あの2人の馴れ初め①(サイドストーリー)
続編(チート級の弟に家督を譲って、私は自由に生きて行こうと思っていたのに、その弟に激重感情を向けられる)の展開に行き詰まって、これまでの話を見返しているうちに、どうしてもサトルとミオリの話を書きたくなってしまい、勢いで書きました…。少しだけ続きます。
サトルにとってミオリは、もともと"タケルの同級生"程度の認識だった。ユキと違ってタケルの訓練で関わる機会もほぼなく、辛うじて顔と名前が分かるくらい。会話を交わした事もほとんどない。当然、そこに特別な感情などまるで無かった。
初めてミオリという人間に興味を持ったのは、タケルがユキを連れてアザイ家を逃げ出し、ユキがミオリの実家に身を寄せるようになった時だった。サトルは当主にユキの監視役を命じられ、四六時中ミオリの家の様子を観察する事になった。
その頃ミオリは、実家から長い時間をかけて職場に通勤していた。朝6時半に家を出て、19時半に帰宅する。ずっと家を監視していたサトルは、そんなミオリの生活パターンも把握していた。
ミオリはユキよりも背が低い小柄な体型で、アカデミー時代はおさげに眼鏡をかけた幼い印象だったが、就職してからは後ろで1つの三つ編みにまとめている事が多く、少し大人っぽくなったように見えた。
ミオリは毎日のように、何かしらの手土産を手に仕事から帰ってきた。それは旬のフルーツの事もあれば、季節の切り花の事もあった。家に閉じこもる妊婦のユキへの差し入れなのだろう。ずいぶんマメな子だな、とサトルはぼんやり思っていた。
ある日、ミオリはオレンジ色のバラの花束を腕に抱えて帰ってきた。玄関先で立ち止まり、花束に顔を埋めてバラの香りを大きく吸い込み、小さく微笑む。
その優しい、そしてどこか寂しそうな表情を見て、サトルは何故か心臓を掴まれるような思いがした。
あまり褒められた話ではないが、実はこの時サトルはミオリの実家の中の会話を盗聴もしていた。その中で、ミオリがユキの事を本当に大切に思っている事が窺い知れた。そして同時に、ユキの置かれた状況にひどく心を痛めている事も。
(ミオリちゃんって、今時珍しいくらい素直な優しい子なんだなぁ。…ユキちゃん、いい友達持ったな。)
この時からサトルの中で、ミオリの人となりがぼんやりと輪郭を帯び始めた。
その次にサトルがミオリを意識したのは、それから数年経った後だった。
タケルがリヒトの自爆に巻き込まれて瀕死の重傷を負った時。ミオリは治癒者部隊の一員として、ミカゲと共に懸命にタケルの治療に当たっていた。
「タケ、ル…!?うそでしょ、だめだよ、っ」
タケルの血圧は低く、脈拍もどんどん弱まっていく。
鳴り止まないアラーム音が、焦りを掻き立てる。
「ねぇ、タケルッ!!ユキを、迎えにいくんでしょ…!?しんじゃ、だめだよ!!!」
涙を流しながら必死にタケルに治癒を施すミオリの後ろ姿を、サトルは祈るような思いで見つめた。
やがてタケルが心停止を起こし、誰もがもう助からないと覚悟した直後に、ユキが現れてミカゲとミオリに同時にブーストをかけた。
タケルの心臓が鼓動を再開したのを確認するかのように、ユキが意識を失ってその場に倒れ込む。
「…ユキっ!!!」
ミオリがすぐにユキを抱き起こすが、ユキは反応しない。
「ユキ…っ、ごめん、なさい…!!わたしの、力が、足りないせいで…っ!!ユキに、こんなに、無茶をさせて……」
ミオリは、ユキに縋りつきながら泣き続けた。
その悲痛な表情を見て、サトルは思わずミオリを抱きしめそうになった自分に驚いた。まっすぐユキとタケルの事を考えて全力を尽くすミオリの姿が、サトルの心を強く揺さぶったのだった。
(もっと、ミオリの事を知りたい。)
この時から、サトルは無意識のうちにミオリに惹かれ始めていた。
