第11話 選択の時
ある日、タケルの不在時に、タケルの両親がユキの部屋に入ってきた。
ユキがこの家に匿われ始めてから、2人と面と向かって話をするのは、実は初めてだった。
ひと通りユキの体調を気遣う口上を述べた後、ゲンドウは単刀直入にユキに尋ねた。
「それで?いつ、堕胎するんだ?」
ユキは、はっと顔を上げた。
心なしか、タマキの視線が冷たく感じる。
「知ってると思うけど、我が一族には五月蝿い親族が多くてね。しがらみも多くて、当主は苦労するんだ。
…タケルはあれでも、私の後継でね。その婚約者が、テロ組織のリーダーの子供を妊娠したなんて知られたら、さすがに君たちを庇いきれる自信はない。
これ以上噂が回る前に、速やかに”処理”してしまおう。
…なに、ユキ君は何も心配しなくていい。こちらで全部、手配するからね。」
ゲンドウはにこやかに澱みなく話すが、目は一切笑っていない。
ユキは青ざめた。
ゲンドウはユキの意向を確認することなく、言いたいことを言い終わるとそそくさと立ち上がった。タマキも後に付き従う。
去り際に、タマキがちらりとユキを横目で見遣り、ぼそっと呟いた。
「こんなことになって…あの子が可哀想。」
ふぅ、とため息をつく。
「…いっそ、消えてくれたらいいのに。」
ぴしゃりと、襖が閉まる。
ユキは、今言われた言葉を、何度も何度も頭の中で反芻した。
*****
その夜。
帰宅したタケルに、ユキは今日の出来事を話すことができなかった。
何も知らないタケルはいつも通り、献身的にユキに寄り添った。今夜は月が綺麗だから、庭を散歩しないかとユキを誘う。
2人は連れ立って、秋月の美しく佇む日本庭園に出た。
手を繋いで、ゆっくりと小径を進む。
「今日は、体調どうだった?」
「…うん。大丈夫。ありがとう。」
「夜は、ちょっと冷えるな。…これ、かけとけ。」
タケルは自分の羽織りを脱いで、ユキの肩にかけた。
最近のタケルは、底抜けに優しい。付き合い始めてから、今が1番優しいと言っても過言ではない。
何か食べたいものがないか、寒くないか、体はしんどくないか。常にユキの体調を気にかけてくれる。
しかし、ユキに気を遣うあまりに、タケルは核心にせまる話題を避け続けていた。だからこそ、今日タケルの両親から言われた直球の言葉が、油断していたユキの心を余計に抉ったのだった。
「…いつ見ても、綺麗なお庭。」
ユキは、池に映る月を眺めながら呟いた。
「まぁな。子供の頃は、隠れんぼで隠れる場所には困らなかったかな。」
ユキは、タケルを見た。
「タケル、隠れんぼとかで遊ぶことも、あったんだ?」
「あのさ…お前、俺のこと何だと思ってるわけ?俺にもちゃんと子供時代はあったんだけど」
ふふ、とユキが笑った。
ユキがこの家で過ごすようになってから、初めて見せる柔らかい表情に、タケルは胸が一杯になった。
「本家に親戚が集まった時なんかに、分家の子達と遊ぶことがあった。」
もちろん、タケルは本家の次期当主だ。分家の子供達も、子供ながらにタケルに忖度をしていたのだろう。その時には、分からなかったけれど。
だけど、それでも、近い年齢の子供達と庭で隠れんぼをした記憶は、数少ない子供の時の幸せな記憶として、タケルの心に残り続けていた。
「タケルは…お父さんとお母さんのこと、すき?」
タケルはユキを見た。
なぜ、そんなことを聞くのか?と違和感を抱いたが、少し考えてから、答えた。
「子供の時は、好きも嫌いもなかった。ただ、畏怖の存在だった。」
「…今は?」
「今は、少なくとも育ててくれたことに、感謝はしてる。…特別、好きってことはないけど。」
ユキは頷いた。
普段は前面に出すことはないけれど、タケルがアザイ家一族を大切に思っていることは、明らかだった。
アカデミーに編入した当時はよく分かっていなかったが、今のユキには、"アザイ家"がこの業界においてどれほど強大な影響力を持つ一族か、嫌という程理解できた。
