第21話 後遺症
ユキの病室に泊まり込んでいたタケルは、窓から差し込む朝日で目を覚ました。
今日はいい天気のようだ。
「おはよう、ユキ。いい天気だよ。」
タケルは眠っているユキに話しかけて、いつものようにベッドサイドの椅子に腰掛けた。
PCを立ち上げて、メールを確認する。
(……ん……?)
ふと気配を感じて、タケルがPCから顔を上げると、
ユキの目が、開いていた。
「………っ!!!」
タケルはすぐに、ユキの手を握る。
「ユキ…ユキ!!俺が分かるか!?」
ユキは、焦点の合わない目で、ぼんやりとタケルの方を見た。
「ユキ…頼む。思い出してくれ…!!」
タケルは、懇願するように呼びかけた。
しかし、ユキの反応はない。
(だめなのか…もう、ユキの、心は…)
タケルが落胆しかけた、その時。
「たけ、る…?」
ユキが、タケルの名前を呼んだ。
「!!!」
タケルは、震える手をユキの頬に伸ばした。
涙が、零れ落ちる。
「ユキ……ユキ……、ユキ…!!」
何度も何度も、愛しいひとの名前を呼ぶ。
ユキは、まだ状況が掴めていないのか、ぼんやりとした表情のままタケルを見つめた。
*****
「ユキ!!!」
知らせを聞いて駆けつけてきたミオリが、病室に飛び込んでくる。ユキは、ベッドの上に起き上がっていた。
「ミオリ…」
「……っ!!!
ユキ……ほ、ほんとに、よかっ、た…っ!!」
ミオリは泣きながら、ユキを抱きしめる。
「ねぇユキ、覚えてる…?ユキ、すごい、無茶したんだよ…っ!でもそのおかげで、タケルは助かったの…!」
ユキは、ミオリの頭を撫でる。
「うん、…覚えてるよ。ミカゲ先生とミオリが、頑張ってくれたんだよね。」
「!!っ、ちがうよ…っ、ユキが、っ、命懸けでタケルを、助けたんだよ…!!」
ミオリはしゃくり上げながら、何度も何度も「よかった」と繰り返した。
ユキは隣のタケルと目線を交わして微笑み合い、ミオリの頭を撫で続けた。
「まん、ま?」
ふとドアの方を見ると、カオルに連れられてサチが立っていた。
「…サチ…!!」
ユキが両手を広げると、サチは駆け寄って、ユキに抱きついた。
「まんま、まんまぁ…」
サチはユキの胸に顔を押し付けて、泣き続けた。
急にいなくなった母親を、ずっと恋しく思っていたのだろう。ユキは、胸を締め付けられた。
「サチ、…ごめん、ごめんね……」
ユキは、宥めるようにサチの背中をさすり続けた。
ミオリ一家とサチが帰って行った後、病室はまたユキとタケルの2人きりになる。
「サチ…元気そうで、良かった。」
ユキは安心したように呟いた。
「ミオリの家で、ずっとお世話になってたのね。…寂しい思い、させちゃった。」
「…ユキが元気になって、退院が決まったら、一緒にサチを迎えに行こう。」
「…え?」
「あのマンションで、3人で暮らそう。」
タケルが、まっすぐユキを見つめる。
「ユキ。…迎えに行くのが、遅くなってごめん。
俺と、一緒に帰ろう。」
「タケル…」
「約束、しただろ。」
「………
……うん。そうだね。一緒に、帰ろう。」
ユキが微笑む。
その時。
トントン、とドアがノックされた。
タケルが立ち上がって、ドアを開けると、ミカゲが立っていた。
「ユキ、ミカゲ先生が来てくれたぞ、…」
タケルがユキの方を振り向くと、
ユキはベッドの上に起き上がったまま、一切の表情を失って、虚空を見つめたまま固まっていた。
「……ユキ?」
タケルが呼びかけるが、反応がない。
タケルの全身から、血の気が引いていく。
ユキの姿は、…サクラと全く一緒だった。
「な、…んで、…ユキ、…ユキっ!!!」
タケルがユキの両肩を掴んで、強く揺さぶる。
「タケルくん!やめなさい!」
ミカゲがタケルを制する。
そのままユキに近づき、診察を始めた。
ミカゲがユキの瞳孔を見たり、脈を取ったりしているうちに、
ふいにユキの瞳に、また光が戻った。
「……?あれ、私、いま……」
意識が戻ったユキを見て、思わずタケルはユキを抱きしめた。
今見たユキの姿に、タケルは言い知れぬ不安を覚えた。
*****
「サクラの場合は、最初に症状が出始めてから、完全に心を手放すまで、5-6年でした。」
お見舞いに来たハルオミを見送りに出たタケルに、ハルオミは話し始めた。
ユキの"発作"は、あの後週に1回のペースで起きていた。1回の発作時間は、1分程度。その間は、いくら呼びかけても反応がなかった。
ミカゲはこの発作を、限界を超えてブーストを発動した後遺症と見立てた。
…確実に、ユキの心は死に近づいている。
「徐々に"発作"の頻度が多くなって、1日のうち反応を示さない時間が長くなっていく。
…そして、やがて…」
「…俺に、できることはありますか。」
ハルオミは、少し考え込んだ。
「タケルくん。実は私はね、少し後悔していることがあるんだ。」
「……?」
「サクラの発作が増えてきた頃に、私は怖くなってしまって、サクラに触れるのを躊躇するようになってしまったんだ。…なるべく少しでも、彼女の心を守りたくて。
だけどそれは、逆だったんだよ。」
ハルオミは、目を閉じて首を振った。
「彼女の心が生きている間に、もっとたくさん触れ合って、もっと愛の言葉を交わせば良かった。
取り返しがつかなくなる前に、…」
ハルオミは、タケルの顔を見つめた。
「タケルくん。どうか、残りの時間、精一杯ユキさんを愛してあげて。…悔いの、ないように。」
「お帰りなさい。遅かったね?」
病室に戻ると、ユキが声をかけた。
「ああ、…退院した後の事とか、ちょっと話してた。」
「…そう。」
ユキは、明日退院が決まっていた。
「俺、今日は帰って、マンション片付けとく。
明日は、10時に迎えに来る。ミオリが、サチも連れて来てくれるって。」
「うん…分かった。ありがとう。」
タケルは少し躊躇った後、覚悟を決めたように切り出した。
「それで…もし、よかったら、
明日病院から、そのまま俺の実家に着いてきてくれないか。」
ユキが顔を上げる。
「……え?」
「もう一度、一緒に、結婚の挨拶に行ってほしい。」
ユキは、言葉が出ない。
「退院したばかりで、申し訳ない。
病院から車で直接行けば、1時間くらいで着くから…
ユキにはぜったい、負担かけない。全部俺に任せて。」
「…タケル、でも…」
「ごめん。でももう、これ以上待てないんだ。」
タケルはユキを抱きしめた。
「1日でも早く、結婚したい。ユキと。」
残された時間の、カウントダウンが始まってしまった。
もう、体裁など構っていられない。
全力で、ユキを幸せにする。
タケルは覚悟を決めた。




