第24話 受け継ぐ想い(最終話)
「……は?いま、なんて言った?」
タケルは口をあんぐりと開けて呆然とした後、やっとのことでサトルに尋ねた。
「もー、ちゃんと聞いててよ、タケルちゃん!
だからー、俺もいよいよ身を固めるんだって。…ミオリと。」
サトルは、隣に座るミオリの肩を抱き寄せた。
ミオリは眉毛をへの字に曲げて、申し訳なさそうに俯いている。
「ミオリ…おま、…いつの間、に…」
珍しく、タケルが激しく動揺している。
「……ごめんなさいっ!!ほんとは、2人の結婚式の後くらいから、サトルさんとつき合い始めたの。
2人ともバタバタしてたし、なかなか言いだすチャンスが無くて…!!」
「それで、いきなり結婚報告かよ…」
タケルは、はぁー、と息を吐いて、ふと隣のユキを見た。
…目をキラキラさせて、頬を上気させている。
「……っ、おめでとう、ミオリ…!!」
ユキがミオリの両手を握る。
「ユキ……ありがとう。黙ってて、ごめんなさい…」
ユキは首を振った。
「あー、そんでさ。実はもういっこ、報告があって…」
サトルが頭をガシガシと掻く。
「いま、ミオリも妊娠してる。…4ヶ月。」
「……えっ!!??」
ユキとタケルは、同時に叫んだ。
「ユキの方が、2ヶ月くらい予定日が先だけどね…。頼りにしてます、先輩。」
ミオリがぺこりと頭を下げる。
いま、ユキのお腹の中にも、タケルとの子供が宿っている。計算上は、ユキとミオリの子供は同学年という事になる。
「そうだったの…!ミオリ、ほんとにおめでとう。私も、嬉しい…!」
ユキが涙ぐむ。
「ありがとう…。でも、こないだ私の実家に挨拶に行った時、この人うちのお父さんに、ガツンと説教喰らっちゃってね…。」
「まー、最終的には、俺ミオリパパと仲良しになって、結婚も認めてもらったけどね。」
飄々としているサトルに、ミオリは肩をすくめた。
タケルの子供を出産するにあたり、ユキ1人で日中2人の子供達を見るのはユキの体調的に難しいと判断し、ユキとタケルはアザイ家敷地内の本邸の離れに暮らす事になった。ただ、タケルは仕事が忙しい時にはもともと住んでいた職場近くのマンションに寝泊まりしたため、家にはユキとサチ、使用人だけという事が多かった。
そのようなユキの状況を知っていたミオリは、サトルとの結婚が決まるや否や、迷う事なくアザイ家の敷地内で暮らす事を選んだ。
ユキは、大親友のミオリといつでも会える距離になった事を、手放しで喜んだ。
しかし、ユキの残された時間は、確実に減り続けていた。
*****
時が満ちて、ユキとミオリは、2人とも元気な男の子を出産した。
ユキとタケルの息子は『タイチ』、ミオリとサトルの息子は『マサヤ』と名付けられた。
ミオリはマサヤを連れてしょっちゅうユキの家に尋ねて行き、一緒に赤ちゃんの世話をした。
しかし、一緒に過ごす時間が長くなると、ユキの"発作"の頻度が明らかに増えている事実に、ミオリは嫌でも気づかされた。
"発作"はほぼ連日、多い時は1日に4-5回起きた。
1回の発作時間も、最初は1分程度だったのが、5分、10分と徐々に長くなっていった。
赤ちゃんのお世話中に発作が起きたらまずい、と、ユキの家にはタケルの不在時は常にベビーシッターが常駐した。
やがて、発作の頻度が上がるにつれて、発作が起きていない時もユキはぼーっと過ごす事が多くなってきた。
*****
タイチが2歳になった頃、ユキは起きている時間の半分を、"抜け殻"の状態で過ごすようになっていた。
この頃ちょうど、タケルの仕事もさらに忙しくなり始めて、ユキに付き添える時間がなかなか取れない事に焦りを感じていた。
ある、大雪が降った冬の日。
庭にはふわふわの雪が積もり、サチとタイチは大興奮で庭を駆け回った。
ユキは縁側に座って、2人の子供達の様子を眺める。
サチとタイチは、仲の良いきょうだいだった。
サチは姉らしくタイチの面倒をよく見てくれるし、タイチもそんなサチを慕って、よく懐いていた。
キャッキャッと楽しそうに転げ回る2人を見て、ユキは目を細めた。
………………
次にユキが気づいた時には、先程まで駆け回っていたサチが、積もった雪の上に仰向けに倒れていた。
タイチの泣き喚く声が、辺りに響き渡っている。
時間が、抜け落ちている。
また、発作が起きていたようだ。
ユキは驚いて立ち上がった。
(一体、何があったの……!?)