どの組織でも、幹部や中枢に近い重要ポジションに、必ず1人はアザイ家の人間が入り込んでいた。現当主のゲンドウは政界にも広く顔が利くし、そもそもアカデミーの校長という立場は、国家の軍事力に多大な影響力を持つ。分家筋で、能力がほとんど発現しなかった者の中には、実際に政界に進出して、国家の中枢に深く入り込んでいる者もいた。
『我が一族には五月蝿い親族が多くてね。しがらみも多くて、当主は苦労するんだ。』
あの時、ゲンドウは軽い感じでそう言ったが、実際はそんなに生易しいものではないことは、容易に想像できる。
『タケルはあれでも、私の後継でね。その婚約者が、テロ組織のリーダーの子供を妊娠したなんて知られたら、さすがに君たちを庇いきれる自信はない。』
そうだよなぁ、とユキも思う。
タケルと結婚するなら、取るべき道は一択しかない。
それは、最初から分かっていた。
ユキは、そっと下腹に手のひらを当てた。
「結構寒くなってきたな…。そろそろ戻るか。」
タケルが声をかけて、ユキの手を引く。
しかし、ユキはその場から動こうとしない。
「…ユキ?」
ユキは、タケルを見上げた。
「タケル。私たち、別れよう。」
タケルは息を呑む。
「私がそばにいると…タケルを苦しめる。だから…、」
「嫌だ。」
タケルは、ユキを遮ってきっぱりと告げた。
今にも泣きだしそうな表情で、ユキを性急に抱き締める。
「俺のこと…嫌いになった?ユキを守るって約束したのに、守れなかったから…っ」
「…っ、ちがう、そんなことない、」
「じゃあ、別れない。絶対に。」
ユキを抱き締める腕に、力を籠める。
「ユキのことを、愛してる。…もう絶対に、離さない。」
どれくらい、そうしていただろうか。
ユキは観念したように、タケルの腕の中で呟いた。
「…わかった。ごめんなさい。」
それを聞いて、タケルは、ようやく腕を緩めた。
「このまま、…どこか遠くに、行きたいな。」
ユキは、ぽつりと呟いた。
「…え?」
「タケルが、連れ出してくれる?」
ユキは、タケルに力なく微笑みかけた。
何かを、諦めたような表情。
タケルは、咄嗟に返事ができなかった。
「…冗談だよ。早く、戻ろう。」
母屋に戻る2人の姿を、屋敷の陰からタマキがひっそりと見守っていた。
*****
翌日。
ユキは、タケルには内密に、ゲンドウとタマキと話がしたいと申し出た。
ゲンドウは、タケルが仕事に出ている日中に時間を作ろう、と返答した。ゲンドウ自身も、テロ事件以降多忙を極めて昼夜なく働いていたが、何とか時間を捻出して、夕方に話し合いの時間を設けることになった。
約束の16時ぴったりに、ユキはゲンドウの書斎を訪れた。
促されるまま、応接用のソファに腰を下ろす。向かいにゲンドウとタマキが座った。
「安心しなさい。人払いはしてある。
…話というのは、昨日のことかな?
いま早急に手配をしているが、来週頭には処置に移れそうだよ。待たせて悪かったね。」
ゲンドウは、まるで腕のいい歯医者の予約が取れたとでも言わんばかりの軽い調子で、ユキに告げた。
「……校長先生。」
「お義父さん、でいいよ。」
ユキはゲンドウの顔を見た。覚悟を決めて来たはずなのに、いざゲンドウを目の前にすると、恐怖に押しつぶされそうになる。
ユキは頭を振って、1つ深呼吸をした。
そして真っ直ぐにゲンドウの目を見て、言った。
「子供は、堕ろしません。」
ゲンドウもタマキも、ピクリとも表情を動かさない。
「…聞き間違いでなければ、無差別テロ主犯格の子供を、産みたいということかな?」
ユキは頷いた。
ふー、とゲンドウが息を吐く。
「…君は、もう少し思慮深いと思っていたんだがね。買い被りだったようだ。」
「申し訳、ありません。」
「それで?子供を産んで、どうするつもりなんだ?まさかタケルに父親をやらせようというつもりじゃ、ないだろうね。」
ユキは首を振った。
「婚約は、破棄させて下さい。」
「婚約破棄して、どうするんだ。…あの男のところに行くつもりなのか?」
「…っ、違い、ます!」
ゲンドウはソファの背もたれにもたれかかった。
「じゃあ、どうするんだね。」
「…1人で、産んで育てます。」
ふん、とゲンドウが鼻で笑う。
「1人で育てる?君が?
