第18話 決着
冷たい霧雨が降る、ある日の早朝。
タケルは、数人の仲間と一緒に、東京都下にある廃墟ビルに来ていた。
ここに、リヒトが潜伏している。
【ゼロ】の組織は事実上瓦解している。リヒトの腹心の幹部たちは皆、タケルらによって捕らえられたか、あるいはリヒトを裏切ってこちら側に寝返っていた。
リヒトはいま、たった1人で、何を思うのか。
タケルは目を閉じて、ユキの姿を思い浮かべる。
久しぶりに会ったユキは、以前と変わらず可愛くて。
でも前よりもっと、凛として、強くなったようにも見えた。
母になったから、なのだろう。
サチを守る。幸せにする。
ユキからは、その静かな覚悟が滲み出ていた。
リヒトは、ユキを孕ませることで、ユキを自分に縛りつけられると思っていたのだろう。
だけど、残念だったな。
ユキはそんなに弱くない。
「タケル、どうする?…一斉に踏み込むか?」
あたりの様子を伺いながら、サトルが小声で尋ねる。最終作戦への同行を、サトル自ら志願したのだった。
「いや…何か罠があるかもしれない。戦力は分けた方がいい。」
「それもそうか。じゃ、俺いくわ。」
タケルは首を振って、サトルを制した。
「おじさん、…俺に、行かせてください。」
「…タケル…」
サトルは、これまでタケルが血反吐を吐く思いで【ゼロ】を追い詰めてきたのを、1番間近で見てきた。
「そうか…。リヒトと、決着をつけるんだな。」
こくりと、タケルが頷いた。
「分かった。後方支援は任せろ。…油断するなよ。」
サトルは、タケルの背中を押した。
地下に続く通路の、1番奥の部屋。
あらかじめ入手してあったパスコードで、あっさりとセキュリティが解除された。
中は、外から伺うより広い部屋だった。
壁一面にたくさんのモニターが設置されて、各所に設置された監視カメラからの映像が映し出されている。
その前で、リヒトはタケルに背を向けて座っていた。
「…久しぶりだね、タケル。」
モニターを見続けたまま、リヒトが話しかけた。
「リヒト。もうお前には、選択の余地はない。ここは、包囲されてる。
俺達と一緒に来い。…罪を償うんだ。」
くくくっ、とリヒトが冷笑した。
くるりと、タケルの方を向く。
…リヒトも、最後に見た時よりも、ずいぶん痩せていた。
「さすがアザイ家様、鮮やかなやり口でしたねぇ。
…裏工作、裏取引は、お手のものというわけですか。」
「…何が言いたい?」
「タケル。君も知ってるんだろ。歴史の中で、アザイ家が裏でやってきたことを。」
捕らえた幹部達への尋問の中でも、粛清部隊への反発が組織の原動力の1つであることが明かされていた。
「少しでも怪しい動きを見せた能力者は、君たち一族の息のかかった粛清部隊に、釈明の余地も与えられずに始末された。…僕の父親のように。」
「…リヒト。そのことと、無実の一般市民を大量に殺戮することは、全く関係がない。」
「大いなる目標の前には、相応の犠牲が必要だからね。」
リヒトは悪びれる様子も見せない。
「あーあ、あとちょっとだったのにな。…僕の代では、理想郷の実現は、叶わなかったか。」
「どういう、意味だ?」
リヒトは、不敵な笑みを浮かべた。
「言葉そのままだよ、次期当主サマ。僕がいなくなっても、【ゼロ】の意志を引き継ぐ者は、必ずまた現れる。
…僕の血を分けた、可愛い娘とか、ね。」
途端に、タケルの表情が険しくなる。
「ねぇ、タケル。悪いね、君の大事な人を奪っちゃって。
僕とユキが愛し合って産まれた、あの宝物のような娘。
僕たちの愛の結晶のあの子が、将来僕の無念を晴らしてくれる。
そしてその血が、さらに次の世代へと受け継がれていく。
…僕とユキは、未来永劫、一心同体なんだ。」
リヒトが、うっとりとした表情で話し続ける。
「リヒト。残念だが、ユキの心は、もうお前に囚われていない。」
タケルは言った。
「ユキの心は、自由だ。ユキもサチも、もうお前とは何の関係もない。
2人は、俺の大切な家族だ。」
「…家族…?」
ふふ、あははは、とリヒトが大きな笑い声を上げる。
「すごいね。君って、意外とロマンチストだったんだ?そんなすました顔して、…自分の恋人を奪った憎い男の子供を、本当に愛せるのかな?」
リヒトが、タケルを挑発する。
「無理だろうねぇ。君の一族は、何よりも血の繋がりを大切にしてきたんだ。血の繋がらない関係なんて、君達には意味がない。心なんて、そんなあやふやな物、縋るに値しない。
ねぇ、君も本当は、そう思っているんでしょう?」
「…黙れ。」
構わず、リヒトは話し続ける。
「あの子には、僕の血が流れてるんだ。君じゃなくて、僕のね。
賭けてもいい。君はいずれ、必ずユキとあの子を不幸にする。…なぜなら君は、アザイ家の人間だから。」
妊娠が分かったばかりの頃、ユキに堕胎を迫ったゲンドウの顔が、タケルの脳裏をよぎる。
<君の一族は、何よりも血の繋がりを大切にしてきた>
タケルは、それに対して反論ができない。事実だった。
だけど。
「俺は違う。…俺は、絶対に2人を幸せにする。
俺が、この手で、幸せにするんだ。」
「…ご大層な理想論ばかりで。次期当主サマの頭の中は、どうやらお花畑のようだ。」
リヒトが苛立ったように言い放つ。
「何とでも言え。
もう認めろ、リヒト。…お前の負けなんだよ。」
タケルが、じり、と距離を詰めていく。
リヒトがオーラを出現させた瞬間に、すぐに反撃に出れるよう、構える。
「負け…?」
リヒトが首を傾げる。
「君は何か、勘違いしてるようだね。」
リヒトが、操作盤のスイッチに手をかける。
「僕たちは、一緒に、」
じごくにおちるんだよ。
瞬間、部屋が吹き飛ぶほどの爆発が起きる。
リヒトは、術ではなく、あらかじめ仕掛けてあった爆破装置を起動させた。
リヒトの術の発動にばかり気を取られていたタケルは、防御が一瞬遅れた。
まともに、爆発の衝撃を受ける。
「…っ!!!!タケルっ!!!!」
爆発音を聞いたサトル達が、ただちに駆けつける。
そこには、
手足が千切れて、すでに事切れたリヒトと、
全身から血を流して意識のない、タケルが倒れていた。




