12th day.-8/その【先】にあるもの - 不倶戴天 -/RESENTMENT
街中で、人の目に留まることなく走り抜ける影がある。人目を憚らず疾走する姿は、街行く誰の目に留まることはない。ベルトに括り付けた目線逸しのストラップが揺れる。ヒトの脚力で出せないだろう速度で街中を駆け抜けた。ノーウェンス=ダンチェッカーと三基が衝突している場所は幸運にも一般市民に被害が出る場所ではない。人避けと目線剃らしの暗示だけで事足りるだろう。それでも、先頭の余波が広がればその限りではない。ノーウェンスの驚異は認識している。そのことが、斎藤アギトの脳裏を焦がした。走りながら最悪を想定しつつ、部下の救助と驚異の踏破を思案した。
―――間に合うのか? "今"の三基はピークの状態でも、ダンチェッカーへは及ばないはず。
両者の実力を冷静に天秤にかける。被害を最小にするためには、最も実力を有る者を当てたほうが、時間が稼げる。しかし、多くの状況を考慮しても、三基の実力がノーウェンスを捲くる算段がない。なら、三基の活動限界を迎える前にたどり着かなければ、彼女の運命は決定してしまう。己の心臓により一段階上の強化を施し、脈動が早くなる。痛みを覚えるほどの鼓動を感じつつ、街中を駆ける速度が上がっていく。
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「―――こちらイーグル1、視認できる『獣』は殲滅した!」
『こちらイーグル3、こちらも同じく殲滅完了、カバーに入る』
各所で『獣』の殲滅作戦に入っていた隊員同士が状況を確認し合う。百戦錬磨の彼らにとってノーウェンスが召喚した『獣』程度ならば、手間取ることはない。想定通りに殲滅も完了し、作戦は完遂されようとしていた。
『こちらホーク4。殲滅完了したが、近くで三基の魔力反応を感知。出力オーバー。カバーに移行する』
『こちらホーク1。同じく三基の反応感知、ホーク総員で三基のカバーに入る。イーグルは『獣』を排除しつつ、こちらに移動を要請したい』
「こちらイーグル1。了解した、イーグル総員、死ぬ気で周りを固めろ。殲滅と退路確保に入る」
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心臓を潰す正拳、大腿骨を折るローキック、脳天を砕く踵落とし。その全てを白杖で難なくいなす。一発一発が生身の人間なら一撃で再起不能となる威力を、盲目の魔女が躱していく。間合いを離されぬようにと詰め寄る三基に対し、ノーウェンスは涼しい顔で対処していく。
―――侮っていた。この女、今まで戦った誰よりも強いっ!
己の判断に冷や汗が出る。心臓の鼓動が痛みを発している。この速度のままでは、いずれ自滅してしまう。心臓のみならず、全身に強化をかけ続けていたが、設定されていた活動限界はすでに超えていた。危険域へと突入している状態で、1秒後にはオーバーヒートしているかもしれない。その状態で、すでに攻撃は数百に及んでいた。
「そろそろ終いね。いい組手をありがとう」
三基の顎に、ノーウェンスの掌底がヒットする。視界が揺れ、力を込めていた足がグラつく。雌雄を決した一撃に、三基の足元が崩れていく。倒れ込む三基に、魔女が白杖を振り下ろし、―――その胸に突き刺した。魔力を込めた白杖は鋭利な刃となり、容易く心臓を突き抜け、加速し続けた血流が行き場を失い、口から大量の血を吐き出す。ノーウェンスはそれを感じ、一瞬緊張の糸が緩んだ。それを、―――三基が見逃すはずがない。
「つ゛か゛、ま゛え゛た゛っ゛!!」
白杖を握るノーウェンスの手と胸ぐらを掴む。距離を詰めるように、胸に刺さる杖を自らの力で更に深く埋没させる。血に濡れた腕が、魔女の胸ぐらを締め上げる。
「ぐっ―――死に損ないが!」
すでに致死量を超えた出血を前にして、三基の眼に諦めが浮かばない。その気迫にノーウェンスに焦りの汗が浮かんだ。死を迎えようとも、三基の腕に全ての魔力を収斂した強化が懸けられる。
「―――やめろ、三基!」
遠くから、アギトの声が木霊する。凄まじい速度で迫る姿を認識したノーウェンスが、周囲を包む炎を展開する。それよりも早く、アギトが懐から一丁のベレッタ92を取り出し、ノーウェンスの急所へと発射される。が、その狭間に、ケルベロスの左腕が割って入り防御した。
「■■■■■■■■■■ッ―――!」
振るわれる猛獣の爪がアギトを襲う。菊を一撃で再起不能にした爪を見て、その脅威を改めて認識する。腰ベルトに備え付けていた手榴弾を引き抜き、滑り込む形で爪撃を回避、すれ違いざまに三首の獣の口元に投げ込まれた手榴弾が爆発を起こす。本来手榴弾如きで怯むはずのない番犬が、魔術刻印が付与された特別製に一瞬の隙が生まれた。その千載一遇の機会を逃さぬと、炎の壁に阻まれた標的へと銃口を向ける。構えられたのは―――ベレッタ92ではなく、青白い魔術光を銃身から放つ真っ黒に装飾された、デザートイーグル。マズルフラッシュの代わりに、幾重もの重なった赤い魔法陣を撃ち抜く.50AE弾が疾走する。貫通術式が組み込まれたMBR加工を施した弾頭が、2つの空間を隔てる壁を貫通、粉砕する。
