14th(13th) day.-6 TAIL EINS/銀の星 - 生きているのなら神様だって殺してみせる呪い -/MAN IN THE MIRROR
G.T. 11:47
―――異様な気配を感じた。アギトの開いた"異空扉"を通った後に感じた、霧のように漂っていた魔力にも似た、異質なもの。
初めはこの土地特有なものだと思っていた。特殊な霊脈故の現象。だが、行動しているにつれて、その認識は間違いだったと気付く。
明らかに、誰かが仕掛けた妨害工作。感覚阻害をするほどの濃度の霧は、気配をたどるのを困難にするほど。
それも、一度きりの外に出てしまえば、対処ができた。単純に、感覚をズラされていた。本来感じ取れる事象が、霧の中では違うものと認識させられる。このズレを自分の中で無理やり調整した。
それは"銀の星"の拠点を発見する頃には慣れていた。―――現に、拠点を覆っていた『異界化』の結界の存在も知覚できた。
『異界化』の結界内に入り、異様なまでの存在感を醸し出す石造りの聖堂教会であることに驚いた。明らかに異質。"銀の星"のあり方と、建物のあり方の矛盾。それはもはや、異端に近い。自らを棚に上げているが、この矛盾に引っかかりがあった。
アギトとジーンによって討ち取った七人会の一角。眉間から弾丸を打ち込まれ、頭蓋の中身は弾丸の衝撃で破壊され、骨を貫通したことで脳漿が辺りに露出される。障壁すら撃ち抜く弾丸を受け、生きていられるはずがない。筋肉の痙攣が収まる頃には、完全に絶命していた。
敵の拠点故に、何か手がかりがあればと、追い剥ぎ紛いのことまでして―――首元にかけられ、衣服の中に隠していた十字架に違和感を覚えた。大したことのない、ただのアクセサリーかと思って失念していた。自身の認識とは違った形状をしていたが故に―――ロザリオとしての形式を無視し、なおかつ『目』を貫くように象った逆さ十字の存在に。
直後、周囲に漂う魔力の霧を濃縮したような気配を感じ、―――内包される異常なまでの殺意に思わず飛び退いた。
投擲された赤黒く錆びた槍。その槍からも、形容し難い気配を感じていた。避けたがために槍が突き刺さった亡骸の惨事がそれを物語っていた。触れたものを瞬時に腐敗させ、塵も残さず消し去る魔槍。
それがどのように作用するかはわからないが、一撃でも喰らえば、致命傷は免れない。そう認識するのに十分過ぎる脅威。
暗闇から姿を表した姿が、誰かに似ていた。人を引きつけるような気配に圧倒されそうになる。だが、その中に似ても似つかない邪悪なものを感じ取った。あれは危険だ。もはや
―――悪魔と変わらない。
白い悪魔が引き抜いた槍の穂先を見て―――その事実に動揺する。
見間違えるはずがない。自身の間違いをまざまざと見せつけるように、深々と横腹に突き刺されたその穂先を。光がない中でも輝いているように、見るもの全ての視線を集めるような、―――あの方と同じような気配を。そして、その瞬間に聖遺物として昇華された奇跡を。
見間違えるはずがない。
―――呪われた聖槍を。
―――見間違える、はずがない。
「ああああああああああああああああああああああああああッッッ――――――!!」
神槍を手にした男が叫ぶ。いままでの所業からは考えられないほどの、枯れるような絶叫が木霊する。
石の壁に叩きつけられたジューダスへと投げつけられる聖槍。ジューダスは崩れた体勢では捌けないと悟り、倒れ込むようにして回避した。壁に突き刺さった衝撃で、辺りの壁に大きなヒビが広がっていく。壁の崩落に巻き込まれぬようにと大きく回避行動を取る。
そこに、ジューダスの視界に白い悪魔が飛びかかってくるのが見えていた。ジーンが駆け寄ろうとし、アギトが腰のホルスターに収納していた拳銃を取り出す姿と捉えていた。それと同時に、視界の端で壁に突き刺さっていた槍が、宙に浮く姿を。その穂先が、誰に向かっているのかを。
誰の手にもない聖槍が誰かの命を刺し穿たんと飛翔する。その余りある衝撃に、衝突音と土煙が建物内に舞い上がる。
