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第1話 2人の編入生

しとしとと雨の降り続く、梅雨の日の午後。


ユキとリヒトが暮らす孤児院の門の前に、黒塗りのセダンが1台、音もなく停まった。

中から、グレーの立襟スーツを着た長身の男が降りてくる。形良く整えられた髪は白髪交じりで、歳は40代後半位だろうか。後ろには、黒ネクタイを締めた体躯の良い男を2人引き連れている。

施設長が門まで出迎えに行く。その様子を、子供達は談話室の窓から物珍しそうにじっと見守っていた。


やがてユキとリヒトが呼ばれて、応接室でその男の前のソファに座るよう命じられた。

男はにこやかに、2人に名刺を差し出した。


 国立能力開発アカデミー 

 校長 ゲンドウ・アザイ


2人は同時に顔を上げて男を見た。ゲンドウが口を開く。

「先日、君たちが学校で引き起こした事件について、我々に報告がありました。」


やっぱり、あの時の話か。



その光景を、ユキは今でも鮮明に覚えている。

2週間前。薄暗い体育館倉庫で、上級生3人に囲まれていじめられそうになっていたところを、リヒトが助けに入ってくれた。

上級生の1人がリヒトに殴りかかろうとしたので、ユキは咄嗟にリヒトの腕を掴んで引っ張ろうとした。


その瞬間。


リヒトの体から、かまいたちのような衝撃波が四方八方に放出され、3人の上級生達は皆勢いよく背後に吹き飛ばされて、倉庫の壁に背中を叩きつけて気を失った。衝撃波を受けた壁は、抉れていた。

ユキもリヒトも何が起きたのか分からず、呆然としてその場に立ち尽くしているところに、物音を聞きつけた教師達が次々と集まってきたのだった。


孤児院に帰った後、事件のあらましを聞いたミタライ施設長から、2人は『能力者』の存在について初めて知らされた。

世の中の0.0002%の人間だけが持つ、通常のヒトの能力を超えた特殊能力。古には妖や魔法、呪術と称された類の力であり、現代でもわずかながらその力を発現する者が存在する。稀少な存在であり、しかも国家の軍事力に直結するため、それらの能力者は国から厳重に秘匿され、保護され、管理されている。とのことだった。



「これまで、自分が特殊能力を持っていると感じた事は?」

ゲンドウが静かに尋ねた。

「ありません。」

ユキは首を振った。リヒトは黙っていた。

「君は、あるのかな?」

ゲンドウがリヒトを促す。

「…能力だとは思ってなかったけど。自分の方に向かってきたボールとかが、僕のそば1メートルくらいまで来たら、見えないガラスに跳ね返っていくみたいに離れていく事がありました。」

ふーむ、とゲンドウが顎に手をあてる。

「君は、『防御者(ディフェンダー)』タイプだね。…ただ、もう1人の君は…」

「私は、特殊能力なんて無いと思いますけど…」

ユキは戸惑った。むしろ、リヒトがそんな力を持っていたことに驚いた。

「ちょっと失礼。」

ゲンドウがおもむろにユキの手を取った。途端に、ピクッと身震いをする。

「……これは……」

「……?」

校長はソファから立ち上がり、ユキの腕を引っ張り上げて立たせた。ユキの手を握りながら、目をじっと見つめる。

「……間違いない。君は『増幅者(エンハンサー)』だ。」

「エンハンサー…?」

「触れた相手の能力を、増強させる力だよ。驚いたな…エンハンサーは非常に珍しいタイプなんだ。少なくとも、私の知る限り、ニホンの現役能力者には1人もいないはず…」

校長はやや興奮気味に捲し立てた。

そんなに珍しい能力を、私が?ユキは俄に信じられない。

「2人とも、ぜひ我がアカデミーに編入してほしい。全寮制だから、ここは出てもらう事になるが、国から補助が出るので学費も生活費もいっさいかからない。卒業後は、特殊国家公務員として働く道も約束されている。

…どうかな?悪く無い条件だと思うが。」

ユキとリヒトは顔を見合わせた。


ユキは赤ん坊の時から、ずっとこの孤児院で育った。もちろん大変な事もあったが、施設長をはじめスタッフはみな人格者ばかりで、文字通り親代わりとなってユキ達に温かく真剣に向き合ってくれた。ユキは、孤児院での暮らしが好きだった。

