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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第6章 I'm (not) ready.

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14th(13th) day.-5 TAIL EINS/銀の星 - カシウスと堕つる者 -/I.V.V, LA DIVINA COMMEDIA



G.T. 11:43


「アオイ、怪我はないか?」

 天井から落ちてきた私を受け止めていたジューダスが身体を床に降ろす。アルスの魔力弾を使ったときに釣り上げていた力が消えたときは正直焦ったが、予想通りに結界の入り口をこじ開けてジューダスたちが侵入できてよかったと安堵した。

「うん。少し肩に違和感があるけど、問題なさそう」

 急に釣り上げられていたためか、鈍い痛みが左肩に残っているが、肩を回してみても可動域に問題はない。アルスの魔力弾の二発目を使用したが、以前のように腕に痺れはない。

「ならよかった。危険なことをさせてしまってすまなかった」

「みんなのためになれたから問題ないわ。私だって、戦える」

 ドクターKに銃口を向けたとき、躊躇いの気持ちは微塵もなかった。きっかけは衝動的なものであったが、心に残る(わだかま)りはない。遠くで倒れ、脳漿を撒き散らしているドクターKの凄惨な姿には同情はする。だが、アルスを傷つけた人形の主であること、その人形が―――元は人間であったとも取れる発言に、自業自得という結末が起こってしまっても、私の落ち度ではない。

 すこし気持ちが落ち着いたときに、自身の身体の変化に気付いた。両の手に感じる震え。血の気が引いたような錯覚。今しがた、一人のヒトの命が奪われた。それが私の敵であっても、蒔絵を奪った彼らの一味だとしても。その事実に―――少し恐怖しているのかもしれない。だけど、決めた覚悟に嘘はつかない。震える手のひらを力強く握り、怯える感情に喝を入れた。

()()()七人会(プレアデス)の一人だと言っていたが、どうもあっけなかったな」

 倒れたドクターKの亡骸へとジューダスが近寄る。流石にその顔をまじまじと見る勇気は私にはなかったが、ジューダスは亡骸の衣服に触れ、持ち物などを確認していく。

「ジューダス、何をしているのですか?」

「ここが敵の本拠地で、こいつが最高幹部の一人というのなら、ここで使える何か重要なものを持っているかもしれん。それが鍵か刻印かは知らんが、調べておいて損になることはない」

「ああ。一応トラップになりそうな術式は今の所なさそうだ。こいつ自身、元は精神外科(ロボトミー)を生業とする医師だったらしい。戦闘をメインにする術式はなかったはずだ。笑いながら人の頭に穴を開けていじくり倒す異常者だよ。あの人形たちも、こいつの差し金だろう」

 先程の言動と合わせて、今のアギトの解説を聞くだけで気分が悪くなる。血も涙もないその所業に、やはり自業自得だったのだろうと無理やり自らを納得させた。

「確かにあの人形たちと似た魔力を―――」


 そう言いかけたジューダスがドクターKの亡骸から飛び退く。それとほぼ同時に、()()がドクターKの身体に突き刺さった。明らかな殺気を孕んだ、ジューダスを串刺しにするために投擲されたのは、―――全身が錆のように赤黒い、所々に茨のような棘が並んだ長物だった。


「―――ほう。今のを避けるか。なかなかな反応だ」


 暗闇から、今まで聞いたことのないよな澄んだ声が聞こえた。心を洗うかのような誠実さを内包した透き通るかのような声。しかし、その声色と矛盾した殺意の孕んだ槍の投擲。咄嗟の判断で躱したジューダスの顔には確かな切り傷があった。少しでも行動が遅れていたら、彼の頭をも貫いていただろう弾道。あまりの衝撃に、朽ちていたドクターKの身体が砕け、―――


「―――ウソ・・・・・・腐ってる・・・・・・」

 悪臭を放って腐っていく魂のない器。食べ物の腐敗や、下水などの臭いとは違う、不快を濃縮したような異臭。内臓からガスを発生させているかの様に膨らんだ身体からは、直感的に死臭であることがわかった。

「葵さん、離れろ。あの臭いは身体に毒だ」

 アギトが顔を袖で覆って後退する。同じ様に死臭を吸い込まないように顔を覆った。ジーンも同様に一度後退したが、―――ジューダスがその場から動けないでいた。いつの間にか、神鎗を構え、暗闇の先から聞こえてくる足音に対峙している。

「判断も、良い。これなら、()()()()()()でもくれてやってもいいくらいだ」

「なに・・・・・・?」

 徐々に近付いてくる何か。殺意を垂れ流しながらも、澄んだ声色という矛盾した存在が暗闇から姿を表した。その姿は、白いローブを羽織った、マネキンのように髪も眉も髭もない、のっぺりとしていながらも、力強く皺の刻まれた男だった。その姿はあまりにも―――鳥肌が立つほどに神々しく、一瞬で目を奪われる圧倒的な存在感。神からの天与の賜物とも思わさせる、あまりにも支配的な姿だった。

 突き刺さった槍まで近寄り、急速に腐敗していくドクターKの傍らで立ち止まる。

「我らの使徒は、貴様らには渡さない。この魂は、祝福されるためにある。この肉体すら、天に還す。貴様らには、なにも渡さない」

 男が槍を掴むと、沸騰したかのように亡骸がゴボゴボと音を立てて泡立ち、ものの数秒で肉片も残さず消滅した。あっけを取られていたが、アギトが男へと銃を構える。手に持つのは全てが黒く彩られたマグナム銃『デザートイーグル』。銃身には魔術刻印を施し、アギトの魔力に反応して碧く発光している。特殊仕様の『MBR弾』を装填された金属のバケモノは、一撃でヒトの身を蹂躙するだけの威力があり、ドクターKの頭蓋を砕いたのもこの銃だった。流れるように構えられた銃口が、男の身体を捉えた照門が、抵抗を許さぬとアギトが引き金へと指をかけた瞬間―――