ジューダスの首を狙って飛びかかる男の右腕を、ジューダスは自らの左腕で掴み、拒んだ。右手に持つ神槍で男の首級と取ろうと振るわれるが、しかし、男の左腕がそれを掴み、阻む。対になる動作で、二人が互いを抑え込んだ。男の両の手の甲に傷跡が映るが、ジューダス自身、それに気を掛ける余裕がない。互いが、決定打に欠けている。
「ぐっ、がぁあああああああっ!」
「獣のようによく吠えるな。どうした、己が護るべきを屠られたと狼狽したか」
男の頭突きがジューダスの顔面を砕こうと振り下ろされる。ジューダスの右腕は掴まれ、左腕は男の右腕を掴んでいる。左腕で頭突きを受け止めれば、すかさず右腕がジューダスの首を砕こうと伸びるだろう。
「づっ―――!」
咄嗟に首を傾けて躱し、男の頭突きの勢いを利用して腹を蹴り上げて距離を離す。この状態のまま喰らえば、完全にマウントを取られ、為す術もなくなるだろう。その状況を回避するための起死回生を目論んだが―――
「がっ―――!?」
突如、ジューダスの背中に衝撃が叩きつけられた。全身を打つ痛みに意識が断線しかける。ジューダスは男の腹を蹴り上げていたが、男はその痛みすら無視し、掴んでいたジューダスの右腕を離さなかった。離さなかったばかりか、蹴り上げられた衝撃を逆に利用して、ジューダスを壁へと投げつけていた。
ジューダスが受け身を取れずにいる間に、男はジューダスの目の前で立ちはだかる。
「この体たらく。やはり貴様では役不足だな、イスカリオテ。あそこのほうが、よほど実りがある」
男の後方で広がっていた土煙が晴れていく。ジーンとアギトの隙を狙い撃ったように放たれた聖槍は―――
―――ジーンの剣によって地面に叩き落され、彼女の力によって抑えつけられていた。
「くっ―――なんて、力、ッ―――!」
ジーンの傍らを通り抜け、葵へと飛翔しようとしていた凶刃は、彼女の咄嗟の判断によって阻まれた。神剣を振り下ろし、聖槍を叩き斬る渾身の一振り。しかし聖槍に破損はなく、地面に叩きつけられながらも、ジリジリと前へ進もうとしていた。ジーンによって葵の命を護ることはできたが、ジーンの動きを止められてしまっている。片腕であるため、あるいは、聖槍そのものの脅威故か。
「ちっ―――!」
動けないジューダスとジーンの代わりに、アギトが構えた二丁のベレッタ92で男に連続で銃撃する。しかし、無詠唱ながらもジーンの不可視の斬撃をも退けるほどの障壁により阻まれた。
「馬鹿げた出力だ。デザートイーグルを潰されたのが厄介だ・・・・・・」
圧倒されるほどの実力差を、各々が感じていた。為す術もなく追い詰められ、神剣の一振りですら抑え込むのがやっとで、銃弾すらかき消す。あまりにも高い『壁』を、―――思い知らされていた。なら―――
―――試していないのは、私だけだ。
「・・・・・・ほう。この状況で、心が折れぬとは。さすがはナツキの娘だ」
デリンジャーに新たな魔力弾を装填し、撃鉄を起こす。カチリと、弾丸を叩く準備が整い、銃口を男へと向ける。腕が伸びるような、視界が狭まる錯覚に、研ぎ澄まされる感覚を覚える。濃縮された魔力の弾丸は、決死の楔となって、鉄槌となる。いかなる『壁』も、小さな突破口となるのなら、彼らを動かす可能性となるのなら、この一撃は活路となる。
(―――アルス。力を貸して・・・・・・)
「―――ダメだ! アオイ!」
突如、こちらの行動を制止するようにジューダスが吠える。突然の咆哮に、思わずトリガーから指を離した。
「どうして・・・・・・」
刹那―――
「ガッ―――!?」
ジーンが抑え込み、地面に突き刺さっていた聖槍が突如として男のものとへと引き戻され、―――石突がジューダスの腹部へと突き刺さる。深々と突き立てられた衝撃に、ジューダスの口から血が吐き出された。
「今のに気付くとは、察知することに関しては貴様の感度は有能だな。まさしくその通りだ、イスカリオテ。貴様がナツキの娘を止めなければ、我が槍は彼女を刺し殺していただろう」
「ぐっ―――、断じて、貴様の槍では、ない・・・・・・」
「『この聖槍は』―――か? そう認識しているのは貴様らだけだ。この槍はもはや―――呪槍だよ」
ジューダスを抑え込んだ石突を離し、その穂先を心臓に突き立てんと疾走する。滑らかなながら、迷いのない一突きを―――