一方リヒトは、3年前この孤児院にやってきたばかりだった。自分の名前以外の一切の記憶がない状態で孤児院の門の前で佇んでいるところを、保護されたのだった。日本語を話すが、風貌は赤みがかった髪色と琥珀色の瞳を持ち、どこかの人種との混血のようだった。背丈からユキと同じくらいの年齢と考えられて、便宜上同学年として孤児院で暮らし始めた。

リヒトは口数が少なく、他の皆からどこか一線をひいているように見えることが多かったが、同級生のユキはリヒトと一緒に行動することが多く、自然と2人は打ち解けていった。今回の事件のように、孤児院育ちを理由に学校で理不尽ないじめを受けることも少なくなかったが、そんな時もお互いに助け合って(実際には、ユキが助けられることが多かったが)、これまでやってきたのだった。


ユキ達はいま、12歳。規定では、孤児院の子供達はいずれ18歳までには院を出て、自活しなければならない。

(思っていたより、早いけど…)

ユキは思った。

(でも、卒業後の進路が約束されてるのは、正直ありがたい。)

ユキは向かいのソファに腰掛ける施設長を見た。優しい目でユキを見ながら、背中を押すように頷いている。ユキは覚悟を決めた。


「行きます。」


ユキとリヒトは、ほぼ同時に返答した。



*****

本州のちょうど真ん中あたりに、人目を憚るようにひっそりと佇む国立能力開発アカデミーには、9歳から18歳までの特殊能力を持った子供達が在籍している。

ユキとリヒトのように、国中から特殊能力持ちの子供がスカウトされて入学する事もあるが、生徒の多くは『産まれた時から能力者と約束されている』血統者だった。能力を持たない親から能力者が産まれる突然変異の確率は極めて低く、アカデミーで育った親から産まれた子供が代々アカデミーに通う、というパターンがほとんどを占めていた。

1学年多くても3-4人程度、全体で30人程度の、ごく小規模な学校。学校と言っても、ユキとリヒトが通っていたような一般教育過程を提供する、いわゆる普通の学校ではない。どちらかといえば、『国の士官養成学校』の方が近い。ただしその存在は、一般には全く知られていない。能力者以外では存在を知る者はごく一部に限られ、国家権力の中枢がアカデミーを直接管轄・統制していた。

生徒それぞれの能力に応じて、教師が課題を出して能力を引き上げ、卒業後にはその能力を活かして国の安全保障に関するあらゆる特殊任務に派遣される。具体的には、大規模災害や凶悪犯罪、テロ、他国からの攻撃、暗号解読や危機予知など。危険な仕事ゆえ、給料もそれなりに高い。


ユキとリヒトの編入が決まった時、第4学年に一気に2人生徒が増えると聞いて、アカデミー中の注目を集めた。


 ユキ・ミタライ

 リヒト・ミタライ


編入生2人の名前を見て、きょうだい?と誰もが考えたが、2人の風貌が似ても似つかない点から、その説はすぐに払拭された。

2人は自己紹介で、同じ孤児院出身であること、自身の出自が分からないので2人とも施設長のミタライ姓を名乗っていること、を皆に説明した。


教壇に立った第4学年の担任教師は、ツキシマという30代の痩せ型の男だった。ボサボサ頭によれよれTシャツにデニムというラフ過ぎる格好で、見るからに気だるそうな雰囲気を醸し出していた。

「あー、まぁなんだ、そういうわけで?このクラスの人数、一気に2倍になるからな。お前らも自己紹介しろー」

第4学年には、もともと2人在籍していた。

1人は一見していわゆるイケメンと称される類の整った顔立ちの男子で、クールな印象だった。タケル・アザイと端的に名乗った。

もう1人は、おさげに眼鏡をかけた愛想の良い小柄な女子で、「ミオリ・ムトウですー。よろしく!」と名乗った。

「アカデミーの同期ってのは、これから一生付き合いが続く可能性が高いからな。お前ら、せいぜい仲良くやれよー。」

ツキシマは、頭をポリポリ掻きながら、やる気のなさそうに言った。



*****

「そうそう。タケルは、アザイ校長の息子だよー。」

校内の案内をしながら、ミオリは2人に話した。

「ていうか、アザイ家関連の人は、アカデミーに何人もいるけどね。アザイ家は、ニホン最古の由緒正しーい家柄で、代々優秀な能力者を輩出してるの。現当主が校長で、タケルはその跡継ぎ。」

