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第9話 地獄





増幅者(エンハンサー)が、反乱組織に奪取された。』



そのニュースは、瞬く間に業界中に知れ渡った。

テロリストがエンハンサーの増幅能力を使えば、これまでとは比にならない大規模なテロが可能になる。

関係各所は、蜂の巣をつついたように大騒ぎとなった。



「何としても、エンハンサーを奪い返せ。」



全特殊国家公務員とアカデミー関係者に、国の中枢から緊急で指令が伝達された。



ただし、指令には続きがあった。



「もし奪い返せない場合は、エンハンサーを殺せ。」



タケルは、その通達を受け取るなり、

血が滲むほど両手を強く握りしめた。




助け出す………絶対に。

それまで、何とか無事でいてくれ。



目を閉じて、ユキの笑顔を思い浮かべる。





ユキ………





*****

ユキは、薄暗い部屋のベッドの上で目を覚ました。

窓がない。

部屋の中は小さなランプ1つだけ。

今が昼なのか、夜なのかも分からない。



ここは、どこ?



ユキはしばらくぼんやりしていたが、

突如脳裏に、女の子の首から飛び散る血飛沫の光景がフラッシュバックした。


「……っ!!!!」


ユキは飛び起きた。

そうだ。あの孤児院で。

タケルは?あの子達は、どうなったのか?…



「目が、覚めたんだね」



背後から声をかけられて、ユキはビクッと飛び跳ねる。

振り向かなくても分かる。…リヒトだ。


リヒトは後ろから、ユキを抱きしめた。


「大丈夫。…もう怖がらないで。ここには、ユキと僕の2人きりだから。」


ここは、【ゼロ】の地下アジトの最奥にある、リヒトの私室だった。


ユキはリヒトの腕の中で、カタカタと震える。


「…大丈夫?こんなに震えて…よほど、怖かったんだね。」

よしよし、とユキの頭を撫でて、顎を引き上げて目線を合わせる。



「愛してる。ユキ。」



リヒトは、噛み付くようにユキの唇を奪った。


「……っ!!!」


ユキは抵抗しようとするが、構わずリヒトはユキの口内に舌を侵入させる。


「…っ、や、…おねがい、やめて…」


何とか声を絞り出して懇願するが、リヒトは手を緩めない。

鼻唄を歌いながら、ユキのブラウスのボタンをゆったりとした手つきで1つ1つ外し、脱がせた。

ブラジャーのホックを外して、片腕ずつ肩紐を外す。


「ユキ…待たせてごめんね。」

「…い、やっ!!やめて…!!」


両手でリヒトを押し返して必死に抵抗するユキを見て、リヒトは首を傾げた。

「ユキって、もしかして無理矢理されるプレイが好きなの?

