第14話 焦燥
ユキが消えた後、タケルは死に物狂いで働いた。
ほとんど毎日職場に寝泊まりして、マンションへは荷物を取りに帰るだけだった。マンションにはユキと暮らしていた時の痕跡が多すぎて、精神的に耐えられなかったのもある。
(ミオリの言う通り、1日でも早く【ゼロ】と、…リヒトと決着をつける。)
タケルは寝食も忘れ、【ゼロ】壊滅に向けてあらゆる手を尽くすべく、奔走した。
目の下には常にくっきりと隈が刻まれ、頬は見るからにやつれていった。
鬼気迫るタケルの様子に、周囲の者は心配するものの、誰にも止められなかった。
1月の、特に寒い日。
タケルは数カ月ぶりに、アザイ家を訪れた。
ユキを連れて逃亡した、あの夜以来だった。
事前に訪問を伝えてあったが、ゲンドウは何事もなかったかのように、あっさりとタケルが敷居を跨ぐことを許した。
門を入り、本家の玄関を開ける。
ナガイが待ち構えていた。
「タケルおぼっちゃま。お帰りなさいませ。旦那様がお待ちです。」
襖を開けると、ゲンドウとタマキが並んで座っていた。
2人はタケルのやつれ切った顔を見て、一瞬息を呑む。
「…タケルさん…あなた、きちんと食事は摂っているの?」
思わずタマキが息子に尋ねる。タケルは首を振った。
「俺のことは、大丈夫だから。」
そして、ゲンドウの方に向き直る。
「タケル。一体、何の用件だ。」
と、次の瞬間。
タケルは、ゲンドウに向かって、深く土下座した。
「親父に、お願いがあります。」
「…何の真似だ?」
「一刻も早く、【ゼロ】を壊滅させたい。そのためには…親父の力が、どうしても必要なんだ。」
そう。
タケルは、【ゼロ】壊滅に向けて動こうとすればするほど、アザイ家の人間の協力なしでは成し得ないことを、嫌という程思い知らされたのだった。
「…タケル。自分がしでかしたことを、忘れたわけではないだろう。」
あの夜、タケルはブーストの力を借りてゲンドウを倒し、一族の静止を振り切って逃亡した。
普通なら破門だ。
「申し訳、ありませんでした。」
タケルは、自分に非があるとは全く思っていなかったが、潔く謝った。ゲンドウがため息をつく。
「ユキ君は、どうしたんだ?」
「ユキは…俺のもとから去りました。今、どこにいるのか知りません。」
ふん、とゲンドウが鼻を鳴らす。
「それで、ユキ君を危険から守るために、とっとと【ゼロ】を片付けたいということか。」
「そうです。」
タケルには、もう取り繕う余裕もない。
どんな手を使ってでも、リヒトを探し出して、捉えなければならない。
「さんざん私達に迷惑をかけて、あれだけの大逃亡劇を繰り広げておきながら、こんなにすぐに女に逃げられるとはね…。タケル、お前には失望したよ。」
タケルは、ぐっと両手の拳を握った。
ゲンドウは少し思案顔になる。
「…とはいえ、【ゼロ】の殲滅は、我々と利が一致するのは確かだ。お前がもう2度とアザイ家を裏切らないと約束するならば、協力はやぶさかではない。」
ゲンドウは、背後の襖に向かって小声で何かを呼びかけた。
さっと襖が開いて現れたのは、顔に青アザをいくつもつけた、サトルだった。
「……っ、おじさん…!?」
「タケル。そしてサトルも。お前たちにもう1度だけ、チャンスをくれてやる。…必ず、【ゼロ】を殲滅させろ。1人残らずだ。」
「親父…!!」
「ただしもう1度私を裏切るような真似をした場合には…お前達を抹消する。次はない。」
「御意。」
サトルは跪いたまま、頭を下げて返答した。
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「いやー、あの後、大変だったんだよー」
