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第20話 もう放さない

タケルは、ICU(集中治療室)で目を覚ました。

たくさんの管に繋がれて、機械音が鳴り続けている。


(ここは…どこだ?)


思い出せない。俺は、何をしていたんだっけ?



そこへ、カーテンが開き、ミカゲが顔を覗かせた。

「……!タケルくん、目が覚めたのね…よかった。」

「先生。俺……」

ミカゲが、そばの椅子に腰を下ろす。


「あなたは、リヒトの自爆に巻き込まれて、瀕死の重傷を負ったのよ。」


ミカゲの言葉で、一気に記憶が蘇る。

そうだ、あの時、

爆発をまともに喰らって、俺は…


「……?」

「タケルくん、どうしたの?」

「いや…あの規模の爆発をまともに喰らった割に、体が痛くも何ともないから…

…先生達が、治癒してくれたの?」


ミカゲは、言葉に詰まった。


「…先生?」

「…何でもない。タケルくん、今はとにかく、もう休みなさい。」

「先生。何を隠してるの。」

タケルが詰め寄る。

「…明日、話すから。今日はもう…」

「いま、話して。…お願いします。」

引き下がらないタケルに、ミカゲは根負けした。


「……話を聞いても、取り乱さないと約束して。」


なんだ?

一体、何があったんだ?


「…約束します。」


ふー、と息をひとつ吐いてから、ミカゲは話し始めた。


「あなたは…一時、心臓が止まったの。内臓破裂による、出血性ショックで。」

「え…?」

「助けてくれたのよ。…ユキさんが。」


タケルが凍りつく。

助けてくれた?ユキが?



「私とミオリに、限界を超えてブーストをかけてくれたの。」




*****

翌朝。

やや強引にICUを退室したタケルは、ユキの病室にいた。

ユキの病室はちょうど2人部屋で、しかも相方のベッドはたまたま空床だった。そこに移してくれ、とタケルは主治医に懇願し、了承されたのだった。



ユキは、まる3日間昏睡状態に陥っていた。

聞けば、正味10分近く、意識を保ち続けてブーストを発動したらしい。

しかも、2人同時に。


「…無茶、し過ぎだろ。」


タケルは自分のベッドを抜け出して、自分の点滴棒を引きずりながら、ユキのベッドサイドに居座った。

ユキは、身じろぎもせずに、すやすやと眠り続けている。


タケルは、アカデミー時代の医務室での光景を思い出していた。

合同訓練の後、意識を失ったユキが目覚めるまで、毎回不安な気持ちで待ち続けた。



でも今度は…

本当に、もう目覚めないかもしれない。

ユキは全身全霊をかけて、タケルの命を救った。

…自分自身の心と引き換えに。



もし、目覚めなかったら。

それでも俺は、ユキのそばを離れない。

反応のない恋人に30年以上寄り添い続けた、ハルオミの姿を思い浮かべる。


ユキが生きている限り。

心臓が動いて、呼吸している限り。


俺は、もう2度と、ユキを手放さない。




その日からタケルは、意識のないユキに、朝も昼も夜も話しかけ続けた。

それも、他愛もない話ばかり。


なぁユキ。なんか寒いと思って、窓の外見たら、雪降ってた。東京の初雪って、いつもこんなに早かったっけ?いつの間にか、もうすっかり冬なんだな。サチ、風邪ひいてないといいけど。ちゃんとあったかくしてるかな。腹出して寝てないだろうな、ユキに似て。


なぁユキ。元気になったら、どこか行きたいとこあるか?そういやアカデミー時代、一緒にスケート行ったことあったな。覚えてる?ユキ、初めてって言ってた割に、結構滑るの上手かったよな。サチはまだスケートは無理かな。ソリならできるか。そもそもサチって、雪見たことあんのかな。ああでも、あの集落、冬は結構雪降るか。まぁ、0歳じゃ覚えてないだろうけど。


