花
「おっ?」
水面に触れた次の瞬間、リトラは牢の中にいた。中は非常に広く、天井も高い。牢と言うよりは、巨大な檻のように思えた。鉄格子の先、通路を挟んだ向かいには階段があり、その中頃には上階から漏れた明かりが差し込んでいる。リトラは鉄格子に錠があるのを確認すると、すぐに腰に下げた作業鞄を開いて何やら取り出した。
「まずはここを出て、プリムラを見つけないとな」
おそらく、プリムラは他の牢に囚われている。速やかに彼女を見つけて合流し、どこかに身を隠して今後の行動を決める。そうと決まれば、とリトラは鉤の付いた棒状の物を鍵穴に引っ掛け、鍵穴をかちかちと鳴らし始めた。
その姿を、同じ牢獄の片隅で膝を抱えていた少女、プリムラが見ていた。リトラは片隅で〈小さく〉なっている彼女の存在に気付けなかった。彼女は突然現れた少年に驚き、牢の隅で息を殺していたのだ。あの子は一体何をしているのだろうかと、プリムラはリトラの背中をじっと眺めている。突然現れた時は驚いたが、きっとあの子も自分と同じく閉じ込められたのだろう。そう考えて、プリムラは未だかちかちと音を鳴らしているリトラにぺたぺたと近付いた。
「こんなもん簡単に」
「なにをしてるの?」
「わっ!?」
びくりと体を震わせて振り向くが、そこには誰もいない。しかし、確かな気配がある。ふと視線を落としてみると、そこにはリトラの腰の高さほどの、蕾を模したドレスを纏った少女が立っている。
「びっくりさせちゃった?」
「めちゃくちゃびっくりしたよ……」
「ごめんね? ええと?」
「俺はリトラ。君はプリムラだね?」
「何で知ってるの!?」
リトラはちょっと待ってと道具をしまうと、少女の前にゆっくりと腰を下ろした。
「俺はフェザーに頼まれて助けに来たんだ」
「フェザーに!?」
少女の顔がぱっと明るくなる。
「でも、フェザーはどうしたの?」
「彼女は外にいるんだ。俺は中から、彼女は外から、そういう作戦さ」
「さくせん」
「うん」
嘘である。彼女はただでさえ心細い思いをしていたのだ。僕は君の友達に騙されて生贄にされました、などとはとても言えなかった。
それに、彼女がフェザーに多大な信頼を寄せているのは明らかだ。名前を出しただけでその表情の明るくなったところを見るに、その信頼が相当のものであることが窺える。事実とは言え、その信頼している友人が他人を生贄にして自分を救おうとしたと知れば、彼女はきっと塞ぎ込んでしまうに違いない。
「……そっか、フェザーは外にいたんだ。捕まってなかったんだね。無事でよかった」
プリムラは安心したのか、ぺたりと座り込んで笑った。菫色のふわりとした髪が肩にかかると、その蕾のドレスと相まって、そこには一輪の花が咲いているようだった。




