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第8話 再会

<反乱組織【ゼロ】の活動が活発化している>



そんな不穏なニュースが耳に入ったのは、タケルとユキの婚約が公に発表されて、職場が祝福ムードに包まれたのとほぼ同時期だった。

アザイ家次期当主の婚約は、この業界にとっては一大ニュースであった。しかも相手は、由緒正しい家柄出身ではなく、孤児院出身のエンハンサー。稀に見るシンデレラストーリーだ。

これだけ聞くと眉を顰める者も多そうだが、実際の2人のこれまでを知っている者は誰もが、婚約を心から祝福した。



【ゼロ】……


ユキは、リヒトのことを思い浮かべた。

つい最近、【ゼロ】内部でもクーデターが起きて、実質リヒトがリーダーとなった、と伝え聞いていた。

おそらくはそれを皮切りに、小規模のテロ活動が各所で勃発するようになった、ようだった。


リヒトは孤児院に来る前に、【ゼロ】で産まれ育った。ディフェンダーの能力があることは幼い時から分かっていたため、最初からアカデミーに潜入させて内部を探る目的で、記憶を消された状態で孤児院の前に捨てられたのだった。

全ての記憶を取り戻したリヒトは、当初混乱に陥った。しかし、【ゼロ】の活動理念や目的を聞かされ、父親が残した手記と母親が残した遺書を目にして、リヒトはアカデミーや特殊国家公務員、そしてそれらを統括する政府当局を激しく憎むようになった。

リヒトがアカデミーを去った、あの日。【ゼロ】の組織員たちと共に、リヒトはアカデミー敷地内で同時多発爆発テロを起こした。ユキたちの担任だったツキシマとリヒトの指導教官だったサカマキは、リヒトに殺された。



もう、後には戻れない。



リヒトはユキに、そう言い残した。


『だけどね、ユキ。

僕は絶対に、君をまた迎えに来る。

僕達の魂は、いつでも一緒にある。』


リヒトはユキの額にキスをして、一瞬微笑むと、

踵を返して、アカデミーを去っていった。



あの時のリヒトの言葉を、今もユキは時々思い出す。

あれは、どういう意味だったのか。心配をかけてしまうと思い、タケルにも話していなかった。





「…ユキ?大丈夫?」

ユキははっと顔を上げた。しまった、ぼーっとしていた。今日は大切な、タケルのご両親への挨拶の日なのに…。

「う、うん。大丈夫。ごめんなさい、緊張してるみたい。」

「そんなに緊張しなくていいって。そもそも親父はユキのこと、もうよく知ってる訳だし。」

タケルの父親は、アカデミーの校長だった。ユキとリヒトを孤児院からスカウトしたのも、校長だった。


駅からバスを乗り継いで、アザイ家に到着した。ユキはタケルの実家に来るのは初めてだった。

東京郊外の広大な私有地内。門からまっすぐ伸びる道路の両脇に10以上の分家が、そして真正面に本家が威圧感を放って、ひっそりと佇んでいた。ユキは唾をごくりと飲み込んだ。