「つっう―――!」
ノーウェンスは紙一重で頭を掠めた弾丸の余波で、こめかみから血が吹き出ていた。サングラスの割れた破片が顔のいたる所に突き刺さる。状況の悪さを察し、すでに力を失いつつある三基を蹴り飛ばし、アギトとの距離を取る。蹴り飛ばされた三基を受け止めたアギトは、ケルベロスの返しの爪撃から逃れるため、両足にかけた強化をより強固にし、後退する。三基は両腕が焼き切れ、胸に突き刺さった白杖が血に染まる。生気の抜けた顔を見たアギトに、怒りの感情が湧き上がる。
「ダンチェッカー! テメェ、自分が何をしているのかわかってんのか!?」
アギトの声を聞き、ノーウェンスにも怒りがにじみ出る。
「黙れサイトー! お前に言われる筋合いなんてない! ここで殺してやる!」
吹き荒れる爆炎。黒々と蠢く炎球が肥大していく。アギトに対するノーウェンスの恨みに呼応するかのように、その質量が増大していく。三基の軽くなった身体を抱き、その状況では戦闘にならないと判断した。が、今の彼女が、この身を討つ絶好の機会を見す見す逃すとは思えない。圧倒的な不利に打開策をフル回転で熟考する。あらゆる想定をし、その全てがうまくいかないと察した。アギトには、圧倒的にピースが足りていない。
『―――隊長、そのまま右へ飛んで!』
咄嗟に入った通信に、横っ飛びて右側へと跳躍する。直後、轟音とともに大口径の弾丸がノーウェンスを撃ち抜かんと駆け抜ける。突き刺す殺意に反応したケルベロスが身を乗り出し防ぐが、衝撃に身を捩る。
「ちっ、またあの弾か!?」
間に割って入るのは、鷹の腕章をつけた魔術部隊。魔力加工を施したアサルトライフルの弾幕が追従する。ケルベロスを多重攻撃で張りつけにし、反撃の機会を削っていく。アサルトライフルの弾幕自体、ノーウェンスにとって脅威ではない。だが、ノーウェンス単体では、大口径の銃撃は抑えきれず、それを見越し、1000メートル離れた場所で狙撃手はケルベロスに動きを観察し、隙を与えぬと襲撃する。
「隊長はこのまま撤退! 三基の功績を無駄にするな!」
ホーク部隊のリーダーがアギトへ喝を入れる。三基が追い詰め、彼らが確保した退路の機会を無駄にするなと、この際口調に遠慮なんてない。それを聞いたアギトが踵を返す。
「ここで逃がすわけがないでしょ! 全員丸焦げにしてやる!」
爆炎球に異常なまでの魔力反応を感じた。この場にいた全員が、危険だと察する。あの炎は、このあたり全てを焦土と化す『地獄』そのものだと。アギトの部隊の退路を断つ地獄が炸裂しようと呼応する。
刹那―――キンッ、と聞き慣れぬ金属音が木霊した。
「なにっ――――!?」
声を漏らしたのは、他ならぬノーウェンスだった。全てを消し去らんと、地獄の業火の再現を成そうとした炎球が、斬撃によって飛散する。斬撃に感じたそれは、1つや2つではない。幾重もの斬撃。斬撃を魔力の塊で飛ばすというようなものではなく、斬撃そのものという荒業。その場にいた誰もが、その事実に固唾を呑んだ。遅れて、鈴の音が響く。騒然とする戦場の真ん中に、気付けば、角の生えた狐のお面を掛けた、四尺ほどの刀を携えた、袴姿の女性が立っていた。
「お前、何をしたッ!!」
眼をも疑う正体不明の出現に、ノーウェンスが声を荒げる。その声に応えるように、ケルベロスが咆哮し、襲いかかる。本来の刀の柄より倍ほどの長さがあり、刀身自体も長いアンバランスな刀を構えた女性は、居合の構えをし、鯉口を鳴らす。キンッ、キンッ、キンッ、と何度も鳴らし、研ぎ澄まされた殺意を感じた瞬間、ケルベロスの首の1つが宙を舞った。間合いとすれば、袴姿の女性とケルベロス、両者の間にはまだ距離があった。それなのに、膨大な魔力の塊でありながら、黒炎で象られたケルベロスが斬られた。大きな形状変化に、その形を保てなくなった魔獣が魔力とともに次第に四散していく。
「ちぃ―――!」
再び鯉口の音が響いた刹那、ノーウェンスが自身の周囲に黒炎のカーテンを広げる。その身を炎に隠した魔女に、再び斬撃が襲いかかる。斬り刻まれた炎の中に、すでにノーウェンスの姿はなく、周囲を焼く焦げ臭さと硝煙の匂いが漂っていた。
目標を見失った袴姿の女性は周囲を見渡す。自身に向けられる部隊の目線に気付いたのか、身を翻し、紫炎を挙げて消えていった。
「な、なんだったんだ・・・・・・」
隊員の一人が声を漏らす。魔術世界に身を置き、数々の戦場を歩いてきた彼らであったが、ノーウェンス=ダンチェッカーという曰く付きの脅威との戦闘もさることながら、それを退ける謎の存在に驚きを隠しきれなかった。
「ひ、一先ず基地まで総員撤退。被害状況を確認しよう」
取り残された部隊の緊張の糸が切れる。未だ戦場だと言うのに、隊長のアギトすらあまりの急展開に足元がおぼつかなかった。
_go to "limbus".