それまでサトルは、ある程度女性にモテてはいたが、特定の女性と深い関係を継続する事はなかった。どこかで一線を引いて、必要以上に自分に踏み込ませない代わりに、相手に踏み込む事もない、そんな淡々とした関係を好んでいた。それは1つには、サトルの生い立ちが関係していたかもしれない。サトルは、当主であるゲンドウの腹違いの末弟だった。ゲンドウの父親が愛妾に産ませた子。本家からすると、サトルは忌むべき存在だったのだ。
そんなサトルが、自分から強く興味を惹かれた女性は、ミオリが初めてだった。これまで付き合いがあったどの女性とも違う、凛として芯が一本通った、まっすぐで素直な裏表のないひと。裏表だらけで擦れてしまったサトルには、眩しい存在だった。
そんな状態だったので、ユキのお見舞いに来ていたミオリを病院で見かけた時、1も2もなくサトルは声をかけた。
「ミオリちゃん。お疲れさん。ユキちゃんのお見舞い?」
ミオリは突然話しかけられてビクッと飛び跳ねたが、振り返ってサトルの顔を認めると、ほっとしたように微笑んだ。
「あ…サトル先生。はい、いま病室に寄って、その帰りです。」
(先生、か。そりゃそうだよな。)
サトルは36歳。ミオリは23歳。年齢差は13歳だ。
サトルは頭を掻いた。
「あのさ、もし良かったら、そこのカフェでちょっとお茶してかない?」
あまりにもベタ過ぎる誘い文句に我ながら辟易しつつも、この千載一遇のチャンスを逃したくなくて、表面上は軽い調子を装ってミオリに声をかけた。
ミオリは一瞬目を見開いて驚いたが、少しの逡巡の後、「はい。」とやや頬を紅潮させて頷いた。
病院に併設されたカフェは空いていた。サトルはアイスコーヒーを、ミオリはホットココアを手に、向かい合って座る。
「タケル、すっかり元気になって良かったですね。」
ミオリが話を振る。
「ほんとに。あいつ、雑草みたいにしぶといよな。」
ミオリがくすりと笑う。サトルはふと背筋を伸ばして、ミオリを真っ直ぐ見つめた。
「ミオリちゃん。…改めて、お礼言わせて。
タケルを助けてくれて、ありがとう。」
ミオリは目を丸くする。
「え…いや、私の力じゃありません。ぜんぶ、ユキのおかげ、です。それと、ミカゲ先生も。」
サトルは首を振った。
「いや。ミオリちゃんがいなかったら、あいつは助からなかったよ。本当にありがとう。俺の弟子の命を、救ってくれて。」
「…サトル先生…」
ふー、とサトルがため息をつく。
「あのさ、ミオリちゃん。…よかったらその先生ってゆーの、やめてくれない?そもそも今俺、アカデミーの先生じゃないし。」
「えっ、いやでも、私にとってはやっぱり先生は先生、というか…」
ミオリがドギマギしながら答える。
「そか。まーそしたら、ミオリちゃんの好きなように呼んでいいよ。」
サトルは肩をすくめた。
最初は緊張気味だったミオリだが、話しているうちに徐々に打ち解けてきて、2人は色々な話をした。ユキとタケルの事、ミオリの家で今預かっているユキの娘のサチの事。…そして、リヒトの最期の事。話しながらコロコロと表情を変えるミオリの顔を可愛いなと感じながら、サトルは飽きる事なく見つめた。
話し込んでいるうちに、いつの間にか2時間経過していた。ミオリがスマホで時間を確認する。
「もう、こんな時間…。私そろそろ、帰らないと。」
「あー、そうだよな。長い時間引き止めちゃって、悪かった。」
もっと話していたい。名残惜しい。
こんな気持ちになったのは、サトルは初めてだった。
「…あのさ、ミオリちゃん。嫌だったら遠慮なく嫌って言ってくれていいんだけど…」
「…え?」
「良かったら、連絡先交換しない?…また、お茶誘わせて。」
ミオリは少し驚いたようだったが、にこっと微笑んだ。
「もちろんです。…嫌なわけ、ないですよ。」
「そう?でもほら、俺おっさんだしさ。セクハラになんないよーに、これでも気をつけてんの。」
ふふっ、とミオリが笑った。
ああ、ほんとに、可愛いなぁ。
サトルは、もう自分の気持ちを認めざるを得なかった。