まさに、絵に描いたようなエリート。ユキがこれまで出会ったことのない人種だった。

「はぁー…すごいひとなんだねぇ。」

「まぁねー。同級生だけど、入学当初からタケルは特別扱いっていうか。あたしのムトウ家も細々と能力者を出してる家ではあるんだけど、アザイ家に比べたら、超弱小…。」

あはは、とミオリが笑う。

「同級生がタケルだけだと息が詰まってたからさ、2人が入ってきてくれて、ほんと助かったよー。仲良くしよっ!えっと、ユキとリヒトって呼んでいいんだっけ?私はミオリでいいよー。みんな基本、名前呼び。」

「うん。…ありがとう、ミオリ。」


ミオリの説明によれば、同級生と言っても常に一緒に授業を受ける訳ではないらしい。週2日のツキシマによる座学の授業は全員一緒に受けるが、それ以外は能力ごとに学年担当とは別の担当教官がつき、個別のカリキュラムが組まれている。

ミオリの能力は、『治癒者(ヒーラー)』だと明かした。文字そのまま、傷を癒して治す力。女子の能力者に多い力らしい。

「あたしの能力なんてそんなに珍しくないからさー。指導教官も女のセンセイなんだけど、あ、そのセンセイいつもは医務室にいるから多分2人もどっかで会うと思うけど、あたし以外にも6人くらいヒーラーの生徒がセンセイについてるの。そして全員女子という…。」

「いやいや、傷を治すなんて、普通に考えて凄すぎでしょ…!?」

「えー、ユキ優しいー。でも、この業界だとほんとありふれた存在だから、あたし。

…で、2人の能力も聞いてもいい?同級生のよしみってことで。」

「あ、うん。なんか、私は『エンハンサー』?っていう力らしい。…自分ではよく分かんないんだけど。」


ミオリが口をあんぐりと開けて、ユキを見つめた。


「…はっ…?マジで!!??エンハンサー!!!???」

「えっ、う、うん。たぶん…?」

「うそ、私エンハンサーの人、初めて見た。…ほんとにいるんだ!?教科書の中だけの話だと思ってた。」

ミオリは興奮を隠そうともしない。

「あ、なんか、珍しい?らしいね…?」

「珍しいなんてもんじゃないよ…。えっ、すご…。

…えっと、そんで、リヒトは?」

「…よく分からないけど、僕は『ディフェンダー』って言われた。」

「ディフェンダーかぁー!いいじゃんいいじゃん♪タケルが『攻撃者(アタッカー)』だから、うちらの学年バランス最強!!ディフェンダーなら、たぶんタケルの個人指導教官はサカマキセンセイだね。第7学年にもう1人、ディフェンダーがいるよ。」

ミオリは屈託なく話し続ける。

「あー!大事なこと言い忘れてた。ユキの寮の部屋、あたしと相部屋だから!夜もよろしくねっ♪」

ユキはこれまでの学校では、目立たぬようそつなく過ごしていたが、特別に仲の良い友達はいなかった。明るいミオリの存在に、ユキは救われた思いだった。



*****

ミオリの予言通り、リヒトの個人指導教官はサカマキという40代の中堅教官だった。一方で、ユキの個人指導教官はすぐには決まらなかった。ユキと同じエンハンサーの能力を持つ教官がいなかったからだ。

そもそも、エンハンサーの能力というのは、数が少ないためいまだに解明されていない部分も多かった。他人の能力の増幅(ブースト)条件や、能力行使に関する制約等、過去の例を文献で当たる他なかった。ツキシマはユキに、まずはそれらの文献を図書館で調べることを課した。


(っていうかそもそも、私って、ほんとに能力者なのかなぁ…。)


