第23話 祝宴
慌ただしく時が過ぎ、あっという間に祝言の日を迎えた。
その日は朝から小雨が降りそぼっていたが、宴が始まる昼前には上がり、雲の間から晴れ間が覗き始めた。
「まんまー!きれい、きれい!」
白無垢に身を包んだユキの周りで、水色のワンピースを着たサチがはしゃぐ。
「ありがとう、サチ。…今日は、お利口にしててね。」
「うー?」
そこへタケルがやって来て、サチをひょいと抱き上げる。
「ユキ、準備できたか?」
タケルも、仕立ての良い着物を着ている。和服姿を見るのは初めてだが、タケルは着慣れているのか、気負った様子もない。
「うん。…さすがタケル、着物似合うね。かっこいい」
「まぁ、小さい時から家ではよく着せられてきたからな。…」
タケルは、ユキをじっと見る。
「あ…、どっか、変かな…?着物って、初めてで…」
「いや…よく似合ってる。綺麗過ぎて、見惚れてた。」
「……!!」
ユキは赤面する。
ほんとに、澄ました顔して気障な台詞をさらっと口にするんだから、このひとは…。
「お2人共、ご準備は整いましたか?ご参列の方は、皆様お揃いですが。」
介添人が声をかける。
急拵えの祝言の席ではあったが、アザイ家の参列者には親族が20名程集まった。その中には、サトルもいた。
一方ユキには家族がいないものの、ゲンドウの計らいで、ミオリ一家とミカゲ、ハルオミが招待された。
アザイ家本邸の、襖を外した大広間の祝宴場にユキが入って行くと、一斉にアザイ家親族の好奇の目が向けられたが、参列者の中にミオリ達の顔を見つけて、ユキはほっとした。
厳かにひと通りの儀が終了すると、賑やかな宴が始まった。
「ユキ…!!ほんっっとに、綺麗…!!!」
ミオリが目を輝かせながら、ユキの手を取る。
「あ…ありがとう。ちょっと、窮屈だけどね…」
「それにしても、アザイ家ってほんとに大きいんだね…。私初めて来たんだけど、ちょっとカルチャーショック…。
あっちに座ってる人達も、サトル先生以外、何かみんなおっかない感じだし…。」
「シッ!ミオリ、声が大きいわよ…」
カオルに嗜められて、ミオリが声をひそめる。
「ごめんごめん…。でもユキ、こんなところに嫁がされて、いじめられないか心配…。」
ミオリは、ユキの隣のタケルに向き直る。
「本当に、絶対にユキのこと、守ってあげてよ。」
「……分かってる。」
タケルは、大きく頷いた。
和やかに宴会が進む中、ユキはふと庭に目をやる。
式中にじっとしていられなくなったサチを、ハルオミが庭に連れ出して、相手をしてくれていた。
(ハルオミさんに、後でお礼を言わなくちゃ…)
と。
ユキは、サチを見つめる視線が他にもあることに気づいた。
縁側に立って庭を眺めている、タケルの親族の初老の男性2人だった。
2人はサチを見ながら、こそこそと耳元で何かを話している。
ユキは、嫌な予感がした。
招待客のお酌に回るふりをして、そっと近づく。
「…ええ、そうです。あの子供が噂の…」
「…犯罪者の血が…」
「…タケル君、あんな不良債権を掴まされて…」
聞き耳を立てていたユキは、怒りで血の気が引いていくのが分かった。
お酌の手が震える。
ユキの様子がおかしいことに気づいたタケルが、招待客との話を打ち切って立ち上がり、ユキに近づいていく。
と、その時。
「ねーねー、おっさん達、なに話してんのー?」
サトルが、大声で2人の間に割って入った。
「何だ…サトルか。何の用だ。」
「別に、用事は無いけどさ。…なんか2人して、いやらしーい目で小さい女の子見てるからさ、大丈夫かな?って」
「……っ!!サトル、無礼だぞ!!」
「この祝いの席で、どっちが無礼なんだよ。
…あの子に何かしたら、俺とタケルがおっさん達にお仕置きするからな…覚悟しとけよ。」
サトルに凄まれて、2人はそそくさとその場を離れる。
「…サトル先生。ありがとう、ございました。」
「ユキちゃん、お礼なんていらないって。あいつら、一族の恥晒しだから。
タケルが当主になったら、ソッコーで破門してやれよ。な?タケル。」
サトルは、ユキの後ろのタケルに呼びかけた。
「…ユキ、悪かった。すぐに助けに来れなくて。」
「ちょ、ちょっとちょっとタケル、俺の事は無視ー??」
サトルがおどけて見せる。タケルはサトルに向き直った。
「おじさん、ありがとう。…俺、」
「ちゃんとお礼言えて、偉いじゃん。
…あのさ、タケル。この家で、お前1人でユキちゃん守ろうって、あんまり気負うなよ。
むしろうまく味方を作って、頼れ。」
「味方…」
「お前、次期当主だろ。いずれ、ここにいる親族、全員お前がまとめるんだぞ。お前の力だけじゃ、ユキちゃん守りきれない時も、そりゃあるって。」
「……おじさん。」
「俺とかさ、もっとうまく使ってくれていいから。