「おかえりなさいませ、タケルおぼっちゃま。」

本家の玄関に入ると、5人の着物姿の使用人が出迎えた。

「…おぼっちゃまは、やめてって。俺もう、21歳だから…」

はぁー、とタケルがため息をつく。

「そちらの方が、おぼっちゃまの?」

タケルに構わず、おぼっちゃま呼びを変えない年配の女性が、ユキを見定めるように見据えた。

「うん。紹介する。俺の婚約者の、ユキさん。

ユキ、この人は昔から俺がお世話になってる、ナガイさん。」

「よ、よろしくお願い、します…」

ナガイはユキをひとしきり観察した後に、言った。

「今日は、ようこそおいで下さいました。…ご当主様と、奥様が、あちらでお待ちです。」



絵に描いたような、立派な日本邸宅のお屋敷だった。

大きな庭は綺麗に手入れされ、紅葉が色づき始めている。

通された客間で、ユキはドキドキしながらタケルと並んで正座して2人を待つ。出されたお茶が、緊張で喉を通らない。

「そんな緊張すんなって。俺がついてるから、大丈夫。」

「う、ん…。」

こんな広いお屋敷で、タケルは次期当主として大切に育てられてきたのか。…

ユキは、改めて自分とタケルの身分の違いを、痛いほど思い知らされていた。



その時、音もなく襖が開いて、ゲンドウとタケルの母が入ってきた。

「やぁ、ユキ君。今日は拙宅へ、ようこそ。遠かったでしょ」

ゲンドウはいつものスーツではなく着物を着ていたが、いつもの気取らぬ雰囲気で、タケルの向かいに座った。ユキの向かいには、初対面のタケルの母が座る。

「初めまして。タケルの母の、タマキ、と申します。」

ユキは慌てて頭を下げた。

「は、えと、あの、…ユキ・ミタライと申します。どうぞ、よろしくお願いします。」

しどろもどろに、つっかえながら何とか自己紹介する。

「ユキ君、そんなに構えなくて大丈夫だよ。2人のことは、タケルからよーく聞いてるから。私達は、2人の結婚を心から喜んでいるんだ。…どうか、タケルを支えてやってくれ。」

タマキも、ユキに微笑みかけた。ああ、タケルはお母さん似だな、とユキはぼんやり思った。



場所を移して、食事会が始まった。専属の料理人が、料亭のような豪華な御膳を次々と運んでくる。

ゲンドウとタケルは、日本酒を呑みながら仕事の話を始めた。タマキはお酌をしながら、2人の話に口を出すこともなく、黙ってニコニコと話を聞いてるようだった。

「それにしても、【ゼロ】の動きは今後要注意だな。今月だけでも、既に2回小規模なテロを起こしている。…そのうち、何か大きな動きがあるかもしれん。タケル、気を抜くなよ。」

「分かってる。向こうの動きには、常に目を光らせてるよ。」

ゲンドウはお猪口から日本酒を煽った。タマキがすかさず継ぎ足す。ゲンドウは、ユキをじっと見た。

「…私がユキ君と”あの男”をスカウトしに孤児院に行った時には、まさかこんなことになるとは思いもしなかったな。」

「……」

ユキは、何も答えられない。

「まぁ、うちの一家は予知能力だけは不得手だからね…」

タケルが助け舟を出そうとするが、ゲンドウはさらにユキに詰め寄った。


「ユキ君。タケルとの結婚に当たって、懸念事項は全て潰しておきたくてね。これからする質問に、正直に答えてくれるかな?」


質問?

