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リトラと夜の幻想曲  作者: 本居 素直
第一章 湖上の花園
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「でも、フェザーが人を頼るなんて意外だなぁ」


「プリムラ、君とフェザーとはずっと一緒に?」


「うん、ずっと一緒。フェザーは私を守ってくれた。まだ名前もない頃からだよ? リトラ君にはいないの? ずっと一緒のお友達」


「えっ? ええと、今はちょっとね。この前喧嘩しちゃってさ。今はどこにいるんだか」


「きっと捜してるよ、リトラ君のこと」


「かもね……」


「大丈夫。必ずまた会えるよ。絶対に会える!」


 それは自分にも言い聞かせているようだった。プリムラは膝を抱える小さな手を固く握りながら、リトラに明るく笑ってみせる。リトラもそれに応えるように頷いて微笑んだ。


「プリムラ、もう一つ君に聞きたいことがあるんだ」


「なあに?」


「君とフェザーは伝説……いや、大昔に実際にあった出来事、で合ってるかい?」


「うん。〈私たち〉は確かに〈いた〉よ。リトラ君は私たちのことを知ってるの?」


「まあね、フェザーから話を聞いた時、もしかしたらと思ったんだ。こうして君と会って確信したよ。だけど、君たちはどうやって〈現れた〉んだい?」


 この問いに、プリムラは腕を組んで唸った。


「言葉にするのが難しい?」


「ううん、現れるも何も私たちはいたの。花に、木々に、泉に、谷に、色んな所に。それが一つに集まった感じなんだ。〈この私〉に」


 と、蕾のドレスをぽんと叩く。


「色んな私がこういう一つの姿になって、色んなフェザーがああいう一つの姿になった。元々の姿とは違う姿だけど、自分だってことはちゃんと分かるんだ」


「確かに、そもそも君たちは〈蜂鳥と花〉の伝説だ。それが何故、人の姿に? もしかすると……」


 伝説の基となった存在が、それを語り継ぐ人々の思い描く姿として、より馴染みやすい姿形として現実に現れたのではないか、リトラはそう考えた。

或いは、似通った伝説が時と共に統合されたのかもしれない。しかし、泉の精霊といい、何故このような事が起こり得るのか。今は幾ら考えた所で解明することは叶わないだろう。


「まっ、いいか。さて、そろそろ此処を出よう」


「えっ? 出られるの?」


「勿論さ、鍵はもう開けてある。今の内に身を隠せる場所とか、出口の場所とか、とにかく確かめよう」


 さっそく牢の扉を開いてプリムラを促すが、何かに酷く怯えた様子で動けずにいる。会話をしたことで不安や緊張は幾分和らいだかに思えたが、ロベリアへの恐怖は消えていないようだ。顔は青ざめ、足は震えている。このままでは危うい。そう感じたリトラは跪き、プリムラの小さな手を両手で握った。


「大丈夫。フェザーのようには出来ないけど、此処から出るまでは必ず守るよ。彼女は外で合図を待ってる。そういう作戦なんだ」


「わ、分かった。なら、私が怖がってちゃダメだね。凄いね、リトラ君なんてまだ子供なのに……」


「ははっ、まあね。さあ、行こう」


 リトラの後にプリムラが続き、二人は牢を抜けて階段に向かう。リトラはプリムラと離れぬよう、歩調を合わせてゆっくりと進む。やけに広い通路を突っ切って、ようやく正面に見えていた階段に辿りつく。階段の幅はこれまた広く、段数もかなりのものだった。


 その上、一段一段がやけに高い。それは最早、壁のようだった。プリムラが手を目一杯伸ばして何とか届くかどうかの高さ。これでは一段上るのにかなりの時間を要する。これにはリトラも毒を吐かずにはいられなかった。


「設計した奴は酔っ払ってたのか? そのまま作る奴もどうかしてるぜ」


「が、頑張るから!」


 とは言うものの、プリムラも動揺を隠せない。牢の中から見たときは大きいと思う程度だったが、いざ近付いて見るととんでもない。リトラはともかく、プリムラの方は、上り終えた頃には枯れているかもしれない。しかも、プリムラは囚われてから何も食べていない。伝説の存在に食事が必要かどうか分からないが、精神的な疲労が蓄積しているのは間違いないだろう。


「ちょっと失礼」


「わあっ!?」


「ほら、これなら楽に行けるだろ?」


 脇を抱えて持ち上げたプリムラを一段上に置き、リトラが続いて登る。登り終えると、プリムラが不服そうな顔で腕を組んでいた。


「ねえ、リトラ君、そういうことするなら先に言って欲しかったなぁ」


「先に言っても自分で登るって言い張りそうだったし、それに君、意外と頑固そうだから」


「まあね」


 プリムラは腰に手を当てて胸を張っている。リトラはその様子を見て微笑むと、そのまま手を差し込んで持ち上げ、プリムラを一段上に座らせた。


「ねえ……」


「はははっ! ごめんごめん。持ちやすい恰好だったから、つい。さあ、次だ」


 こうして、一段一段を確実に上って行く。プリムラを持ち上げて、リトラが続いて登る。これを何度も何度も繰り返し、半ばを過ぎた頃にはリトラも肩で息をしていた。見下ろせば階下は遥か遠くに見え、見上げれば、階上もまた遥か遠い。とは言え、出口は先程よりもずっと大きく見える。


「リトラ君、少し休もう?」


「いや、まだまだ大丈夫さ。プリムラが小さくて助かった。大きかったら大変だったよ」


「大きかったら自分で登ってるよ……」


「ははっ、確かにね。さあ、もう少しだ」


 これが強がりなのはプリムラにも分かっていた。出来ることなら自分で登りたいが、彼に頼らずに壁を登るのは非常に厳しい。リトラの言う通り、このやり方が一番手っ取り早い。次第に、自分を持ち上げる力が弱まっていくのを感じて、プリムラの口数は段々と減っていった。それから長い間、聞こえるのはリトラの息遣いだけだった。


 どれほどの時間が経ったのか、リトラは休むことなく登り続け、見上げれば階上の開けた扉が臨めるほどにまで近付いた。その扉もまた異様な大きさを誇っている。リトラは腰を下ろして息を整える。残りは数える程度となったが、暫く休んでも手の震えは治まらない。単純な動作ほど、肉体への負担は大きいものだ。


「俺にも翼があれば楽だったんだけどな」


 リトラが誰に言うともなく呟いた。


「私が踏み台になるよ。後から引っ張ってもらうから、疲れるのは変わらないかもしれないけど……それでも、リトラ君が登るのは楽になるはずだよ?」


 プリムラは本気だ。それが理解出来たからか、リトラはゆっくりと立ち上がると彼女に近付き、そっと持ち上げて一段上に座らせた。


「その提案は却下、無理だし嫌だね」


「リトラ君も見かけに寄らず頑固だねえ。あのね、私は人間じゃないよ? ただの花だよ?」


「そんな風に言われても無理。可憐な花を踏む奴がいますか? いないよ。はい、この話は終わり。さあ、もう少しだ」


 こうして再び沈黙が訪れたが、先程のような重苦しさはなかった。残り僅か、リトラの腕の様子がいよいよ怪しいと分かると、プリムラがリトラの袖を思い切り引っ張った。大した助けにならないのは彼女自身も分かっていたが、その必死な姿が疲れ果てたリトラを励ました。


「ねえ、リトラ君」


「どうした?」


「ありがとう」


「いえいえ、こちらこそ助かったよ」


 こうして、どうにかしてようやく登り終えた二人は、頂上にどっかりと腰を下ろして寝転んだ。



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