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第5話 決意

未曾有のアカデミーテロ事件から、1週間が経過した。



リヒトがサカマキと対峙していた同じ頃、タケルとサトルは、主犯格の1人である【ゼロ】幹部を捕えることに成功した。

仲間の捕縛の情報が入ったからか、その直後に他の組織員達は、一斉に引き上げていった。リヒトも、共に。


拘束した幹部への尋問により、リヒトがもともと【ゼロ】内部の人間だったことが、明らかにされた。

記憶を消されて、スパイとしてアカデミーに潜入させられていたことも。


テロ事件の犠牲者は、結果から言えばツキシマとサカマキの2人だけだった。第1学年の生徒達は全員何とか一命を取り留め、人質の生徒も無事だった。ただ、爆発による負傷者は多く、物理的被害も相当であった。

何より、ツキシマとサカマキがリヒト1人に殺された事実は、皆に衝撃を与えた。2人の葬儀では、多くの者が涙を流した。


しかし、時間と共に否応にも日常が戻る。

第8学年は、タケルとユキ、ミオリの3人となった。

担任は、後任が決まるまでしばらく不在となる。それまでは、第7学年と一緒に授業を受けることになった。



「ユキ、おはよ。今日は、授業行けそう?」

朝、ミオリが寮の部屋でユキに声をかける。ユキはあの日以来、うまく眠れない日が続いていた。

「うん…ありがとう。いま、準備するね。」

ずっと一緒にいた幼馴染のリヒトがアカデミーを裏切り、恩師の2人を殺害した。その場面を直接目にしたユキは、そのショックからまだ立ち直れていなかった。


寮を出ると、玄関前でタケルが待ち伏せしていた。ユキに手を差し伸べる。

「ユキ、一緒に行こう。」

タケルも、ユキの精神状態が心配で仕方がなかった。1日のうち、一緒にいられる時間はなるべくユキのそばにいたいと考えていたのだった。


「ユキ、今日放課後、ちょっと時間あるか?」

「え…?うん、特に何も、用事はないけど。」

「今日暑いからさ。ちょっと町に出て、アイスでも食いに行かねぇ?」

「えっ、タケル、アイスとか食べるんだ…!?意外とカワイイ…」

うるせ、とタケルがミオリを小突く。もちろん、ユキを誘い出すための口実だった。

「ユキ、いいじゃん。アイスデート、付き合ってあげなよー。」

「…う、ん。」

「よし。じゃ、俺が寮に外出届出しとくから。授業終わったら、校門集合な。」



*****

「タケル。ありがとう。」


ユキはシングルのバニラアイスを手にしながら、ぽつりと呟いた。


「ん?何が?」

タケルはキャラメルとチョコレートのダブルにかぶり付く。

「私のこと、心配してくれてるんだよね。…いつまでも暗い顔してちゃ、だめだよね。」

「別に、無理しなくていい。

…今日は、単純に俺が、ユキとアイス食べたかっただけ。」

タケルは、ユキに対しては本当に優しい。ユキは力なく微笑んだ。


2人は公園のベンチに座りながら、しばらく無言でアイスを舐め続けた。

「どうして…何も言ってくれなかったんだろう。」

ユキがふと、独り言のように呟く。


「私、リヒトのこと…何も分かってなかったのかな。」


タケルも、ずっと疑問に思っていた。

リヒトはユキのことが好きだったはずだ。


なぜ、ユキを裏切るようなことをしたのか。

なぜ、ユキから離れて行ったのか。


(俺は、絶対にユキの側を離れない。)