一応お前より先輩だから、年配のジジィ共にも顔が利くし。
…それに、タケルっていうより、ぶっちゃけユキちゃんの味方だしー?」
ニヤリ、とサトルが笑う。
「ありがとう。…師匠。」
頭を下げるタケルの頭を、サトルはくしゃくしゃと撫でた。
「おめでとう、タケル。幸せになれよ…絶対に。」
*****
祝言の日の夜、アザイ家にもう1泊していくように勧められたが、それを固辞して、
退院後初めてタケルとユキ、サチの3人は、揃ってマンションに帰って来た。
ユキがこのマンションに帰って来たのは、孤児院でリヒトに拉致されて以来だった。
サチは流石に疲れたのか、帰り道の車の中で船を漕ぎ始めたので、
帰宅後すぐにお風呂に入れて、今はソファに座るユキの膝の上ですやすやと眠っている。
「お疲れ様、ユキ。…疲れたか?」
タケルはコーヒーをユキに手渡して、ソファの隣に座る。
「う、ん。さすがに、ちょっと疲れた、かな。」
「…退院後、ずっとマンションに帰れなくて、悪かった。ちょっと、強引だったな…。」
「ううん、それは大丈夫。むしろ、タケルのご実家で、お義父さんお義母さんと色んな話が出来て、良かった。」
祝言までの1週間、特にタマキは、ユキのために心を砕いて婚礼の準備をしてくれた。そしてその合間に、ぽつぽつとタケルの幼少期の思い出について、ユキに語ってくれた。
ユキは、サチを産んでから、タマキの気持ちが以前より分かるようになっていた。息子のタケルを心配するあまり、ユキに対して冷たい態度を取ったのだと、今なら理解できる。
「…ねぇ、タケル。このマンション、ほんとに昔のままだね。このソファも…」
「ああ、まぁ実際2年ちょっとだからな。そもそも忙し過ぎて、模様替えする時間もなかったし。…」
忙し過ぎて。
その言葉で、2人の頭に否応なくリヒトの事が浮かんだ。
「…タケル。怒らないで、お願いを聞いてくれる?」
「…うん。どうした?」
一呼吸おいて、ユキが切り出す。
「私…、リヒトの最期について、聞きたい。」
タケルは黙り込んだ。
「…やっぱり、話したくない…?」
「…いや。そうだな…。ユキには、聞く権利がある。」
タケルは、リヒトと最後に交わした会話を、ユキに話し始めた。
リヒトが、サチの存在を認知していたことも。
ただ、『僕とユキは、未来永劫一心同体なんだ』と語ったリヒトの言葉は、ユキには伝えなかった。
「あいつを…できれば生きて連れ帰って、罪を償わせるつもりだった。」
「……うん。」
「…悪かった。」
ユキは首を振った。
2人は黙り込んで、コーヒーを啜った。
「ユキ、重くないか?」
「あ…そう、だね。サチは、どこで寝かそうか?」
「これまでは、サチはユキと一緒に寝てたの?」
ユキは頷く。
「じゃあ、2人でベッドを使ったらいい。俺はソファで寝るから。」
「え……」
「気にすんなって。2人とも今日は疲れてるだろうから、ちゃんと寝た方がいい。」
「…今日、だけ?」
タケルはユキを見る。ユキは顔を真っ赤にして俯いている。
「…俺と一緒じゃなきゃ、寂しい?」
ユキは、こくんと素直に頷く。
タケルはふっと笑みを浮かべて、ユキの肩に手を回す。
「じゃあ、どうするかな。…いま物置代わりにしてる部屋があるから、あそこを片付けて、サチの部屋にしてあげようか。」
「…いいの?」
「ああ。ちょうど、整理しなきゃと思ってたから。
…今度の休みの日にでも片付けるよ。」
ユキは、タケルの肩にもたれかかった。
「タケル。…もう1つ、お願いがあるの。」
「ん?…どうした?」
「私、タケルの赤ちゃんが欲しい。」
タケルが息を呑む。
「…わがままだって、分かってる。
私はその子のこと、大きくなるまで見届ける事もできないのに。……だけど、」
「わがままじゃない。」
タケルは、ユキを遮るように言った。
「ユキが俺の子を産んでくれたら、すごく嬉しい。…そう言ってくれて、ありがとう。」
「タケル…」
「もし赤ちゃんができたら、その子の事も、もちろんサチの事も、俺が責任を持って全力で育てるから。
…だから、ユキは安心して任せて。」
タケルは、ユキの腕の中ですやすやと眠るサチの頭を、そっと撫でた。
ユキの時間には、限りがある。
10年先の未来では、ユキはもう笑っていないだろう。…もしかしたら、5年後かもしれない。
タケルからは、自分の子供を産んで欲しいとユキにお願いする事ができなかった。だから、ユキも同じ想いでいてくれた事が、タケルは嬉しかった。
「じゃ、ますます寝室分けない方がいいな。
ひとまずサチには、寝室の床に客用の布団敷いて、そっちで寝ててもらうか。」
「……!!」
「俺とユキは、ベッドで。…どう?」
タケルは、いたずらを思いついた少年のように、にやりと笑って言った。