ユキが緊張で、固まる。


「おい、親父、…何聞く気だよ?懸念事項って…」

「タケルは黙っていなさい。」

ゲンドウがぴしゃりとタケルを一蹴する。


「ユキ君。嘘はつかないでね。

…君が、今もリヒトと繋がっていると噂する人間がいるんだが、それは本当かな?」



『僕は絶対に、君をまた迎えに来る。

僕達の魂は、いつでも一緒にある。』



リヒトの言葉が頭の中にこだまする。



「…私は、今はリヒトとは何の関係もありません。連絡も取っていません。」


ユキの返答を聞いて、ゲンドウは表情を変えずに頷いた。


「そう。…それならよかった。」




*****

その日、2人はタケルの実家に泊まることになっていた。

食事会が終わり、ユキとタケルは布団を敷いた客室に通された。

「風呂、こっちだから。」

ユキはタケルについていった。屋敷内は広すぎて、迷子になりそうだった。

「タケルの部屋は、どこにあるの?」

「あー、俺の部屋は、俺がアカデミーに入学するときに全部片付けちまったんだよな。俺は帰省する時、いつもあの客室で寝てる。」

「そう、なんだ。」


この広大な屋敷で、タケルは一体どんな幼少期を過ごしたのか。ユキには想像もつかない。


お風呂から上がって客室に戻ると、タケルが引き戸を開けて、縁側に座って庭を眺めていた。

初秋の頃で、庭からはリーンリーンと虫の声が聞こえ始めていた。空には、満月がぽかりと浮かんでいる。


「おう。上がったか。」

「うん。すごく大きな浴槽で、びっくりした。」

ユキもタケルの隣に腰掛けた。沈黙がおりる。



「…ユキ。気を悪くしないでほしい、んだけど」

「…うん?」

「さっきの、親父の話。」

ユキは、タケルの顔を見た。


「…リヒトのこと。」


ユキのほんの僅かな動揺を、タケルは見逃さなかった。


「何か、隠してることがあるなら…俺には、話してほしい。」


30秒ほど、見つめ合っていただろうか。


「…今は、本当に関わりがないの。それは、嘘じゃない。」

「…うん。」

「…………

実は、最後にリヒトに言われた言葉が、ずっと引っかかっているの。」



『僕は絶対に、君をまた迎えに来る。

僕達の魂は、いつでも一緒にある。』



ユキは、リヒトの最後の言葉を、タケルに打ち明けた。

「…ずっと黙っていて、ごめんなさい。心配かけちゃうと、思って…」

タケルは首を振った。

「謝らなくて、いい。…話してくれてありがとう。」

タケルはユキの左手を手に取った。薬指に嵌められたシルバーの指輪をなぞる。


「ユキのことは、俺が守るから。

…俺から、絶対に、離れないで。」




*****

その日は、綺麗な秋晴れの日曜日だった。


ユキは久しぶりに、故郷の孤児院を訪れていた。施設長のミタライに、結婚の報告をするためだった。

ユキには両親がいないけど、代わりにユキを育ててくれた施設長に挨拶をしたい。そうタケルが言ってくれた時、ユキは涙を流した。

リヒトがテロ組織のリーダーに堕ちたことに、ミタライはひどく心を痛めていた。施設長のせいじゃないと、何度もユキはミタライを励ましたが、最近はずいぶん老け込んでしまったと感じることが多かった。

ユキは、明るい話題で、ミタライに少しでも喜んでもらいたかった。



タクシーで孤児院に到着すると、ミタライが2人を出迎えてくれた。

「ユキ…お帰りなさい。」

ミタライはユキを抱きしめた後、タケルを見る。

「あなたが、ユキの…。施設長の、ミタライと申します。ユキから話は聞いています。今日は、遠いところよくお越し下さいました。」

タケルはペコリと頭を下げる。

「タケル・アザイと申します。よろしくお願い致します。」

ミタライは、2人をかわるがわる眺めて、目を細めた。



ミタライがタケルに、施設内を案内する。施設の構造は、ユキがいた頃とほとんど変わっていない。

ユキは2人の後についていきながら、懐かしさと同時に、複雑な気持ちを抱えていた。


そこここに、リヒトの影がちらついた。

リヒトとここで一緒に暮らしたのはたった3年程であったが、孤児院にいた時のリヒトの姿が、ユキの脳裏に焼きついて離れなかった。


ユキは、ふと園庭に目を向けた。

よい天気で、子供達がサッカーをしながら元気よく駆け回っている。楽しそうな歓声に、思わず口元が綻ぶ。



と。

その時。



見覚えのある立ち姿が、ふいに木陰から現れた。

子供たちが蹴ったサッカーボールがその人影に向かって転がっていく。

その人はボールを拾い上げ、子供達に向かって、放り投げ返す。

「ありがとうございまーす!」

子供達が大声でお礼を言う。



まさか。

ユキは目を疑った。




どうして、ここに。

信じられない。






それは、見紛うことなく、リヒトだった。



ユキは頭が真っ白になり、その場に立ち尽くした。





次の瞬間。





リヒトを中心に禍々しい真っ赤なのオーラのドームが出現し、子供達が駆け回っていた園庭が丸ごとドームに飲み込まれた。


10人程いた子供達が、全員衝撃波で吹き飛ばされ、倒れた。

腕や脚が、千切れている子もいる。



ユキにはその光景が、まるでスローモーションのように見えた。



異変に気づいた施設長とタケルが、急いで引き返してくる。


「ユキ!?何があった…!?」

ユキは、恐怖で声を出せなかった。震えが止まらない。

必死でリヒトのいた所を指差すが、リヒトは既にそこにいなかった。



(どこへ、行ったの…!?)