タケルはユキの物憂げな横顔を見つめながら、密かに決意した。


ユキの肩に手をかけて、抱き寄せる。

「ユキ。リヒトのことは、忘れよう。…すぐには、難しいと思うけど。

何か楽しいこと、考えよう。どこか、行きたいところとか、やりたいこと、あるか?」

ユキは、タケルの肩に頭を預けながら、考えた。


「こうやって、タケルと2人でお出かけするの、楽しい。」


これまで、ユキとタケルはデートらしいデートをしてこなかった。一緒に昼ご飯を食べたり、図書館で勉強したり。2人きりで過ごす時間といえば、それくらいだった。


「今まで、悪かった。もっと色々、遊びに行けば良かったな。」

ユキは首を振る。

「違うの。アカデミーで一緒に過ごす時間も、大好きなの。…でも今は、…」


アカデミーにいると、嫌でも思い出してしまう。あの日のことを。


「…そうだな。これからは、もっと外にデート行くか。」

「タケルは、どこか行きたい所、ある?」

タケルは少し考え込む。

「…そう言われてみると、すぐに思い浮かばねぇな…。もともと子供の時から、遊園地とか動物園とか、遠足の時くらいしか行ったことなかったし。」

「私もだよ。学校の行事とかでしか、そういう所行ったことない。

…ねぇタケル。良かったら、これから2人でそういう所、いっぱい行かない?」


2人で。小さい頃、行きたかった場所に。

タケルは胸がいっぱいになり、ユキの頭を撫でた。


「うん。…行こう。」





そこから毎週末のように、タケルとユキは2人であちこちに出かけた。

寂しかった幼少期の記憶を埋めるように、遊園地、動物園、博物館、美術館と、次から次へと回った。

アカデミーを一時離れて、外で普通のカップルのように過ごす時間は、ユキにとって格好の気晴らしになった。少しずつ笑顔を取り戻すユキを見て、タケルもほっとした。



*****

あっという間に時が経ち、ユキ達は最終学年の、第9学年に進級した。

第9学年では、座学の授業はほとんどない。卒業後の職務を見越して、指導教官のもと、それぞれ自身の能力の最終仕上げを行う。

ユキはミオリとは寮で毎日顔を合わせたが、タケルとは、下手すると平日は会えないこともあった。その分、週末のデートでは時が経つのを忘れてたくさん話をした。


盛夏を過ぎ、少しだけ涼しくなり始めた、晴れた日曜日。

話題の映画を観に行った帰りに、ユキとタケルはカフェに寄った。

ひとしきり映画の感想を話し終わった後、ふと沈黙が訪れる。

タケルはコーヒーを一口啜ってから、ずっと気になっていたことをユキに尋ねた。


「ユキは、アカデミーを出たら、どこに住むんだ?」


通常アカデミー卒業後は、多くの者は表向きは都内の官庁勤めとなる。常時は普通の公務員として事務をこなし、有事の際に各自の能力に応じて特殊業務に派遣される。そのため、卒業後は東京付近に実家があれば実家から通勤する者もいたが、多くは一人暮らしを始める。


「まだ、何も考えてなかった…。タケルはどうするの?」

「俺は、実家からだと都心まで2時間弱かかるから、職場近くにマンション借りようと思ってる。これから探そうと思って。」


アタッカーは、夜間に緊急事態で急に呼び出されることもある。職場が近いに越したことはない。


「そう、なんだ。ミオリは、どうするのかな。…私もそろそろ、考えないとだね。」


タケルは少し躊躇した後、思い切ってユキに切り出した。


「あのさ…卒業後すぐは無理でも、落ち着いたら…一緒に暮らさないか?」


「…えっ?」

予想もしていなかった申し出に、ユキは面食らった。

「そのために、ちょっと広めのところ借りとこうと思って。…良かったら、考えてみて欲しい。」

タケルは、ユキに真っ直ぐな好意を向ける。ユキは少し赤面した。

タケルと一緒に暮らす。想像しただけで、胸が躍る。

でも…

「…一緒に暮らすこと、タケルのご両親が、許して下さるかな…」


去年のテロ事件以降、ゲンドウは多忙を極めていた。もともと【ゼロ】は、近年ではあまり目立った活動を行なっておらず、沈黙を守っていた。しかしアカデミー襲撃以降、時折政府要所を狙ったテロ活動が繰り広げられるようになった。それらを未然に防ぎ、被害を最小限にすること、そして【ゼロ】の息の根を止めること。これらが、実質能力者のトップに立つゲンドウに課せられたのだった。


「大丈夫。うちの事情のことは、俺に任せて。」


タケルはそう言うが、実際アザイ家にとって、次期当主の婚姻相手は最重要事項の1つだろう。

同棲するとなったら、それなりに筋を通さなければならない。


「…うん。そうだね。

私も、タケルと一緒に暮らしたい。」


ユキは、厄介な事はいったん脇に置いて、心からの願いを口にした。

タケルは微笑む。



*****

3月。

アカデミーの卒業式は、アカデミー内部の機密保持のため保護者は出席せず、教職員と生徒のみで執り行われる。

卒業式と言っても、いつもの教室でゲンドウから卒業証書を受け取って、4月からの配属先を発表されるだけ。ただ今年は、教壇にツキシマの遺影が飾られた。

誰1人、リヒトのことには触れなかった。



卒業式を終えたユキは、1人で生まれ育った孤児院を訪れた。

事前に連絡してあったので、施設長が出迎える。


「卒業、おめでとう、ユキ。…」


リヒトがテロ集団に堕ちて以来、施設長は心労でどんどん痩せていった。すっかりやつれて、青ざめた顔で力なく微笑む。


「ミタライ先生…ちゃんとご飯、食べてますか?」

「食べてる食べてる。ユキに心配されるなんて、私も落ちぶれたもんだ。」

ふっ、と、自嘲するように笑った。

「春からは、官庁勤めだって?」

「はい。…といっても、私の能力は出番がほとんどなくて、基本普通の公務員として雑務をこなすみたいです。」

「それだって、立派じゃない。…あんなに小さかったユキが、こんなに成長して…」


言いかけて、施設長が口をつぐむ。

リヒトのことを、考えているのだろう。


「…先生。リヒトのことは、先生は何も悪くない。」

施設長は頷いた。

「分かってる。…分かってるんだよ。

だけどね…何かできたことがあったんじゃないかって、いつも考えてしまうんだ。」


ユキは思わず、施設長を抱きしめた。


「先生。先生は、いつまでも元気でいて。

…私の、お父さんみたいな存在なんだから。

これからは、親孝行するからね。」


施設長は涙を流しながら、ユキを強く抱きしめ返した。



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