でも、あんまり抵抗されるとやりづらいからさー。

…ちょっと、静かにしててね?」


パチン、と指を鳴らすと、リヒトの体から赤いオーラが拡散して、ユキは急に力が入らなくなった。

さっき子供達を拘束していた術と、同じだ。

ガクンと力が抜けたユキをリヒトが抱き止めて、仰向けにベッドに寝かせる。


と、その時。


ユキの意思とは関係なく、ブーストが強制発動した。

リヒトから禍々しい赤いオーラが溢れ出す。


「あぁ、そっかぁ。僕が術を使ってると、くっつくだけでブーストかかっちゃうんだねぇ。…大切な指輪、外しちゃったもんね。」


うんうん、ごめんねぇ、とリヒトは頷く。

ユキは何とかブーストを止めたいが、力が入らず、リヒトから離れることができない。

リヒトは構わず、今度はスカートを脱がせ始めた。


強制ブースト状態から抜け出すことができないまま、徐々にユキの頭がぼやけてくる。



ユキは、いつの間にかまた、意識を手放していた。






再び目が覚めると、リヒトはベッドに背を向けて、デスク上のPCでカタカタと何かをタイピングしていた。PCの明かりが、リヒトの輪郭を薄暗がりに浮かび上がらせる。

ユキはベッドの上でゆっくりと起き上がった。全裸の体に、そばにあったブランケットを手繰り寄せる。もう術は解けており、動くことができるようになっていた。


気配を察したリヒトが、振り返る。


「ユキ、起きたの。おはよう。

体、大丈夫?…結構、強引にやっちゃったからさ。」


その言葉を聞いて、途端にユキは下半身の違和感に気づいた。

…重怠い、痛み。

その先で、シーツが冷たく濡れている。


ユキはその感覚に、血の気が引いていった。

震えが、止まらない。


「な、…にを、したの……?」


リヒトが立ち上がって、ゆっくりとユキに近づいてくる。

ユキはベッドの上でじりじりと後ずさったが、やがて壁際に追い詰められた。



リヒトがユキの頭に、手を延ばす。



「愛してるよ、ユキ。

…頑張って、かわいい赤ちゃん、作ろうね。」




*****



それから、リヒトは何度も何度も執拗にユキを抱いた。

薄暗い部屋は時間がわからず、いったいどれくらい時間が経ったのか、見当もつかない。

この部屋には、簡素だがシャワーとトイレもついていた。食事は、リヒトの部下が時折部屋の外に食糧をまとめて置いていった。

ユキはほぼ常にリヒトの監視下だったが、時折リヒトが用事で部屋を離れる時には、必ず強制的にブーストを発動させて、ユキを気絶させた。

そしてユキが目覚める頃には、もうリヒトが戻っていた。



失われる時間感覚と、強制ブーストによる精神摩耗、そして、連日強要される行為。



ユキは徐々に、現実と虚構の区別がつかなくなっていった。



やがて、もう抵抗を示すことも諦め、

ユキはされるがままのリヒトの玩具(おもちゃ)となった。




*****

その日。


いつになく執拗に抱かれて疲弊したユキは、リヒトがベッドを降りるのを見てやっと眠りにつけると安堵したが、その日はいつもと様子が違った。

久しぶりに衣服を着るよう命じられ、渡された黒い綿のワンピースに言われるがままに袖を通す。

そのまま目隠しをされて、いつぶりになるのか、部屋を出された。

リヒトに抱き抱えられたまま、部下の運転する車の後部座席に乗せられ、どこかへ連れて行かれる。



一体、何が行われているの…?



恐怖で小刻みに震えるユキの肩を、リヒトが優しく抱き寄せた。


「ユキ…大丈夫。僕を信じて。

これから、とても素晴らしいことが始まるんだよ…」



車がどこかに停車した。ユキはリヒトと共にしばらく待機させられた後、外に連れ出される。



どこかの雑踏のようだった。

久しぶりの、外界の空気。目隠し越しに、昼間の明るさだと分かる。

行き交う人々の談笑が聞こえてくる。

ユキは、自分の置かれたあまりにも現実離れした状況を改めて思い知らされ、だんだん夢の中にいるように思えてきた。


「ねぇ、ユキ。」

ユキを背後から抱き抱えながら、耳元でリヒトが静かに話しかけた。

「僕はね、どうしても許せないんだよ。特殊な能力を持たない人間の方が、持つ人間より優位に立つなんて。何故僕らが、あんな無能な奴らの使い捨ての駒にならないといけないんだ?」

「……」

ユキは、黙って聞いていた。

「ユキだって、そうだ。エンハンサーは国家権力に関わるって、そこにユキの意思は?ユキだって、1人の人間だ、そうでしょう?自分の意思で、生き方を決めるべきなんだ。」


自分の意思?

私を拉致監禁しておきながら、さんざん尊厳を踏み躙るレイプをしておきながら、

…この人は何を言ってるの?