なぁユキ。俺さ、今もあのマンション、住んでるんだけど。ユキの置いてった物も、そのままにしてある。なんかよく分からんけど、化粧水?とか、乳液?とかも。てかあれって、使用期限とかないの?食いもんじゃないし、腐るもんじゃないのかな?一応買い直すか?それにしても、女子って大変だな…顔洗うたびに、毎回あれ全部つけるんだろ。あーでも、サトルも洗顔後、なんかつけてたな。男の嗜みだろーとか言って。意味不明。




なぁユキ。




なぁユキ。




なぁユキ。




返事のないユキに、まるでデート中の会話のように、タケルは話しかけ続けた。




*****

1週間が経過した。

タケルはすっかり回復して、退院を迎えた。対照的に、ユキは目を覚ます兆しがない。



「タケル。退院おめでとう。」

ユキのお見舞いに来ていたミオリが、隣で身支度を整えるタケルに話しかけた。

「ありがとう。…っつっても、ユキの付き添いで今日も泊まり込むつもりだけど」

「えぇ…?そうなの?じゃあ、どうせならもうちょっと入院してた方がよくない?」

「まぁそうなんだけどさ。もう体はどこも悪くないから、入院はできません、だとさ。」


なるほどねぇ、と呟きながら、ミオリは持参した花を花瓶に生けて、ユキに話しかける。


「ユキ、サチちゃん、元気だよ。今朝も、もりもりホットケーキ食べてた。

うちのお母さん、サチちゃんがいっぱい食べてくれるから、作り甲斐があるわーとか言っちゃってさ。

めちゃくちゃ張り切っちゃって、ちょっとメンドイ…。」


サチは今、ミオリの家でお世話になっていた。

実はハルオミとミオリの母親のカオルは、同じ予知能力者どうし、若い頃に一緒に仕事をしたことがあった。ハルオミがサチをミオリの家に連れて行った時に、久しぶりに顔を合わせた2人は、再会を喜んだ。

ユキがミオリの家を出た後、ずっとハルオミのもとに身を寄せていたと知って、カオルは不思議な縁だわねぇ…と感慨深そうに呟いた。

ハルオミは一度集落に戻ったが、時折サチの様子を見に、ムトウ家を訪れるようになっていた。


「ミオリ。…サチの面倒見てくれて、ありがとう。

本当は、俺がユキの代わりに世話しなきゃいけないのに。」

「いいっていいって、タケルは病み上がりなんだから!てか、サチちゃん超元気だから、流石のタケルでも1人で1日中面倒見るの、大変だと思うよ…。うちのお父さん、もうへとへとだもん。

