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第2話 愛のはじまり

「常に、我ら一族の繁栄を第一に考えろ。」


タケルは物心ついた頃から、父親に、厳しく言いつけられていた。


「優秀な我ら一族は、力を持たない弱い人間達を護る義務がある。ただしそのためには、我々自身の存在が脅かされる状況では、まずは我ら自身の安全を最優先に考えなければならない。」

「どんな時でも、強さが正義だ。自身が強くなるために、他人を踏み台にすることを躊躇するな。」


はい、お父様。

この家においてタケルには、はいかYESの選択肢しか、ない。


幼少期より父親の手ほどきを受けていたタケルは、9歳でアカデミーに入学した時には、既に自在にオーラの具現化ができる状態だった。通常のアタッカーならば、早くて15歳でようやく習得する能力だ。

タケルの能力の高さに、30年に1人の逸材だと、どの教員も舌を巻いた。30年前は、タケルの父親がアカデミーの首席であった。


アザイ一族の誇り。

本家直系の跡継ぎ。

期待の次期当主。


タケルは周囲の期待を一身に背負い、弱いところを見せないように必死に努力し続けた。唯一の同級生であったミオリに話しかけられても、型通りの返事しか返さず、心を通わせることはなかった。


タケルはずっと、孤独であった。

ただ、叔父で指導教官のサトルの前でだけは、素の自分を出すことができた。サトルが心の底では、次期当主のタケルにぐつぐつと嫉妬心を抱いていることに、タケルは勘づいていた。しかし逆にそのことで、タケルはサトルに対して取り繕うことをやめたのだった。

実際サトルのアタッカーとしての才能はピカイチであった。戦闘におけるセンスは、いかに鍛錬しても生まれ持ったものには敵わない。その点サトルは天性のアタッカーであり、タケルはサトルから学ぶことが多くあった。



*****

6月の末。担任のツキシマから、第4学年に一気に2名生徒が増えると聞かされると、ミオリは歓声を上げたが、タケルは大した感情も抱かなかった。

入学した時から、自分の周りの生徒が皆劣って見えていたタケルは、友人というものを作ろうと思ったことがなかった。自分より優れていたり、自分以上に努力している人間がいるとは、思えなかった。


ユキの第一印象は、陰気臭い平凡な女。

一方リヒトは、一見しただけで、タケルの心をなぜかざわつかせた。

話によると、ユキは増幅者(エンハンサー)、リヒトは防御者(ディフェンダー)とのこと。


エンハンサーだと?


タケルは俄には信じられなかった。アザイ家からエンハンサーが出たことは一度もない。エンハンサーは、非常に低率の突然変異で生じると考えられていた。

文献では読んだことがあった。歴史上、国家間に大きな諍いが起きた時に、エンハンサーを有していた国家が戦況を有利に進めたのだと、どこかで読んだ。しかしあまりにもチート能力のため、もともと非常に稀なエンハンサーの情報は、さらに厳重に秘匿されがちであった。


英語の授業中、タケルは前の席のユキの後ろ姿を眺めた。

ストレートの黒髪で、肩につく長さのボブを、耳の高さで後ろで1つにくくっている。

板書をノートに書き写すたびに、うつむいてうなじが見える。

(こんな平凡な奴が、エンハンサーな訳あるかよ…)

タケルは小さく舌打ちした。



*****

しかし、タケルが間違っていたことは程なく証明された。

初めてユキのブースト能力を受けた時、タケルは自分自身からとめどなく溢れ出すオーラの量に戸惑った。そして、自分の思い通りに、いつもの何倍もの威力で攻撃を繰り出せることに、えもいわれぬ興奮を覚えた。

しかしユキが床に倒れ込む音を聞いて、タケルは一気に現実に引き戻された。


医務室のベッドで青白い顔で眠り続けるユキを見て、タケルは後悔の念でいっぱいだった。

自身が強くなるためには他人を踏み台にすることを厭わないように躾けられてきたタケルは、本来ならばユキの能力を歓迎して、その後ユキがどうなろうと関係ないと考えるはずだった。


しかし…


サトルから攻撃を受けて、とどめを刺されそうになった時に、ユキは咄嗟にタケルを庇い、盾となった。

タケルは、自分には味方などいないと無意識に諦めているところがあった。しかしあの時、ユキは身を挺して、タケルを守った。

そしてユキはその後タケルに力を貸した代償に、精神を削られ、倒れた。


もちろん、どれもただの訓練中の出来事だ。

しかし、それまで『自己犠牲』という概念が辞書になかったタケルにとっては、十分に強烈な出来事だった。


(こいつを、踏み台にしたくない。)

(苦しめたくない。)

(大切にしたい。)


タケルは、初めて自身の心に湧き上がってくる感情の1つ1つに、戸惑った。



*****

それ以降、タケルはユキとぽつぽつと会話を交わすようになった。

能力とは関係のない、他愛無い雑談も多かった。これまでのタケルからは考えられないことだった。

今まで能力を持たない一般人として過ごしてきたため、アカデミーや能力者の業界のことをまるで知らないユキの存在は、アザイ家にがんじがらめに縛られているタケルにとって新鮮に映った。