「!?」

 地面から黒い影がせり上がる。一瞬にして、アギトが構えた拳銃の銃身を斬り裂く影の刃。あまりの出来事に、アギトが固唾を呑む。銃身を斬られた衝撃で、拳銃のバラバラに壊れて部品が辺りに飛び散る。

 それとほぼ同時に、ジーンが男に向かって剣を振り下ろす。飛翔する不可視の刃。魔力を圧縮した斬撃は、―――男へと届くことはなく、直前で()()()()によって打ち消された。

「なんですって・・・・・・」

 ジーンが驚きの声を漏らす。詠唱もなく展開された魔法障壁。まるで、はじめからそこにあったかのように、あのジーンの斬撃を、ピクリとも動かず対処した。今の一連の中で、この場にいる誰もが、この男が異常であることを認識する。そして、神鎗を構えたまま動かないジューダスが―――いや、ジューダスは動かないのではなく、()()()()。下手に動けないことを、この場にいる誰よりも先に気付いていた。それだけの脅威を感じ取っていた。

 男がドクターKの肉体ごと地面に突き立てられていた槍を抜き取る。全体が赤黒いものかと思われていたが、その穂先だけは金色に輝いていた。暗い建物の中でも、異様に輝く刃が独特の存在感を醸し出していた。そして、その刃を眼にしたジューダスの表情が一変する。

「そっ、その穂先は・・・・・・貴様、なぜその槍を持っている!? その槍は・・・・・・」

()()()()()、今の人間はそう呼ぶそうだな。神の子を死に貶め、さらには聖遺物と祀り上げた聖槍。いかにも、この槍は貴様が思っているロンギヌスそのものだ」




 ―――ロンギヌスの槍。磔刑に処された神の子の死を確認する際に用いられたローマ兵が用いた槍。そのもの自体は特別な礼装ではなく、本来聖遺物の枠組みには入らなかったはずの、ありふれたもの。だが、神の子の死を確認するために横腹に突き刺し、それによって滴った血がその兵の目に触れた。


 この瞬間、この槍は聖槍へと昇華される。


 滴った血に触れた目―――その兵士は白内障を患わっていた。加齢による疾病。医療が発展していない時代、彼は後に視力を失っていただろう。その彼の目は、その血によって克服される。この奇跡により、彼は後に聖者―――聖ロンギヌスとして崇敬されることとなる。その聖者が持っていた槍こそが聖遺物・ロンギヌスの槍である。




「ふざけるなっ!!」

 ジューダスが狼狽している。その表情は焦りと怒りが混ざっていた。彼らしくもなく、明らかに動揺している。面前の男が持つ聖槍自体に、彼自身思うところがあるのだろう。だが、彼が取り乱す姿を目にしていることが信じられなかった。

「なぜそのような聖遺物を貴様が持っている!? それに、それはすでに―――」

「―――失われた、か? なにをオカシなことがあるか。貴様の持つその神槍の方がよっぽど失われた槍ではないか。もっとも、太陽神が用いた槍が現代に残っているはずが無い。貴様のその槍は貴様自身の空想の中で造り出した模造品だ。幻想騎士のルールなどワタシには関係のないことだが、この程度で取り乱すなど、―――実に情けない!」

 男が手にした槍が唸る。一瞬にして三撃。二十メートルは離れてであろう距離を白い悪魔は一歩で跳び寄り、ジューダスの眉間、首、心臓へと放たれた。紙一重で避けたジューダスだがあまりの速さに動揺を隠し切れない。ジューダスが体勢を立て直そうとした隙に、さらなる突きが首級を狙う。

「なんだ、避けるだけで精一杯か。哀れだな()()()()()()、そのような実力で我々に楯突いたのか」

 ギリギリで躱し、ギリギリで聖槍の軌道を逸らす。初動の速さに、ジューダス自身が追いついていない。一撃一撃がもはや大砲の弾丸に近い。横薙ぎに振るわれる槍を、ジューダスが神鎗で受け止めると、その勢いのまま石造りの壁まで吹き飛ばされる。身体を打ち付けられても怯んでいる暇はない。隙あらばと、聖槍の一撃がジューダスの身を砕かんと投げつけられる。

「ちっ―――!」

 投擲も紙一重で避け、ジューダスが地面を転がる。その彼へと飛びかかろうとしている後ろ姿に―――

「ジューダス! 手を貸します!」

 ジューダスへとジーンが駆け寄る。離れていても、彼女ならすぐにでも追いつくだろう。ジューダスに飛びつこうとしている男の手には武器はない。なら、この機会を逃す手はない。アギトもジューダスとジーンを援護するために、腰のホルスターから新たに二丁の拳銃を取り出す。


「えっ―――」


 一瞬、目に見えているものを疑った。ジューダスと対峙する男。その彼が投げつけて、石造りの壁に突き刺さっていた聖槍が、()()()()()()()()、こちらに向かって()()()()。その穂先は―――私へと向けられていた。弾丸のように飛来する聖槍。一条の刃が、こちらの頭蓋を刺し穿たんと、―――死の鎌首を振り下ろす。





_go to "man in the mirror".


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