…孤児院育ちで、親を知らない、君が?」
ユキは頭を殴られたような衝撃を受けた。
この人は…私のことなんて、最初から信頼していなかった。
ただ、エンハンサーとしての利用価値だけで、タケルとの婚約を許したのだ。
タマキが口を開いた。
「ユキさん。婚約破棄は賛成です。ですが、堕胎は決定事項です。あなたは子供を産んだことがないから、子供1人を産み育てることがどれほど大変なことか、分かっていないのよ。」
「……っ、」
「その子を出産すれば、父親があの凶悪犯罪者だということはすぐに明らかになります。そんな環境で、どうやって育てるつもりですか?」
「…誰も、私のことを知らない場所に引っ越して、子供と2人だけで生きていきます。ご迷惑は、おかけしません。」
「迷惑だよ。」
ゲンドウはきっぱりと言った。
「忘れたのか?君は、エンハンサーなんだ。今回のテロ事件、君がいなければ被害はもっとずっと小さかっただろう。…今後一切、君は我々の監視下を逃れることは許されない。死ぬまでね。」
ユキは、目の前が真っ暗になった。
「ねえ君。もう一度よーく、考えてごらん。その子は我々に不幸しかもたらさない。君だって望まない妊娠だったんだろう。堕ろしたって、誰も君を責めたりしない。
今正しい決断をすれば、君にはタケルと関係を続けていく可能性が残されるんだよ。」
「…あなた。」
タマキがゲンドウを睨んだ。タマキはどうしても、婚約破棄をさせたいらしい。ゲンドウは咳払いをした。
「分かったね。もう、来週まで待たずに明日にでも処置してもらうよう、働きかけよう。早く悩みの種をなくして、お互いさっぱりしようじゃないか。」
ユキは、また首を振った。
「堕ろしません。」
途端、ゲンドウが、目に見えて苛立つのが分かった。
「君がこんなに強情とはね…。話し合っても、無駄なようだ。」
ゲンドウはスマホで誰かに電話をかけた。間も無く、体躯のいい黒スーツの男達が3人、書斎に入って来た。
「少し、頭を冷やしてもらおうかな。」
「……っ!?」
ゲンドウが手を上げて合図をすると、男達はユキを後ろから羽交締めにして後ろ手で縛り上げ、声を上げられないように口を粘着テープで塞いだ。抵抗する間もない、手慣れた手口だった。
男達は2言3言ゲンドウと言葉を交わした後、そのままユキを担ぎ上げて、書斎を後にした。
*****
仕事から帰宅したタケルは、部屋にユキがいないのに気づき、屋敷中を探し回った。しかし使用人に聞いても、誰もが知らないと口を揃えて言う。
途方に暮れるタケルに、ナガイがそっと近づき、話しかけた。
「旦那様が、お呼びです。」
タケルがゲンドウの書斎に入ると、タマキもいた。
「…ユキがいない。あんたが関わってるのか?」
タケルは形振り構わず、父親に詰め寄った。ゲンドウがそれを手で制する。
「落ち着きなさい、タケル。」
「早く言え…!ユキはどこにいる!?」
やれやれ、というように、ゲンドウが首を振る。ゲンドウの隣から、タマキが口を挟む。
「タケルさん。今日、あの子の方から、私達と話したいと言って来たのですよ。」
「…ユキが?」
「ええ。
あの子は、あなたとの婚約を破棄したい、と申し出ました。」
タケルは目を見開いた。
「…嘘だ…」
「嘘ではありません。
その上、あの汚れたテロリストの子供を産みたい等と、血迷ったことを言い出してね…お父様も私も、ほとほと困り果てているんですよ。」
タケルは、ハッとタマキの顔を見た。
「…なんで、妊娠のこと、知ってるんだ…?」
ゲンドウが応じる。
「タケル。こんなに大切なことを、逆に何故黙っていたんだ?」
「それは…ユキを、守るために…」
「守る?何から?」
「………」
タケルは、うまく答えられない。
子供をどうするのか、ユキ自身が答えを出すまで、タケルは急かさずにただ見守りたかったのだ。
「お前が私達に話して来ないから、昨日こちらから、ユキ君に直接話をしに行ったんだよ。いつ、堕胎するのかって。」
何だって?