慌ててサチに駆け寄る。
「サチっ…!!??どうしたのっ…!!」
震える手でサチを抱き起こす。…よかった。息をしている。
「ごめ…っ、なさ、おねえちゃ…っ」
タイチは泣きじゃくるばかりで、要領を得ない。
その時。
タイチの泣き声を聞きつけて、書斎で仕事をしていたタケルが駆けつけてきた。
一瞬で状況を把握し、すぐにサチを抱き上げて部屋に運び、布団に寝かせる。
幸い、サチはすぐに目を覚ました。
サチの話から、タイチが突然攻撃者の能力に目覚めた事、意図せずサチに攻撃を加えてしまった事、が判明した。2人で雪合戦をしていて、タイチは夢中になっているうちに無意識にエネルギー弾を作り出し、それを雪玉と間違ってサチめがけて投げた、というのが、事件の全貌だった。確かに、サチの腕にはエネルギー弾が当たった部分に火傷のような痕があった。
たった2歳の、赤ん坊にようやく毛が生えた程度のタイチに、もう能力が顕現するなんて。
流石に、予想すらしていなかった事態だった。…早過ぎる。
「…………」
ふと見ると、ユキは真っ青な顔でガタガタと震えていた。
タケルがユキを、宥めるように抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だから…。子供達から目を離した、俺が悪いんだ。ユキは、何も悪くない。」
「……っ、わた…しの、せいで……、サチが……っ!」
ユキはパニックになっていた。
タケルが、ユキを落ち着かせるように頭を撫でる。
子供達2人に、向こうで遊んでおいで、と声をかけると、サチはタイチを連れて部屋を出て行った。
どれくらい、そうしていただろうか。
最近では、夜寝る時以外で、こんなに長くタケルとユキの2人だけで過ごす事は、あまりなかった。
「……タケル。」
ふと、ユキが呟く。
「ん?どうした?」
「………こわい。………」
タケルが、ユキの顔を見る。目は虚だった。
「最近、どんどん……わたしが、わたしじゃなくなっていくの……」
ユキがまた、小さく震え出す。
「…ユキ…大丈夫だから。最近、そばにいてやれなくて、ごめん。」
「……もう、いや……。このまま、心が死んで…
タケルや子供達の事を、分からなくなる日が来るのが、
……っ、こわいの…!!!」
ユキが、初めて自身の病状の進行に対する不安を吐露した。
「いや……いやっ!!!死にたくない…っ、
1人に、しないで……っ」
ユキが慟哭する。
タケルは、胸が締め付けられる思いだった。
そうだ…。
怖くないわけ、ない。
だんだんと、ゆるやかに心が死んでいく毎日が。
子供達の成長を見守れない悔しさ。
愛するひとと離れる寂しさ。
やがて訪れる、無への恐怖。
怖くないわけがない。のに。
どうして俺は今まで、ユキの孤独に気がつかなかった?
タケルは、涙を流しながら、ユキを抱きしめ続けた。
そして、ある事を決意した。
*****
翌日から、タケルは職場に休暇を申請して、半ば無理やり長期休みを取った。
ユキに残された時間が、あとわずかだと悟った今、
最後の時間を大切にしたかった。
タケルは、ユキが起きている時間は、文字通り常にそばに付き添った。
父親が常に家にいる事を、サチとタイチは素直に喜んだ。ユキも、タケルの体温が感じられる距離にいてくれることに安心したのか、取り乱す事は少なくなった。
ユキが抜け殻になっている間も、タケルはユキのそばを決して離れなかった。いつだったか病院でそうしていたように、反応のないユキに取り留めのない話をし続けた。
ユキの状況を知って、連日ユキのもとに訪問客があった。
ミオリはマサヤを連れて、ほぼ毎日お見舞いに来た。時々はサトルも一緒に。
ミオリの両親や、ミカゲも、ユキのお見舞いに来てくれた。
ハルオミも駆けつけた。サクラが、今もごくたまに表情を揺らすように見える事があるんだと、ユキに伝えた。それを聞いて、ユキの心は少しだけ軽くなった。
心臓が動いている限り、息をしている限り、ユキも生き続けるのだ、とハルオミは告げた。
「それに、ユキさんには、あの可愛い子供達がいる。…大丈夫だ。ユキさんの想いは、あの子達に絶対に、受け継がれているから。」
幸せに、なって。
どうか。
ユキの切実な、願い。
残していくあなた達に、受け継ぐ想い。
ゲンドウとタマキも、頻繁に様子を見に来た。
特にタマキは、ユキの状況に深く心を痛めて、自分に出来ることはないかと尋ねた。ユキはタケルの小さかった時の思い出話をねだった。
タマキが語るタケルの幼少期の姿を想像して微笑むユキに、タマキは静かに涙を流した。
2人の子供達には、ユキはできるだけたくさん、絵本を読んであげた。
まだ5歳と2歳。本当はもっと、大きくなるまで成長を見届けたかった。…
ユキは少しでも、サチとタイチに自分との幸せな思い出を作ってあげたかった。
やがて、正気でいられる時間が、1日のうちわずかになった。
ソファでタケルの腕に抱かれながら、
ユキは、ああもうこれが最後なんだな、とふと悟った。
サチとタイチも、ユキにくっついている。
ああ、幸せだなぁ。
愛するひと達に囲まれて。
ユキはじんわりと胸が温かくなる。
ユキには両親がいなかったけど。
それでも、こんなに、幸せだった。
この子達も、きっと大丈夫。
それにタケルが、見守ってくれるから。
ねぇ、リヒト。見てる?
あなたは、死ぬ時たった1人で、何を思ったの?…
……わたしは……
「タケル。」
「ん…?どうした?」
「……愛してる。」
ふっ、とタケルが微笑む。
「…うん。俺も。」
「…タケル。」
「うん。そばにいる。」
「ありがとう。……幸せだったよ。」
それが、タケルと交わした、最後の会話だった。
ハッピーエンドを目指したんですが、うまくいきませんでした。