ユキの疑問を察したかのように、リヒトが答える。

「今は、窮屈な思いをさせちゃって、ごめん。でも、僕達の理想郷が完成したら、ユキを自由にしてあげる。誰かに管理されることがない、本物の自由を。

…だから、そのために、」



リヒトが、ユキの目隠しを掴んで、勢いよく外した。



「ちょっとだけ、僕に協力してね。」



久しぶりの太陽光に目が眩み、その場所が慣れ親しんだ官庁街であることをユキが認識する前に、

リヒトが禍々しい赤のオーラを体中から発散した。


即座に、ユキのブーストが強制的に発動する。



リヒトのオーラは一瞬で増幅した。



道行く人々が異変に気づく前に、リヒトの術が発動した。

あっという間の出来事だった。




リヒトが作り出したドームに呑み込まれた人々は、一瞬で体が吹き飛ばされて、また手脚が千切れる者もいた。


孤児院の園庭での光景が、ユキの脳裏にフラッシュバックする。

今は、ユキの増幅能力を受けて、あの時の10倍近い威力だった。

尚且つ、場所はお昼時の官庁街でたくさんの人が行き交う雑踏。




史上最大級の、無差別殺人テロ。

被害の大きさは、計り知れなかった。





目の前に広がる地獄から目を背けることができないまま、




ユキは、意識を失った。






*****

ユキが目覚めると、そこはタケルの実家の客室の布団だった。

左腕に、点滴の管が繋がっている。


「……?」


ユキは状況を飲み込めず、周囲を見渡す。

障子の外は明るい。時刻は昼間のようだった。


その時、おもむろに襖が開いた。

ユキが見上げる。


タケルだった。

全身に、手当を受けた跡がある。



「……ユキ……目が、覚めたのか。」



タケルは一瞬、信じられないものを見るように、目を見開いた。

そして、布団のそばに跪き、ユキの右手を握った。



ああ、温かい。…生きている。



タケルは涙を流した。

タケルが泣くのを、ユキは初めて見た。



「ごめん…。守れなくて……ごめん。」



タケルは、ユキの手を握ったまま、慟哭した。



しばらくそうしていた後、タケルがあの日のことを、ぽつぽつと話し始めた。



ユキを利用した大規模テロの計画の情報を、タケル達は事前に掴んでいた。ただし、決行の具体的な場所と日時までは掴むことができなかった。

ユキが監禁されていたアジトには常に見張りをつけて、動向を伺い続けていた。

ユキが目隠しされて連れ出されたのを確認して、作戦の決行を知ったテロ対策チームは、密かに尾行して、行き先が官庁街であることを察知した。

すぐに人員を緊急配置して、一般人を避難させようとしたが、そこで予期せぬことが起きた。

【ゼロ】の内部に、情報操作系(コンフューザー)の能力を持つ者がいることを、リヒトたちは把握していなかった。おそらくその能力者が、官庁街周辺数キロの範囲に、外部からの一切の情報を一時的に遮断する帳を下ろした。そのため、連絡系統に混乱が生じて、初動が遅れてしまった。



タケルは、ここでいったん息を継いだ。

ユキは、じっとタケルの話に聞き入っていた。



リヒトが、ブーストで増幅した術を発動させた後。

ユキが気絶してブーストが終了した瞬間を見計らって、タケル達は総勢20人近くで一斉にリヒトに猛攻を仕掛けた。【ゼロ】側もある程度応戦してきたが、当初からテロ発動後は速やかに撤収する計画だったようで、リヒトもユキを抱えたまま退路を探っているようだった。


しかし、ここからのユキ奪還作戦は、タケルの指揮で何度も何度も念入りにチームでシミュレーションを繰り返し、あらゆるパターンでの訓練を執拗に重ねていた。


ほとんど、執念だった。


最終的にユキはタケルの腕に渡り、その代償として【ゼロ】の組織員は誰1人捕えられないまま、引き上げを許すことになった。


ユキを救出後、アカデミーや自宅マンションではすぐにユキの居場所を突き止められてしまうと考えて、タケルの実家にユキを匿うことを決めた。ここの敷地内ならば常に結界が張られている上に、アザイ家の有能な能力者も大勢住んでおり、万が一攻め込まれた場合でもある程度防衛できる。さらには、本家邸宅には使用人含め常に誰かがいるので、ユキが1人になることもない。

ユキがここに匿われてから、既にまる3日経過していた。その間、毎日ミカゲが往診に来て、診察や点滴を施してくれていた。



あらかたタケルが話し終わり、再び沈黙がおりる。

やがて、ぽつりと呟くように、目が覚めてから初めてユキが言葉を発した。



「なんにん、しんだの。」



タケルは、しばらく黙りこんだ。何かを考え込んでいるようだった。


「…今は、まずしっかり休むんだ。ユキは、何も気にしなくていい。」



「なんにん、しんだの。おしえて。」

タケルの言葉を無視して、ユキは繰り返した。



タケルは一つため息をつくと、ポケットからスマホを取り出して、ネットニュースをユキに見せた。




平日昼間の官庁街での凶行。

犯人は過激派テロ集団【ゼロ】。犯行声明文に寄れば、自分たちの理想郷を作ることが目的。

時刻はちょうど正午過ぎで、天気も良く、ランチのためにオフィスから繰り出してきた人々で混雑している時間を狙ったものと思われる。

犯行に使用されたのは強力な爆発装置と推測され、被害者の数は、現在確認が取れている分だけで、死者79人、負傷者数は200人を超え、我が国における史上最大規模の無差別テロ事件である。……




ユキは無表情のままスマホの画面を見つめ、読み終わると無言でスマホをタケルに手渡した。


「ユキ…さっきも言ったように、今はとにかく休め。3週間近く、監禁されていたんだ。

……もっと早く助け出してやれなくて、本当にごめん。」

タケルが項垂れるように、頭を下げた。




(さっきから、タケル謝ってばっかりだなぁ。)




ユキは、タケルを眺めながらぼんやりと思った。




(タケルは悪くないのに。

悪いのは…全部、わたしなのにね。)




目を閉じると、急激に眠気が襲ってきた。




(ああ、つかれたなぁ。)


もう何も、考えられない。




ユキは、睡魔に、そのまま身を委ねた。


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