タケルは昨夜のユキの様子を思い出した。
『タケルが、連れ出してくれる?』
タケルは眩暈がした。
「ほんとに、こんな事になるなんて…だから孤児院出身の女なんて、反対だったんですよ。」
タマキが冷たく言い放つ。
タケルは、怒りで我を忘れそうになるのを、必死で抑えこんだ。何とか冷静さを取り戻して、尋ねる。
「…ユキを、どこにやった。」
はぁー、とゲンドウがため息をつく。
「まるで、私達が悪者みたいに言うじゃないか。私達はあの子を、助けてあげようとしているんだよ。
あの子はいま、マトモな精神状態じゃない。正確な判断ができないんだ。私達が、正しい道に導いてやらなければ。」
「…ユキは、ちゃんと自分の頭で考えてる!」
「凶悪テロ主犯の男にレイプされてできた子供を産むことが、本当にマトモな判断なのか?」
タケルは言葉に詰まった。
「子供は堕ろさせる。その上で、お前との婚約も白紙に戻す。ただし、エンハンサーは諸刃の刃で、敵の手に渡れば危険である事は今回の事で改めてはっきりした。我々アザイ家で、死ぬまであの子を”管理”する。」
「…そんな、」
「タケル、これは当主命令だ。逆らうなら、…ユキ君の命ごと、消すしかない。」
ゲンドウは、冷たく言い放った。
「……会わせてくれ。ユキに。…頼む…。」
タケルは頭を下げた。
「話が、したい。
お願いします…。」
ゲンドウは、息子の憔悴しきった姿を眺めて、言った。
「いいだろう。ただし…条件がある。」
ユキは、離れの地下に造られた地下牢の1つに幽閉されていた。
タケルは、ゲンドウの部下に案内されて、薄暗い地下牢への階段を降りる。
埃っぽい空気の中、冷たい鉄格子の向こう側に、
ユキが膝を抱えて壁に寄りかかっていた。
「…ユキ!!」
タケルの呼びかけに、驚いてユキが顔を上げる。
「タケル…?どうして…」
見ると、ユキの両手首には手錠がかけられていた。まるで犯罪者のように。
「…ごめん…ごめん……っ、こんな目に、合わせて…」
タケルは鉄格子を握りしめながら、ユキに何度も謝罪した。
「タケルのせいじゃ、ないよ…。私が、タケルのご両親を、怒らせちゃったの。」
タケルは首を振って、鉄格子ごしに、ユキの手を握った。
「…話が、したい。」
ゲンドウの出した条件。
それは、”ユキが堕胎を承諾するよう、説得する”事だった。
タケルはゲンドウの部下に命じて、牢屋の鍵を開けさせた。中に入って、手錠を外してやる。そしてユキの隣に座り、そっと肩を抱き寄せた。
少しの沈黙の後、タケルが切り出した。
「…俺と、婚約破棄したいって、本気?」
ユキが、ビクッと体を震わせた。
「昨日も、別れようって言ってたけど…やっぱり俺のこと、もう好きじゃなくなった?」
ユキは、タケルの胸に頭を預けた。俯いていて、表情が見えない。
「…そうじゃない。」
「じゃあ、どうして?」
ユキは少し躊躇った後、言った。
「…赤ちゃん、産みたいから。」
『凶悪テロ主犯の男にレイプされてできた子供を産むことが、本当にマトモな判断なのか?』
ゲンドウの言葉が脳裏をよぎる。
タケルは、ユキの頭を撫でながら、核心に触れた。
「…どうして、産みたいと思ったの?」
ユキはしばらく黙り込んだ。
どれくらい時間が経っただろうか。
「妊娠が…分かった時には、頭の中が真っ白だった。」
ユキが、ぽつりと話し始めた。
「でも、お腹の中に、ほんとに新しい生命がいるんだって、…」
ユキは、下腹を右手のひらでそっと撫でた。
また少し、沈黙。
「私には、親がいない。」
ユキは、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「あの孤児院にいる子達の中にも、望まれない妊娠でできた子も、多い。」
タケルは、ユキの話にじっと耳を傾けた。