ユキは、自分に珍しいと言われる能力があることが、いまだに信じられなかった。

リヒトが上級生達を吹き飛ばしたのは、ユキが力を増強したからではなくて、もともとのリヒトの力だったのでは?だとしたら、ユキはアカデミーでは場違いなのでは…。


しかし、そんな疑念が払拭させられる事件が起きた。


ある日、ユキはタケルの個人指導教官に野外訓練場に呼び出された。訓練場には、訓練着を着たタケルもいた。

「やぁ、君が噂の『増幅者(エンハンサー)』さんだね。」

指導教官は、サトル・アザイと名乗った。ゲンドウの腹違いの末弟で、タケルの叔父に当たるらしい。上背のある20代後半の男だった。

「…おじさん、何でこいつ呼んだの。訓練の邪魔だろ。」

タケルは冷たく言い放った。ユキはぐっと言葉に詰まる。

「まぁまぁ。ツキシマ先生に頼まれたんだよー。ユキちゃんに経験を積ませてあげてほしいって。」

「…こいつがほんとにエンハンサーかどうか、怪しいもんだけどな。」

ユキの心は、一気に沈んだ。やっぱり、みんなにもそう思われてるんだ…。

「とりあえずさ、実践あるのみだよ。ユキちゃん、他人に触れてブーストするんだっけ?ちょっとタケルに触ってみてよー。」

「…ぃ、へっ…?」

間抜けな声が出てしまう。触る?タケルに?

タケルの顔を見る。タケルの背丈は170cmくらいで、ユキは見上げる形になる。黒髪の短髪で、目が大きくてまつ毛は長く、漆黒の瞳に吸い込まれそうだった。同い年のはずなのに、ユキはタケルを前に緊張して固まってしまった。

「そんな緊張しないでー。前に一度、ブースト能力発動した時のこと思い出してさ。その時は、どこ触ったの?」

「えと、腕を…」

「じゃ、その時と同じようにやってみてよ。」


ユキは恐る恐る、タケルの右腕を掴む。

…何も起こらない。


はぁ、とタケルがため息をついた。

「時間の無駄。」

「ターケールー。次期当主ともあろうお方が、気が短過ぎだって。…ユキちゃん、前に力が発動した時の状況、もう少し詳しく教えて?」

ユキは、学校での出来事を思い出した。

「あの時は…リヒトが私を庇って先輩に殴られそうになって、危ないって思って、思わずリヒトの腕を掴んで引っ張りました。」

ふーむ、とサトルが首を傾げる。

「危機的状況、が発動条件なのかな?」

サトルはタケルの方を向き、ニヤリとした。


「じゃあさ。俺今からこいつをフルボッコするから、ユキちゃんこいつのこと助けてあげてよ。」


次の瞬間、サトルは瞬間移動のごとくタケルに接近して、拳でタケルの腹を殴った。

「……ぐっ…!!」

タケルは受け身を取る間もなく2m吹き飛ばされて、床にバウンドする。

「タケルさぁ、いつも言ってんじゃん。いつ攻撃されてもすぐ受け身取れるように構えとけって。」

タケルはすぐに体勢を取り直し、サトルを睨みつける。

「…不意打ちは汚ねぇだろ、おっさん…」

「タケルー。敵はわざわざアポ取って攻撃して来ないよ?その心構え、叩き直さないとね。」

サトルが右手を頭上に構えると、手のひらから紫色のオーラを纏った頭大のエネルギー弾が形成された。

その弾をタケルに向かって投げつける。タケルはすぐさま両手を前に掲げて、同じように青色のオーラを練り上げてエネルギー弾を跳ね返す。


ユキは、初めて見る『攻撃者(アタッカー)』どうしの戦いに呆然とする。

アタッカーは、自身のオーラ(生命エネルギーのようなもの)の一部を具現化させて物理的攻撃を可能にさせ、それを自在に操って攻撃を繰り出す前衛タイプ。戦闘における、いわゆる花形だ。座学でそのことを知識としては学んだが、実際に目の当たりにすると、そのスピード感と威力に圧倒される。


「ユキちゃんの実力を見るためだからね。悪いけど今日は、手加減しないよん。タケル、覚悟してね?」


サトルは容赦なくエネルギー弾をタケル目がけて投げ続ける。タケルはそれらを防御することに必死で、攻撃に転じることができない。その隙をついてサトルが再びタケルに接近し、今度は顔面をしたたかに殴りつけた。

「あらら、ごめんねー。イケメンな顔が、台無し。」

タケルの右頬は腫れ上がり、口端が切れて血が滴った。タケルが右手の甲でそれを拭う。


『ユキちゃんの実力を見るため』


自分に力がないために、タケルが理不尽に非道な扱いを受けているのだ。

ユキは頭が真っ白になった。


「や、…やめてください…!私はエンハンサーなんかじゃありません…っ!だから、もうやめて…」


ユキは叫んだが、サトルは無視してタケルへの攻撃を続けた。

タケルはサトルから繰り出される攻撃スピードに追いつくのがやっとで、じりじりと押され続け、体中に怪我が増えていく。

再びサトルが近接してタケルの腹を蹴り飛ばした。

タケルは床に倒れ込む。

そこへ、サトルがゆっくりと近づいてくる。


「だ…っ、だめっ!!!