―――ジーンの神剣が再び阻んだ。間一髪で二人の間に滑り込んだジーンの刃が男の槍を捌き、標的を反れた穂先が石壁へと突き刺さる。
「良い眼だ。隻腕ながら、迷いのない一振り。よもや二度も阻むとは」
「彼は討たせない!」
「ほう・・・・・・なら、―――向こうはいいのだな?」
突如にして、私とアギトの周囲に黒い何かがせり上がってくる。影のようでありながら、無数の目に鋭い牙をもった不定形な異形の存在がこちらを取り囲んでいた。
「ちっ―――多すぎるッ!」
アギトの焦りの声が聞こえる。唐突に現れた異形に、全体を制圧するだけの準備ができていない。ましてや、敵の数に対して、こっちの戦力が圧倒的に足りていない。
「―――『ニンド・アンスールオス』―――!」
振りかざされたバケモノの腕。その腕はもはや巨大な杭の様に鋭利に尖り、幾本もの迫りくる脅威が私とアギトの身を貫かんと振るわれる。その間に、ジューダスの展開した魔法障壁が立ちはだかる。全ての攻撃を阻んだ直後―――
「貪れ―――『イス・ティール』―――!」
写し鏡の障壁が、異形の肉体を貫いた。以前に不死の化物化したアレイスター=クロウリーのときに使用していた魔法障壁。敵の攻撃と同じものを繰り出すカウンターが、男の呼び出した脅威を殲滅する。
「どうやら貴様ら全員を侮っていたようだ。正直、驚かされる。私の想定をこうも覆し続けるとは」
自ら呼び出した異形を全て殲滅させられても、男の言葉には余裕が見えていた。そして、壁に突き刺さった槍を引き抜き、踵を返した。
「何処へ行くというのですか・・・・・・」
「時間だ。もうすでに、私の出る幕ではない。クロウリー卿との契約に従い、貴様らを見逃そう」
そう言うと、暗闇の奥から突風のように魔力を孕んだ空気が流れ込んできた。私でも感じるくらいに、重く、生ぬるく、そして、―――以前に感じた死にも近い恐怖を覚えるほどの異常性。
「待ちなさいッ!」
暗闇の先に歩き出していた男の背中にジーンが剣を振るう。強く踏み込んだ彼女の刃の軌道は、男の首級を奪うもの。その白刃が―――男に届くことはなかった。
「なにっ―――!?」
空を切る刃。確実に届いたという認識が、霞に消える。先程までいた男の気配が完全に消失していた。
「一体、何者なんだ・・・・・・」
アギトが声を漏らす。"銀の星"について情報を集めていたアギトですら、その者の正体がつかめていない。家で話し合いをしていたときに、"銀の星"内で情報がなかったのは、『魔法潰し』としてワードが上がったノーウェンス=ダンチェッカーと―――
「まさか、―――『当主』?」
現当主―――『アーネンエルベ』。"銀の星"の前当主であり、幻想騎士として顕界したアレイスター=クロウリーとの契約をしているとされる魔術師がいたはず。それが、現当主であるのなら。―――先程の男がそうであるのなら、相手の実力はあまりにも強大だった。
「ジューダス、傷を見せてください」
聖槍の石突で押し付けられていたジューダスの腹の傷は、皮膚を突き破り、内臓にまで達していた。口径の大きな銃弾で撃ち抜かれたような傷に、口から黒い血を吐き苦しんでいる。
その傷を見たジーンは神剣を地面に突き立て、自らの前腕を刃で切り、血で濡らした袖をジューダスの腹の傷へと押し付けた。
「ぐっ―――」
「すこし、我慢してください。これで治まるはずです」
ジーンの服に施されている"耐える者"の祝福礼装。蘇生にも近い、傷を癒やす術式が、―――ジューダスの腹の傷をどんどん回復させていく。ものの数秒で、傷自体が塞がり、ジューダスの表情にも余裕が出てきた。
「お腹の方はこれで大丈夫でしょう。深手ではありませんが、顔の傷も治しておきましょう」
そう言って頬に付けられた切り傷へと袖を当てる。本来なら重症である腹の傷すらまたたく間に治療するほどの奇跡。ジーンの左腕を消失したときも、この礼装のおかげでなんとか一命を取り留めることができた。ジューダスの顔につけられた傷ぐらいなら、それこそ一瞬で癒えるだろう。
「―――あれ。傷が癒えない?」
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