「私も、あの子達も…望まれて産まれてきたのでなかったとしても、
…そのことで不幸になることが決まってるわけじゃ、ない…っ。」
ユキは、顔を上げてタケルを見た。
「私は…幸せだった。タケルと出会って。」
「…うん。」
「お腹の、この子も…幸せになる、権利がある。
他でもない、私だけは…
それを否定、できないの。」
そうだったのか。
タケルは、ユキの想いを理解した。
ユキは正常な判断能力を失ってなんていない。
むしろ、考えに考え抜いた末の、結論だったのだ。
タケルと出会って、幸せだった。
だから、この子も産みたい。
その言葉に、タケルは胸を打たれた。
「…分かった。俺は、ユキの選択を尊重する。」
「タケル…」
「でも、1つだけ、俺の望みも聞いてくれ。
…俺が、その子の父親になる。」
ユキの瞳が、困惑で揺れた。
「それは…だめ。」
「どうして」
「だって、あなたは…、アザイ家の次期当主、だから。」
「だから、何?」
「周りの人が、許すはずがない。」
タケルは首を振った。
「大丈夫。俺が、認めさせる。
だから…、」
「タケル。説得はどうしたんだ?」
冷たく響くゲンドウの声に、タケルとユキはハッと顔を上げた。
2人の会話を聞いていた部下が、ゲンドウに報告したのだろう。
コツ、コツ、と一歩ずつ、ゲンドウが近づいてくる。
「お前も、もっと冷静に物事を考えられる男だと思っていたのだが。脳内がお花畑になったのは、その女のせいか?」
「……っ!」
タケルは立ち上がって、ユキを背後に隠した。
「これ以上、私を幻滅させないでほしいのだが。…タケル。久しぶりに、手合わせでもしようか。」
ゲンドウの体から、黄金色のオーラが吹き出す。
まともにやり合えば、今のタケルではゲンドウに勝てない。
タケルは、覚悟を決めた。
背後のユキに、小さく何かを呟く。
ユキは頷いて、
左手の薬指から、指輪を外した。
ブーストの力を借りて、ゲンドウとその部下達をノックダウンしたタケルは、反動で気を失ったユキを抱き抱えて離れから逃げ出した。
タケルにとっては勝手知ったる敷地内だったが、今は緊急指令により分家も総動員してタケルとユキの捜索が始まっていたため、なかなか身動きが取れなかった。
何とか人目を忍んで門まで辿り着いたが、
門の前には、サトルが立っていた。
「…おじさん…」
「よぉ、タケル。文字通り、愛の逃避行ってやつか。若いねぇー」
ヒュー♪ とサトルが口笛を吹く。
「頼む。…通してくれ。」
「そうしてあげたいのは山々なんだけどね。当主サマの命令は、絶対ですから。」
(くそ…!せっかく、ここまで来たのに…!)
タケルは頭をフル回転させて、この場を切り抜ける方法を必死で考える。
が。
「…と、いうのはタテマエで。」
「……!?」
サトルは、ニヤリと笑った。
「手塩にかけて育てた可愛い弟子が、いっちょまえに愛する人と駆け落ちしようってところを邪魔するのは、やっぱかっこ悪りぃよなー。」
「…おじさん…」
サトルは、タケルの腕の中で眠るユキの頭を撫でた。
「ユキちゃんは、なーんも悪くないってのに、大の大人が寄ってたかって、恥ずかしくないのかねぇ。アザイ家ってのは。」
サトルはポケットからリモコンを取り出して、門を開いた。
「タケル。その先で、ミカゲが車を待機させてる。」
「……っ!!」
「お前が当主になったら、絶対恩返してもらうからなー。覚えとけよ。」
「ありがとう…っ!!」
タケルは、ユキを抱えて門から走り去って行った。
サトルはその後ろ姿を、感慨深く見送る。
(あのタケルが、こんなに感情に突き動かされるとはねぇ…。随分人間らしくなったもんだ。)
「いい男に、なったジャン。さすが、俺の弟子ってか?」
独り言を呟く。
その背後には、当主命令に違反したサトルを捉えようと、ゲンドウの部下達が迫っていた。




