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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第5章 天と地の狭間

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12th day.-7/その【先】にあるもの - 地獄へようこそ -/HELL ZONE





 轟音とともに地獄の業火がその身を焼かんと迫りくる。全身に強化(エンハンス)を施した三基は徒手空拳でそれに立ち向かう。本来なら触れるどころか、掠るだけでも身を焦がすほどの高温に、怯むことなく応戦する。菊の横腹を貫いた獣の牙をも、己の拳で受け流す。全身を覆う魔力の鎧が彼女の被害を最小限へとする。が、その攻防において、彼女の踏み込みが前に進むことはない。


 ―――"アクセル"全開でも、進めないっ・・・・・・。ならっ!


「驚いた。まだ変わるのね」

 ノーウェンスが驚きを吐露する。初めは、先の戦闘の邪魔をした()()()()への怒りが強く、八つ当たりで近場の魔術師を潰していた。その誰も彼もが、彼女が『魔法潰し』だと認識することなく黒炭へとなっていた。だが、その侵攻に割って入った者が斎藤アギトの部下だと知って、なぶり殺しにしてやろうとした矢先、()で受け流したのだ。銃火器を降ろしたときから覚えていた違和感が彼女の中で渦を巻く。本来、触れるということは自殺に等しいその一挙手一投足に驚愕を隠しきれない。そして、面前の兵士を纏う魔力の鎧の変化を感じた。

 防戦一方だった身のこなしが、徐々に獣の勢いを弾いていく。地面を砕くほどの踏み込み。ノーウェンスが召喚したケルベロスの猛攻が、勢いをつける直前に中断されていくのに気付いた。まぐれや偶然ではなく、獣の動きを先読みし、最小の力で進軍する。ジリジリと、離されていた間合いを詰められている。

 三基の体内で、普段では到底到達できないほどの速度で血液が加速する。心臓の鼓動が絶え間なく鳴り響き、脈動が今では300を越えようとしていた。過度な運動量による発熱により溢れる吐息は蒸気へと変貌し、三基の体内は炉心の如く加速していく。ノーウェンス自身も空気に漏れる三基の気配(オーラ)が徐々に強固なのへと変化していることに勘付き出した。


 ―――ケルベロスが、押し返されてる!? ・・・・・・ちっ、時間が足りないっ。


 なぜケルベロスの猛攻が押し返されるのか。それは召喚が完全でないことに他ならない。先程の菊との戦闘とは違い、召喚に要求される時間が足りていなかった。菊のときのように完全召喚が成されていれば、拳で押し返されるような出力ではない。急拵えの召喚で、未だ上半身までしか召喚されてないケルベロスでは"踏み込み"が足りていない。それを打破するために、三基が踏み込んだタイミングに合わせて足場に炎柱を発生させる。その身を一瞬で消すほどの地獄の業火が燃え盛る。

「なっ―――!?」

 踏み込んだはずの三基の姿が消える。決して反応できないほどの刹那に、驚異的な速度で後退し難を逃れた。気配ですら消失したと思わせるほどの速度。ノーウェンスに視覚があったのなら、それこそ残像に見えただろう。ノーウェンスの目的として、ケルベロスの完全召喚の時間を稼ぐことは達成できたが、彼女の驚異的な反応速度に苛立ちが更にこみ上げてくる。

「くっ、―――」

 三基から悔しさが漏れる。


 ―――まずい、いまので距離が離された!!

 

 ジリジリと詰めた距離を、咄嗟の反応で後退して炎柱を躱した三基であったが、再び詰めることの難しさを認識する。押し返していたケルベロスの攻撃が、次第に強くなっていることを感じた。ものの数秒もすれば、今の出力では押し返されるを悟る。残り数秒で雌雄が決するのならばと、決死の覚悟を決める。

 ノーウェンスが完全召喚を達成させるために、再び炎柱を展開させる。三基の足元に現れる殺意を契機に、三基がノーウェンスの間合いへと跳躍する。

「っ―――!?」

 予想打にしていなかった三基の踏み込みと共にノーウェンスのみぞおちへと拳が疾走する。込められた魔力は、一撃で心臓を打ち砕くほど。受け止めようとも、魔力を運動エネルギーへと変換し衝撃を叩き込む。決死の一撃を、―――ノーウェンスは身を捻って紙一重で躱し、白杖で三基の足を払って体勢を崩した。

 決定打を潰された三基の表情に焦りが浮かぶ。体内を加速し続けた脈動が限界を迎えようとしている。これ以上の機会も体力も、彼女には残されていない。ならばと、絶好の機会と詰めた間合いを離されぬようにと徒手空拳を繰り出す。

「何度も驚かしてくれるわね小娘。でも、契約者(ワタシ)使い魔(ケルベロス)よりも劣るわけがないじゃない」

 ケルベロスの猛攻を弾くほどの三基の拳や蹴りを、盲目の魔女が卒なく捌く。驚きこそすれど、魔女に焦りはない。迫りくる完全召喚(リミット)を迎えようとしていた。



_go to "resentment".



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