他の生徒が「アザイ家次期当主」として自分を見ているのに対して、ユキはタケル自身を見てくれていると感じた。


合同訓練の機会も増えた。

ユキの増幅能力を受けると、自分自身が進化した後の理想型が見えるため、それに向けての訓練の方向性も見えやすくなった。

ユキと出会って、どんどん強くなっていくのが自分でも分かった。

一方で、訓練後に毎回ユキが寝込むと、タケルはもう2度と目が覚めないのではないかと、心配で仕方がなかった。


『その娘はお前の踏み台だ。』


頭の中で囁く父親の声に、

タケルは産まれて初めて、反発した。


ユキは、俺の踏み台じゃない。


毎回ユキが目を覚ますまで、タケルはベッドサイドで粘った。ミカゲはやや呆れ顔で「ま、好きにしなさい、少年」と放っておいてくれた。

そしてユキが目を覚ますと、顔を覗き込んで、「大丈夫か?」と尋ねた。

ユキがはにかみながら、「大丈夫だよ。ありがとう。」とへにゃりと笑うだけで、タケルは胸が締め付けられた。

陰気臭い女という印象は、いつの間にか180度転換していた。ユキの顔にも仕草にも、一挙手一投足に目を奪われる。


抱き締めたい、とタケルは思った。


タケルは、確実に変わっていった。



*****

季節が移り変わり、秋も深まる頃に、その事件は起きた。

ユキは上級生との合同訓練に参加して、限界を超えてブースト能力を行使させられ、いつもより深い昏睡状態に陥り、まる1日目を覚まさなかった。


その上級生は、リヒトと一緒にサカマキに師事している第7学年のディフェンダーだった。初めてユキの能力を受けて、あまりの爽快感にハイ状態になり、限界に達して手を離そうとするユキを無理やり抱き寄せて、増幅を続けさせたのだった。

もちろんサカマキも見学していたリヒトも止めようとしたが、ブーストされたディフェンダーを止めることは難しかった。ようやく上級生がユキを放した時には、ユキはもう意識を失っていた。

サカマキが直ちにユキの状態を確認するのとほぼ同時に、リヒトがその上級生の顔面を殴りつけた。

「おい、リヒト!止めろ!!」

慌ててサカマキが止めたが、リヒトは手を止めず、馬乗りになって上級生が気絶するまで殴り続けた、ということだった。


タケルは腸が煮え繰り返る程怒りを感じたが、その上級生は既にリヒトにボコボコに制裁を受けたと聞いて、ひとまず溜飲を下げた。

ユキは医務室で、点滴を受けながら混々と眠り続けた。タケルは自身の訓練の合間に、頻繁に様子を見に行った。


夜。サトルとの訓練を終えて、ユキの様子を見ようと医務室のドアに手をかけたタケルは、中からぼそぼそと話し声が聞こえてくるのに気づいた。どうやら誰かが、一方的にユキに話しかけているらしい。

音を立てないようそっとドアを開けて、カーテンの隙間から中の様子を伺う。

ベッドサイドに座っていたのは、リヒトだった。

リヒトはユキの頭を優しく撫でながら、「守ってやれなくて、ごめん」と何度も呟いていた。

そして、しばらくじっとユキの顔を見つめた後、



リヒトは、ユキの唇に、そっと自分の唇を重ねた。



タケルは頭を殴られたような衝撃を受けた。



(そうか、リヒトは、ユキのことが…)



考えてみれば、普段の態度からもそれは明らかだった。

リヒトはユキ以外の生徒に、心を開いている様子はない。逆に、ユキと話す時には、普段の寡黙な様子から一変して、柔らかい表情を見せることが多かった。


タケルは、気づかれないようにそっと医務室を後にした。



その夜、タケルは眠れなかった。


2人は、付き合っているのか?

いや、そんな話は聞いたことがない。…隠していたのか?

2人は、孤児院にいた時からの仲だ。

リヒトは、俺の知らないユキもたくさん知っている。


悶々と考えが巡る。

タケルは、もういよいよ自分の気持ちを認めざるを得なかった。



(俺は、ユキが好きなんだ。

誰にも、ユキを渡したくない。

リヒトにも。…)



*****

翌日、タケルは授業をさぼって、朝からユキのそばに陣取った。

ミカゲが「堂々とサボりとは、いい度胸ね」と苦言を呈したが、

「…俺も体調悪いんで、医務室で休ませて下さい。」と、てこでもその場を離れなかった。

ミカゲは、やれやれ、と言わんばかりに首を振りながらも、

それ以上は追求せずに「何かあれば呼んで」と告げて、執務机に向かった。


昼過ぎに、ユキは2日ぶりに目を覚ました。

あまりにも長く眠ったので、自分がどこにいるのか、すぐには分からないようだった。

「ユキ。」

タケルが、優しく呼びかける。ユキは焦点の合わない目を、タケルに向けた。

「……たけ、る…?」

タケルは微笑んで、昨日リヒトがしていたように、ユキの頭を優しく撫でた。


そして、

ユキの唇に、そっと自分の唇を重ねた。


ユキが目を見開く。

タケルは真っ直ぐにユキを見つめて、言った。


「愛してる。」


「…え…」


「ユキのことを、絶対に守って、幸せにする。」


「タケ、ル…」


「だから…

俺の恋人に、なって下さい。

お願いします。」


ユキは、タケルの目を見つめ返した。

少しずつ、思考回路が戻ってきたようだった。


「…わたしは、孤児だよ。タケルには、相応しくない。」

「そんなの関係ない。」

「タケル…」


タケルは、再びユキに口づけをした。


「…っ、タケ、ル…」

「ごめん…もう我慢できない。

頼むから、俺に身を任せて欲しい。

ユキを愛してるんだ。」


タケルは、自分の口からこんなに情熱的な口説き文句がすらすらと出ることに、内心呆れていた。

だけど、もう形振りを構っていられない。誰かに取られる前に、俺が。


と、

ふっ、とユキが小さく微笑んだ。

「…タケルって、案外ロマンチストなんだね。」

「…幻滅したか?」

ユキは首を振った。

「ううん。…嬉しい。」

ユキは手を伸ばして、そっとタケルの頬に触れた。


「私も、あなたが、好きです。」


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