サトルはタケルと2人きりになると、いつもの調子に戻った。
タケルを逃がしたあの夜、サトルは捉えられ、ゲンドウの指示で監禁部屋に閉じ込められ、厳しい”処罰”を受けた。
その後、命じられて、実はずっとミオリの家を見張っていたというのだった。
「俺ならユキちゃんの信頼を得てるから、見つかってもそんなに警戒されないだろうからってさ。ユキちゃん監視係を仰せつかったってわけ。」
「…それなら、親父はユキがミオリの実家にいることを、知ってたのか。じゃあ、なんで…」
「ま、俺を監視兼護衛につけとけば、とりあえずいいかって思ったんじゃない?これ以上親子喧嘩したくなかったってところかな。」
サトルは、ふーっと息を吐いた。
「ところがさ。ちょーっと目を離した隙に、ユキちゃんまた出て行っちゃったじゃない。それがゲンドウさんにばれて、またこの有様。」
サトルが顔面を指さす。
「ま、今回は明らかに俺の意思で裏切ったっていう証拠もないから、殴られただけで済んだけどね。」
それだけではないだろう、とタケルは思う。
今、実力だけで言えば、サトルとタケルはほぼ互角だ。つまり、国内のアタッカーで最も強いのはゲンドウで、その次がサトルとタケルということになる。
ゲンドウはこの2人を何とか懐柔して、手中に収めておきたいのだ。
「…と、いうのはタテマエで。」
サトルが、タケルの耳元に口を寄せて、囁く。
「実は、ユキちゃんが今どこにいるのか、俺はちゃんと把握してる。
…ゲンドウさんには、見失ったって嘘ついただけ。」
ぱっとタケルがサトルの顔を見る。
必死の形相で、サトルの胸倉を掴んだ。
「…どこだ…あいつは、どこにいる…!?」
サトルは肩をすくめた。
「今のお前には、言わない。悪いけど俺、基本的にはユキちゃんの味方だから。」
「……っ!!」
「だけどね、タケル。これだけは教えておいてやる。
ユキちゃんはいま、ひとまずは安全な場所に身を隠しているよ。
彼女に何かあればすぐに俺に報告が来るように、見張りも仕込んである。」
サトルはタケルの頭をポンポンと優しく叩いた。
「だからさ、とりあえずは安心して。もっとご飯ちゃんと食べな。
そんなんじゃ、イケメンが台無しだぞ。ユキちゃんに再会したとき、がっかりされたくないだろ。」
「………」
「そんでさ、お前の言う通り、とっとと【ゼロ】ぶっつぶしてさ。そしたら居場所教えてやるから…大手を振って迎えにいってやれ。」
タケルは、サトルの肩に頭を預けた。いつの間にか、2人の背丈はほとんど同じになっていた。
サトルはタケルの頭を、よしよしと撫でる。
「めずらしー。お前が俺に甘えてくるの、初めてじゃん?相当弱ってんだな。」
「…師匠。ありがとう。」
ふっ、とサトルが小さく笑う。
アカデミー時代には、サトルはタケルに嫉妬心を抱くこともあった。
しかし今では、タケルはただただ、可愛い弟子だった。
サトルはゲンドウの命令で、一時的にアカデミーの教職を休職し、タケルの所属するテロ対策チームに入ってタケルの補佐を務めることになった。チームはこの強力な助っ人を歓迎した。
サトルは、タケルの保護者兼お目付役でもあった。
タケルが遅くまで仕事をしていると早く家に帰れと目を光らせ、食事を抜こうとするとマンションにまで押しかけて手料理を振舞った。
「タケルちゃん、お帰り♪今夜は、サトルおじさん特製のカレーだよん♪」
いつの間にか合鍵を作り、マンションで食事を作って待っていることもあった。
「…………」
タケルは閉口したものの、しかしサトルの明るい人柄は、じんわりと少しずつタケルの心を解していった。