ユキが辺りを見回した、その時。



「ここだよ。ユキ。」



ユキのすぐ後ろ、ミタライの背後に、リヒトが立っていた。



ミタライは、

リヒトの持つナイフで、背中から腹部を貫かれていた。

目を見開いたまま、すでに事切れている。



即死だった。



「……っ…!!!!!」



すぐさまタケルが、恐怖で固まったユキを抱えて、リヒトからひき離した。



「久しぶりだね、ユキ。

…聞いたよ、そいつと婚約したらしいね。全然、祝うつもりないけど。」


ユキはタケルに抱えられながら何とか立っていたが、真っ青な顔でガタガタと震えていた。


「…リヒト。どういうつもりだ。

ここの子供達にも、施設長にも何の罪もない。

お前らの組織の理念遂行に、ここの人達がどう関係するんだ!!」


タケルも、怒りに震えている。


リヒトは、くくっと笑って答えた。


「ああ、ごめんごめん。…勘違いさせちゃったかな。

今日は、【ゼロ】の活動で来たわけじゃないんだ。

言わば、そう、

…私怨、ってやつかな。」


「…私怨…?」

ユキが、声を絞り出した。

「ミタライ先生が、…リヒトのことを、どれほど心配していたか、…

…どうして、こんなことを…っ…!!」


リヒトは、相変わらず笑みを浮かべている。

「ユキ、分からない?僕はね、僕の生きてきた痕跡を、全部消し去りたいんだよ。

…君なら、分かってくれるでしょう?」


リヒトがユキに一歩近づく。タケルが咄嗟にオーラでシールドを作って、自分とユキを覆った。


「…分かるわけ、ない…!!」

ユキは、タケルに抱えられながら、絞り出すように言った。


リヒトは、ユキににっこりと笑いかけた。

「そんなに怖がらないでよ。

…約束通り、ユキのことを迎えに来たんだから。」


タケルが、ユキの肩を強く抱き寄せる。


ふーん。とリヒトが呟いた。


「じゃあ、こうしたら、どうかな?」



次の瞬間、リヒトはすぐ後ろで逃げそびれていた5歳位の女の子を抱き上げた。

ナイフを、女の子の首に突きつける。


「や…っ、だめ、やめて!!!」

リヒトはまたニッコリと笑う。

「ユキ。悪いようにはしないからさ。ちょっと、話をしたいだけなの。

いい子だから、そいつのシールドから、出てきてよ。ね?」


「だめだ、ユキ…俺から離れるな!」


タケルがユキを、一層強く抱き寄せる。


「へぇー。ユキ、それでいいのね?じゃ、殺しちゃうね。」


言い終わるなり、表情1つ変えず、リヒトはナイフで女の子の首を切りつけた。


目の前に飛び散る大量の血飛沫を、ユキは夢でも見ているかのように、呆然と眺めた。


「さーて、次はどの子がいいかな?」

リヒトが後ろの子供達を見る。

子供達は恐怖で動けないのかと思っていたが、違う。

リヒトの術で、逃げられないように拘束されているのだ。


リヒトが後ろを向いた隙に、タケルがリヒトに向かってエネルギー弾を繰り出す。しかし、横から現れた別の男2人に新たなシールドを張られて、攻撃は届かなかった。


「ああー、そうそう。私怨で来てるとは言ったけど、別に僕1人で来てるとは言ってないからね。僕の忠実な部下達が、お前の相手をさせてもらうね。」


「…っ!!」


組織員の男2人は、一斉にタケルに向かってかまいたち状の衝撃波を連続で放った。タケルはすぐさま応戦するが、ユキを守りながらの闘いで、思うように動けない。


苦戦を強いられているタケルに、ユキが囁いた。


「…タケル。

今だけ、指輪、外してもいい?」


「……っ!…ユキ…」


ユキのブーストがあれば、この場は押し切れる。

しかし、なるべくユキにブーストを使わせたくなかったタケルは、一瞬だけ判断が遅れた。



その一瞬の隙を、リヒトは見逃さなかった。

あっという間にユキに接近して、タケルからユキを奪った。



「ユキ!!!!」



タケルは2人の組織員たちの攻撃を交わしながら、ユキを取り返そうと何とかリヒトに近づく。



しかし、その瞬間。




リヒトは、ユキの左薬指から、指輪を抜き去った。



リヒトの真っ赤なオーラが、爆発的に増幅される。




(しまった…!!!)




ブーストされたリヒトのパワーに、タケルは吹き飛ばされた。



「……ユキ!!!!」




爆風が収まり、煙幕が晴れた後には、





リヒトもユキも、姿を消していた。


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