釣られた魚
「隣に座ってもいいかい?」
そう言って、リトラは答えも聞かずに正面に座った。頭に羽根飾りの付けた女は、リトラをちらりと見ると大きく溜め息を吐いた。
「その反応はあんまりじゃない?」
「図々しい人だと思っただけ。何の用? あなたも私をからかいに来た?」
「違うよ。とっても困ってるらしいから、まずは本人から話を聞こうと思ったんだ」
リトラは上機嫌に笑っているが、一方の彼女は怪訝な顔をしている。こんな時に笑顔で近付いて来る人間ほど信用出来ないものはないからだ。「あなたの狙いはなに?」彼女は警戒心を露わにしている。彼女はこの二日で、この地下に生きる連中の思考に染まってしまったようだ。昨晩、自分がここの連中にそうされたように、リトラに疑いを抱き、鋭く睨み付けた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。俺はただ、湖の古城ってとこに案内して欲しいだけさ」
「はあ?」
迂遠な言い回しはせず、リトラは単刀直入に告げた。剥き出しの警戒心をすり抜けるような物言いに、羽根飾りの女も面食らったようだった。
「大体の話は聞いたよ。友達とはぐれたんだろ? 実は俺も似たようなものなんだ。友達と喧嘩しちゃってさ。あ、ごめん、話が逸れた。俺はリトラ、君は?」
「……フェザー、フェザーって呼んで」
「ああ、なるほどね」
彼女の頭にある美しい羽根飾りを見て、リトラは納得した。
「それじゃあ、フェザー、君は湖の古城で友達とはぐれて、それで助けを求めて此処へ来た。そう聞いたけど間違いないか?」
フェザーは無言のまま頷いた。
「俺はさ、その湖の古城ってのに興味があるんだ。勿論、君の友達を捜す協力はする。君がいいならすぐに案内して欲しい」
「……でも、私には渡せるものがない。報酬がなければ話にならないって、ここの人たちにそう言われた。それから前金を払えって。あなたもそうじゃないの?」
「まさか、報酬なんていらないよ。珍しいものが見られるなら十分さ。さあ、もう行こうぜ? 友達も君を待ってるはずだ」
「そうだけど、でも……」
「人手が足りないなら、他の奴も何人か連れて行こうか?」
リトラがそう提案すると、フェザーは俯いた。
「いい」
「えっ?」
「貴方だけでいい」
「そう? 君がそれでいいって言うならいいけど」
「ねえ、貴方こそ、本当に良いの? 私が騙しているとか、仲間が待ち伏せしてるとか思わないの?」
隠しきれない期待と、昨晩手酷く断られた記憶とが混ざり合い、フェザーは複雑な表情を浮かべている。それはまるで、突然差し伸べられた手に戸惑っている迷子のようだった。
「別に騙されたっていいさ。もしそうなっても何とかするし気にしない。と言うかさ、そもそも俺は疑ってないんだ。だって」
と、リトラはフェザーの翠の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「なに?」
「だって、君は嘘を吐いてないだろ?」
そう言って、リトラは置かれてあった酒を一気に飲み干したかと思うと「くぅ、まっずい……」と渋い顔をして口元を拭った。そんなリトラを見てフェザーは「あなたって変な人ね」と、自分でも気付かないうちに笑みを零していた。
このときフェザーは思った。いつまでも意固地になって彼を疑うのは果たして正しいことなのだろうか。少なくとも、彼は私の言葉を信じようとしてくれている。ならば、自分も信じてみるべきではないのかと。そして腰に差してある短剣をそっと撫でると、フェザーは静かに語り始めた。
「……リトラ、行く前に、古城について話しておくことがあるの」
「それは是非聞かせて欲しいね」
きらきらと瞳を輝かせてるリトラに、フェザーは自分が昨晩体験したことを語り始めた。誰にも信じてはもらえなかった話を。
「湖の中?」
「そう。昨日の晩、湖の近くを歩いていたら水面が光った。友達と二人で覗いてみたら、湖には古城が映ってた。映っているような沈んでいるような、不思議な感じだった」
フェザーはそこで頭を振って、グラスに注いだ酒を一口飲んだ。自分でも要領の得ない、おかしな話をしている自覚はあるようだった。
「しばらく見ていたの。とても綺麗だったから。でも、何を思ったのか友達が水面に手を触れて……そして、消えてしまった」
「君は水面には触れなかった?」
「ええ、あの子が突然消えて、私は突然一人になって、もう何が何だか、訳が分からなくなった」
「だからって、何だってこんな所に? ここじゃなくたって頼れる人間はいたと思うけどな」
「……それは、湖に着いたら話す。ここでは話したくない」
「そっか……うん、分かったよ。それじゃあ、もう行くかい?」
「そうね、行きましょう」
何やら浮かない表情のフェザーが席を立つと、リトラもそれに続いた。二人が揃って酒場を出ると、悪党たちはリトラを笑いの種にして騒ぎ始めた。
美女に釣られて小僧が騙された。高い勉強代を払う羽目になるに違いない。きっと今は夢見心地だろう。もうすぐ地獄に突き落とされるとも知らずに。そう言って、嘲笑った。
「好き勝手に言ってやがる」
その様子を眺めていた店主は、おそらくはその通りになるだろうなと思う反面、あの見るからに怪しい女の言葉を信じたリトラに疑問を抱いていた。ほんの少し話しただけだが、リトラは怪しい話を容易く信じたり、騙されたりするようには思えなかったからだ。確かに夢見がちだが、頭が花畑というわけではない。
店主は思う。あの女は確かに良い女だった。いや、単に良い女という言葉では言い表せない女だ。なにかが違う。此処の連中が余計に警戒してしまうのも分かる。だが、連中は今、こうも思っているだろう。もし、あの女の言っていたことが本当だったら。もしかしたら人生に一度あるかないか、そんなとんでもなく大きな機会を逃してしまったのではないかと。
そうであって欲しくない。だから、リトラが痛い目に遭うことを願っているのだ。分かりやすい嫉妬。だが、そうしながら、心のどこかでは気付いている。きっと自分達の望むような結果にはならないだろうと。あの青年は何かを掴んだのだ。自分達では掴めなかった何かを。




