腕のただれも、時間を逆行するかのように消滅していく。


「この血も、この傷も、この心も、・・・・・・すべてあの籠に置いてきたつもりだったが、この()()だけはいつになっても癒えぬな」


 見れば、両手の甲にだけ、古い傷跡が残されていた。ジューダスの腕の傷跡のように、まるでそこに取り残されたかのようだった。


「貴方、師を愚弄するつもりか! その傷跡は、決して()()ではない!!」


 ジューダスが声を荒ら上げる。眼に宿る感情は、怒りにも感じられた。アーネンエルベの手の甲の傷だけは、決して認められぬと、怒りを露わにした。


「ふん。やはり、()()()()使()()()()は違うな」

「神の子を模倣した『(まつ)()』の行く末が神域を汚す『完全体質者(アムニポテンス)』とは、とんだ皮肉だ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ。これは偽物の聖痕だ。だが、私の在り方は、もはや神の子の奇蹟と変わらぬ域だよ。だが、―――私には過ぎたものだ」


 突きつけられた殺意。全てを飲み込まんとする悪意が立ち込める。小さな境界全てが異空間のように歪んでいく。


「さぁ、貴様の力を見せてみろ、イスカリオテ!! 私を殺したくば殺してみよ!! 貴様が奏でる正義を私に魅せてみよ!! その女も、zeroも守りたいのなら、私を止めてみよ!! この世界を守りたいと願うのならば、理想を現実にしてみろ!! そしてそれが貴様らに残された最期の希望だということを知って逝け!!」


 ジューダスに付けられた傷はもはや見る影もなく、あらわとなった肌に残されたのはいくつかの古傷だけだった。


 額、両手両足の甲、脇腹。すべてが、神の子の模倣として浮かんだ偽物の死傷。


 ―――その聖痕が、アーネンエルベの『憎しみ』そのものの様に見えた。




_go to "satanachia' bless".

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