…ユキ、よくワンオペでサチちゃんのこと育てたなぁって、改めてソンケーする。」



『僕がいなくなっても、【ゼロ】の意志を引き継ぐ者は、必ずまた現れる。

…僕の血を分けた、可愛い娘とか、ね。』



タケルは、ふいにリヒトの言葉を思い出した。

リヒトはサチのことを、知っていた。



『君はいずれ、必ずユキとあの子を不幸にする。

…なぜなら君は、アザイ家の人間だから。』



タケルは首を振った。


「今度、俺もサチの様子見にいく。…本当に、ありがとう。」

ミオリは、しげしげとタケルを眺めた。

「…タケル、なんか、ほんとに変わったね。」

「そう、か?」

「うん。…何ていうのかな、前はユキにだけ優しかったけど、今は全体的に、丸くなったというか。」

「それ、…褒めてんのか?」


ふふっ、とミオリが笑った。



*****

ユキが昏睡状態に陥ってから、2週間が経過した。

ここまで長く目を覚まさなかったことは、今までなかった。


本当に、もう目が覚めないのかもしれない。


タケルは、片時もユキのそばを離れなかった。

自身の退院後も、相変わらず毎日、手を握りながらひたすらユキに話しかけ続ける。

周囲はその様子を、そっと見守った。




「おい、タケルー。生きてるか?」

ある日、サトルが病室にお見舞いにやってきた。

「おじさん…」

サトルはやつれ切ったタケルの顔を見るなり、苦言を呈した。

「おーまーえー、まーた食事疎かにしてるだろ…。そんなんじゃ、ユキちゃんに心配かけるだけだぞ。」


サトルが、百貨店の紙袋を差し出す。


「ほらよ。特別に、デパ地下で美味そうなもん買い占めてきてやった。けっこー高かったんだから、…全部食えよ?」

タケルは紙袋を受け取って、お礼を言った。

「ていうかさ、俺そん中の肉巻きおにぎり食いてえから、今ちょっとちょーだい。」

「…あんた、自分が食べたかっただけか…」


まーまー、固いこと言わず♪ と、サトルが紙袋をガサガサと漁る。肉巻きおにぎりを2個取り出して、1個をタケルに手渡し、1個にかぶりつく。


「んー!んめー!!この甘じょっぱい肉の味付け…サイコーだな!米沢牛だってよ。」

つられて、タケルも手にしたおにぎりを無言で頬張る。

「なぁタケル。別にお前が断食したからって、ユキちゃんの目が覚めるわけじゃないんだからさ。

…むしろお前は、しっかり食べて寝て、ユキちゃんに何があっても助けられるくらい、体力戻せって。

なにせ一回、死にかけてんだから。」

「……分かってる。」


しばらく、沈黙がおりた。


「…今回ばかりはさ、流石にお前、死んだと思った。」

ぽつり、とサトルが呟く。


サトルは、意識不明のタケルを必死に病院まで運び込んだ。

そして、ミカゲ達の懸命な処置にも関わらず、心停止したのも目撃した。

そこへ、ユキが現れたのも。


「あの時のユキちゃん、まじで天使みたいだったわ。タケルにも、見せてやりたかったなぁ。」

「………」

サトルはユキを見る。

「ユキちゃん、タケルのこと助けてくれて、ありがとな。……なんでユキちゃんばっかり、こんな辛い目に遭うんだろうなぁ。こんなに、いい子なのに。」


ずずっ。

鼻を啜る音で顔を上げると、タケルが涙を流していた。

「タケル…お前、」


タケルは、サトルの肩に頭を預けた。


「おじさん、俺…

ユキがこのまま、目を覚まさなくても、ずっと一緒にいるって、…強がってたけど…」

サトルがタケルの頭を撫でる。

「……うん。」

「でも、…だめなんだ。やっぱり、どうしても…

もう一度、話をして、抱きしめたいって、思ってしまう。そんなこと思っちゃ、いけないのに。…」


はぁ、とサトルがため息を漏らす。


「…タケル。それ、当たり前だから。」

「……?」

「愛してる人と、おしゃべりして、抱き合いたいって思うの、人として当然だから。って言ったの。」

「…でも、ハルオミさんは…」

「タケル。おそらくハルオミさんも、最初からあんなに全てを受け入れてたワケじゃないと思うぞ。30年以上かけて、少しずつ少しずつ、サクラさんを受け入れていったんだろ。お前がその境地に達するのは、1億年早いわ。」

「…そこは、30年じゃないんだ…」

「お、ツッコむ元気が出てきたか。」


サトルは、ふっと笑った。


「なぁ、タケル。たまにはさ、もっと素直になれって。

悲しかったり悔しかったり寂しかったり、そういう気持ち表に出すなってゲンドウさんに躾けられてきたんだろうけど、…いいんだ。

そういう気持ちを持つのも、生きてるから当たり前なんだし、無理に閉じ込めようとしなくていい。」


タケルは顔を上げて、サトルを見た。


「…おじさんってたまに、めちゃくちゃ分別のあること言うよね。」

ふふん、とサトルが得意げな表情を浮かべる。

「師匠、と呼びたまえ。

……何にせよ、お前が生きててくれて、本当に良かった。」


サトルが、タケルの頭をぽんぽんと優しく叩いた。









ユキが目を覚ましたのは、その翌日だった。





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