やめて!!!!!」


ユキはタケルに駆け寄って、サトルから庇うようにタケルを抱きしめた。



その瞬間。



タケルの体中から、青色のオーラが爆発的に溢れ出した。



「……!?」


タケルは起き上がって、訝しげに自分の手を見た。

ユキはタケルの背中に触れ続けていた。


「こ、れが……増幅(ブースト)能力…!?」


静電気のように、バチバチと青色のオーラがタケルの周囲で爆ぜる。タケルが右手を頭上に構えると、瞬時に2mほどの巨大なエネルギー弾が形成された。


ヒュー♪とサトルが口笛を吹く。

「すっげー…」


タケルがエネルギー弾をサトルに向かって投げつけた。サトルは辛うじて避けるが、間を置かずに次の攻撃がサトル目がけて飛んでくる。

無尽蔵と思われる程止まない攻撃に、とうとうサトルは脚に攻撃を喰らってしまった。


「た…タンマ!!参りました!!!」


サトルが両手を挙げたが、タケルは攻撃の手を止めようとしない。再び巨大なエネルギー弾を作り出そうとしている。

ユキははっとして、タケルの背中から手を離した。

途端に、タケルの青色のオーラはすっと消失した。


ふー、とサトルがため息をつく。

「いやー、助かった。ありがとーユキちゃん…

…っ!?」


ドサッ。


ユキは、その場で気を失って、床に倒れ込んだ。



*****

気がつくと、ユキは医務室のベッドに寝かされていた。

「……?」

起き上がった気配を察したのか、カーテンが開かれる。

白衣を着た、30代のひっつめ髪の女性が立っていた。

「目が覚めた?ユキさん。」

「あ、…えっと…」

「私はここの医務官の、ミカゲといいます。」

ミオリの言葉を思い出す。この人が、ミオリの指導教官の先生か。

「ユキさんが目を覚ましましたよ、お2人さん。」

ミカゲが後ろをふり向いて誰かに呼びかけると、怪我の手当てを受け終わったサトルとタケルが顔を出した。

「ユキちゃーん!!!良かったよー、目を覚ましてくれて…!!」

サトルがユキの手を握る。

「え、あの…私、どうしちゃったんでしょうか…?」

「恐らくだけど、ブースト能力を発現すると、ユキさん自身も代償として精神的にダメージを喰らうみたいね。」

ミカゲが答えた。

「え…?でも私、前に使った時は倒れたりしなかったんですが…」

うーん、とミカゲが少し考えてから、言った。

「おそらく、ブースト時間や、ブースト相手の能力にもよるんでしょうね。増幅の上げ幅が大きいほど、ユキさんのダメージも大きくなるんじゃないかな。」

(そうなのか…。)

今や自分が本当にエンハンサーであることは疑いようがなかったが、思ったよりも使用制限が厳しいことに、ユキは落胆した。

さっきの実践では、増幅能力発現時間は正味1分くらい。たったそれだけで、気絶してしまうとは。

「いやー、しかし、ほんとたまげたわ。タケル、いきなり10倍ぐらい強くなっちゃって。まさにチート!すげーなぁ、な、タケル?」

サトルがタケルの背中をバシバシと叩く。

タケルは右頬にガーゼを当てているが、腫れはずいぶん引いているようだった。これが、ヒーラーの能力?


「…本当に、もう大丈夫なのか?」

タケルが気遣わしげにユキに尋ねた。

「う、うん。どこも痛くないし。ちょっとまだ、ぼーっとするけど。」

「そうか…」

タケルは少し黙り込んだ後、おもむろに頭を下げた。

「…悪かった。お前のこと、本当に能力があるのか疑ったりして。」

「えっ、いや、大丈夫だよ、そんなの…」

「その上、よく分かっていない能力を強引に引き出して、無理させて負担をかけた。…ほんとに悪かった。」


(…あれ?この人って、もしかして結構素直で優しい?)

ユキの中で、タケルの印象が変化した瞬間だった。


「…タケル、って、私も呼んでいい?」

タケルは顔を上げた。

「私、自分の力をもっとうまく、制御できるように頑張る。そしたら、またタケルの助けになれるかな?」

ユキが微笑むと、気のせいか、タケルの顔が少し赤くなったように見えた。



*****

次の日から、ユキのブースト能力の実験が始まった。

増幅相手は首席アタッカーのタケルのことが多かったが、別の能力タイプの生徒で試すこともあった。リヒトと組むこともあった。

色々な条件で力を発動してみて、分かったことは以下の点だった。


①体に触れる場所はどこでもいい。薄ければ衣服越しでもいいが、分厚い衣服越しだと発動しないこともある。できれば肌と肌が直接接触するのが確実。

②ユキが体に触れた状態で、相手が自身の能力を発現すると、自動的に増幅能力が発動する。

③増幅能力の発動は、ユキの意思に寄らない。①②の条件が揃えば、勝手に発動してしまう。

④増幅相手にもよるが、現状増幅能力の持続可能時間は2-3分が限界。相手がサトルやタケルなどブーストに大量のエネルギーを要する能力者の場合は、1分で尽きる。

⑤消耗したエネルギーの分、その後脳が強制的にシャットダウンして、回復を要する。


「…っていうのが、今のところ分かってきたことかな。」

夜、寮の部屋で、ミオリの差し入れクッキーをつまみながら、ユキはミオリに話した。

「すごいじゃん!だいぶ色んなことが分かってきたんだねぇ。

こないだ私とも組んでくれて、ほんとビックリした。なんていうの?こう、力がみなぎる…!!みたいな!」

ミオリはガッツポーズをしてみせる。

「でもその後、すぐ気絶しちゃうのが難点なんだけどね…」

「その辺はさぁ、これから訓練すれば、大丈夫になるんじゃない?そのためにアカデミーに在籍してるわけだし?」


ホットミルクをふうふうと吹き冷まして一口啜り、ミオリが続ける。

「…タケルもさぁ、最近なんだか前より随分楽しそうなんだよね。特にユキと組んで訓練する時。」

「え?そ、そうかなぁ…?やっぱり、能力増幅されていつもより強くなれる感じが楽しいのかな?」

「うーん、ミオリ様の観察眼によれば、それだけではないと推察シマス」

「え?…あ、でもタケル、訓練の後私が気絶すると、いつも目が覚めるまで医務室で付き添ってくれるんだよね。何か気を遣わせて、悪いなぁと思って。」

ミオリは黙ったままニヤニヤしている。

「…ミオリ?」

「いーえー。何でも。」

ミオリは嬉しそうに言った。


「そういえば、逆にリヒトは、最近なんか浮かない顔してること多いね?」

ミオリは、周りの人の些細な変化に敏感に気づく。

「そうなの?最近、リヒトと話す機会があんまりなくて…大丈夫かな?」

「うーん…サカマキセンセイは、筋がいいって褒めてたけどなぁ。すごく仲の良い友達っていうのもいないみたいだし。私もなんか、一線ひかれてるっていうか…」

「そう、なんだ…。」


最後にリヒトと話したのは、1週間前、合同訓練をした時だった。リヒトのディフェンダー能力は、少し見ないうちに格段にレベルアップしていた。自分の意図通りに、瞬時に正確にシールドを形成できる。きっと、短時間で相当鍛錬したのだろう。サカマキの指導も合っていたのかもしれない。


「今度、リヒトと話してみるね。教えてくれて、ありがと。」

「うん。

…ねぇ、ユキ。つかぬことを聞いてもいいかい?」

「なぁに?」

「ユキってさ、…リヒトのことが好き、とかじゃないんだよね?」

ぶふっ、とホットミルクを吹き出す。

「す、好きって?」

「そりゃもちろん、恋愛とかって意味で。」

ユキは、少し考え込んだ。

「リヒトのことを、そんな風に考えたことは、なかった…」


ふぅん?とミオリは呟いて、それ以上は聞かなかった。


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